斎王さまの底力
「ブホッ……。ゲホゲホ、グェーッ!」
和樹は頬張っていた卵ロールパンを喉に詰まらせて、盛大に咳込んだ。
「…………みず。水」
真っ赤な夕焼け雲が渦を巻き、上空へと向かってロート状に陥没し、そこから巨大な二体の骸骨が降って湧いたことに驚いたのだ。
「ゲフッ。おいおい……。骸骨なのに、サイズがおかしいだろ!」
形状は人骨だが、その背丈は集合住宅の屋根に肘を付けるほど高い。
領都ルッカに降り立った怖ろしげな骸骨は、屍呪之王や蟲の怪物より大きかった。
「樹生のアホは、いったい何と戦っているんだよ!?」
次から次へと規格外のサイズを持つ怪物が現れるので、スケール馬鹿になりそうだ。
それでも取り敢えず、骸骨たちがメルの敵ではなさそうなので、胸を撫で下ろす和樹だった。
「それにしても……。巨大スケルトンが味方って、どうなんだ!?」
転生希望者A: やっべー。やっべー。蟲の怪物よりデッカイ骸骨が降ってきた。それも二体。
はろたん: ニキアスとドミトリ?
黄金のスケルトン: 登場したモンスターの名前が画面に表示されるとは、まるで子供向けのTV番組ではないか……。
茶色いアレ: 特撮ヒーロー物な。
オレが魔法少女: うわぁー。えげつない。あの骸骨たち魔法書のようなものを手に持っているのに、攻撃が物理だよ。
ヒマ蔵: ツェーな、骸骨。あの分厚い本で殴られるたびに、蟲から汁が飛び散ってる。
Toby Tiger: はじめまして、皆さん。私はトビーです。どなたか私に教えて下さい。ゲームの題名。メーカーはなに?
ぬるま湯: トビーが、翻訳アプリを使いだしたぞ。w
転生希望者A: トビーさん。ゲームのシナリオ・ムービーじゃないから。異世界だから。
耳長族: と言うか……。首無し騎士、いい加減マルグリットたんを開放しろ!
ぬるま湯: そうだぞ。嫌がる幼女を抱っこするような怪しからん奴は、騎士じゃない!!
右のボタンを押せ: 確かに……。紳士協定に反する、唾棄すべき逸脱行為ですね。
オレチン: あいつ、頭に愚劣王ヨアヒムって表示されてた。
ぬるま湯: ちっ……!頭は別に名称があったのかよ。オレは首無し騎士の表示しか見ていなかった。
ヒマ蔵: 愚劣王ヨアヒム、ピッタリだな。
ラリパッパ: こちらの世界で暮らしているヨアヒムさんが、気を悪くするぞ。『もし存在したら……?』の話だけど。
ヒマ蔵: いや。ピッタリなのは、愚劣王。
ホクホク: 愚劣王と呼ぼう。
Toby Tiger: 私は、これを遊びたいです。どなたか、私にゲームの題名を教えられますか?
転生希望者A: だから、異世界だって……。ゲームじゃないの……。
そんなやり取りをしていると、モニター画面が分割され、トンキーに跨る幼児ーズの姿が映し出された。
巨大ガジガジ蟲の横腹に出現した積層魔法陣が、一枚ずつ剥がれ飛ぶ。
メルとガジガジ蟲が、等間隔に並んだ魔法陣で一直線に結ばれ。
上空からの映像が、猛烈な閃光を捉えた。
赤く染まったルッカの街並みを縫い、青白い閃光が走る。
レーザービーム!!!!
ドーン!!
吸い込まれるようにしてターゲットに命中したレーザービームは、巨大ガジガジ蟲を爆散させた。
右のボタンを押せ: FUB……。ファイナル・アルティメット・ビーム……?
オレが魔法少女: クイーンビームだと……?ハイエルフの奥義か!?
ホクホク: さすメル。美味しいところは持って行く。妖精女王陛下、バンザイ。
リンリン: すっごぉー。腰抜けた。
耳長族: メルたんの目から煙が……。大丈夫なのかぁー!?
Toby Tiger: WTF!!WTF!!!Oh my God!
はろたん: WTFって?
茶色いアレ: What The F○ck!スラングだ。『なんじゃそりゃ!?』だと思えば、ほぼ正解。
はろたん: トンクス、う○こさん。
茶色いアレ: YW
はろたん: なんと……?
茶色いアレ: You are Welcome.『どういたしまして』と……。
はろたん: ……ッ。日本語プリーズ。
茶色いアレ: k(了解)
黄金のスケルトン: たく。海外勢とやり合うネトゲプレイヤーは、妙に英語慣れしやがって……。英語が得意なら、トビーに説明してやれよ。
茶色いアレ: それは嫌です。と言うか、無理。オレ、FPSで使う用語しか分からんモン。
ヒマ蔵: 役立たず。
オレチン: 役立たずだ。
ラリパッパ: あえて言おう、カスであると……。
茶色いアレ: ひどい。
オレチン: いやー、楽しめた。映画館に行くより良かった。チケット代です。3000円。
猫耳太郎: お布施です。ミケ王子に、チュ○ルを差し上げたい。1000円。
『皆さんありがとぉー。皆さんの支援金は、ユグドラシル王国復興のために活用させて頂きます。なお領都ルッカ攻防戦は、後半へと続きます』
ヒマ蔵: えっ。まだ続くのか?
明日の爺さん: 長時間の動画観賞は、老体に酷だ。目がしょぼついていかん。
ぬるま湯: 後半戦って……。
『えーと。後半は海上戦です。ミッティア魔法王国の海軍が増援部隊を出しているので、これをユグドラシル王国の海軍が迎え撃つようです。開戦予定時刻は、これより五時間後となります』
耳長族: まじか……。
転生希望者A: 飯食って、シャワー浴びて、タイマーセットして寝る。
ヒマ蔵: オレも。
『では、23:00に……』
音声入力を切り、ヘッドセットを外した和樹は、椅子の背もたれに身を預けた。
「フゥーッ」
メルが強ければ安心だが、クイーンビームはどうなのかと……?
「目から怪光線だよ」
カワイイ妹が、何か別のものになっていく。
五時間後、和樹とネット民たちは、ユグドラシル王国の海兵を目にして、あんぐりと口を開けた。
「おいおい。幼女エルフのパンチラはモザイク処理なのに、人魚が真っ裸じゃないか!?」
人ではなく、モンスターのカテゴリーだから、裸の上半身にモザイク修正なし。
おっぱいポロンどころの騒ぎではない。
おっぱいの乱れ咲きだ。
これではヌーディストビーチである。
ビーチではないけれど。
「成人指定を入れておいて良かった」
戦争なので、もしやと思い設定しておいたのだが、危うくチャンネルBANを喰らうところだ。
途中、斎王ドルレアックの台詞が字幕として表示された。
『容赦なく殺せ。九割の兵を無残に切り刻み、残る一割の兵に忘れ得ぬ恐怖を刻印せよ。われらの存在をミッティア魔法王国に知らしめるのだ!!』
鬼火を従え、夜の海原に立つ巫女将軍。
その凛とした姿は、ネット民たちを大いに興奮させた。
それほど斎王ドルレアックの存在は、鮮烈だった。
ホクホク: かっけー。
黄金のスケルトン: 惚れた。男の娘でも構わん。それがし惚れましたぞ。
ぬるま湯: 男の巫女さま、怪しい魅力。
リンリン: 白瑪瑙たんもカワユス。
転生希望者A: 男の娘と表示されてたけれど、本当に本当か……?俺には美少女にしか見えないんだが……。
明日の爺さん: 冷酷凄惨たる戦場にありて、薫風漂わせる爽やかな立ち姿。なんと凛々しい。
Toby Tiger: Holy shit! He!? You must be kidding? That's a girl, right?
茶色いアレ: No no no. She is a man.
Toby Tiger: Oh,Boy! Really?
茶色いアレ: Yes. That's right!
Toby Tiger: OMG! He is so cute. He's hot.
皆して、斎王ドルレアックをべた褒めだ。
今ここで人気投票をすれば、ぶっち切りだろう。
◇◇◇◇
夜に眺めるエルフさんの温泉宿は、提灯の灯りに照らされて和の風情がある。
立ちのぼる白い湯けむりも、温泉宿の情緒を存分に伝えてきた。
「あーっ、温泉だねぇー」
「ミケさんは、お風呂が嫌いデショ?」
「温泉は別だよ。ボクは温泉が大好きさ。心が癒されるもん」
「そう……」
メルは釈然としない顔になった。
よく分からないネコだ。
「メルちゃん。お帰りなさい」
「ラビーさん。たらいも」
温泉宿の前でラヴィニア姫とメルが、コブシをぶつけ合わせる。
タリサとティナも、ダヴィ坊やと同じことをしていた。
年齢が上がり、幼児ーズの挨拶はハグとチューから、コブシでのやり取りに変わった。
タリサとティナは、チューが恥ずかしい年頃になったのだ。
「ラビーさん。ハンテンも無事です」
「マルちゃんが、ハンテンのお世話をしてくれたんだ。ずっと抱っこで疲れたでしょ。ありがとぉー」
「当然のことです。わたくしもハンテンに助けられました。抱っこくらい、何でもありませんわ」
疲れ切って寝ていたハンテンは、マルグリットの手からラヴィニア姫へと返却された。
ハンテンはもう、互いに助け合い死線を越えた戦友だ。
マルグリットが心を許す仲間だった。
「さあ、温泉に入ろう」
「メル姉。その前に、宿賃を払わないと駄目だぞ!」
「デブは宿屋の息子じゃけ、こういうことは忘れんよな」
「宿屋の息子とか、関係ないよ。常識です」
ミケ王子がダヴィ坊やの肩を持った。
「女将さん。子ろも二人、動物三匹……」
「ボクも動物カテゴリーなの……?」
「見た目、ネコじゃん」
「ブタや犬と一緒?」
「ブゥー、ブゥー!!」
オープン記念が終了し、一般客は有料となった。
露天風呂の無料券は、メジエール村の役場で配っている。
宿泊料は、全員で三万メルカだった。
勿論、食事つきだ。
「宿賃、たこぉなった?」
「ブッカ高か?」
「物価ではございません」
「だったら何よ?」
「サービスが増えました。新しい施設の使用料を含んでおります。ご利用になりますよね?」
「新しい?」
「こども風呂を増設しました。ジャングル風呂です」
「えっ!?」
「流れる温泉プールに、ウォータースライダーが設備されております」
女将の真珠が、得意げに言い放った。
「エエーッ!!」
メルとダヴィ坊やが、タリサたちを振り向いた。
「すごかったよ」
「とっても楽しかったですわ」
「うん。こども風呂なのに、とっても広いの」
「マジかぁー」
もう我慢できない。
こども風呂へGOである。








