大人になって分かること
メルとミケ王子は、ダヴィ坊やが運転するライトニング・ベアの座席から滑り降りると、お洒落な店構えの仕立て屋に向かった。
ティナの母親が経営する仕立て屋は中の集落にあるけれど、中央広場からそこそこ離れていた。
ここから少し歩けば、タリサの家に到着する。
タリサの家は雑貨屋だ。
両家ともに、父親は畑の世話をしている。
アーロンが用意したラヴィニア姫の屋敷は、手習い所と仕立て屋の間くらいに建っていた。
ティナは居ない。
今の時間、ティナとタリサは手習い所の特別教室で、錬金術を勉強している。
「たのもぉー!」
いつもの調子で、メルが声を上げた。
「いらっしゃいませ」
「こんちわ。ニナ小母さん」
「あらあらダヴィくん。珍しいわね。メルちゃんと一緒じゃないなんて……」
「ウムッ」
ダヴィ坊やとミケ王子に、美しいエルフ娘の組み合わせだ。
誰もエルフ娘をメルとは思わない。
メジエール村にエルフの出張所ができてから、この辺りでもエルフを見かける頻度がグンと上がった。
敢えて推察するなら、ダヴィ坊やがエルフ娘に頼まれて、案内役を引き受けたのだろう。
であるなら、ここはダヴィ坊やを褒めて上げなければなるまい。
「偉いわね、ダヴィくん。エルフのお姉さんを案内して上げたのね」
ティナの母親ニナは、笑顔でダヴィ坊やを誉めそやした。
「あーっ、ニナ小母さん。わらし、メルです」
「そうそう……。この人はメルだよ」
メルの横で、ミケ王子が太鼓判を押した。
「エェーッ。ホントなの、ダヴィくん?」
「まあ当人は、そう言っている」
ダヴィ坊やは、メルをチラ見して肩を落とした。
「くぬやろう。あんだけトロを食わせてやったのに、その言い草は何や!」
「うわっ!!」
メルはダヴィ坊やを抱え上げ、ベアハッグを決めた。
相撲で言うところのサバ折りである。
これまでと同じであれば、抱きしめて背骨を責める技に過ぎないのだけれど、成長したメルの身体だとまったく違った効果が発生する。
ダヴィ坊やの顔はメルの双球に押し付けられ、満足に息ができない。
それだけでなく、男の子のアレが状況を弁えずに反応して、大変なことに。
「どうだ、参ったか?」
「ムギュギュギュ」
ダヴィ坊やは降参の意思を伝えるべく、メルの身体をポンポンとタップした。
メルの拘束が緩み、くったりしたダヴィ坊やの身体が店の床に落ちる。
「ブヘッ!ハァハァ……」
「デブよ、わらしの怒りを思い知るべし」
「おっ、おまえぇー。さてはメル姉だな!?」
俯せになって股間の変化を隠したダヴィ坊やは、漸くエルフ娘=メルであると認めた。
「今さらじゃ!」
メルの乱暴狼藉を目にしたニナは、娘のティナに似た優しげな顔を顰めた。
エルフには癇癪持ちが多いと聞いているけれど、これはあんまりだ。
年頃の娘として、色々と問題がありすぎる。
「ダヴィくん、大丈夫?」
自分のおっぱいに少年の顔を押し付けるなんて、いったい何を考えているのか?
純情なダヴィ坊やが、可哀想すぎる。
「ボクは平気です。このくらい、いつもメル姉にやられているから」
「あなたも、子供に乱暴するなんて……」
「むっ。いくら言うても分からへんので、ついカッとして」
欠片も後悔していないメルだった。
「はしたない真似は、控えなさい。その短気を直さないと、いつかメジエール村から追い出されますよ」
「スンマセン」
面倒臭そうに頭を下げたメルは、ニナからドロワーズを購入すると、その場で穿き替えた。
これ以上、一分一秒たりとも、アビーの下着を穿いていたくなかったからだ。
「あらまあ……。お客さま、店内で着替えては駄目ですよ。着替えるなら、奥の試着室を使って下さいな」
「なんでやねん?」
「そんなの……。破廉恥だからに決まってますわ」
ふと目をやれば、ダヴィ坊やが気まずそうな様子で、そっぽを向いていた。
「なるほろー」
流石のメルも、何がいけないのかに気づき、頬を赤く染めた。
ポンコツとはいえ、転生前は男子高校生である。
心身ともに健康な兄も居た。
兄が隠し持っていたエロ漫画も、こっそりと見た。
樹生だって、エロが何かくらいは、僅かなりとも心得ているのだ。
(女の子で、身体が成長したってことは、そういう視線に曝されてしまうのか……)
それこそ今更な話ではあるが、改めて意識してみると結構ショックな事実だった。
身体の意味が、すっかり変わってしまったのだ。
メルの美貌とナイスバディは、当人の意思に関わらずエロ信号を発生させる。
これまで通りの行動を続けたなら、そのあれやこれやが男性に向けた挑発行為と受け取られかねない。
身に着けた衣類でさえ、特殊性癖を持つ男たちには性的なシグナルとなり得るのだ。
下着を脱ぎっぱなしで放置するなど、もっての外だった。
今のままだと、他人の視点に立てば、見境なく男を欲しがる品性下劣な痴女だ。
メルがどう言い訳したところで、世間の評判は覆せない。
「うわー。めんどい!!」
メルは悲痛な表情を浮かべ、頭を抱えた。
「これが、オトナですか?」
女性が結婚適齢期を迎えるとは、そう言うことだった。
メルの成長具合は、そのちょっと手前くらいのところであろうか……。
「お買い上げ、ありがとうございます」
「どういたまして……」
メルは魔法の収納ポーチに、購入した数着の衣類とアビーのドロワーズを仕舞った。
「もう、乱暴をしてはいけませんよ」
買い物を済ませ、店から出ようとするメルの背に、ニナが声をかけた。
「はいデス。意味もなく乱暴はせん。デブとわらしは、仲良しさんデス」
どうやら、やんちゃもダメだった。
外見年齢に差があるメルとダヴィ坊やの取っ組み合いは、見た目が児童虐待になってしまうからだ。
「よぉーく考えて行動せんと、わらしの評判がヤバイ」
まさに由々しき事態であった。
そしてティナの母親であるニナは、成長してしまったメルを最後までメルと認めなかった。
これもまた、由々しき事態であった。
この日、この時より、メルの涙ぐましい努力が始まった。
淑女に相応しい仕草を身につける、特訓だ。
◇◇◇◇
「で、アナタは誰よ?」
「わらしはメルです」
「メルー。どこに隠れているの……?もうバレているんだから、出て来なさいよ」
「そうです。わたくしたちを騙して楽しむのは、いけないことです」
「メルちゃん。タリサたちに怒られるから、やめた方が良いよ」
メルが思っていた通りの展開だった。
タリサやティナはまだしも、ラヴィニア姫まで大きく成長したメルを受け入れようとしなかった。
心霊治療の奇跡により幼児となったラヴィニア姫でさえ、常識に邪魔されて真実に至ることができない。
それは……。
ある日、いきなり大人になる子供なんて、普通に考えたなら存在しないからだ。
「アータらのことは、よぉーく理解しています。まぁまやデブで予行演習もしました」
「なによぉー。そうやってメルの話し方を真似たって、ダメなものは駄目なんだからね」
「そうです。わたくしより大きなメルちゃんなんて、あり得ませんわ。それにメルちゃんは眼鏡をしています」
「あぁーっ眼鏡ですか。大きゅうなたら、視界が良好になりました」
「だとしても、メルちゃんのお胸はペッタンコだもん。その姿でメルちゃんだと言い張るには、無理があると思うの。幾らなんでも、盛りすぎです」
「むぅーっ。あーだのこーだの言わんと、わらしの話を受け入れ―や」
「「「絶対ムリ!!!」」」
期せずして、三人の台詞が重なった。
「そうかい」
メルが肩を落とし、ため息を吐いた。
「注目!ここに素敵なカードを用意しました」
メルはエルフさんの温泉宿で豪遊できるプラチナカードを取り出して見せた。
アロマにマッサージ、浜辺での楽しいイベント各種に、愉快なショーを見ながら豪華料理が食べ放題の無料カードだ。
「わらしをメルだと認めた人に……」
「メルー。どうして大きくなっちゃったの!?」
「メルちゃん。あなたがどのような姿になろうとも、わたくしたちは友だちですわ」
「あーっ、確かに……。その物で釣る卑劣さは、メルちゃんね」
タリサとティナが、お姉さんになってしまったメルに抱きついた。
ラヴィニア姫も仕方なく、二人に迎合する。
こうして事態は、メルが『プレゼントします』と言い終えるより早く、収束に向かった。
「ちっ。タリサたちは、調子が良いな」
幼児ーズの女子組は、ダヴィ坊やが驚くほどに現金だった。
メルの説明を信じてはいないが、プラチナカードの対価として茶番にも付き合う。
そんな中途半端さをダヴィ坊やは善しとしなかった。
「メル姉。なんかモヤモヤしないか……?あいつら不純だぞ」
「デブ。取り敢えず、これでエエんや!」
メルが首を横に振った。
メルにしてみれば、タリサたちに拒絶されないことが何より大事だった。
拒絶されて距離を開けられたら、納得してもらえる機会が激減してしまうからだ。
一緒にいられる時間は、とても大切なのだ。
一方でメルは、ラヴィニア姫のことをまったく心配していなかった。
ミケ王子の例がある。
殆どドリアード(精霊)と言えるラヴィニア姫は、暫くすれば真実に気付くだろう。
何しろメルは精霊の子であり、妖精女王陛下なのだから……。
「それにしても暑いわ」
はしたない女と見られないよう、メルは生地が薄いシュミーズの上に夏用のジャケットを羽織った。
シュミーズの生地にツンと浮いてしまう乳首の突起を隠すためだ。
アビーには自意識過剰だと笑われたが、気になるし、恥ずかしいのだから仕方ない。
「このわらしが、男の視線を気にするとは……。そんな日が来よるとは、思いもせなんだ」
メルにしてみれば、世も末と言うことになる。
突発性の男アレルギーである。
年頃の村娘たちは発情した男どもの視線を奪えば自慢になるので、重ね着などしない。
村娘たちの胸に突起が浮いて見えるのは、そこそこ普通の景色だった。
だけどメルが同じことをすると、注目度が違うのだ。
道をすれ違う男どもが、そろってガン見する。
足を止める奴もいる。
やられてみると、非常にうざったい。
酔いどれ亭の店先で水撒きをしていたとき、オッパイを凝視しながら道を尋ねた男に、メルの怒りは膨れ上がった。
ブチ切れ寸前である。
もしマルグリットが気づいて止めなければ、男の命が危なかったかも知れない。
そこで望まぬ傷害事件の発生を避けるため、愛用のハンモックに寝転がり、午睡を取ることにした。
妖精母艦メルはクールダウンすべく、暫しドック入りである。
一瞬即発の状況から脱して、乗組員(邪妖精)たちも一安心だ。
「まあ、暑いからな。薄着になるんは、しゃーないやろ!」
精霊樹に設置したハンモックで揺られながら、村娘たちの涼しげな装いを眺め、メルはイライラを募らせる。
「メルも薄着にすればいいじゃん」
「ミーケは呑気でエエのぉー」
「ボクだって暑いよ。毛皮だし」
「毛皮ゆーても、それは夏毛やん」
「夏毛でも。毛皮は毛皮だよ。脱ぎたくても脱げないし……。ねえねえメルー。ボクにウチワを買ってよ」
「おっ、そうや。うっかり忘れとった」
メルは扇を手にして、パッと開いた。
一瞬にして涼しさが全身を包む。
「これはエエ……」
そう言いながら、扇が収納されていた魔法の指輪を見る。
「んっ!?」
メルが大きくなって寝間着は破れてしまったのに、何事もなかったかの如く右手の中指にキラリと光る指輪。
つい先ほどまで気にも留めていなかったのだけれど、こうなってみると不思議だ。
何かが心に引っ掛かり、とっても気になる。
「むむむ……」
つらつらと思い返してみれば、この指輪を嵌めた翌朝に此度の異変が起きた。
メルに指輪を献上したのは、ユグドラシル王国から派遣された女官だ。
クリスタの紹介で、確かクラウディアとか言った。
「わざわざ指輪と扇を渡しに来たぁー?そんなことあるかい!?」
あの二人の目的は、何処にあるのやら。
実に怪しい。
「コイツかぁー!!」
幾ら鈍いメルでも、ここまでくれば指輪の正体に気づく。
クリスタと女官はメルに大人の対応を求めるべく、タッグを組んだのだ。
妖精女王たるもの、常に思慮分別ある淑女として行動せよ。
それはユグドラシル王国からのメッセージであり、クリスタの口癖だった。
「クゥーッ。どう頑張っても抜けへん!」
RPGに付き物の呪われた装備と同じで、一度嵌めたら外せない仕様だ。
悔しいけれど、メルにはどうにもならなかった。
「メルはずるいよ。こんな素敵なアイテムがあるのに、隠しているんだもん」
「そうですか」
「あおがなくても涼しいなんて、サイコーだね」
「………………」
「ねっ、メル♪」
諦めてぐったりとしたメルの腹に寝転がり、ミケ王子は木漏れ日の下で涼しさを満喫した。
フカフカと柔らかいおっぱいが、枕に丁度よい。
横寝から、やがてヘソ天へ。
「これはいいものだ」
メルのおっぱいは、ミケ王子のお気に入りになった。








