ゴーレムアーマー試運転
調停者クリスタは森の庵にて心身を清めるべく、静かに瞑想をしていた。
ミッティア魔法王国との決戦を間近にして、数多の迷いや悩みは断ち切っておきたい。
それなのに、どうしても消し去れない罪悪感と後悔があった。
「ベアトリーチェ……」
今となればエルフの女王として忙殺された日々が、只々虚しい。
あのとき幼い娘を優先させていれば、暗黒時代の到来も避け得たのではないか?
いつまでも、そんな疑問が頭にこびりついて消えない。
「全てはエリクよ。あやつだけは許せん。殺しても飽き足らん、糞ったれな夫の裏切り……。いや、あたしの眼が曇っていたからか!?」
クリスタがエリクと呼ぶのは、ブライアン・J・ロングのドッペルゲンガーを指す。
遠い昔、ブライアンの魂はドッペルゲンガーに招喚されて、異界との壁を越えた。
人族に奴隷として虐げられていたエルフ族のエリクは、異界の霊魂と融合して力を得ようとしたのだ。
異世界に転移したブライアンは、エリクの魂を呑み込み、新たに授かった異能を用いて支配者どもを葬った。
そしてエルフ国へと脱出を果たし、魔蟲の研究者として徐々に名を馳せ、エルフ族の女王であるクリスタと結婚した。
ブライアンとクリスタの間には娘が生れた。
だけどブライアンは、どうしても元の世界に戻りたかった。
そこで危険な魔法術を研究し、ベアトリーチェを魔法陣の触媒に据えて、禁断の転移門を開いた。
樹生が暮らしていた世界に舞い戻ったブライアンは、物質文明社会で唯一人魔法を使える最悪のサイコパスだった。
活躍の場をIT界に定め、瞬く間に頭角を現し、ついには【電脳世界の魔術師】とまで呼ばれるようになった。
娘のベアトリーチェは、未だ異界から可能性をくみ上げる井戸として、ブライアンに酷使されている。
ベアトリーチェは苦界に閉じ込められ、ブライアンに富をもたらすポンプと化していた。
両世界の不均衡は、早急に正されなければならなかった。
黒呪に蝕まれたベアトリーチェの限界は近い。
だが。
そのような事情を知る由もないクリスタは、雑念と共に娘を忘れようと努力していた。
「無理だ……」
これまで、一日たりと娘を思わぬ日はなかった。
幼い娘を思いやろうとしなかった慚愧の念は、何をしようと消えない。
罪悪感と後悔は消し去れない。
ならば、このままでミッティア魔法王国との戦いを迎えるしかあるまい。
クリスタはため息を吐き、そう割り切った。
明鏡止水には程遠い。
◇◇◇◇
「ネットに溢れかえる情報は、愚民どもを盲目にする。それはまさに目くらましであり、騒音だ。正しい思考を妨げる、障害である」
ブライアン・J・ロングはガジガジ蟲の飼育ケースにエサを撒きながら、そう嘯いた。
「スマホも買えない貧困層には、タダでくれてやれ。ネットの迷路が、連中を迷子にしてくれる。貧しさの原因が、どこにあるかを隠してくれる。無節操に垂れ流される悪意が連中を翻弄し、疲れ果てさせる。その陰に隠れて、私は世界をデザインし直そう。やりたい放題だ」
ネットに吐き出された負の感情は、新たな双子世界を生みだすだろう。
自己愛と残虐性に満ちた、黒い恨みの概念界だ。
これを『地獄』と呼ぶことにしよう。
そうブライアンは考えた。
「おまえは正しい。あんたにも非はない。だから、お互いに心ゆくまで罵り合いなさい。そうだ。そうやって、自由に殺し合うがよい。ウヒャヒャヒャヒャ……」
他人の不幸は蜜の味。
言論人を気取り、TVのインタヴューで嘘八百を並べたてるのも楽しい。
匿名性を利用して、愚民どもを甚振るのは最大の娯楽だった。
ニヤニヤしながら健康飲料の蓋を開ける。
不老長寿を夢みるブライアンは健康に気遣い、アルコールを口にしない。
ジャンクフードも避け、摘まみは無添加天然の高級フードに限る。
ブライアンはテーブルから拾い上げたリモコンのボタンを操作した。
パパパパパン……!
ウォォォォォォォォォォォォーッ!?
どどぉーん!
ソファーに腰かけたブライアンの鼓膜をスピーカーから流れる重低音が振動させる。
壁を覆い尽くす巨大なモニターに映しだされたのは、マフィアと軍の激しい衝突。
麻薬中毒者の家族解体ショー。
燃え続ける山林。
ペットを虐待する若い女。
困窮した暴徒による商店街の襲撃シーンなどだ。
「フンッ。健康飲料を飲みながら鑑賞するには、丁度よい娯楽だ。あの異世界動画が消えて、清々した」
【わくわくエルフチャンネル】の件だ。
ブライアンは動画サイトとプロバイダーに圧力をかけて、森川和樹のアカウントを削除させた。
更に潜入工作員を送り、和樹が所有していたパソコンとスマホを盗み出させた。
それでも安心できず、和樹には特殊な蟲をつけてある。
「ここは、私の王国だ。元嫁に、邪魔はさせんよ」
この世界で唯一人の魔法使いだからこそ、傲慢な台詞も口を吐く。
「魔法を使えるのは、私だけでよい。妖精女王など、私のプログラムには不要だ。邪魔くさいミスコードだ。糞くらえ!」
妖精女王陛下が何か知らないブライアンは、最高級のカラスミを摘まみながら、呪いの言葉を並べたてた。
『不要』は、NGワードである。
『邪魔』はブライアンに災いを招き寄せる、不吉な呪言だった。
ゴミ籠の影に隠れていたベルゼブブと妖精は、ブライアンの発言を聞き逃さなかった。
そして、すかさず異界通信を開いて、ユグドラシル王国国防総省情報管理局に通報する。
七つの目を持つ黒鳥が、異界からブライアン・J・ロングが住む島にピンを立てた。
ロックオン完了である。
悪魔チビ招喚の条件は揃った。
この世には、魔法陣など用意しなくても、勝手に訪れる悪魔がいるのだ。
それはメジエール村なら悪ガキでも知っている常識だが、生憎とブライアンは知らなかった。
悪魔チビ。
三つ編み泥団子の存在を……。
◇◇◇◇
ゴーレムファイトのデーターは新しい戦闘用ゴーレムに活用され、魔導甲冑の次世代機が完成した。
ゴーレムアーマーだ。
このプロジェクトは、妖精女王陛下に秘密で進められたものだ。
なんとなれば、メルにゴーレム開発計画を知られたら、絶対に大きくしろと騒ぐのが分かっていたからだ。
だから幼児ーズの女子組は、メルとダヴィ坊やに内緒で魔法学校を訪れていた。
「へぇー。これは着るんだ」
「操縦席とかないのね」
「パイロットに登録するだけで、自分が動かしたいように動かせるよ」
魔法学校の校庭で、タリサとティナが偉そうに説明していた。
二人の後ろでラヴィニア姫が微笑んでいる。
「試していい?」
「わたくしも、試したいです」
チルとルイーザは新しいものが大好きだ。
失敗したり、無様な姿を曝すことに抵抗を感じない。
その点、セレナとキュッツは臆病で、慎重なところがあった。
「試すのは良いけれど、先ずはこのスーツに着替えてください」
ティナが薄いボディースーツをチルとルイーザに手渡した。
「そそっ。制服のスカートだとオペレーション・フィギュア(OF)に入れないし、そのスーツは魔素の伝達を良くするんだ。つまり動かしやすさに差が出る。だからさー。下着とかも脱いで、素肌に着てね」
タリサが説明をする。
「分かった」
「着替えてくるね」
更衣室から戻った二人は、ちょっと恥ずかしそうである。
「これー。ぴちぴちだよ」
「身体のラインが、もろですね」
「そうなんだよ。ハダカみたいで不安になるんだ」
「でも、ゴーレムに乗ってしまえば、そんなの関係ありません」
「そうなんだよね。ゴーレムに乗ったら、もうウォーッ!て感じになるよ。もしかして無敵!?みたいな」
チルとルイーザはゴーレムのお腹に潜り込み、オペレーション・フィギュア(OF)を装着した。
腹部のハッチが自動でロックされ、起動手続きがパイロット登録に移行した。
パイロットの思考パターンとゴーレムの運動命令系が、順次シンクロしていく。
ゴーレムの各部でグリーンランプが点滅し、異常なしを伝えた。
「OKサイン出た」
「わたくしも……」
「動いてみ」
チルとルイーザは万歳したり、両手をニギニギしたりしてから、最初の一歩を踏み出した。
「ウォーッ。すごい、すごい。自分みたいに動くよ」
「本当ですね。走っても?」
「走ってみ」
二人は走りだし、勢いがつきすぎて壁にぶつかった。
「いっ、痛くない!?」
「ああーっ。壁が壊れてしまいましたわ」
遠話装置を通して、二人の驚きが伝わってくる。
「ユグドラシルの兵器部開発だからね。ウスベルク帝国の兵呪とは、比較にならない頑丈さだよ」
「ミッティア魔法王国にも、圧勝できると思います」
タリサとティナは、我がことのように得意そうである。
まあ、ゴーレムファイトのデーター収集をすべく、ケット・シーたちと移動式遊園地を運営したのだから当然である。
タルブ川流域の開拓村だけでなく、ウスベルク帝国の主要な町にも出かけた。
名のある騎士やバルガスたち冒険者からも、データーを集めた。
ゴブリンたちや悪魔王子にも協力してもらった。
「もう完璧だね」
「相手が誰であろうと、負ける気がしませんわ」
「だったらー。相手がメルちゃんでも、勝てる?」
「「……………………」」
チルの意地悪な突っ込みに、タリサとティナは黙り込んだ。
ゴーレムファイトでは弱っちーのに、実戦だと無類の強さを見せる。
ゴーレムアーマーで勝てるかと問われたなら、甚だ疑問だ。
「メルちゃんには、ファイナル・アルティメット・ビームなる秘密兵器があるらしいので、例外ですわ」
ティナは気まずそうに言い訳しながら、自分のゴーレムに潜り込んだ。
「よしよし。取り敢えず帝都ウルリッヒの騎士団に、殴り込みをかけよう」
タリサはゴーレムに屈伸運動をさせながら、話題をすり替えた。
「うん。ちびちび呼ばれた悔しさを晴らしてやりますヨ」
「ガツンと言わせてやりましょう」
元々チルとルイーザは、メルに勝てると思っていなかった。
チルに至っては、帝都ウルリッヒの地下迷宮で、メルが魔導甲冑を倒す場面に居合わせた。
素手で魔導甲冑を倒す幼女。
もう怪物である。
「タリサ、殴り込みは駄目だよ。礼儀正しく、試合をお願いしてね」
「分かった。ちゃんとする」
「嫌がらせみたいな、意地の悪い真似はやめてね」
「ダイジョーブ」
「もぉー、本当に分かってるの……?みんな、程々にね」
ラヴィニア姫はゴーレムの後をついて歩きながら、四人に釘を刺した。
「これじゃ、騎士のおっちゃんたちが可哀想だ。大人の面子だってあるのにヨォー」
「どうしてチルちゃんは、騎士さまたちのトホホ顔を見たがるのかしら?」
キュッツとセレナが嘆いた。
「あーっ。チルちゃんは、メルちゃんと似てるのかもね」
理由……?
それは他人のトホホ顔が、見たいだけである。
きっと性格が好戦的で、意地悪なのだ。
ラヴィニア姫は口にしないけれど、そう思った。








