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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
334/370

ゴーレムアーマー試運転



調停者クリスタは森の庵にて心身を清めるべく、静かに瞑想をしていた。

ミッティア魔法王国との決戦を間近にして、数多の迷いや悩みは断ち切っておきたい。

それなのに、どうしても消し去れない罪悪感と後悔があった。


「ベアトリーチェ……」


今となればエルフの女王として忙殺された日々が、只々虚しい。

あのとき幼い娘を優先させていれば、暗黒時代の到来も避け得たのではないか?

いつまでも、そんな疑問が頭にこびりついて消えない。


「全てはエリクよ。あやつだけは許せん。殺しても飽き足らん、糞ったれな夫の裏切り……。いや、あたしの眼が曇っていたからか!?」


クリスタがエリクと呼ぶのは、ブライアン・J・ロングのドッペルゲンガーを指す。


遠い昔、ブライアンの魂はドッペルゲンガーに招喚されて、異界との壁を越えた。

人族に奴隷として虐げられていたエルフ族のエリクは、異界の霊魂と融合して力を得ようとしたのだ。


異世界に転移したブライアンは、エリクの魂を呑み込み、新たに授かった異能を用いて支配者どもを葬った。

そしてエルフ国へと脱出を果たし、魔蟲の研究者として徐々に名を馳せ、エルフ族の女王であるクリスタと結婚した。


ブライアンとクリスタの間には娘が生れた。

だけどブライアンは、どうしても元の世界に戻りたかった。

そこで危険な魔法術を研究し、ベアトリーチェを魔法陣の触媒に据えて、禁断の転移門(ゲート)を開いた。


樹生が暮らしていた世界に舞い戻ったブライアンは、物質文明社会で唯一人魔法を使える最悪のサイコパスだった。

活躍の場をIT界に定め、瞬く間に頭角を現し、ついには【電脳世界の魔術師(ウイザード)】とまで呼ばれるようになった。


娘のベアトリーチェは、未だ異界から可能性(リソース)をくみ上げる井戸として、ブライアンに酷使されている。

ベアトリーチェは苦界に閉じ込められ、ブライアンに富をもたらすポンプと化していた。

両世界の不均衡は、早急に正されなければならなかった。


黒呪に蝕まれたベアトリーチェの限界は近い。


だが。

そのような事情を知る由もないクリスタは、雑念と共に娘を忘れようと努力していた。


「無理だ……」


これまで、一日たりと娘を思わぬ日はなかった。


幼い娘を思いやろうとしなかった慚愧の念は、何をしようと消えない。

罪悪感と後悔は消し去れない。


ならば、このままでミッティア魔法王国との戦いを迎えるしかあるまい。

クリスタはため息を吐き、そう割り切った。


明鏡止水には程遠い。




◇◇◇◇




「ネットに溢れかえる情報は、愚民どもを盲目にする。それはまさに目くらましであり、騒音だ。正しい思考を妨げる、障害である」


ブライアン・J・ロングはガジガジ蟲の飼育ケースにエサを撒きながら、そう嘯いた。


「スマホも買えない貧困層には、タダでくれてやれ。ネットの迷路が、連中を迷子にしてくれる。貧しさの原因が、どこにあるかを隠してくれる。無節操に垂れ流される悪意が連中を翻弄し、疲れ果てさせる。その陰に隠れて、私は世界をデザインし直そう。やりたい放題だ」


ネットに吐き出された負の感情は、新たな双子世界を生みだすだろう。

自己愛と残虐性に満ちた、黒い恨みの概念界だ。

これを『地獄(アバドン)』と呼ぶことにしよう。


そうブライアンは考えた。


「おまえは正しい。あんたにも非はない。だから、お互いに心ゆくまで罵り合いなさい。そうだ。そうやって、自由に殺し合うがよい。ウヒャヒャヒャヒャ……」


他人の不幸は蜜の味。

言論人を気取り、TVのインタヴューで嘘八百を並べたてるのも楽しい。

匿名性を利用して、愚民どもを甚振(いたぶ)るのは最大の娯楽だった。


ニヤニヤしながら健康飲料の蓋を開ける。

不老長寿を夢みるブライアンは健康に気遣い、アルコールを口にしない。

ジャンクフードも避け、摘まみは無添加天然の高級フードに限る。


ブライアンはテーブルから拾い上げたリモコンのボタンを操作した。


パパパパパン……!

ウォォォォォォォォォォォォーッ!?

どどぉーん!


ソファーに腰かけたブライアンの鼓膜をスピーカーから流れる重低音が振動させる。


壁を覆い尽くす巨大なモニターに映しだされたのは、マフィアと軍の激しい衝突。

麻薬中毒者の家族解体ショー。

燃え続ける山林。

ペットを虐待する若い女。

困窮した暴徒による商店街の襲撃シーンなどだ。


「フンッ。健康飲料を飲みながら鑑賞するには、丁度よい娯楽だ。あの異世界動画が消えて、清々した」


【わくわくエルフチャンネル】の件だ。


ブライアンは動画サイトとプロバイダーに圧力をかけて、森川和樹のアカウントを削除させた。

更に潜入工作員を送り、和樹が所有していたパソコンとスマホを盗み出させた。


それでも安心できず、和樹には特殊な蟲をつけてある。


「ここは、私の王国だ。元嫁に、邪魔はさせんよ」


この世界で唯一人の魔法使いだからこそ、傲慢な台詞も口を吐く。


「魔法を使えるのは、私だけでよい。妖精女王など、私のプログラムには不要(・・)だ。邪魔(・・)くさいミスコードだ。糞くらえ!」


妖精女王陛下が何か知らないブライアンは、最高級のカラスミを摘まみながら、呪いの言葉を並べたてた。


『不要』は、NGワードである。

『邪魔』はブライアンに災いを招き寄せる、不吉な呪言だった。


ゴミ籠の影に隠れていたベルゼブブと妖精は、ブライアンの発言を聞き逃さなかった。

そして、すかさず異界通信を開いて、ユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)情報管理局に通報する。


七つの目を持つ黒鳥ブラックバードが、異界からブライアン・J・ロングが住む島にピンを立てた。

ロックオン完了である。


悪魔チビ招喚の条件は揃った。

この世には、魔法陣など用意しなくても、勝手に訪れる悪魔がいるのだ。

それはメジエール村なら悪ガキでも知っている常識だが、生憎とブライアンは知らなかった。


悪魔チビ。

三つ編み泥団子の存在を……。




◇◇◇◇




ゴーレムファイトのデーターは新しい戦闘用ゴーレムに活用され、魔導甲冑の次世代機が完成した。

ゴーレムアーマーだ。


このプロジェクトは、妖精女王陛下に秘密で進められたものだ。

なんとなれば、メルにゴーレム開発計画を知られたら、絶対に大きくしろと騒ぐのが分かっていたからだ。


だから幼児ーズの女子組は、メルとダヴィ坊やに内緒で魔法学校を訪れていた。


「へぇー。これは着るんだ」

「操縦席とかないのね」

「パイロットに登録するだけで、自分が動かしたいように動かせるよ」


魔法学校の校庭で、タリサとティナが偉そうに説明していた。

二人の後ろでラヴィニア姫が微笑んでいる。


「試していい?」

「わたくしも、試したいです」


チルとルイーザは新しいものが大好きだ。

失敗したり、無様な姿を曝すことに抵抗を感じない。

その点、セレナとキュッツは臆病で、慎重なところがあった。


「試すのは良いけれど、先ずはこのスーツに着替えてください」


ティナが薄いボディースーツをチルとルイーザに手渡した。


「そそっ。制服のスカートだとオペレーション・フィギュア(OF)に入れないし、そのスーツは魔素の伝達を良くするんだ。つまり動かしやすさに差が出る。だからさー。下着とかも脱いで、素肌に着てね」


タリサが説明をする。


「分かった」

「着替えてくるね」


更衣室から戻った二人は、ちょっと恥ずかしそうである。


「これー。ぴちぴちだよ」

「身体のラインが、もろですね」

「そうなんだよ。ハダカみたいで不安になるんだ」

「でも、ゴーレムに乗ってしまえば、そんなの関係ありません」

「そうなんだよね。ゴーレムに乗ったら、もうウォーッ!て感じになるよ。もしかして無敵!?みたいな」


チルとルイーザはゴーレムのお腹に潜り込み、オペレーション・フィギュア(OF)を装着した。

腹部のハッチが自動でロックされ、起動手続きがパイロット登録に移行した。

パイロットの思考パターンとゴーレムの運動命令系が、順次シンクロしていく。

ゴーレムの各部でグリーンランプが点滅し、異常なしを伝えた。


「OKサイン出た」

「わたくしも……」

「動いてみ」


チルとルイーザは万歳したり、両手をニギニギしたりしてから、最初の一歩を踏み出した。


「ウォーッ。すごい、すごい。自分みたいに動くよ」

「本当ですね。走っても?」

「走ってみ」


二人は走りだし、勢いがつきすぎて壁にぶつかった。


「いっ、痛くない!?」

「ああーっ。壁が壊れてしまいましたわ」


遠話装置を通して、二人の驚きが伝わってくる。


「ユグドラシルの兵器部開発だからね。ウスベルク帝国の兵呪とは、比較にならない頑丈さだよ」

「ミッティア魔法王国にも、圧勝できると思います」


タリサとティナは、我がことのように得意そうである。


まあ、ゴーレムファイトのデーター収集をすべく、ケット・シーたちと移動式遊園地を運営したのだから当然である。

タルブ川流域の開拓村だけでなく、ウスベルク帝国の主要な町にも出かけた。

名のある騎士やバルガスたち冒険者からも、データーを集めた。

ゴブリンたちや悪魔王子(デーモンプリンス)にも協力してもらった。


「もう完璧だね」

「相手が誰であろうと、負ける気がしませんわ」

「だったらー。相手がメルちゃんでも、勝てる?」

「「……………………」」


チルの意地悪な突っ込みに、タリサとティナは黙り込んだ。


ゴーレムファイトでは弱っちーのに、実戦だと無類の強さを見せる。

ゴーレムアーマーで勝てるかと問われたなら、(はなは)だ疑問だ。


「メルちゃんには、ファイナル・アルティメット・ビームなる秘密兵器があるらしいので、例外ですわ」


ティナは気まずそうに言い訳しながら、自分のゴーレムに潜り込んだ。


「よしよし。取り敢えず帝都ウルリッヒの騎士団に、殴り込みをかけよう」


タリサはゴーレムに屈伸運動をさせながら、話題をすり替えた。


「うん。ちびちび呼ばれた悔しさを晴らしてやりますヨ」

「ガツンと言わせてやりましょう」


元々チルとルイーザは、メルに勝てると思っていなかった。

チルに至っては、帝都ウルリッヒの地下迷宮で、メルが魔導甲冑を倒す場面に居合わせた。


素手で魔導甲冑を倒す幼女。

もう怪物である。


「タリサ、殴り込みは駄目だよ。礼儀正しく、試合をお願いしてね」

「分かった。ちゃんとする」

「嫌がらせみたいな、意地の悪い真似はやめてね」

「ダイジョーブ」

「もぉー、本当に分かってるの……?みんな、程々にね」


ラヴィニア姫はゴーレムの後をついて歩きながら、四人に釘を刺した。


「これじゃ、騎士のおっちゃんたちが可哀想だ。大人の面子だってあるのにヨォー」

「どうしてチルちゃんは、騎士さまたちのトホホ顔を見たがるのかしら?」


キュッツとセレナが嘆いた。


「あーっ。チルちゃんは、メルちゃんと似てるのかもね」


理由……?

それは他人のトホホ顔が、見たいだけである。

きっと性格が好戦的で、意地悪なのだ。


ラヴィニア姫は口にしないけれど、そう思った。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
悪魔が悪魔チビを(かってに)招喚しておしおきされてしまう
く、来るんか!?地球に!
SNSのせいで韓国の大統領もアメリカの大統領もイーロン大富豪もやべぇ陰謀論者になっちゃった…。 貧乏も金持ちも等しく情報過多は人類に害しかないわねぇ。
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