察してあげる
「おみくじクッキーやで!」
「おみくじ……?」
ラヴィニア姫が小首をかしげる。
おみくじクッキーは、卵白と薄力粉と砂糖で作る。
小さなホットケーキのように、生地を丸く伸ばしてからオーブンで焼く。
焼き上がったら冷めない内にクジを挟んで二つ折りにし、更にくの字に折り曲げる。
味や香りは、生地に混ぜ込むもので好みの調整をすればよい。
オーブンから出したら手早く作業をしないと、冷めた生地が固まってしまい、折り曲げられなくなるので要注意だ。
「また変な物を作って……」
「ひのふのみぃ……。人数分しかありませんね。ん。一個多い?」
「ハンテンも、数に入れて欲しいニャ」
「ああっ、ハンテンの分ですか」
「おぉーっ。クッキーに絵が描いてあるな」
巨大なイグルーに集い、皿に並べられたおみくじクッキーを睨む幼児ーズの面々、+ミケ王子とハンテン(アニマルズ)。
ニュービーのマルグリットも、幼児ーズと一緒に座っていた。
床に敷かれた何枚もの厚い絨毯と毛皮が、程よいクッションとなり、ほんのりと暖かい。
中央に設置されたストーブでは、炭が赤々と燃えている。
鍋に入ったスープが、コトコトと煮える。
アビーとディートヘルムはエミリオの家に招かれて、酔いどれ亭を留守にしていた。
天気が落ち着いて橇で移動できるようになると、毎年のように催されるブタの丸焼きパーティーだ。
メルも誘われたのだけれど、どうしても外せない用事があるのでと、丁重にお断りした。
妖精女王陛下は、領都ルッカで盛大なパーティーを開催しなければならない。
新時代を迎えるための、大切な大切な祭祀である。
「一人につき、一個だよ。先ずは皿に盛ったクッキーから、好きなのを選んでくらはい。ほらほら、早い者勝ちデスよ」
「………………」
マルグリットが一番最初に手を伸ばした。
そして一番大きなおみくじクッキーをガシッと握る。
ユグドラシル名物『兎だぴょん♪』と同じように、メルの顔がチョコで描いてあった。
おみくじクッキーの中には、戦場へのお誘いが入っている。
「くんくん。これ、にんにくだぁー」
ラヴィニア姫はガーリックの香りがするおみくじクッキーを見つけて、すかさず狙いを定めた。
「ボクは……。おさかなの描いてあるヤツが、よいニャ」
「おれ、カブト虫のヤツが欲しいんだけど……。メル姉。絵が違うのは、何か意味でもあるのか?」
「絵に意味はないヨォー。クッキーの中に、クジが入っとるんや。クジ言うんは直感どすえ。うじうじと悩んだらあきまへん。ささっと、欲しいのを取りなはれ!」
メルはクッキーが盛られた皿を凝視するタリサ、ティナ、ダヴィ坊やを急かす。
「ボク、これね!」
ミケ王子が、おずおずと手を伸ばした。
そのおみくじクッキーには、魚の絵がアイシングされていた。
色粉を混ぜて作ったアイシングなので、赤と青、色違いの魚が二匹、寄り添うように描かれている。
「わたしは、これ」
ラヴィニア姫はガーリックソルト味のおみくじクッキーを手に取った。
そして、おみくじクッキーに施されたアイシングをじっと眺める。
「カワイイ……」
コロコロとした輪郭をチョコで描いてから白く塗り、突き出した芽を緑色に染めてある。
クリッとしたつぶらな瞳が愛らしい、メルのデザインしたガーリック坊やだ。
「くっ……。ビシバシと作意を感じるわ」
「そうですね。メルちゃんらしい、浅はかさを感じます」
「おまーら、うっさいわ。子ろもは子ろもらしゅー、素直に好きなモンを選ばんかい!」
おみくじクッキーなのに、一つずつ絵が違う。
残るはチョコレートで描かれたカブト虫。金色(黄色)の王冠。リボンがあしらわれたカラフルな花束。それと明らかに力尽きて手を抜いたのがバレバレな、白い骨だ。
ダヴィ坊やがカブト虫を取り、タリサが王冠、ティナが花束の描かれたおみくじクッキーを選んだ。
「わん!」
ハンテンのおみくじクッキーは、残り物の骨である。
キリッとした眉毛でおみくじクッキーを睨んでいるが、これと言って不満はなさそうだ。
「クッキーの端っこから顔を出した紙が、クジです。そこにアタリとかハズレとか、書いてありマス。アタリを引いたら、わらしと領都ルッカへ行ってもらうで。ハズレを引いたら留守番じゃ。エエかぁー。恨みっこなしやデェー。では、クジを引いてくらはい」
「ムムム……。あらあら。わたくし、アタリを引いてしまいました。バンザーイ!」
既におみくじクッキーを食べてしまったマルグリットが、アタリくじをヒラヒラとさせて見せた。
「あぁーん。ハズレを引いちゃった」
「やったぜ!オレはアタリだ」
ラヴィニア姫が残念そうに俯き、ダヴィ坊やはこぶしを突き上げた。
「ふーん。そういうことを選ばせてから言う」
しかし幼児ーズで人心掌握と情報操作、舌先三寸の詐欺に長けているのは、雑貨屋の娘であるタリサだった。
メルの杜撰なトリックには、騙されない。
「ウフフ……。わたしもハズレです。どうやらメルちゃんは、わたしたちをルッカに連れて行きたくないようですね」
幼児ーズで一番ずる賢いティナも、メルの小細工を鼻で笑った。
タリサとティナの二人は、商人の娘なのだ。
「アタリとかハズレとか、馬鹿みたい。こんなの薄っぺらいインキチじゃん!」
タリサはハズレと書かれた短冊を眺めながら、ため息を吐いた。
「それにしても、相変わらず汚い字」
「…………インチキ、ちゃうよ」
メルが泣きそうな顔でタリサに訴えた。
「はぁ。どんな事情があるのか知らないけれど、今回はアンタの努力を認めて、理由を追及するのは止めとくわ。いい……?騙されたんじゃないからね。忖度して上げるのよ」
「わらし、騙してません。したから、タリサが騙されるはずがありませんデショ?」
「ハイハイ。もう、それでいいから……。メソメソしないでよ」
「泣いてません。ちと、疲れが溜まっとるだけデス」
メルは眼鏡を外し、ぐしぐしと目を擦った。
苦労しておみくじクッキーを作ったのに、タリサとティナが素直に騙されてくれないので悲しい。
悔し涙が止まらない。
「あーっ。ハンテンがアタリを引いたよ」
ラヴィニア姫が叫んだ。
「どういうこと……?」
「ハンテンさんは、領都ルッカにご招待デス」
「ハンテンだけ……?わたしは……?」
「はい。ラビーさんは、お留守番です」
「ふーん。そうなんだぁー。まぁ、いっかぁー」
ラヴィニア姫は、腑に落ちない顔で頷いた。
「フフン。ボクもアタリですニャ!」
「あらあら……。あにまるず、意外とツキが強いですね」
ティナはもう、何かを決意したように笑顔を浮かべ、メルにプレッシャーをかける。
「新入り(マルグリット)にハンテンとミケ王子。��れにデブかぁー。何だか知恵の足りなさそうなメンバーじゃん。とっても不安だから、クジを引き直した方が良いと思うけど……。と言いますか、妖精女王陛下のメルさん。クジなどではなく正式に会議を開き、改めてメンバーを決めた方が良いのではないでしょうか?」
タリサがしみじみとした口調で述べた。
クジは見せかけだけのインチキで、結果として選ばれたのは考え抜かれた末のメンバーだと知りながら、メルに再考を促す。
メルの肩をつかんで、ゆさゆさと揺する。
「そんなわざとらしく、騙された振りをするのはやめて!」
メルが激しく頭を振りながら、吠えた。
「詰まるところ……。わらし、どうすればよいの……?」
そして上目遣いでタリサに訊ねる。
「分からない子ね。要するに商売人の娘としては、『ハズレ』が気に喰わないのよ」
「はぁ?」
「だって、損したみたいじゃん」
「はい。メルちゃん」
ティナが『ハズレ』と書いてある短冊の裏側に、『エルフさんの温泉宿へご招待!』と書き込み、メルに手渡した。
「こうすると『ハズレ』を引かされても、気分が違うよね。逆に相手を煽りたいなら、『ハズレ』と書けばいい」
「なるほろ……」
「メルは先読みが足りないよ。駆け引きってモノは、魚釣りと同じですからね。取引相手の心理をよく読んで、押したり引いたりしながら上手に釣り上げるの……」
タリサはメルの頭を撫でながら諭した。
「いいですか、メルちゃん。相手を騙すにしても、おもてなしの心は大切です。例えばですけれど、お客さまを満足させられなければ、料理店の店主として失格ですよね。注文されたのに出せないメニューがある場合、フレッドさんやアビーさんはどうしていますか?」
「そんなん……。他の料理を季節限定の特別料理だとか、適当なこと吹かして勧めとるわ」
「ちゃんと見ているじゃありませんか。いいですか。『ハズレ』は自分で招いたお客さまに向かって、『あんたに料理は出せない』と開き直る行為です。相手を挑発して、怒らせたいときにだけ使いましょう」
ティナの説明が心に染みる。
「メルー。あんたはハズレです。ハズレ、はずれぇー。ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、はずれぇー!」
「うぉぉぉぉぉぉぉーっ。タリサ、耳元でうっさい。喧しいわ。メッチャ腹立つなぁー」
「でしょ。ハズレという言葉は、それだけでも不愉快なんだよ。誤魔化したいことがあるときに使っては、ダメだね」
メルはポンと手を打った。
腹は立つけれど、実に分かりやすい講義である。
余りにも分かりやすいので、自分が誘導されていることにさえ気づかない。
クジに当たり外れがあるのは、当然のことなのに……。
「うんうん。そう言うことかぁー。あーたら、賢いわ」
結局のところメルは、タリサとティナの手のひらで転がされ、幼児ーズの女子組をエルフさんの温泉宿へ招待することになった。
「メル姉が騙されとる」
「いつものことだし、問題ないよ」
「そうニャのか?」
「…………」
ダヴィ坊やとラヴィニア姫、ミケ王子の三名は、生温かい目でメルを見守っていた。
ニュービーのマルグリットも、急遽こちらの派閥に合流した。
「あの二人。怖いもの知らずですわ」
戦場で暴れまわる勇気はあっても、タリサとティナの仲間になる勇気が無かったからだ。
明けましておめでとうございます。
昨年中は、大変お世話になりました。
本年も、メルの応援をよろしくお願いします。
沢山の感想を頂いておきながら、返信できずに申し訳ございません。
取り敢えず、あとがきにて感謝に気持ちをお伝えしたく思います。
ありがとぉー!( ̄▽ ̄)








