衝撃の暴露。ハンテン実戦投入!!
メルはウィルヘルム皇帝陛下と攻城兵器の組み立て設置について、短く言葉を交わした。
攻城兵器として運び込まれたのは、巨大な投射兵器だった。
「メルさまに指示された通り、例のものは雪原に印が浮き上がった場所で組み上げた」
「うむ。ご苦労さま」
「あそこが印のあった場所だ。角度も正確に揃えてある」
「防水シートを外してくれろ」
ウィルヘルム皇帝陛下は部下たちにシートを外させ、組み立てが終わった投射兵器を披露した。
「試射はしていないが、大丈夫だろうか?」
「ユグドラシル王国の安心安全設計なので、計算に問題はないでしょう。土嚢を使っての投射実験は、メジエール村で終わらせてあるし」
ユグドラシル王国国防総省特殊兵器開発局(別名:キッズトイ)が作成した設計図を基に、ゲラルト親方、ドワーフの長ドゥーゲル、大工のニルス兄貴、錬金術師工房の術師たちが総力を挙げて完成させた投射兵器だ。
皆の熱い思いが詰まっている。
失敗する訳がなかった。
構造は至ってシンプルだ。
てこの原理で、大きなしゃもじを回転させるだけ。
しゃもじに乗った弾が、遠心力によって空高く舞い上がり、目標まで飛んでいく。
「メルさん、質問があります」
ウィルヘルム皇帝陛下に付き従っていたアーロンが、不思議そうに訊ねた。
「何かね。アーロンくん?」
メルが問い返した。
「この構造だと、大きな鉄球や岩を飛ばせません」
「ふっ。所詮は子供の遊びよ。ここまで部品を運ばされた部下たちが、心の底から憐れだ」
ウスベルク帝国の黒獅子ことマンフレート・リーベルス将軍は、不快感を隠そうともせずに吐き捨てた。
「シッ!マンフレート。横合いから無礼であろう。そちも学習せぬ男よな。もう隠居するか!?」
「なっ、陛下。それは余りにも、ご無体なお言葉……」
「この度は世間の風に当たり、わしも少しばかり自分のことを学んだ。わしの部下なら、貴様も学べ!」
ウィルヘルム皇帝陛下がマンフレートを詰る。
「失礼ですが……。陛下は帝国の様子を見て回り、何を学ばれたのでしょうか……?」
アーロンの質問に暫し考える。
ウィルヘルム皇帝陛下の表情が、怒りと侮蔑に歪んだ。
アイスナー侯爵とクロイツァー子爵の忌々しい顔を思い出し、握りこぶしを震わせる。
「わしは与えられた立場に相応しくない卑劣な振舞いをするバカどもが、大嫌いだ!!」
ウィルヘルム皇帝陛下は怒りに任せ、言って退けた。
「アハハ……。それこそ今更だね。まさか気づいていなかったのかい?昔からあんたは、バカな家臣にきつかったよ」
後ろで聞いていたクリスタが笑う。
「この投射兵器は、重たい弾を飛ばしたりしません。そもそも、幼児ーズの遊具ですから……」
メルは得意そうに投射兵器の弾を載せる皿に座った。
小型の投射兵器は、戦争が終わったらドラゴンズ・ヘブンの海岸線に設置する予定の遊具だった。
「エエ感じじゃ!」
しゃもじの丸い部分は、明らかに子供用サイズである。
「「「…………………………」」」
メルの行動を眺めていた大人たちが、揃って口を閉ざした。
「おい、コラ。妖精女王陛下さま。畏れながらお訊ねしますが、そいつで何を飛ばすつもりなんだよ!?」
バルガスが唾を飛ばしながらメルに訊ねた。
「ん。あれ!」
メルはしゃもじの皿から滑り降り、マルグリットとハンテンを目顔で示した。
推定年齢四歳のマルグリットはとても幼げで、このような戦場に似つかわしくない。
そしてハンテンは、ピンク色の丸っこい犬コロだ。
小型犬なのか、マルグリットより小さい。
何にしたところで、マルグリットとハンテンは武骨な鉄球に見えないし、岩でもなかった。
投射兵器で発射されたら、城壁か石畳に当たってペチャンコだ。
「あっ、悪魔チビがぁー」
バルガスは目を丸くして唸った。
非道にも程がある。
「本来であれば、わらしが一番に使ってみたかったのですが、その栄誉はマルーとハンテンに譲りマス」
「残念だなぁー」
ダヴィ坊やが、メルの横でウンウンと頷いた。
こうした遊具は、何としても一番に使ってみたいものである。
「ブヒィー、ブヒィー」
「分かっとるわ。わらしはトンキーに乗ります」
当初の予定を狂わせたのは、トンキーだった。
トンキーがついて来たがったので、メルとダヴィ坊やは地上班になった。
トンキーに跨り、領都ルッカの正門から突入するのが、メルとダヴィ坊やの役割なのだ。
「ボクは地上班で良かったよ」
スリル満点のワイルドな遊具を嫌うミケ王子は、ヒゲを撫でながらホッとした様子だ。
ミケ王子の頭に乗った吉祥鼠のチビが、チィーと鳴く。
「おまーらは、こっちデス!」
メルはチビを捕まえて、マルグリットのポシェットに押し込んだ。
吉祥鼠の一家はハンテンと一緒だ。
地上班ではない。
マルグリットの衣装は、最新型の魔女っ子ドレスだった。
モモンガスーツほどのスピードは出ないけれど、空中浮遊ができる。
「おい、メル。本気でその子と犬を領都ルッカに打ち込むのか……?そんな真似をして、なんの意味がある!?」
「見たところエルフの幼児だけど……。そもそも、その子はどこの子だね?」
フレッドは苦虫を潰したような顔になり、クリスタまでが難色を示した。
「はぁーっ。わらし、説明スカン。けど、しゃぁーないで、キチンと説明したるわ」
「そうしてもらいたいね。さすがにあたしも、理解しかねる」
「この娘は、鮮血の狂女マルグリット(千三百才)じゃ。市場での決闘に敗れ、わらしの軍門に下りました。今はメジエール村で、わらしの妹をしとります。でもって、こっちのお犬さまは、しじゅデス」
「はぁ?」
クリスタが目を細め、首を傾げた。
市場での決闘なら、はっきりと覚えていた。
難癖をつけてきたエルフ女が、周囲の迷惑も考えずに魔法を使おうとして、メルに埋葬された。
百歩譲って、マルグリットだと言うエルフ幼女の件は飲み込もう。
鮮血の狂女など、メルに掛かればオモチャに過ぎない。
だが、屍呪之王は……。
数多のエルフ戦士たちを屠った、暗黒時代の兵呪である。
「ナイショにしとったけど、ラビーさんが自宅で飼っています。本日は積もり積もった長年の恨みを晴らすために、エントリーしまつた」
「わん!」
ハンテンが吠える。
「ご覧ください。このヤル気に満ち溢れた凛々しい顔を……。やれますか、ハンテン?」
「ワンワン!」
眉毛がキリッとしている。
「あのぉー。しじゅって、屍呪之王でしょうか……?」
「その犬が……!!」
ヴァイクス魔法庁長官とルーキエ祭祀長が慄いた。
完全に腰が引けている。
「メル、あんたってヤツはぁー」
そう言うなり、クリスタは頭を抱えた。
よくよく考えてみれば、メルは精霊の子で妖精女王陛下だ。
邪精霊と言えども、精霊の肩を持つのが当然だった。
人とは価値観からして違うのだ。
それでも調停者クリスタは、屍呪之王が滅せられたものと信じ込んでいたのだ。
なんとも迂闊な話である。
「ハッ!そのピンク色をした駄犬が、屍呪之王だと……?ホラや冗談も大概にしろ!?」
「黙れ、マンフレート。それどころではないわ」
喚き散らすマンフレートをウィルヘルム皇帝陛下が叱りつけた。
「メルさま。本当に大丈夫なのだろうか……?その……。屍呪之王などを解き放って」
「コーテェー陛下。そうやって保証を取りつけたがるんが、大人の悪いとこじゃ。そんなん、やってみんと分からんデショ?」
とんでもない話だった。
妖精女王陛下より、不安がる大人たちの方が正常だった。
「……………………」
ウィルヘルム皇帝陛下は、余計なことを聞かなければ良かったと後悔した。
「メル姉。発射する」
「おう。やったれ」
手はず通りである。
やいのやいのと大人たちが騒ぎだしたら、可及的速やかに発射する。
メルとダヴィ坊やの間では、予めそのような取り決めがなされていた。
止められる前にやれ。
それが幼児ーズの鉄則だった。
『ギギギギッ、ドーン!!』と鈍い音を立て、マルグリットとハンテンが発射された。
「ヒャッ、ほぉーい!」
「ウォォォォォォォォォォォォォォーン!」
ハンテンを抱っこしたマルグリットが、領都ルッカの空に舞い上がり、遠く小さくなっていく。
◇◇◇◇
ウスベルク帝国の使者より、降伏勧告があった。
最後通牒であり、その刻限は過ぎた。
「ふざけた連中め。ヴラシア平原のようには行かんぞ!」
ミッティア魔法王国魔法軍中将ウォルター・ドルレアンは、領都ルッカを守る囲壁の上、西壁の側防塔から雪原と化したオリフベル沼沢地に布陣するウスベルク帝国軍を眺めていた。
エルフ族にしては背丈が低い。
厳めしい顔つきをした壮年の軍人である。
しかし体格に劣ろうとも、魔法軍では魔法に長けていれば問題なかった。
七人委員会の長老サラデウスから直々に声を掛けられ、この任務に就いたウォルター中将には、一兵卒と違う切実な事情があった。
ドルレアン侯爵家はミッティア魔法王国でも有数の名家であり、軍需産業で財を築いた。
魔法軍に納品される様々な兵装も、その多くはドルレアン侯爵家傘下の工場で生産されたものだ。
「帝国には都合の悪いことであろうが……。我々は、この橋頭保から一歩も引く訳に行かんのだ」
ウォルター中将は敗北を許されない立場にあった。
ヴェルマン海峡に邪魔をされて兵站がおぼつかぬ状況であろうと、ここは意地でも踏ん張らねばならない。
不幸中の幸いと言うか、恐れていた巨人の姿は敵陣営にない。
それでも魔法結界に守られた領都ルッカから打って出るつもりはなかった。
敵を侮れば、ヴラシア平原の轍を踏む。
自軍の有利が約束された結界内から出るのは、愚かな行為だった。
「籠城だよ」
糧秣は充分にある。
直に本国から、増援部隊も到着するだろう。
戦いが長引けば、時間はウォルター中将に味方するはずだった。
「閣下……。ウスベルク帝国軍が、投射兵器を使用しました」
エリヤス情報将校が、遠眼鏡で確認したウスベルク帝国軍の動きを報告する。
「うむ」
ウォルター中将も、投射兵器の存在には気づいていた。
だが、領都ルッカの囲壁を破壊するには、余りにも非力そうなので気にしていなかった。
しかも一機のみである。
「どうせ、大したものは飛ばせまい」
「はい。飛翔物は非常に小さなものです」
「正体は分かるかね?」
「いえ。落ちてから、慎重に調査するしかないでしょう」
飛翔物は領都ルッカの囲壁を越え、沢山の遺体を放り込んだ竪穴の付近に落下していった。
ドン!
大気を震わせる爆音が鳴り響いた。
「……っ。何事だ!?」
「あわわわっ……。ば、化物です」
竪穴の脇に、巨大な獣が立っていた。
「ウォォォォォォォォォォォォォォーン!!!」
その頭にマルグリットを乗せた屍呪之王が、遠吠えした。
かつてエルフ戦士たちを震え上がらせた、邪精霊の雄たけびである。
「な、なんだあれは……!?」
「でかい」
側防塔から見下ろす角度ではあるが、四階建ての集合住宅に隠れない体高を持つ怪物だ。
「あんなもの知らん」
「ドラゴンではないですね。私には犬に見えます」
「あれが屍呪かぁー?」
降伏勧告を鼻で笑い飛ばしたウォルター中将は、深く後悔した。
あのように馬鹿げた怪物と戦うノウハウは、魔法軍にない。
囲壁内に居れば安全だと言う思い込みは、消し飛んだ。
「おぉぉぉぉぉぉーん!!」
黒い巨獣の啼き声に、大地がビリビリと震えた。
ビンス老人の手で、竪穴を囲むように埋められた霊蔵壺が次々と破裂する。
辺りに怨霊が溢れた。
そして壺から解放された怨霊たちは、我先にと遺体が放置された竪穴の底へ雪崩落ちて行った。
いま、盛大なる死者の宴が始まる。
【オペレーション・カーニバル】の開催だ。
恨みを持つ死者たちが目を覚まし、地の底から復活する。








