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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
305/370

輸送船団を襲った悪夢



夜を迎えた領都ルッカには、天へと枝葉を伸ばした光の大樹があった。


星空の下で執り行われる荘厳な祭式(セレモニー)は、光の乱舞だった。

長きに亘り現象界に囚われていた悪霊たちが、重き恨みから解き放たれ、来世へと送られて行く。

生命樹の枝は、来世への道を示す道標だ。

生命樹と同化して念素を分離された霊魂は身軽になり、思い思いの枝を辿って己が望む未来へと進む。


それはまさに、心奪われる夢の如き光景だった。


「何だ、おい。泣いておるのか……」

「…………黙りな。人の屑が」

「うむっ!」


愚劣王ヨアヒムは、調停者クリスタを見て軽口を叩こうとしたのだが、それ以上の言葉を差し控えた。


とうの昔に諦めていた景色が、今目の前にある。

詰まらぬ揶揄(からか)いのネタにしては、申し訳なかった。




「あれが生命樹であるか……!?」


オリフベル沼沢地の陣幕に立つウィルヘルム皇帝陛下も、領都ルッカに聳え立つ光の大樹を見て、感動に声を震わせた。


妖精たちの助力があったとは言え、変異した魔導甲冑との戦いは厳しかった。

重装歩兵の多くは負傷し、疲弊しきっていた。

騎馬の損失も軽視できない。


それでも、ウスベルク帝国軍は勝利したのだ。

空を覆っていた分厚い瘴気の雲は消え去り、悍ましい蟲どもも命尽きて落ちた。


「これが勝利か……。わしも軍も満身創痍ではあるが、不満などない。何より、褒美が大きすぎる」

「ははっ!些か、実感が湧きませぬな」


ヴァイクス魔法庁長官も生命樹を眺めながら、その幻想的な光景に首を傾げた。

自分たちが立ち会った歴史的な偉業を考えると、非現実的すぎて口元がヒクヒクと痙攣する。

ともすれば理性を手放して、笑ってしまいそうだった。

そんな馬鹿げた話は、あり得ないと……。


だが、キラキラと煌めく生命樹の存在が、何よりの証左であった。


「この目で生命樹を見ることができるとは、夢にも思っていませんでした」


ルーキエ祭祀長は、もう生命樹に魂を奪われたかの如く、祈りの姿勢を崩さない。


「生命樹が再生されたので、輪廻転生システムも復活したはずです」


ビンス老人が周囲を飛び回るオーブに、感謝の目礼をした。

全てはユグドラシルに通じる、妖精たちの手柄なのだ。

今宵、現象界と概念界の道が通じた。

この地に、妖精郷が復活する。


ビンス老人の傍でカレーパンを食べていたヤニックたちは、とても疲れた目をしていた。


「なあ、おい。信じられるかよ。あの怪物どもを相手に、俺たちは何をしようとしていたんだ?」


ヤニックは領都ルッカでの怪物大戦争を見て、絶望していた。

どう頑張っても、あんなものとは戦えない。

その上に、メルが放った大魔法だ。


「全くですよ、ヨーゼフ・ヘイム大尉。もう少し気づくのが遅ければ、見限るところでした」

「………………」


何やら得意げに発言するジェナ・ハーヴェイをヤニック、マーティム、メルヴィルの三名がジト目で眺めた。

いつまで経っても、上から目線でムカつく発言を止めようとしないエルフ娘だった。

ジェナは既に三十代半ばなので、その性格は一生治らないのだろう。


「なぁなぁ、おとぉー。わらしの魔眼光を見ましたか……?」


一方メルは、早速FUBファイナル・アルティメット・ビームに厨二病じみた名称を付けていた。


「おう。ピカって光るヤツな」

「あえから何度も試しとぉーが、光らんのデス」

「いやいや。必殺技って、本当に必要なときでなければ使わんだろ?」

「わらしの好きに発射できんのは、気に喰わん!」


メルはフレッドに不満をぶつけた。

甘ったれの八つ当たりである。


「あんなもん。オマエの好き勝手に撃たれて堪るかよ!」


メルとフレッドの会話を聞いていたバルガスが、小声で毒づいた。

バルガスの台詞に、マルグリットがウンウンと頷く。

その顔は、幼女なのに真剣だ。


「きっと、また必要な場面がくれば、発射できるようになりますよ」


アーロンはメルに温かいミルクティーを手渡し、慰めの言葉を掛けた。

と言うか、魔眼光とやらのことは、早く忘れて欲しかった。

あんなものは、二度と使えない方が良い。


ユグドラシルの妖精たちは、いったい何を考えているのやら。

メルに強力な破壊魔法を授けるとか、物騒でいけない。

もう少し、自重して欲しかった。


「メル姉。目からケムリ出てたぞ。あれは、バンバン撃つと危ないヤツだ。オレは、そう思う」

「そうさ……。ダヴィの言う通りだよ。あんなの連射したら、目ん玉が飛び出ちゃうよ。それでも、いいの……?」


ダヴィ坊やとミケ王子も、新兵器FUBファイナル・アルティメット・ビームの安全性には懐疑的だった。

何より妖精母艦メルを管理運営する乗組員たちが、クイーンビームの破壊力に恐れをなし、赤いボタンを厳重に封印した。

だからクイーンビームは、当分お預けだ。


「うぉーっ。わらしの邪眼が疼きよる。ビーム撃たせてんかぁー!!」

『撃たせてんかぁー』

『撃たせてちょ!』

『バーン、バーン!』


夜の雪原をフラフラと彷徨い歩くメルの足元に、小さなデビルメルが付き従う。


「我に邪悪なる破壊の力を……」

『ぼっこわせ』

『バラバラじゃ』

『チューチューしたるわ!』


大人たちが生命樹の再生を寿ぐ中、メルだけはクイーンビームに執着して離れようとしなかった。

明らかにメルは、ミサイルを預けられたら撃つタイプのちみっ子女王さまだった。

安心安全とは程遠い。

だけど興奮が冷めてしまえば、心から恥じて反省するので、心配は要らなかった。




◇◇◇◇




「生命樹、霊力の安定域を維持。順調に魂を転送しています」

「輪廻転生システム、正常に稼働中」

「ドワーフ族、ゴブリン族、巨人族(ギガンテス)への転生希望者を優先しろ」

「了解……。転生処理は、絶滅危惧種族を優先とします」

「一時的にプールされた魂は、かならず転生先との適合性を確認すること……」

「了解!」


生命樹の再生を喜んだユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)輪廻転生局の職員たちは、怒涛の如く転送されてきた霊魂の処理でてんてこ舞いだ。

何しろ千年を超える期間、現象界に留め置かれていた魂の数となれば、その殆どを保留したとしても膨大である。

その数に対して、転生先となる胎児の数は余りに少なかった。

とくに絶滅危惧種族は、受け皿となる母体数を増やさなければ話にならない。

繁殖行為を促すべく、メッセンジャーを派遣せねばなるまい。

所謂(いわゆる)、愛のキューピットだ。

又もやベルゼブブによる囁きが、用いられることになろう。

祖霊や、古き神の名が騙られるのだ。


「転生しても、すぐに死なれたら状況は改善されません」

「ああっ。絶滅危惧種族は、手厚く保護せねばならんだろう」

「保護ですか……。そうなると、生存環境へのテコ入れが必要ですね?」

「ふーむ。仮の妖精郷でも構築しますか」

「結界に守られた迷宮か……」

「取り敢えずは、簡易ダンジョンを増産しておけ」

「なるほど、悪くない考えだ。実験的に聖域を作り、急場を(しの)ごう」


こうして現象界に、大量の妖精郷が設置されることとなった。


忙しく立ち働く妖精たちの顔は、生気に満ちて明るい。

概念界に住む妖精たちは、誰かのために役立つことが大好きだった。




◇◇◇◇




ヴェルマン海峡を渡るミッティア魔法王国の輸送船団は、どろりとした夜の水面に浮かぶ無数の鬼火に取り囲まれていた。

護衛艦の艦橋に立つフレデリック・ド・シェネル艦隊司令は、宙に浮かぶ巫女装束のエルフと対峙した。

彼我の距離は離れているのに、扇を手にした巫女の美しい顔はハッキリと見えた。

その声も、夜の海原に凛と響く。


「斎王さまのお言葉である。愚劣なる者どもよ、謹聴せい!」


巫女に侍る童女が、声を張り上げた。

白蛇の精、双子の片割れ、白瑪瑙だった。


「一度しか言わぬ。この地は、我ら海竜族が統治する聖域なり。許可なき者の侵入を禁ずる。これは慈悲である。疾く立ち去るがよい。さもなくば、海の藻屑とまがうほどに……」


檜扇を手に、斎王が朗々とした声で退去を促した。


「断る。貴様ら如き妖の命令は聞けぬ。押しとおる!」


シェネル艦隊司令は、己が置かれた状況を軽視していた。

たかが女の怪異くらいで、巨大な輸送船団に何ができようか……?

シェネル艦隊司令が率いる輸送船団には、十隻を超える最新鋭の戦艦が含まれていた。

強力な魔導砲を備えたバトルシップである。


「是非もなし。然らば、滅ぶがよい」


斎王はミッティア魔法王国の輸送船団を高みから見下ろし、扇を閉じた。

それに呼応して、鬼火の群が護衛艦に襲い掛かる。

海底に身を潜めていた巨大なクラーケンが、輸送船団の中央に浮上し、情け容赦なく暴れ出した。


「な、化物めが……」


遠方の敵艦を破壊すべく設置された魔導砲は、近距離、俯角への対応ができない。

巨大なクラーケンを撃とうとすれば、輸送船を巻き込んでしまう。


「シェネル艦隊司令……。敵は海底から這い上がってきます」


粗末な手漕ぎ船に乗った、水死者の群だ。

海底から船側間近へ浮上してくる手漕ぎ船に、どう対処しろと言うのか。


「ガァ!」

「カカカカカッ……」


錆びついたカットラスを片手に、鬼火を従えたスケルトンが戦艦の側面を這い上がる。

もとはミッティア魔法王国の海軍に敗北を喫した、沿岸諸国の勇猛果敢な海兵たちである。

その姿は、どことなく誇らしげであった。


「……ッ。兵に武器を持たせろ。死霊どもを甲板に上らせるな。舷側で迎え撃ち、突き落とせ!」


シェネル艦隊司令が手だてを考える間に、二番艦が炎に包まれて轟沈した。


「なぜ燃える!?」

「鬼火です。あれは艦に取り付き、爆発します」

「そんなふざけた話が……」

「ぐぉっ!」


シーサーペントが旗艦に体当たりを浴びせた。

舷側で魑魅魍魎を撃退していた水兵たちは、ひとたまりもなく払い落とされてしまった。

水面では、落下してくる不幸な男たちをサハギンやセイレーンたちが待ち構えていた。


「行くよぉー」

「やっちまえ!」

「ウラァー!」


そこにはジュディットの姿もあった。

ボッチ人魚さんのジュディットは仲間たちと一緒に力を合わせ、狂暴な顔つきの水兵を一人、また一人と、海底に沈めていった。


「あたしも、ガンバルぞぉー」


ジュディットに、深い考えなどなかった。

何であれ、仲間が居るのは嬉しかった。


クラーケンの触手が踊り、次々と輸送船を叩く。

甲板が弾け飛び、竜骨はひしゃげて折れる。


ミッティア魔法王国海軍の水兵たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑う。

しかしながら、そこは海の上。

どう足掻いたところで、船外に活路はない。

海に落ちれば、死あるのみ。


「オマエたちは運が良い。今宵、生命樹が復活した。命を落としたところで、然程待たされることなく来世へと転生するであろう」


斎王の表情は冷ややかで、独り言ちるその口調には不満の色が滲んでいた。

傲慢なミッティア魔法王国の兵卒に下される罰が、この程度のものでは甘すぎると考えたからだ。


「ではあるが……。メルさまは、明日を見ろと仰せだ。その意味が分かるか、ザスキア?」

〈ふんっ。血に酔うな。恨みに飲まれるなと、忠告なされたのじゃろ。我らは妖精女王陛下のご意志に、従うのみ。(さか)しらな台詞を吐かず、粛々と断罪せよ。無法者どもに、忘れ得ぬ恐怖を刻印するのだ!〉


斎王の問いに水蛇(ザスキア)が即答した。


「我が眷属たちよ、今こそ積年の恨みを晴らすがよい。相手は違えど、意味する根は同じ。遠慮は要らぬ。傲慢と無慈悲への断罪だ。したが、復讐に酔うてはならん。皆、心せよ。我らが過去の恨みに拘泥するは、この祭祀限りとする!!」


輸送船が爆散し、積載されていた大量の動力ディスクから妖精たちが解放された。

夜の水面に、色とりどりのオーブが乱れ飛ぶ。


「ああ……。美しいな」

「はい、ほんに……。心が和む景色にございます」


斎王ドルレアックの言葉に、白瑪瑙が頷いた。


「そんな馬鹿な……。放せ。私に触れるな、化物どもめ!!」

「ギャッ、ギャッ!」

「アギィィィィィィィィィィーッ!」

「ひぃっ!ガボッ……。ゲフ、ゲフ……。やめてくれぇー!」


シェネル艦隊司令は、一方的な戦局を覆す手立てもなく、無念の内にサハギンたちの手に落ちた。

この予期せぬ海戦により、ミッティア魔法王国の海軍は所有する艦船の四割を失った。

魔導兵器に関しては言うまでもない。


健全な判断力を有する国家や軍隊であれば、停戦を望むだろう。

だが、侵略戦争を儲ける機会と捉えた投資家たちは、損失が補填されるまで引きたくても引けなかった。

この状況で和平交渉が成立してしまえば、己の破滅も確定してしまうからだ。


枢密院は魔法軍に箝口令を敷き、戦況の劣勢を隠蔽した。

七人委員会の決定である。

七人委員会の長老サラデウスもまた、周辺諸国にミッティア魔法王国の弱体化を覚らせてはならないと考えていた。


力による圧政は、力の衰えと共に瓦解する。






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[一言] メルは本当にギリギリでまにあったのだなぁ…
[良い点] ミサイルを預けたら撃つタイプで笑いました。 今までの行動見てると、いい得て妙だなと。 それがメルの魅力でもあるんですが。 [一言] 楽しみに読ませて頂いております。
[気になる点] >この予期せぬ海戦により、ミッティア魔法王国の海軍は所有する艦船の四割を失った。 さすがに全軍出してた訳じゃないだろうけど、本気で攻める気でいたなら全兵力のギリギリまで出すと予想…
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