妖精たちが喜ぶので……
輪廻転生システムがフル稼働を開始して、メルの花丸ポイントは一気に増えた。
まさにパチンコの確変である。
「一兆越えって……。ウハウハじゃ!」
花丸ポイントの表示にはゼロがたくさん並び、数えるのも面倒くさい。
もう、一生遊んで暮らせるお大尽さまだ。
だが財産と同じで、上手に花丸ポイントを運営すれば更なる増資を見込めそうだ。
そのことを実感したメルは、転生してくる人々のために生活可能なエリアを広げようと考えた。
「おおーっ。産めよ増やせよ地に満てよ。われは妖精女王なり!」
と言うことで、タブレットPCに表示された地図を睨みながら、生まれて来る子供たちが快適に暮らせるエリアを用意する。
エルフの里を作ったときと同じノリで、ドワーフたちが暮らす地域にも花丸ポイントを注ぎ込む。
タルブ川に沿って点在する開拓村の周辺にも、どっさりと花丸ポイントを投下。
魔法学校の施設も拡張し、より多くの子供たちが学べるようにした。
「妖精さんと人々が楽しく暮らせる土地を山ほど作るんじゃ。皆の感謝が、概念界を豊かに変えてくれよう。そしたら、わらしの花丸ポイントもドカーンじゃ!」
夢のような話だった。
クイッと眼鏡を直すメルの瞳は、病的な熱を帯び、潤んでいた。
ギャンブル狂の目つきだ。
「姉さま。そんなに花丸ポイントを使って良いのですか?」
「マルーよ。今のわらしにとって、一億ポイント程度は、お小遣いじゃ」
「…………一億が、お小遣い」
驚いたマルグリットの眼が丸くなる。
「そうじゃぞ」
「あのー。そう言う事でしたら、わたくしにもアイスクリームを買ってくださいませ」
モジモジしながらマルグリットが強請った。
マルグリットは甘いお菓子が大好きだった。
妹分の可愛らしいお願いである。
「よかよか。お姉ちゃんに任せんしゃい。なぁーんでも、マルーの欲しいもんを買うてやるさかい」
「やったぁー」
マルグリットはタブレットのモニターに表示された花丸ショップの商品リストから、高級アイスのセットを指さした。
以前、『贅沢は許さへん!』とメルにデコピンを喰らった、高級アイスのセットである。
「ほぉーん。マルーは、これがエエんかい?」
「はい」
メルは少し考えた。
メジエール村は夏を迎え、木陰から出たなら猛烈な炎暑である。
弟のディートヘルムもへばっている。
皆アイスは食べたかろう。
「よし。アイスは好きなだけ食べてもいいから、ちょこっと頼まれてくれんかのぉー」
「お仕事ですか……?」
「なぁーに……。村人に無料でアイスを配る、簡単なお仕事じゃ。ディーと一緒に、やってみませんか?」
「外は暑いです」
「摘まみ食いあり。おかわりあり。コーンに何段重ねてもエエよ。一切の制限はなしじゃ。アイスがのおなったら、わらしが幾らでも補充します」
エルフさんの魔法料理店にて、アイスの無料サービスだ。
「やります」
マルグリットは力強く頷いた。
取り敢えずメルは、業務用の大容量アイスを十ケースとワッフルコーン、アイスクリーム・ディッシャーを購入した。
販売用の冷凍庫がついた、ラブリーな屋台も用意する。
布製の日除け屋根が、可愛らしい。
「幟も作ったる」
「姉さまが……?」
「なんか文句でもありますか!?」
「いいえ」
涼しげな青い布地に、『マルーのアイス屋さん』と赤い文字が大書された。
メルが書いたので、赤いインクが垂れておどろおどろしい。
文字はギリギリ読めるが、ちょっとイヤだった。
オシャレな屋台に不釣り合いだ。
マルグリットの美的センスは、かなり上等な部類に入る。
しかも幟なら、軍旗と大差ないように思えた。
それらしいものを作る自信はあった
「少なくとも、姉さまよりはマシ」
この日からマルグリットとディートヘルムは、メジエール村の中央広場で美味しいアイスクリームを配るようになった。
無料で美味しいのだから、言うまでもなく大盛況である。
アイスクリーム効果で、メジエール村の中央広場を訪れる人の数がグンと増えた。
メルとアビーはアイスクリームが欲しくて集まった村人たちに、焼きそばやトウキビを売りまくって大量のメルカを稼いだ。
暑い夏の日には、塩分もまた喜ばれるのだ。
◇◇◇◇
夕暮れ時の田舎道をライトニング・ベアが疾走する。
〈見せたいものがあるのぉー〉
〈コッチ、コッチ〉
妖精たちはメルが操るライトニング・ベアを先導して、メジエール村の舗装路を北西へと向かった。
「なあ、妖精さん。そっちには荒れ地しかないで……」
メジエール村と北東の端っこで隣接する忌み地は、遠い過去に滅びた文明の遺跡を残すのみ。
悪霊たちと淀んだ瘴気が障害となり、草木も生えぬ不毛の地だった。
霊蔵庫を作成していたときに度々訪れた荒れ地であるが、メルの新世界創造計画からは外されていた。
ここは茫漠たる砂漠であり、人の精神を蝕む瘴気の溜まり場だった。
「なぁーんとなく、妖精さんの言いたいことは分かった」
この地を浄化するには、とんでもない花丸ポイントを必要とする。
それ故に、見て見ぬ振りをして来たエリアなのだ。
〈アレ見て〉
〈ちゃんと見て〉
妖精たちが示した場所には、数本の草がへロリと生えていた。
熱と乾燥と瘴気の影響で、今にも枯れてしまいそうだ。
〈カワイソウ〉
〈妖精女王陛下、あの子たちを助ける〉
妖精たちはメルの周囲をクルクルと飛び回った。
〈ナオシテ、ナオシテ!〉
〈キレイ、キレイにするの……〉
「うーむ。費用対効果と言うもんがあってなぁー。ここは、それが最悪なのデス」
〈ナオシテ、ナオシテ!〉
〈キレイ、キレイにして欲しいの……〉
「グヌヌヌヌッ……。ここを浄化するには、五千億ポイントも必要になるのですぞ!」
ライトニング・ベアを忌み地との境界に停めたメルは、ヘルメットとゴーグルを外し、夕日に照らされた遺跡群をじっと見つめた。
〈出し惜しみ!〉
〈けちん坊〉
妖精たちがメルのおでこに、全力で体当たりを始めた。
「うぉー。ウザイわぁー。分った。分かりました。アータらの、お願いを叶えましょう」
妖精女王陛下は、泣く子と妖精さんに勝てなかった。
◇◇◇◇
概念界に於いて、古くから存在する精霊たちが宮殿に集まり、緊急かつ重要な会議を開いていた。
「つい先ほど……。妖精女王陛下が、古代ドンウォン共和国の領土を浄化なさいました」
議長席に座った精霊が会議室のテーブルを囲む一同に向かい、穏やかな口調で語りだした。
その精霊は、美しい女性の姿を持っていた。
何なら女神と呼ぶ方が相応しかろう。
「あの忌まわしい忌み地が消え失せたか」
「これでユグドラシル王国を現象界に打ち立てることができますな」
「妖精女王陛下を玉座に迎えることは、我らの悲願」
「稚い陛下の粗暴さを看過するのであらば、今のままユグドラシル王国へお迎えすることができます」
議長は歓喜する精霊たちに、まだ解決せねばならぬ問題があることを匂わせた。
「議長殿は、陛下に至らぬ点があると申されるのだな」
「今のままで良いかと問われるなら、素直に頷けぬ点はあります」
「うむ。そこは我らで話し合わねばならぬだろう」
手放しの喜びから一転、精霊たちは解決すべき問題と向き合うべく、姿勢を正した。
「では……。このままで構わぬと思うもの、早急に解決すべきであると思うもの。それぞれの意見を伺うとしましょう」
議長は女性らしい所作で、会議のために用意された書類を捲った。
精霊たちは例外なく美しく、威厳を備えていた。
ウロコや角がある龍。
焔を纏う火蜥蜴の精霊。
蝶の羽を持つ、草原の精霊。
雪原を疾駆する、氷狼の精霊。
様々な姿を持つ精霊たちだけれど、そこには確固たる調和が存在した。
「それでは、私見を述べさせて頂こう。不敬な発言であるかも知れぬが、陛下の美的センスにはちと問題を感じる。いいや、最低だ」
「しかり……。あの調子で新しい精霊を創られたら、ユグドラシル王国の評判を落としかねない」
「見た目は重要だからな」
「真っ当な姿を与えられなかった精霊たちも、不満を持とう」
「さよう。集中治療室(ICU)の精霊と申したか。医療を司る精霊が、悪霊と見まごうような姿なのは拙かろう?」
「大工の精霊とやらも、言葉遣いがべらんめえ口調だ」
「儂はカメラマンの精霊とやらが気になる。あの黒いクラゲはなんだ。くねくねと頼りない!?」
「どれもこれも優秀な精霊でありながら、残念な姿よのう」
精霊クリエイトでメルに生み出された精霊たちの、外見的な不調和が次々と指摘された。
「皆さん、お静かに……。確かに妖精女王陛下のデザインセンスは、壊滅的です。しかしそれは私どもが、精霊クリエイトのさいに手を貸せば済むこと。まず現実的な問題として取り組むべきは、陛下に相応しい行儀作法を身に着けて頂くことにあると考えます」
議長が皆を黙らせ、悪魔王子に指示を与えた。
会議室の壁にメルの姿が映し出される。
カメラマンの精霊が撮影した、特筆すべき点のない日常風景である。
ただしそれは、メルが妖精女王陛下でなければの話だった。
大きなお友だちが演奏する曲に合わせて、メルは激しくお尻を振っていた。
往来で、こっそりと鼻くそを穿っている場面もあった。
会議室に集まった精霊たちは、これまで知らされていなかった妖精女王陛下の素行に息を呑む。
その行儀作法たるや、野生のサルと変わらなかった。
「これは……」
「何と言うことだ。見るに堪えん」
「おい。道端に落としたクッキーを拾って食べているぞ」
「ヌォォォォォーッ。悪魔王子よ。キサマが付いていながら、何という体たらくだ!」
「誠に……。誠に申し訳ございません」
悪魔王子は精霊たちの前で拝跪し、声を震わせた。
その顔色は真っ青である。
「皆さん驚きでしょうが、これは単なる一例に過ぎませぬ。陛下の在りようは、まさに野生児。玉座について頂くには、それ相応の教育が必要となるでしょう」
「儂は議長殿の意見に賛同する」
「なるほど……。今日の議題に挙げられた陛下の教育係を決めるとは、このことですか?」
「どうやら、そのようだな」
「妖精女王陛下に相応しい、教育係か……」
「これは、よくよく吟味せねばならぬのぉー」
教育係には、有能な精霊が必要だった。
妖精女王陛下メルに負けない、強い精霊が望ましい。
言うならば、ひと睨みで妖精女王陛下を従わせるような、厳しさを備えた精霊である。
「思い当たらん」
「わたしの配下にも、相応しいと思われる精霊はおりません」
「こうなれば、一から創造するほかあるまい」
「フムッ。フォーマルの概念から、強力な精霊を生みだそう」
「それがよい」
意見の一致を見た精霊たちは、フォーマルの精霊を生みだすことにした。
こうして儀典長の精霊が誕生するのだった。








