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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
318/370

メルのツボ



デュクレール商会がミッティア魔法王国からの撤退を完了させたのは、帝国騎士団がモルゲンシュテルン侯爵領を目指して出陣するより、二十日ほど前のコトだった。

フーベルト宰相直属の情報部隊は、ウスベルク帝国へ帰るデュクレール商会の社員たちと別行動を取り、ミッティア魔法王国の各地へ分散した。


この間ハンスは、帰還組が持ち帰った商品の整理に追われることとなった。

商会本部に呼び戻され、やっと栄転かと思いきや、倉庫を走り回って書類と格闘するハードな日々が続いていた。

その忙しさときたら、倉庫で寝起きをして、未整理の荷物が積まれた山の横で食事をするような有様だ。


ようやく終わりが見えてきところで、商品管理部長の事務所に招かれ、こう言われた。


「ハンスくん。もういいよ」

「はっ?」

「もう目途がついたから、帰っていいよ」

「えっ!休みを貰えるんですか?」


帝都で借りた宿の部屋は、私物を預けたきり、一度も訪れていない。

なんなら、この激務と向き合ってから初めての休みだった。


「これな。これをなくさないように……。お疲れさまでした」

「オツカレサマ……?」


上司に渡された茶封筒には、船のチケットが入っていた。

メジエール村までのチケットで、出航予定は明日の早朝だった。


「はぁーっ!?」


ハンスの口から驚きの声が漏れた。

失望の嘆きだ。


本社への栄転はなかった。

特別手当もなかった。

昇給もなかった。


「キミしか居ないんだ。頼りにしているよ」

「そんなぁー」


ハンスは未だに、デュクレール商会の辺境地域交易担当者だった。

そして与えられた猶予は、一日だけだ。

そんなもの、旅の準備で消える。


「メジエール村に戻るなら、貢物を買わなきゃ」


メルへの貢物である。


精霊の子は祀らないと祟る。

そう信じて疑わないハンスだった。


「号外、号外……。号外だニャー!」


久しぶりに街へ出ると、道端で妖精猫(ケット・シー)が新聞を配っていた。


「新聞かー」


最新の情報が書き込まれた紙だ。

情報を売るなんて、驚きのアイデアだった。


「一部くれ」

「あいよ」

「幾らだい?」

「普段は二十メルカだけど、号外はタダだニャ!」

「そいつはありがたい」

「ユグドラポストをよろしくニャ!!」


帝都ウルリッヒでもケット・シーの店では、メルカが必要となる。

帝国通貨のペグは、ケット・シーの両替商でメルカと交換してくれる。


【猫まんま】でおにぎりを注文し、先ほど手に入れたばかりのユグドラポストを眺める。


「なになに……。妖精女王陛下、必殺のファイナル・アルティメット・ビームを放つ……。なんじゃ、それは……?」


見出しからして意味不明である。

更に付け加えるなら、ハンスにとってメルは精霊の子であり、それ故に新聞の見出しに書かれた妖精女王陛下とメルが結びつかない。

そもそも年端も行かない少女が、危険な戦場に出かけているとは思わなかった。


「フムッ。巨大なガジガジ蟲を一撃で爆散させる破壊力か……。よく分からんけど、妖精女王陛下ってのは凄いんだな。ヴランゲル城は崩壊。バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の叛乱は、帝国騎士団によって鎮圧されたと……。こいつは、ビックニュースじゃないか!」


どうやら、ミッティア魔法王国の駐留軍も瓦解したようだ。

ウスベルク帝国の大勝利だった。


「しかしこれは、どうやって描いたんだ?」


一面に大きく(えが)かれたウィルヘルム皇帝陛下の勝ち誇る姿が、驚くほどリアルなのだ。


「いや……。わたしの知らない、新しい魔法技術か」


ハンスの推測は、(おおよ)そのところ間違っていない。

だがしかし、もっとも驚くべきはバスティアンが討たれてから一日も経過していない点なのだけれど、今一つ新聞を理解していないユグドラポストの記者(ライター)が日時の記載を忘れていたので、お話にならなかった。


異世界に持ち込まれた【新聞】は、つい先ほどユグドラシル王国の片隅で産声を上げたばかりだ。

勿論、記事を集めて編集し、せっせと新聞を刷っているのは、それぞれに特技を持つ精霊たちだった。

不具合や手落ちは、日を追うごとに減っていくだろう。




◇◇◇◇




長く退屈な船旅を終えたハンスは、デュクレール商会の荷馬車を走らせてメジエール村に到着した。


「おおー。この清々しい空気。(しばら)くぶりだなー」


ハンスの胸に懐かしさがこみあげて来る。

この地を離れたときには帝都ウルリッヒへの栄転を夢みていたと言うのに、まったく現金なものである。


「この長閑(のどか)さが、ホッとするんだよ」


何はともあれ水が合うのだ。

そうでなければ、とっくに逃げ出している。


「お帰りなさい、ハンスさん」

「やあ、チャック。私がいない間に、なにか事件はあったかい?」

「事件ですか?ああーっ。あります」


馬を荷馬車から外し、馬房へと移動させながら、チャックが手を打ち鳴らした。


「荒れ地が消えました」


商売とは直接関係ないけれど、特筆すべき事件である。


「はあ!?」

「消えたと言うか、荒れ地だった場所に緑の沃土が広がっています」

「あの呪われた荒れ地に、草木が生えているのかい?」

「かなり大きな木が生えています。それも沢山。あれはもう森です。遠くには、湖も見えますよ」

「そんな馬鹿な」


中央広場の倉庫に、帝都ウルリッヒで流行の品々を運び入れながら、チャックがアハハと笑う。

諦観(ていかん)を含む、乾いた笑いだった。


「バカげた話だけど、メジエール村ですから……。村人たちは、その話で持ち切りですよ」

「帝都なら、まず間違いなく正気を疑われるような話だな。それで、立ち入り禁止区域に入った者はいるのか?」

「いる訳ないですよ。ある日、唐突に出現した緑の平原なんて、怪しすぎるでしょ。皆、境界線のこちら側から呆然と眺めているだけです」

「フーン」


さもありなんである。

もとは古代都市の遺跡があった忌み地だ。

なんなら夜になると青白い怨霊が飛び交う、やばい場所でもある。

たぶん森の魔女さまが安全を確約してくれるまで、そこに足を踏み入れる勇者は居ないだろう。


メジエール村には、妖精や精霊だけでなく、祟りも生きているのだ。


「便利な日用雑貨に、新しい織物。こちらは、細工の凝ったアクセサリー類」

「どれも最近の流行(はや)りものだ。ちょっとした魔法具とか、ドレスなんかのデザイン集も仕入れておいた」

「デザイン集ですか……。需要があるかな?おや、これは……?リボンが掛けてありますよ」

「あっ。それは売り物じゃない。わたしが持って行く」


メルに渡す予定の貢物(みつぎもの)だった。

いつも世話になっているアビーや、小さなディートヘルムに用意した土産もある。


「あとは片しておきます。ハンスさんは、挨拶まわりに行ってください」

「ありがとう。それじゃ、よろしく」


ハンスはチャックに商品の整理を任せ、酔いどれ亭に向かった。


「こんにちは。御無沙汰しています」

「あら、ハンスさん。いらっしゃいませ。久しぶりね」


アビーが笑顔で挨拶をした。


「これ。お土産です」

「あら……。素敵なハンカチね。ありがとう」


精緻な刺繍が施された、とても美しいハンカチだ。

明らかに、普段使いの手布切れではない。

それはもう芸術品だった。


「ディートヘルムくんには、これ」

「うわー。ドラゴンの絵本だ。ありがとー、ハンスさん」


ハンスはウンウンと頷いて見せたけれど、店内に入ったときから見知らぬ女性が気になって仕方ない。

美しいエルフの娘なのだが、酔いどれ亭で新しい店員を雇ったのだろうか?

その顔立ちやプロポーションは、もろにハンスの好みだった。

だが、意識してしまうと、どう声を掛けたらよいのか途端に分からなくなる。

舌先三寸で新客開拓をしてきた行商人とは思えぬほどの、不甲斐なさである。


「ほれ。まずは茶ー飲め!」

「あっ、スミマセン」


エルフ娘が、乱暴に茶碗を置いた。

口に含むんでみると、程よく冷えたお茶だった。

暑い日には、とても嬉しい。


「ところで、メルさんは……?」

「わらしがメルじゃ!」

「はぁ?」


ハンスが首を傾げた。


「アハハ……。お嬢さん、メルさんは十歳ですよ。幾らなんでも……」

「じゅういちジャ!」

「えっ?」

「わらしは、十一歳デス」


再び、ドンと器が置かれる。


「これは……」

「黙って食え」

「ハンスさん……。それはトコロテンと言って、メルちゃんの新メニューです」


見るに見かねたアビーが、横合いから口を挟んだ。


「わらしの自信作デス。素朴な見た目からは想像もつかんような苦労の末に、ようやっと完成させた料理じゃ!」


ドラゴンズヘブンの浜辺で採取した天草もどきを丁寧に処理してから煮出し、寒天を抽出した。

なかなかに手間暇の掛かった料理である。


全ては現象界に、寒天と言う食材を定着させるため。

花丸ショップには頼らず、わざわざ食材を探すところから始めたのだ。


「片栗粉と同じく、寒天も和菓子には欠かせぬ食材であるからして……。敢えて、一から拵えたわ。美味しい教団の教祖としては、いつ如何なるときであろうとも、全力で布教に当たらねばならんのデス」


最初は黒蜜をかけたり、果汁を加えて冷菓にしていたのだが、甘いものに飽きたのでトコロテンを作った。

近所の小母さんたちだけでなく、幼児ーズにも人気の高い品である。


三杯酢をかけ、青のりと白ゴマをトッピングしたトコロテンは、見た目にも涼しそうだ。

ガラスの容器に添えられた黄色い和芥子が、ちょっとした(いろど)りになっている。


「あのー。ところで、アビーさん。新しい店員さんを雇ったんですか?」


エルフ娘の伝法な口調と、捲し立てられた話の内容に困惑したハンスは、アビーに助けを求めた。

取り敢えず、メルだと名乗るエルフ娘の正体をハッキリとさせたい。

さもなければ、会話が成立しそうにない。


「んーっ。そうなるかー」


アビーは答えに窮して黙り込んだ。


「どうしたんです?」

「あーっ。ごめんなさいね。どう説明すればよいのやら、上手い方法が思いつかなくて……」

「説明ですか?」

「はぁーっ。もう面倒だから、事実をありのままに話すわ。信じる信じないは、ハンスさんに任せます」

「それはまた、乱暴な」

「酔いどれ亭では、昔から店員なんて雇っていません。ハンスさんはメルちゃんを探してたようだけど、あの子なら最初からここに居るわ。メルちゃんねぇー。いきなり大きくなっちゃったの……。アッハッハッ……」


アビーが困ったように笑った。

ディートヘルムは聞こえているだろうに、絵本から顔を上げない。


「はい?」

「えっとですね。この()が、メルちゃんです」


アビーはエルフ娘の腰をポンポンと叩いた。


ハンスはエルフ娘の顔を眺め、豊かに膨らんだ胸を凝視し、丸みのある腰の曲線に視線を落とした。

確かに、メルが育てば、こんな感じかも知れない。

両足を肩幅に開いた立ちポーズは、メルとそっくり同じだ。

年頃の娘らしからぬ、仁王立ちである。


「エェーッ!?」

「驚いた?そりゃ驚くよね」


アビーがエルフ娘の頬っぺたをムギューッと引っ張った。


「まぁま、痛いわ。やめてんか」


メルの頬っぺたみたいに、よく伸びる。


「………………」


今度はハンスが黙り込んでしまった。

自分の理想とする女性像が、成長したメルであることは認めがたい。

何だか、もの凄く気まずい。


「おまぁー。せっかくヒンヤリさせてあるんじゃけ。はよー食わんか。もちゃもちゃしとれば、ぬるくなろうもん」

「はひぃー!」

「あっ。ハンスさん、気を付けて……」


アビーの忠告は間に合わなかった。


「ウゴッ。ゲホゲホゲホ……!」


ハンスはトコロテンを掻き込み、盛大に酢で(むせ)た。




『ギャハハハハハ……!ケタケタケタ……!!』


ハンスがメルに用意した貢物(みつぎもの)は、笑い髑髏。

(あご)をカクカクさせながら、いつまでも笑い続ける魔法の玩具だ。

テーブルに置かれた笑い髑髏は、意味もなく、けたたましい声を上げて笑う。


「ウヒャヒャヒャヒャ……」


それを見ていたディートヘルムが、(しばら)くすると腹を抱えて笑い転げた。

子供は可笑しくなくても、つい釣られて笑ってしまうのだ。


言うなれば、子供だましの玩具である。

ここでディートヘルムと一緒に笑い転げては、妖精女王としての品格が問われる。


「スン……」


メルは笑いたいのをじっと堪え、小振りの髑髏を手に取った。

プルプルと小刻みに震える手で、髑髏の口を閉じる。


『ケタケタケ…………』


髑髏が笑うのを止めた。


「キャハハハ……。ハッ!?」


ディートヘルムも笑うのを止めた。


顎の開閉が、魔法を作動させるギミックだった。

開けば笑いだし、カチンと閉じれば即座に停止する。


「申し訳ありません。まさか、メルさんが成長なさっているとは思わず」

「しょーもない」

「これは持って帰ります。何か別のものを用意しますので、ご勘弁を」

「いや。折角ハンスが良かれと選んだ土産デス。こころよく受け取りましょう」


笑い髑髏を引き取ろうとするハンスに、メルがふわりと微笑んで見せた。


「お宝……♪」


メルは小さな声で呟きながら、笑い髑髏を不気味な(ケース)に仕舞った。


「えっ。何か仰いましたか?」

「いいや。何も言うとらんヨォー」


これを持ち帰らすなど、とんでもない話だった。

幼児ーズで大受け間違いなしの品だ。

まさに子供の心を惹きつけてやまぬ、お宝である。


「早くデブに見せて、自慢したい……」


身体が立派に育っても、メルの心は元のままだった。

所詮(しょせん)メルは、メルでしかなかった。






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[一言] Q・メルはその内年齢相応の姿に戻るん?。
[一言] メルが大きくなったのはもしかしてテコ入れですか?
[一言] 箸が転がっても笑う歳は笑い袋でも笑えるのか…その謎を解くために特捜班はメジエール村へ飛んだ。
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