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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
301/370

再来する暗黒時代の悪夢



マルグリットは蟲人間どもを切り刻んで普段の憂さを晴らした後、医療棟の屋根の上で頭を悩ませていた。

ヴランゲル城を破壊した怪物は、ゆっくりとマルグリットの方へ近づいて来る。

メルが話していた、輪廻転生システムの破壊が目的だろう。


天に上る光の柱と怪物の間には、屍呪之王(しじゅのおう)が待ち構えている。

だが、怪物は屍呪之王(しじゅのおう)より大きかったし、足の数も八本と普通のガジガジ蟲より多い。

そのうえ口から怪しいガスを吐き、周囲の建造物をグズグズに溶かしている。


「ガジガジ(キング)は強そうですね。屍呪之王(しじゅのおう)は、穢れた霊魂を浄化するお仕事で忙しいのです。あれの相手までさせるのは、(いささ)か酷でしょう」


このまま手を(こまね)いていて、巨大な蟲に屍呪之王(しじゅのおう)を襲われたら大切な計画が頓挫するやも知れなかった。

かと言って、あのように大きな怪物を倒すとなると、マルグリットが手にしたマジカルソードでは心もとない。


蟲人間どもの首は一刀のもとに跳ねることができても、小山のような怪物が相手だとサイズ的に無理だった。

根元まで突き刺したところで、玩具のような刃先は甲殻の途中までしか届きそうになかった。

マジカルソードは幼児用だから、ちびっちゃいのだ。


「フーム!あの巨体に取り付いて、メッタ斬りにしたいところだけれど……。わたくしは、一撃離脱が身上のスピードファイター。防御力は悲しいかな、紙の如し。あのへんてこなガスを浴びたら、どうなってしまう事やら……」


風の妖精たちにも限界がある。

つむじ風のような空気の障壁を纏い、自分の周囲からガスを散らす作戦も考えてみたが、何しろ甲殻の厚さが分からない。

斬って、掘って、あの大きな怪物にダメージを与えられるまで、どれだけの時間を要するだろう。


メルから依頼された任務は後方攪乱であり、屍呪之王(しじゅのおう)墓所の巨人(コープスタイタン)の援護だ。

光の柱が建てば、取り敢えずの任務は完了である。


撤収のタイミングは、マルグリットの裁量に任されていた。

この場は、逃げるのが賢い選択だろう。


「それでも、試してみるしかありませんね」


一つ頷き、覚悟を決めたマルグリットの背に、悪寒が走った。


「うわわわわわわわぁーっ!」


日が暮れかけた西の空に、どす黒い長虫が浮遊していた。

曇天の夕暮れだと言うのに、くっきりと黒い。


マルグリットが捉えたのは、霊的な色彩である。

高圧で練り固められた呪詛の色だった。

黒咒術による黒化だ。


彼我の距離からすると、かなりの大きさを想定せねばなるまい。

その破壊力は、長虫のサイズに比例する。


咒珠業蛇(じゅずごうだ)……?」


調停者クリスタが滅国の魔女と呼ばれるようになった、いわくつきの禁呪。

クリスタの裁きにより斬首された罪人の首が、朽ちることさえ許されずに怨嗟の圧力鍋として利用され、幾つも連なり大蛇のような姿となった。

それが咒珠業蛇(じゅずごうだ)であった。


「わたくしは、あんなバケモノと戦っていたのですか……」


マルグリットは震撼した。

魂から震え上がった。


「……っ。己の能力を高めようと、身体に埋め込んだ聖樹の欠片。あれが、わたくしから正常な判断力を奪っていたのですね!」


生き埋めの刑を受けて、心身ともに完全浄化されてしまったマルグリットは、今更ながら己の愚かさに気づいた。

この世には関りを避けた方が良い、不可触級の危険が潜んでいる。

それが妖精女王陛下であり調停者だった。

二人と比較するなら、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵など雑魚の範疇に含まれるだろう。


因果を結べば、絶対に後悔する。


だが、既に手遅れだった。

妖精女王陛下はマルグリットを妹あつかいして、手放そうとしない。

そして妖精女王陛下の後ろ盾は、調停者クリスタだ。


「エルフのお嬢ちゃん、お悩みかね?」

「はぅ!?」


いきなり背後から声を掛けられ、マルグリットは跳び上がった。


「えっ。どうしてここに銅像が……?」


医療棟の屋根の上には、先程まで何もなかったはずだ。

そもそも屋根に、大きな銅像を建てる奴は居ない。

しかも青銅の騎士には、頭がなかった。


首無し(デュラハン)……」


頭は、騎士の左腕に抱えられていた。

肥って青黒い、醜悪な頭部だ。

その組み合わせは、間違って別人の首を拾ったのではないかと思うほど、ちぐはぐだった。


マルグリットの推理は、(おおむ)ね間違っていなかった。

身体を失った頭部と頭部を失った身体が、互いを必要として妥協した。

双方を呪術的な脅迫で説得したのは、クリスタだ。

クリスタが頭部と身体の仲人役だった。

素材や形状がちぐはぐなのは、致し方ない。


「ここの掃除を手伝おうと考えたのだが、どうやら終わってしまったようだね」

「…………!?」

「どうだろう。このような場所に居てもつまらない。小父さんと、あっちへ行ってみないかい?」

「ガジガジ(キング)……?」

「ああっ、あそこで偉そうにしとる虫の怪物だ。これから、メインイベントが始まる。伝説上の秘術を間近で見られる機会など、もうないと思うぞ。見てみたいだろ?」

「あうっ!」


そう言うなり、聖堂の騎士は抱えていた頭を肩の上に載せた。


「これが……。存外、しっかりと貼り付く」

「そう……」


見ているだけで気色が悪いので、話しかけないで欲しかった。

すぐにでも逃げ出したいところだけれど、怪しい騎士の威圧感にマルグリットの足は竦んだ。


「さあ、おいで……」

「うおぅ!!」


青銅の騎士に抱えあげられて、マルグリットはマジカルソードを振りまわした。


「放せェー!」

「はっはっは……。お転婆だね。でも、そんな攻撃では、小父さんに通じないよ。こう見えて、ワシも伝説級(レジェンド)だからね」

「おまえー。だれですかぁー!?」

「余は人の王じゃ!」


マルグリットを小脇に抱え、青銅の騎士が呵々大笑した。


「ぐっ、愚劣王ヨアヒム……」


又もや不可触級の存在と(えにし)を結んでしまい、泣きっ面になるマルグリットであった。




◇◇◇◇




巨大な蟲に変異したバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵は、己の力に酔っていた。

大きくなると、人はそれだけで無敵になったような錯覚に陥るものだ。

それを制御できるかどうかは、訓練と個人の資質に因るだろう。


バスティアンのケースでは、訓練も資質も足りていないようだった。

迷惑な話であるが、不幸中の幸い、領都ルッカには殆ど生存者が残されていない。

もっとも領民の七割は、バスティアンが用意していた呪術の贄にされてしまった訳だが……。


『グギギギィィィ…………!ワタシハ、生命樹ナド認メン。断ジテ認メン。邪魔スルモノハ、何モカモ薙ギ払ッテクレル!!」


バスティアンは領都ルッカの町並みを睥睨しながら、慣れない蟲の巨体を操り、光の柱へと向かう。

その歩みはよろよろと頼りないが、蟲の進行に従って町に溝が作られる。

上空から見下ろせば、蟲が通った道である。


「まったく……。自分が治める領地をここまで破壊するとは……。呪術に喰われた者の末路を見せつけられるようで、あたしは背筋が寒いよ」


明日は我が身だ。

上空高く、咒珠業蛇じゅずごうだを引き連れたクリスタが、大きな胸を揺らしながらぼやいた。

愁いを帯びた目元が、意味もなく色っぽい。


腕組みをして戦場を鳥瞰するポーズは、クリスタと共に戦った全ての兵たちが記憶に焼き付けたものと寸毫も変わらなかった。

傷もなく弛みもない美しい肌は、長命種のエルフであっても奇跡と言えた。

暗黒時代に颯爽と戦場を駆け巡った女将軍は、未だ健在である。


「さて、オマエたち。約束の日が来たよ」


クリスタの言葉に、咒珠業蛇じゅずごうだを形成する無数の首が反応した。


「あそこに見えるだろう。光の柱だ。あれは生命樹さ。ユグドラシルが輪廻転生装置を再生したんだ」


『おぉーっ!』と黒い首たちが呻き声をあげた。


「いいかい。眼下の蟲に手痛い傷を負わせた者から、来世へ転生させてやろう」


クリスタはバスティアンが変異した蟲を指差して、解呪を約束する。


『ヌオォォォォォォォォーッ!!』


闇より黒い咒珠業蛇じゅずごうだが、オロチのような全身を震わせて吼えた。


「さあ、行くがいい。思う存分に働け!」


凛とした調停者クリスタの指揮は、百戦錬磨の猛将を想起させる。

何となれば、クリスタの本領は呪術にあり、魔法ではない。

口元に浮かべた笑みは、冷酷無比な呪術師の笑みだ。

自信に満ち、勝利を確信した笑みである。




「ウハッ。やばし……。始まるどぉー」


メルはトンキーの背で伸び上がり、大声を上げた。


「急ぐんじゃ。トンキー!」


巨大な花丸マークは、まだ少しばかり遠くにあった。

あれの止めを刺さなければ、花丸ポイントの収支が合わない。

魔導甲冑や小さなガジガジ蟲が相手では、一方的に持ち出しで終わってしまう。

要するに、頑張って戦争したのに赤字でオシマイ。


たとえ身内と言えども、クリスタに大物をかっさらわれるのはNGなのだ。


「めるー。考えも無しに突っ込んだら駄目だよ」

「そうだぞメル姉。ちゃんと作戦を立てなければ……」

「やかぁーしわ。アータらは、そうやってヤンヤン申しますけど、美味しいものが食べたいデショ。でもな。美味しいものは、タダとちゃうねん。わらしの財布は、すからかんじゃけ。ここで気張らなアカンのじゃ!!」


ミケ王子やダヴィ坊やの諫言にも、聞く耳持たずである。




「待て待て、クリスタよ。これまでの事情がどうあろうと、我が子孫のしでかした不祥事。ワシがケリを付けんで何とする。今しばらく、待たんかい!」


愚劣王ヨアヒムは青銅の馬を駆りながら、上空に向かって叫ぶ。


「ギャァーッ!放せェー!!あの蟲と戦うなら、おまえが一人でやればいいでしょ。わたくしを巻き込まないでください」

「そう言うな。エルフの幼女ヨ。旅は道連れ世は情けと申すだろう」

「意味が分かりませーん!」


青銅の騎士に抱えられたマルグリットが、縦ロールを揺らしながら叫んだ。

愚劣王ヨアヒムが向かう先には、クリスタが居るのだ。

あの闇より黒い、恐ろしげな咒珠業蛇じゅずごうだも……。

そんな場所には近寄りたくない。

巨大な蟲の怪物だけならともかく、調停者クリスタと咒珠業蛇じゅずごうだは駄目だった。


「ワシは寂しい老人よ。見物人に応援してもらわんと、アホな子孫に負けてしまうかも知れんだろ?」

「かっ、欠片も思っていないことを情感こめて語らないでくださいませんか。メッチャ腹が立ちますから……!」

「はっはっは……。ワシの演技を見抜くとは、何とも賢いお嬢ちゃんだ」

「黙れ、愚劣王。わたくしを馬鹿にするなぁー!うわぁー。ガスだ。毒ガスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」


旅の道連れも、目的地によりけりだ。

今回に限って言えば、情けで同行できるような場所ではなかった。


「フムッ、心配するでないぞ。腐食性の瘴気など、呪術の初歩。このような児戯、たちどころに祓ってくれよう!」


クリスタ、メル、ヨアヒムと。

三人三様で動機は異なるが、誰一人としてヨタヨタと進むバスティアンを待とうとはしなかった。

どれほど長く生きようと、幾度(いくたび)転生しようと、自分勝手で短気な性格は治らないのだ。


『生意気にも我に歯向かうか、屑どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!一匹残らず、踏み潰してくれん……。あぁー。ニキアスよ。ドミトリよ。我が呪術の師。心の父ヨ。どうかご照覧あれ。我を見守りたまえ。貴方たちの遺志を受け継ぐ弟子が、この世界を滅ぼして見せましょうほどに……』


領都ルッカの貴族街(アップタウン)に、獲物を追う戦士たちが集結する。

逢魔が時の呪術合戦である。






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[一言] 果たしてメルは微黒字で終われるのか。 それともスコアを取られて赤字決算を迎えるのか。 どうなるか楽しみですね。
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