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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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よい子から、わるい子へ



「えい、えい、えい、えい、えい……!」


焼き上げたビスケットを大きなガラス鉢の中で、ベキベキと砕く。

ザクザクと細かくする。

このビスケットは、ババロアケーキの底になるのだ。


試食用の小さなケーキ型を調理台に用意する。

砕いたビスケットと溶かしバターを混ぜ合わせたら、ケーキ型の底にまんべんなく敷き詰める。


「んしょ、んしょ!」


何となく道路工事に似ている。

砂利とアスファルトを敷き、プレートコンパクターでドドドッ!と叩くあれ。

メルはドドドッ!と叩いたりしないけれど、大きな木匙を使ってギュウギュウ圧した。

砕いたビスケットを均一に広げ、破片同士の隙間を無くし、溶かしバターの粘りを頼りに圧着させる。


「おし。こんな感じやろ!」


これを冷やせばバターが固まる。

細かく砕いたビスケットの欠片が砂利で、バターはアスファルトだ。

冷却は風の妖精に任せて、ババロアケーキの底が完成した。


「つぎはぁー。ババロアじゃ!」


とても乱暴な説明だが、ババロアとは砂糖で甘くしたクリームをゼラチンで固めたスイーツである。

ババロアケーキは、基本オーブンを使わない。

ケーキの底となるビスケットやタルトを焼くときに、使用するだけだ。


「フンフン♪」


ボウルに生クリームを入れてホイップする。

生クリームは冷えていた方が混ぜやすいので、こちらも風の妖精にお願いする。

緑と青のオーブが、ボウルの周囲で楽しげに踊る。


「ひんやりじゃ!」


適量の砂糖を混ぜながら、緩めのホイップクリームを仕上げた。


「ここに分量のカルーアを注ぐ」


カルーアを入れて混ぜ混ぜ。

これも冷却だ。


ふんわりとカルーアの甘い香りが漂う。


「なぁなぁ妖精さん。くれぐれも、そいつを凍らさんといてな」


合点承知とばかりに、ボウルに取り付いたオーブたちがリズミカルに点滅した。

ことお菓子作りに於いて、材料の温度管理はとても重要なのだ。


「そしたら、アングレーズソースを作らな……。忙しい、忙しい」


基本のババロアにはアングレーズソースを用いる。

ところでアングレーズソースとは何ぞや?

言うなればカスタードである。

カスタードクリームのビチャビチャしたものを想像すれば、それがアングレーズソースだろう。


カスタードクリームの粘性は薄力粉による。

カレーやホワイトソースも、薄力粉でトロミを付ける。

即ち、カスタードクリームから薄力粉を取り除いてしまえば、アングレーズソースになる。


この度、メルが作るのはカルーアのババロアなので、バニラビーンズも要らない。

コーヒーリキュールの風味を楽しみたいのだから、バニラの香りは邪魔だ。

これもカスタードクリームのレシピから外す。


「おっと、そのまえに下準備じゃ」


先ずは、容器に分量の冷水を入れてから、ゼラチンパウダーをパラパラと撒いてふやかす。

ダマになると厄介なので、なるべく広く撒く。

同様の理由から、ゼラチンを入れてから冷水を注ぐのは良くない。

折角のゼラチンパウダーが水を吸って互いに合体し、大きな塊になるからだ。


ゼラチンとはコラーゲンであり、要するにニカワである。

水を溶剤とする、強力な接着剤なのだ。


これがないとババロアは固まらない。

デロデロのクリームになる。


「使うのは、卵黄、砂糖、ミルクでぇーす」


アングレーズソースの材料が、メルの前に並んで行く。

ヒュンヒュンと飛び回っているオーブは、厨房専門のエリート妖精たちだ。


「手ごろなボウルもくらはい!」


卵黄を撹拌するためのボウルが飛んできた。


メルは卵黄に砂糖を入れて、カシャカシャと手早く混ぜ合わせた。


「火の妖精しゃん。とろ火でオネシャス」


同時に、ミルクパンに入れた牛乳を湯気が立つ程度に温める。


「ゼラチンも溶かさなアカン」


メルはふやかしたゼラチンを手鍋に移し、温湯にして欲しいと頼んだ。

待機していた赤いオーブが、手鍋の横に張り付いた。


「うっしゃ。混ぜるどぉー」


卵黄の入ったボウルに、少しずつ温めた牛乳を注いで撹拌する。

混ぜ終わったらミルクパンに戻し、弱火で加熱しながらかき混ぜてトロミを帯びさせる。


ここでも温度が重要だ。

加熱しすぎると卵黄がタンパク質凝固を起こす。

なのでトロミが出たところで、すばやく加熱を止め、別の容器に移して冷やす。

当然ながら、凝固した卵黄が食感を悪くするので、容器を変えるときにはこし器(パソワール)を通す。


「ここでゼラチンを投入します!」


アングレーズソースが温かい内に、ゼラチン溶液を注いで混ぜる。

冷たいアングレーズソースにゼラチン溶液を注ぐと、ゼラチンがダマになるからだ。

付け加えるなら、ダマになってしまったゼラチンの分だけ、ババロアを固める効果も薄れてしまう。


「フゥーッ。お菓子は大変デス」


最初に作っておいたカルーアと生クリームの混合物も、投入してよぉーく混ぜる。

全体にゼラチンが混ざらないと、デロデロの部分が残ってしまうのだ。

味にも、ムラが生じる。


「おっ、重たいわぁー」


メルはヘラでボウルの中身をグルグルと混ぜた。

材料が均一に混ざったら、ケーキ型に全てを注ぎ込み、ガッツリと冷やして固める。


「さぁーて、仕上げのトッピングじゃ」


コーヒーと言えば、カラメルナッツ。

カラメルナッツと言えば、コーヒーだった。

何しろ、アビーのカラメルナッツを食べ続けていたせいで、コーヒーが欲しくなったメルである。


「茶ぁーだと、カラメルナッツに負けてまう」


その相性については、改めて確認するまでもない。

バッチリに決まっている。


「カラメルソースは、作り置きがあるで」


グラニュー糖を水に溶かし、色づくまで煮詰めたものがカラメルソースだ。

プディングでお馴染みの、甘くて茶色いヤツ。

ほろ苦さは、ほんのり大人の味。


コツは、ヘラでかき混ぜないこと。

色づいたら、弱火にして鍋を揺する。

挿し水をするさいには、スプーンで少しずつ。


「今日は試作だから、作り置きで充分デス」


しっかりと冷やしたババロアをケーキ型から抜く。

火の妖精にケーキ型を加熱してもらえば、ババロアが融けてスルリと抜ける。


メルは大瓶に保存してあった、カラメルソースをお玉(レードル)(すく)った。

これをババロアケーキに垂らして、天辺の薄い層とする。


アビーのカラメルナッツと彩りのドライ・クランベリーを飾りつけたら完成。


「でけた!!」


メルが万歳をすると、マルグリットが厨房に姿を現した。

小皿とスプーンを持っている。


「マルー。何しに来たん?」

「試食です」

「用ないわぁー」

「完成途中のデロデロばっかり食べさせて、酷いと思います」

「しゃぁーないやん。カルーアの適量を調べんのに、いちいちゼラチンで固めるとか面倒くさいもん」

「ちゃんとした試食がしたいです」

「………………」


マルグリットに手抜きがバレていた。

仕方がない。

メルはマルグリットと試作のババロアケーキを半分こにした。


「うっまぁー!?」

「おいしい……」


大成功だった。


だが、この時点ではまだ……。

本番の大きなケーキは試作品の小さなケーキと違うことに、全く気付いていないメルだった。




「やっとれぇーん!!」


翌日、お誕生日のケーキを作り始めたメルは、絶叫した。

大きな長方形のケーキリングを用意して、意気揚々と砕いたビスケット生地を敷き始めたのだが……。


「くっ……。広すぎじゃ。これは(らち)が明かん」


作戦変更である。

メルの料理スキルがフル稼働して、適正解を弾きだした。


「ケーキ下層(ボトム)は、丈夫なスポンジ生地か……。ビスキュイジョコンドを使おう」


ビスキュイジョコンドは弾力があり丈夫なスポンジだ。

重たいババロアを支えるのに、最適だろう。


またシロップを吸わせても崩れないので、ポンシュを使用できる。

ポンシュとは、シロップとリキュールの混合液だ。

リキュールにカルーアを使えばよい。


いいや、ババロアとビスキュイジョコンドの食感を馴染ませるために、ポンシュは不可欠だった。

そしてポンシュを使うなら、カルーアの香りも欠かせない。


「おーっ。計算がパァーになってしもうた。ババロアケーキの味と含有アルコール量の折衷(せっちゅう)ラインは、食べて見んと分かりません!」


だけど、今からまたカルーアの適量を調べていたら、お誕生会には間に合わなかった。

ここまで真面目に頑張ってきたメルとしては、悔しくてならない。

ババロアケーキを諦めるなんて、心情的に無理だった。


「ふっ。ふふふっ……。もう、どぉーでもエエわ。子ろも向けの安全対策など、知った事かい!」


ここは異世界。

しかもユグドラシル王国には、未だ明文化された法律がない。

文句を言われたら、大人も禁酒にしてやる。

禁酒法だ。


メルは腕組みをして、うんうんと頷いた。


「ラビーさんは、三百歳だし……。ケーキの風味付けに、リキュールを使うだけや」


問題ない。

問題ないはず。

ちょびっとなら、ディートヘルムだって食べられるだろう。

ケーキに含まれたアルコール量だ。

酔ったとしても、どうと言うことはあるまい。


「だが……。用心のため、大人どもには取って置きの火酒(スピリット)を振る舞おう」


大人が酔い潰れてしまえばメルを叱れないと言う、極めて姑息な計算だった。


「まぁまとおとぉーが酔っぱらってしまえば、わらしを追及できん。わらしは安全……。ヒャッヒャッヒャッ……!」


濃厚なチーズをトッピングしたカナッペに、ウォッカ、ブランデー、ジン。

ノリ塩を振った揚げ餅に、ウイスキー、焼酎、テキーラ、ラム。

喉が渇く摘みと火酒(スピリット)の、スペシャル昇天セットだ。

ジュースのように甘いカクテルも用意しよう。


「火の妖精さん。微温湯でヨロー」


メルは同量の粉砂糖とアーモンドパウダーをボウルに量り入れ、適量の薄力粉と全卵を加えてから、カシャカシャと混ぜた。

作業時の適温は、暑い夏の昼下がり。

摂氏三十度オーバーだ。


別のボウルで、緩めのメレンゲを作る。

卵白を撹拌して、砂糖を加えながら角を立たせる。

こちらの作業は低温をキープした方が、ホイップしやすくなる。


メレンゲが完成したら、数回に分けて最初のボウルに加える。

メレンゲが馴染むように混ぜ合わせてから、溶かしバターを垂らす。


「混ぜ、混ぜ、混ぜ……」


オーブンシートを敷いたロールケーキ型に、この生地を流し入れる。

オーブンの設定温度は高めだ。

高温で短時間が決まり。


「守らんと失敗するから、決まりじゃ」


これは焼き上がったビスキュイジョコンドに、水分を残す工夫である。

ジックリ焼くと乾燥して、ガチガチになるのだ。


「オーブンおっけー?」


赤いオーブが、チカチカと瞬く。

合点承知のサインだ。


「頼むで妖精さん。焼き上がったら、知らせてくらはい」


お菓子作りは、化学の実験に似ている。

分量、温度、時間を守らないと、絶望に至る。

条件を揃えなければ、結果を再現することはできない。


だけど厨房専門のエリート妖精たちが居れば、何も問題なかった。

しかもメルの思念は、ユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)情報管理局のアカシックレコード・システムと繋がっていた。

知りたいことがあればネット検索をするより早く、情報に接触できる。


アカシックレコード・システムの使用料は、三分間で五百花丸ポイントだった。

高いのか安いのか、メルには分からなかった。


「チューボウ妖精の皆さん。他の料理もあるけぇー。まくるどぉー!」


よい子ラインを粛々(しゅくしゅく)と走っていた通勤快速メルは、ターミナル駅で後部車両の『分別』を切り離し、分岐器(ぶんきき)を勝手に操作して、わるい子ラインへと乗り入れた。

わるい子ラインは、【お誕生会】駅への最短コースを繋ぐ路線だった。

急いでいるので、途中駅には停車しません。






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【エルフさんの魔法料理店】

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