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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
298/370

鮮血のマルグリット、呪われた地にて復活を遂げる



調停者クリスタも、モルゲンシュテルン侯爵領での戦いをあれこれと想定していた。

ヴランゲル城の周辺は、暗黒時代から負の要素が多い忌み地である。

妖精たちが嫌うので、精霊魔法は使えない。

この環境下を好むのは、もっぱら邪妖精や邪精霊、さもなくば怨霊の類であろう。


「そいつを前提に、アンタを引っ張りだしたんだがね!?」

「フンッ!」


クリスタの手荷物としてカバンに詰め込まれた青銅騎士が、鼻を鳴らす。

愚劣王ヨアヒムは下品な猥褻物のように扱われ、ヘソを曲げていた。


「今上陛下に、挨拶くらいさせてくれても良かろう?」

「アンタは自分を何様だと思っているんだい?」

「余は人の王だ」

「アンタは青銅の置物だ。さもなくば腐った生首だよ」

「………………」


クリスタと愚劣王ヨアヒムが言い争っている間にも、領都ルッカの騒乱は拡大していった。

囲壁の向こうでは、立坑(ピット)から這い出した死骸が寄り集まり、巨人となった。

そのサイズは、屍呪之王(しじゅのおう)より一回り大きい。


『グモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!!!』


墓所の巨人(コープスタイタン)が、身の毛がよだつような雄たけび声を上げた。


「随分とでかいなぁー。腐屍の巨人(デスギガント)の亜種か……。余の子孫は、己が殺めた民を満足に葬ることさえできぬのか……?ヤレヤレだ。それにしても誰が呼び出した?オマエか……!?」

「妖精女王陛下の仕込みだよ。メジエール村で遊んでいた筈なのに、どうやったものやら……。出し抜かれたね」

「妖精女王陛下は呪術を嗜むのか……!?」

「知らぬ。メルさまがなさることは、予測不能さね。それでも方尖塔(オベリスク)を見てしまったら、流石に勝手な真似はできない」


クリスタは当初、ヴランゲル城に特攻を仕掛けて、バスティアンとの一騎打ちに持ち込むつもりでいた。

それが領都ルッカを調べる内に、11番倉庫に生えた方尖塔(オベリスク)を発見してしまい、計画を断念するしかなくなった。

大いなるユグドラシルの目論見は、調停者の勝手な振舞いを許さない。

その目論見が明らかになるまで、勝手な行動は慎むべきだった。


「こうなると、調停者殿も形無しよのぉー。何せ黒き御柱は、概念界(ユグドラシル)の御意志だからな!!」

「忌み地に、黄泉(よみ)の樹か……。考えてみれば道理だねぇー。現象界に穴は穿たれた。あとは道を通すだけ」

「グハハハハッ……。なんとも目出度い話ではないか!死霊どもが、(さぞ)かし喜ぶに違いない」

「見下げ果てた男だね。アンタは、幼児に尻拭いをさせるのかい。この恥知らずが……」

「余は愚劣王と呼ばれておるからのぉー」


バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵に引導を渡すのは、愚劣王ヨアヒムの役目である。

だとしても他の誰かが代行してくれるのなら、文句などなかった。

それは名誉もクソもない、厄介なドブ掃除なのだから。


「重装歩兵隊、前進!!」


金色(こんじき)のラッパが吹き鳴らされ、ウスベルク帝国の重装歩兵が隊列を保持したまま、ゆっくりと進み始めた。

その両翼に控えていた騎兵部隊が、魔装化部隊の後背を突くべく馬を走らせる。


「バリスタ隊は敵指揮官に狙いを定め、一斉射撃!!」


陣地に設置された数機のバリスタから、次々と鉄球が射出された。

幼児ーズの投射兵器(カタパルト)も、狙いを変えて火薬樽を飛ばす。

立ちのぼる焔と黒煙を合図に、合戦が始まった。


領都ルッカを守備する魔装化部隊は、囲壁内の異変に気づき、動揺していた。

そして狼狽えたまま隊列を組み、進行してくるウスベルク帝国の軍を迎えることになった。


「臆するな!調停者殿によれば、魔導甲冑は本来の力を出せん」


マンフレート・リーベルス将軍が、重装歩兵を鼓舞した。

将軍の言葉を裏打ちするように、バリスタから発射された鉄球を喰らい、魔導甲冑が倒れた。

瘴気が濃い忌み地では、妖精たちに強制労働を強いる動力ディスクも、十全な出力を供給できなかった。

そのうえウスベルク帝国の重装歩兵は、メルが密かに貸し出した邪妖精により戦闘力を数段かさ上げされていた。


「当たるぞ。盾を構えて踏ん張れぇー!」

「どっせい!!」


ゴーンと、恐ろしげな金属音が辺りに響く。


「押せ、押せぇー!」

「押し負けるなぁー!!」


屈強な重装歩兵が三人ほどで押さえに掛かれば、魔導甲冑の突撃を盾で受け止めて力負けしない。

足が止まった魔導甲冑は騎士たちに背後から襲われ、膝関節などの弱点を槍で破壊された。

邪妖精を宿して切れ味が増した槍は、頑丈な魔鉄鋼を貫き、魔導甲冑の移動力を奪う。


「どうやら、魔法障壁まで魔素を回せていないようだね」

「それならクリスタ殿が教えてくれた弱点を突けば、オレでも倒せそうだな」


遊撃隊に志願して、戦場の様子を眺めていたバルガスが獰猛そうな笑みを浮かべた。


「まあ魔導甲冑は、物理防御の殆どを魔法障壁に任せた、でかい鎧だからね。こちらも精霊魔法を封じられちゃいるけど、見たところ投射兵器のよい的だ」


魔導甲冑が相互に補完し合う陣形を崩すため、バリスタは的確な箇所に鉄球や鉄槍を撃ち込んでいた。

動きが鈍った魔導甲冑は、バリスタによる集中攻撃を避けられなかった。

邪妖精たちのフォローアップがあり、絶対に狙いは外さない。

フレンドリーファイアなど、起こる余地がなかった。


「拍子抜けするほど弱いが、安心して良いのか?」


フレッドが剣の具合を確認しながら訊ねた。


「よくないだろうね。この地は、呪術のために誂えられたような戦場さ。モルゲンシュテルン侯爵家は、代々が呪術師の家系だ。バスティアンも、何か用意しているだろ」

「呪術か……。嫌な予感しかしない」

「おい、フレッド。アンタが悩んでいる間に、悪魔チビが突撃して行ったぞ!」

「何だとぉー!?」

「あっちだ」


フレッドは、バルガスが指さした方を見た。

メルとダヴィ坊や、それにミケ王子を背中に乗せたトンキーが、猛烈な勢いで魔装化部隊の隊列へと突っ込んでいた。


「あれ程、陣地(ここ)で見ていなさいと言ったのに……。ウンウン、頷いてただろ。なあ、メルは頷いてたよな?」

「そんなもん。聞いてる訳がねぇーだろ。あいつの耳には、ばっちい毛玉が詰まってるんだよ」


バルガスが正しかった。

メルの耳に毛玉は詰まっていないが、フレッドの言いつけを守るタマでもなかった。

他人の忠告を聞く耳など、そもそも最初から持ち合わせていないのだ。

エルフ耳とは、元来そう言うものである。




◇◇◇◇




港湾施設を守備するオコンネル警邏隊隊長は、屍呪之王(しじゅのおう)に火砲を使用した。

魔法ではなく、原始的な火薬を用いた砲だ。


三十体の魔道甲冑で屍呪之王(しじゅのおう)を囲み、後方に配備した砲兵に攻撃させる。

現状で考え得る、最良の作戦に思えた。


「隊長……。効果がありません」

「あきらめるな!」


だが、火砲による攻撃は見えない壁に阻まれて、屍呪之王(しじゅのおう)まで届かない。

邪精霊である屍呪之王(しじゅのおう)は、濃厚な瘴気を吸って元気満々だ。


「砲弾が尽きるまで、撃ちまくるんだ!!」


オコンネル隊長を嘲笑うが如く、屍呪之王(しじゅのおう)は火砲の攻撃を受けても平然としていた。

立坑(ピット)から生まれた巨人も、また然りである。

砲弾が当たっても、すぐさま回復する再生能力は伝説のトロルを彷彿とさせた。


「怯むなぁー!」

「撃てぇー!撃って、撃って、撃ちまくれ!!」


前装式の滑腔砲だ。

次弾を装填するにも時間が掛かる。

屍呪之王(しじゅのおう)の頭にチョコンと座り、様子を眺めていたマルグリットは直ぐに飽きてしまった。


「やっておしまいなさい」

「ウゴォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!!!」


マルグリットに命じられた墓所の巨人(コープスタイタン)は、両手に一体ずつ魔導甲冑をつかむと、自らの身体に融合させた。

墓所の巨人(コープスタイタン)の巨体は、それだけで脅威だった。


「ヒィッ!」

「おのれ、バケモノめぇー!?」


マルグリットも宙を舞い、敵陣へと斬り込む。

メルに買ってもらった魔法少女のマジカルステッキは可愛らしい剣に姿を変え、魔導甲冑の装甲をバターのように切り裂いた。

しかし刀身が短いので、手足を両断するには至らない。


「ムッ。では反対側から……」

「うわぁーっ!」


左足を無くした魔導甲冑が、無様に(かし)いで倒れる。


「気を付けろ。怪しいチビが居るぞ!!」

「ちび……。今わたくしをチビと仰いましたか……?新兵の癖して、生意気な」


マルグリットと比べるなら、誰もが新兵だった。

突進してくる魔導甲冑の脇をすり抜け、マルグリットの剣が華麗に舞う。


『ドーン!』


遠方から、建物が崩壊する鈍い音がした。


「いっ、いかん!?」


領都ルッカには、三つの立坑(ピット)が存在した。

西の立坑ピットから、新たな墓所の巨人(コープスタイタン)が出現したのだ。


「不味いぞ。あいつは囲壁に向かっている。西門を破壊するつもりだ」


オコンネル隊長は慌てふためき、平静さを失った。

が、既に手遅れである。


「隊長、どういたしましょう?」

「いや……。どうすると言われても……」


この場から西門までは、かなりの距離があった。

もはや、眺めているより他にない。

既に手遅れだった。


『グロォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!!』


墓所の巨人(コープスタイタン)は城門に数回の体当たりを敢行し、側防塔と囲壁を巻き込みながら無数の死体にばらけて散った。

ミッティア魔法王国魔法軍中将ウォルター・ドルレアンは、倒壊した側防塔と運命を共にした。

ウスベルク帝国の軍勢を食い止める堅牢な城壁が、あっけなく消え去った。


「やられた……。こっちは囮か!?」

「囮ではありませんわ。わたくし斬り込み隊長ですの……」

「ウグッ……!!」


魔導甲冑のハッチを貫き、マルグリットの剣がオコンネル隊長に突き刺さった。

マルグリットは舐められるのが嫌いだった。


「わたくしに無礼なことを言う輩は、許しませんことよ!」

「このガキ。何者だぁー!?」


オコンネル隊長は腹部に剣を突き立てられたまま、怒声を張り上げた。


「わたくしは鮮血のマルグリット」

「はぁ?」

「暗黒時代より舞い戻った、戦場の悪夢ですわ」


マルグリットは背後より迫る魔導甲冑の腕を躱し、石畳の上を滑るように移動した。


「なっていませんね。甘あまです。ミッティア魔法王国の魔装化部隊は、質が落ちたのかしら……?」

「や、喧しい!」

「あっ、危ないですわ」

「危ないのは、オマエだぁー!」


オコンネル隊長に加勢すべく踏み込んだ警邏隊員は、マルグリットを捻り潰そうとして、金砕棒を正眼に構えていた。


「あぁーっ!」


ズシャッ!


「ウギャアーッ!」


そして魔導甲冑ごと屍呪之王(しじゅのおう)に踏み潰され、スクラップと化した。

数多の屍人を操りながらも、屍呪之王しじゅのおうには周囲を警戒する余裕があった。


「ブルオォォォォォーッ!」

「ウヒィ!」

「忌まわしき邪霊め!!」

「………………」


恐怖に支配され、静まり返った立坑ピットの周囲を不気味な低い唸りが満たしていく。


「この音はナニ?」


上空からバラバラと黒い物体が降ってきた。


「痛い。腕を噛まれた。コレはぁー。小さな虫……?」


すっくと立ちあがったマルグリットの視界に、ヴランゲル城が映った。

ヴランゲル城から、沢山の何かが近づいて来る。


「黒い霧……?」


耳障りな振動音は虫たちの羽音だった。

ヴランゲル城の上空を覆い尽くすように広がった黒い霧は、ガジガジ蟲の大群だった。






お久しぶりです。

戻って参りました。

とんでもない場面で間を開けてしまい、申し訳ありません。

続きをお楽しみいただければ、幸いです。

今後もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、マルーさん近接戦闘やるとは。こんなの動画勢が大興奮じゃないですか! [一言] 更新待ってます!
[一言] ガジガジ虫…敵か味方か…。(メルのガジガジ虫嫌いを考えると使うかなー感もあり、苦手だからこそ敵にさしむけるという線もありかという感もあり)
[気になる点] 西門を破壊するつもりだ。 この場から東門までは、かなりの距離があった。 西門では?
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