これは異世界で撮影された動画です!
「カメラマンの精霊くんが、よい仕事をしている」
和樹は途切れることなく送られてくる動画を観ながら、自分の頬を擦った。
強張った顔をマッサージするのは、緊張している時の癖だった。
カメラマンの精霊とは、オカルティックな配信機材を設置するときに、何日も話し合った仲だ。
通信機器を通してのコミュニケーションだが、気心のほどは知れている。
カメラマンの精霊は、オタクだった。
そしてメルに相当叩かれたらしく、【ネット紳士】と呼んでも良い高品質な良識を持ち合わせていた。
「ライブ配信で、異なる場所の画像を同時に見せ。しかも手抜かりなく、NGな場面を編集してくる。信じられない!」
先程からマルグリットの活劇が始まり、これを追うカメラは次々と切り替えられて行く。
適切な距離と角度から、何が起きているのかを適切に伝えるためだ。
「あれだけ激しく動く被写体が見切れないって、一体どれだけのドローンを飛ばしてるんだ?」
マルグリットは港湾施設の近くにいた。
そこは領都ルッカで、最も瘴気濃度が薄い場所である。
何しろ魂魄集積装置と屍呪之王が、フル稼働しているのだ。
カメラマンの精霊がメルに改良されてから、これに倣って子機たちにも瘴気対策が施された。
なので幾らかでも瘴気濃度が下がれば、子機たちは孫機のベルゼブブを放つ。
その膨大な数は、和樹の想像を超えていた。
孫機の数だけ動画データがある。
その量は、計り知れない。
ユグドラシル王国国防総省の情報分析室には、信じられないほど巨大な量子コンピュータが設置されていた。
技術的な障害などものともせず、基本原理と願望の強さだけで何でも作ってしまう概念界の恐ろしさだ。
その量子コンピューターがカメラマンの精霊を助け、動画の編集を行っているのだ。
和樹が驚くのも無理はなかった。
ぬるま湯: おっ。またもやモザイク処理。残念ながら、マルグリットちゃんのパンツは見えず。
ヒマ蔵: 画像最悪の時代が幕を閉じたかと思えば、今度はモザイクで見えない。
はろたん: オマエらなぁー。不届き者は帰れ!
黄金のスケルトン: あっ。画面が切り替わった。
マルグリットと蟲人間の戦闘中に、動画が切れた。
画面には可愛らしくデフォルメされたマルグリットが踊り、『見せられないよ!』と自主規制の表示。
オレが魔法少女: えぇー。ここ、カットですか!?
リンリン: あっ。画面が戻ったよ。
ぬるま湯: おいおい。建物から落ちていく怪人。どいつここいつも、頭の部分がないぞ。
耳長族: このリアルな画質で、斬首シーンは不味い。
右のボタンを押せ: 幼女との組み合わせがなぁー。悔しいけれど、カットはやむなしか。
転生希望者A: やっべー。やっべー。異世界、やばいよぉー。
茶色いアレ: エルフ兄、ノーカット版の動画をキボンヌ。
右のボタンを押せ: 有料でも構いません。
明日の爺さん: 高くても買うぞ。爺の財力を舐めるな。
オレが魔法少女: 魔法少女のアクションシーンに、カットを入れるのは止めてぇー!
オレチン: 後日発売されるかも知れない、ノーカット版を夢みて待て。
ログを眺めていた和樹が、右の頬をピクリと引きつらせた。
この動画は、明らかにやり過ぎである。
画質の向上は和樹も切望するところであったが、こうなると別の問題が生じる。
視聴者から突っ込まれたところで、何一つ満足に説明できない。
動画がリアルになったせいで、言い訳の緩さは許されなくなってしまった。
「字幕に自主規制、モザイク処理……。どこがライブ映像なんだ?」
しかし動画サイトからアカウント停止を喰らわないようにしたければ、これはやむを得ない処置である。
カメラマンの精霊を責めることはできない。
そのとき……。
ドォォォォォォォォォォォーン!と爆発音がして、モニター画面が切り替わった。
来るべき諸問題に頭を悩ませていた和樹は、ヴランゲル城の爆発を目撃して固まった。
モニターに映し出された画像が、テンポよく分割されていった。
大小七つの画面は、それぞれに倒壊していくヴランゲル城の様子を伝えてくる。
天守閣が崩れ落ちる様子は、スローモーション撮影だった。
臨場感たっぷりだ。
そしてもうもうと立ち込める塵埃の雲から、巨大な怪物が姿を現した。
「ぶっ!」
和樹の口から、食べかけのサンドウィッチが飛び散った。
超、超巨大な、Gである。
否……。
カマドウマと白アリとGの、嫌われる部位を絶妙に組み合わせた最悪のデザインだ。
三種混合のコラボだった。
ログに書き込まれるメッセージも、余りの驚きに停止してしまった。
明らかにやり過ぎなのだが、現実の呪術戦争に忖度を求めても意味がなかった。
「いや……。動画なんて、どうでもいいよ。こうなると、樹生の身が心配だ!?」
和樹の焦燥に応じるが如く、ヴランゲル城の怪物はモニター上方に縮小され、オリフベル沼沢地に佇むクリスタの姿が映しだされた。
雪原に黒い外套を翻し、クリスタが青く光る魔法陣を構築した。
頼りになる魔女、調停者クリスタの登場だ。
耳長族: 来たキタ、キタァー。エルフ美女ですよぉー。
リンリン: 魔法のエフェクト演出。画像編集……w。本当にライブ!?
はろたん: もう、その話はいいじゃん。ライブかどうかは、放置しようよ。
オレが魔法少女: 凄かったなぁー。城が壊れるシーン。
茶色いアレ: それより、でかい怪物。
ぬるま湯: 幾らなんでも、無理でしょ。大きさが、半端ない。
明日の爺さん: 爺の人生経験から言わせてもらうが、あれはヤバイ。
ホクホク: エルフ幼女に、ムチャ振りすな!
ラリパッパ: てか、トイレに行きたいんだけど……。
わくわくエルフチャンネルが無軌道ライブ配信をスタートさせて、既に六時間。
視聴者も、色々と生理的に限界である。
ヒマ蔵: 動画再生を止めて、行ってきなよ。
ラリパッパ: 俺、ライブだと信じているので、気になって気になって、モニターの前から離れられない。
黄金のスケルトン: それ、分かるわ。エルフ幼女が心配だもんな。何も出来んけど、せめて応援して上げたい。
茶色いアレ: ワシは、ペットボトルで済ませました。
リンリン: 言わんでイイ。
ぬるま湯: そんな報告は要らない。
『今度は戦争だ!!』の煽り文句に、何となく事情を察した勘のよい連中は、それぞれに対策を立てていた。
これまでだって【メルとお友だち】とか【メジエール村紹介】とか、長時間の動画が多かった。
解像度の低い動画を三時間も見せようとするとか、視聴者の忍耐力は完全に無視だ。
動画配信チャンネルとして、正気とは思えない。
辛すぎるのだ。
そんな非常識さが、わくわくエルフチャンネルの通常運転だった。
それでも見限らずに付き合ってきたチャンネル登録者たちは、ライブで戦争とか告知されたら、自然と身構える。
戦争のライブ映像が、三十分で終わるとは思えなかった。
数日、いや数ヵ月は続くかも知れん。
和樹だって、食糧にドリンク、トイレの用意……?と、そこは抜かりない。
今さら慌てるのは、全動画をチェックしていない俄かくらいだ。
ディープなファンとは言えない。
耳長族: うへぇー。エルフ美女が、生首のオッサンを出した。
転生希望者A: うぉー!!魔法かぁー?首無し騎士の像が出現したぞ。
リンリン: CGです。
はろたん: そのツッコミ、どうでもいいや。CGだとしても、こんなクォリティはあり得ないからね。
右のボタンを押せ: そうそう……。大作映画でも、難しいレベルやね。
オレが魔法少女: ウゲッ!ボコボコと黒い生首が……。
ぬるま湯: 何だアレは……!?生首が連なって、蛇みたいになったぞ。
黄金のスケルトン: いいぞぉー。黒魔術か!?ヤンデレ魔女たん。
耳長族: イヤァー。エルフ美女は、精霊魔法を使うんだよ。こんなホラーなの、呪いじゃん。
黄金のスケルトン: ホラー、大いに結構。黒魔術バンザイ!
ヒマ蔵: まじかぁー。真っ黒な生首の蛇が、エルフの姉さんを乗せて、飛んで行ったぞ!
転生希望者A: あっ。首無し騎士の青銅像が、オッサンの生首と合体した。
茶色いアレ: なんかさぁー。ホラームービーより、リアルでキショイ。
はろたん: それな……。キモさの質が違うわ。
オレが魔法少女: おぉーっ。オッサンが空飛ぶ蛇を追って、走りだした。
ホクホク: どう見ても青銅の像だよな。青銅の馬は、走らないよな。
右のボタンを押せ: おいおい……。画像がリアルすぎて、感想まで可笑しくなってるぞ!
リンリン: だからCGだと言うておろうが……。
モニター画面が、医療棟の屋根の上に蹲るマルグリットの姿を映した。
耳長族: マルグリットたんが、困っている。
はろたん: まあ、困るよね。
オレが魔法少女: くっ。これがアニメなら、魔法少女の勝ちなのに……。魔法でドカンとやっつけるのに……。
リンリン: ディフォルメなしのリアルCGだし、幼女だからね。
ぬるま湯: 心配だよな。
右のボタンを押せ: うわぁー。首無し騎士が来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!
ホクホク: あのオヤジ、何をしやがる。俺の嫁が、嫌がっているじゃないか!
転生希望者A: 絶対にオマエの嫁ではないが、事案発生ではある。
耳長族: おまわりさーん。あいつです。
オレが魔法少女: あいやぁー。マルたんが、攫われてしまった。
ラリパッパ: メルちゃん、大変だ。妹分の一大事だぞ!
ヒマ蔵: エルフ兄よ。あのオヤジは変質者か?
「そう言われてもだな……」
チャンネル登録者から生首の性癖を訊ねられ、早速返答に困る和樹だった。
Toby Tiger: WTF!?Please tell me.What is this?Where is that……?Does anyone speak English?
ヒマ蔵: うはっ、草生える。外人、キター。
転生希望者A: くっ……。とうとう異世界の存在を知られてしまったか……。
無情にも、ログの書き込みは続く。








