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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
284/370

悪役幼女、爆誕



「こんニャちわー。ミケネコ便だニャ!」

「あぅ?」


ミケ王子とは違う三毛猫が、メルの樹を訪れた。


「お届け物ニャ」

「ミケ王子は……?」


アライグマの着ぐるみを纏ったメルは、小型の(ソリ)を引く三毛猫に訊ねた。


「社長は、テートの事務所だニャ」

「そう」

「お(うち)の中まで荷物を運ぶから、手伝って欲しいニャ」

「うん」


荷物は大きくて、ずっしりと重たかった。


「ここに、サインしてニャ」

「あい、あい」

「きったない字だニャ」

「……っ」

「女の子は、もっとキレイな字を書かないと駄目だニャ!」


一言多いのは、ケット・シーの種族特性だ。

ムカつくけれど、文句をつければ話が長くなる。

無駄話が好きなのも、ケット・シーの種族特性だった。


「誰からじゃ?」


メルは荷物に添付された手紙を開いた。




【妖精女王陛下宛】


過日、帝都ウルリッヒの市場にて、陛下が生き埋めにされたマルグリットさんの、お預かり期間が終了しました。

つきましては、誠に勝手ながら、ミケネコ便にて発送させて頂きました。

内容のご確認をお願いいたします。


なお、マルグリットさんは反省中に自己否定を繰り返した結果、外観に些少の変化が生じていることをご留意ください。

ご依頼にあった瘴気の除去、病んだ精神の治療などは完了しております。

マルグリットさんの健康に問題はなく、可能な限りの記憶と自我を保全した状態です。


お預かり期日を規定限度までご利用されたので、基本料金に加えて多額の延長料金が発生しております。

ご請求額の詳細に関しては、明細書にてお調べください。


追記:マルグリットさんの衣装や送料は、当方のサービスとさせて頂きます。



地下更生施設:メルの穴より




手紙を持つメルの手が震えた。


「しもぉーた。やってもぉーた。すっかり、忘れとったわ」


恐るおそる明細書を開く。


「五百万……!?」


目の玉が飛び出て、鼻水がビロォーンと垂れた。


基本価格は、一万ポイントきっかりだ。

内訳を計算するまでもなく、四百九十九万ポイントは延長料金だった。


「ウガァー。ウガァー。わらしの、花丸ポイントがぁー。貴重な、花丸ポイントがぁー!!」


だらしないのがいけない。

自業自得である。


それにしても問題なのは、荷物の中身だった。

不愉快な過去の因縁を届けられたら、嫌な予感しかしない。


「返却……。もしくは、どこぞに破棄して……」

「それでは失礼するニャ!」

「あっ。この荷物……」


メルが慌てて、ミケネコ便の配達員に声をかけた。


「どうしたのかニャ?」

「要らんから、持って帰れ!」

「イヤだニャ……。手続きをしてニャい荷物は、お取り扱いできません」


ミケネコ便の配達員が、首を横に振った。


「いやいや、どこにも届けんでエエから。タルブ川に捨てたって」

「不法投棄は、いけないニャ」

「これ、ヤルで」

「不正は、お断りニャ……」


ミケネコ便の配達員は、メルが渡そうとした煮干しを拒絶した。


「誰かに押し付けたいニャら、ちゃんと伝票を張って集配所に持って行くニャ。あっ……。宛先は読めるように、丁寧な字で書いてくださいニャ」

「………………」


メジエール村には、ミケネコ便の集配センターがなかった。

メルは立ち去るミケネコ便の配達員を呆然と見送った。


「色々とあって、忙しかったのデス。あれやこれやと追いまくられたら、忘れモンの一つや二つあるでぇー。わらし幼児やもん、しゃぁーないヤン」


過ぎてしまった事をクヨクヨと悩んでも仕方がない。

マルグリットさんは、生ものである。

放置する訳にはいかなかった。


腐らせてしまったら、始末に負えない。


「せやねぇー。ほったらかしは、アカン。そんなだから、四百九十九万ポイントも無駄にするんや。ウガァー!」


文句を垂れながら、包み紙を破る。


「それにしても、ですよ。なぁーんか、箱が小さいわ」


帝都ウルリッヒの市場で睨み合ったエルフ女は、もっと大きかった。

ぐんと背が高かった。


「ムカつく縦ロール女で、わらしの耳をブタ耳と言いよった」


イラッとして箱を蹴る。


「イタッ!」


可愛らしい声が聞こえた。


「はれぇー?」


もう一度蹴る。


「痛い……。痛いデショ。乱暴な扱いは、おやめなさい」

「うほぉーっ。箱が喋りよった」


箱は喋らない。

中身が苦情を述べたのだ。


ロープをほどいて箱のフタを開けると、お姫さまのビスクドールが入っていた。


否……。

ビスクドールのように見えるが、それは幼女化したマルグリットだった。


「こえはまた、えろぉー縮んだノォー」

「………………」

「オジョーちゃん、いくちゅでちゅかぁー?」

「ざっくり、千と三百才よ。貴女……。田舎者のようだから、わたくしが教えて差し上げます。よろしいかしら。淑女(レディー)に年齢を問い質したりしては、いけないわ。大切なことだから、覚えておきなさい」

「……そう」


マルグリットの背格好は、精霊樹から()いだばかりのメルと大差なかった。

推定年齢四歳の女児である。


しかし全裸で背嚢(デイパック)に詰められていたメルと比較するなら、マルグリットは超豪華だった。

沢山のレースをあしらった臙脂色のドレスは、文句なしにゴージャスだ。

ビロードのリボンで飾られたブロンドヘアーにも、乱れはない。


もちろん髪型は、縦ロールである。


「千三百才だと、何か問題でもあるのかしら……?」


エルフ耳が、『どうなのよ?』と傾く。


クリスタやアーロンも耳づかいが巧みで、ちょっとした意思表示に用いたりする。

思ったように耳を操るのは難しく、メルは悔しそうに自分の耳を弄り、口を尖らせた。


メルの耳は嘘が吐けない。


「いいえ。わらしはちっこくなった理由を知りたいだけデス」

「わたくしが大切に残しておいたオヤツを弟が盗んだの……。それをこっぴどく折檻した自分が許せなくて……。そのときに、わたくしは五歳くらいだったの」

「ふぅーん」

「あのねぇー。貴女がわたくしを放り込んだ穴の中では、自分を許せないと、その年齢からやり直しになるのよ!何なの、この忌々しい呪いは……!?」


マルグリットが、小鬼の形相でムキィーッ!と吼えた。


「その頃から、縦ロール(ドリル)ですかぁー?」

「どりるって何よ……?」

「先端が尖った円錐形の道具で、穴を掘ったりします」

「くっ……。もし、わたくしの髪型を揶揄しているなら、許さなくってよ」

「許さんとなぁー」


メルは躊躇わずにファイティングポーズを取った。

基本料金なら一万ポイントである。


「生埋めアゲイン?」

「それは遠慮させて頂くわ」


マルグリットは、プイッと顔を背けた。


これまでに大勢のオッサンたちを()けてきたが、バルガスでさえ幼児化していない。

弟を折檻したくらいで自分が許せないとか、あれだけ偉そうに振舞っておいて、とんでもない小心者だった。


ちょっとカワイイ。

メルの中で、少しだけマルグリットに対する評価が変わった。


「アータをマルって呼んでも、エエかぁー?」

「イヤヨ」

「ほぉーん。美味しいクッキーを召し上がります?」

「あら、気が利くわね。ちょうど、お腹が空いていましたの。頂くわ」

「はい……」


メルがクッキーの包みを差し出した。


「ありがとう」


メルはマルグリットがテーブルを使いたがったので、幼児椅子に座らせて上げた。

淑女(レディー)が立ったまま食事をするのは、立食パーティーだけだ。


「なぁなぁ……。マルって、呼んでもエエかぁー?」

「イヤヨ」

「ノドが乾くでしょ。温かなハニーミルクでも、如何ですか?」

「………………貰いましょう」

「どうぞ……」


メルがマグカップに注いだハニーミルクを勧める。


「ほっ。美味しい」

「マルって呼んだらアカン?」


メルはしつこい。


「ムグムグ……。わたくしと、お友だちになりたいのなら……。マリーとお呼びなさい」


クッキーを頬張りながら、マルグリットが答えた。


仕方がないので、間を取ってマルーと呼ぼう。

そうメルは決めた。


頑固なほど自分の思い付きに固執する、女児であった。




◇◇◇◇




「ミッティア魔法王国と比べ、この地はド田舎ですけど……。ピクスに満ちた、良い場所ですわ」

「ムッ!」


うっとりとメルの樹を見上げるマルグリットの頭をメルが叩いた。


「痛い。何をなさるの……!?」

「妖精さんをピクスと呼ぶんは、アカンよぉー」

「なっ……。これだから未開のおチビさんは、手に負えないのです。まったく、無知にも程がありますわ」


またもやメルが、マルグリットの頭を叩いた。


「アータが妖精さんたちをピクスと呼ぶ限り、精霊魔法は使えません」

「なによぉー!!」


マルグリットが、頭を押さえて泣いていた。


「泣くほど痛くしとらんよ」

「えぐっ、えぐっ……。わたくしの魔法を返してよ。知ってるんでしょ。どうして魔法が使えなくなったか」


どうやらマルグリットは、先程から魔法を使おうとしていたのに、妖精たちからハブられていたようだ。


「魔法が使えなかったら、わたくしは只のおチビですわ。そんなの、耐えられません」

「あっ。メルちゃんが、小さな子を泣かせてる」


酔いどれ亭から顔を見せた人魚のジュディットが、メルを指さして叫んだ。

ジュディットは海底で暮らしていたボッチ人魚なので、基本的に空気を読まない。


「ちゃ、ちゃうねん、ジュディー。マルーは魔法が使えんと、泣いてます」

「うわぁーん。マルーって何ですか!?」

「アータの名前デショ」


マルグリットがメルの鳩尾にパンチを入れた。


「げふん!」

「マリーって、呼びなさいよ」

「マッ、マルー」

「いやぁー。この子が虐めるぅー」


自称、千三百才のエルフが、よりにもよって幼児権を行使した。


「ウッ!」


メルだって、フレッドとの戦いで多用してきたから、身に覚えがある。

これはウソ泣きだ。


アビーとディートヘルムまで酔いどれ亭の店先に姿を現し、大騒となった。


「はぁーっ!?わらしが悪いんでしょうか……。わらしは悪ぅーなかよ。ディーは信じてくれるデショ?」

「小さな子を泣かすネエネは、サイテーです」

「そんなぁー」


愛する弟の言葉が、メルの胸に突き刺さった。


「うんうん……。メルちゃんは、悪い子だねぇー」


ジュディットは人魚なので、周囲の流れに身を任せる。

空気は読まない。


「そんなぁー」


皆に非難の視線を向けられて、メルも泣きっ面だ。


「メルー。その子は、どこから連れて来たの?」


アビーが猫なで声で訊ねた。


「へっ……?いや。わらしは、連れてきていませんヨォー。ミケネコ便の、お届け物デス」

「ミケネコ……。お届け物……?」

「わらし宛で届いた箱を開けたら、マルが入ってました」

「ふぅーん。メルに届いた箱を開けたら、マルが入ってたんだ」

「そそっ」


アビーは悲しげな表情を浮かべ、メルの頬っぺたを抓った。


「そんな作り話で……。あたしを騙せるとでも、思っているのかしら……?」


みょーんとメルの頬っぺたが伸びた。


「ウギャギャギャギャー!」


こうなるともう、収拾がつかない。


アビーが知る限り、生きている人間を箱詰めにして送り届けるようなサービスは、存在しなかった。

メルだって、初めての経験である。


余りに非常識な話だから、アビーに信じて貰えなくても不思議はない。

しかもマルグリットは、エルフの里にでも出向かなければ見つからないエルフ女児である。


「おたぁーたま(お母さま)、ぐぉふぁいひゃー(誤解じゃー)。ふぁなせわ(話せば)、わかゆぅー(分かるぅー)!」

「ちょっと黙ろうか、メルちゃん。ふぁい、ふぁい、早口で捲し立てられても、何を伝えたいのか分からないよ」


その日、メルの樹に届けられたのは、不条理(マルグリット)が詰め込まれた箱だった。

パンドラの箱と違い、希望は一欠片も入っていない。


アビーはメルを開放すると、マルグリットの手を引いて酔いどれ亭に消えた。

ディートヘルムとジュディットも、メルと目を合わせようともせずに行ってしまう。


「ひろい(酷い)……」


アビーの事実誤認を恨むのは、筋違いである。

厳しい雪の季節に、エルフの里から幼児を連れて来れるのは、精霊か精霊の子くらいのものだから。

『わらしに妹をこさえてくれろー!』と、常日頃からアビーにせがみ続けているメルなので、その怪しさもひとしおだ。


誤解したアビーと誤解を招いたメルは、どっちもどっち。

偶然の積み重ねで生じたトラブルは、要するに間が悪かったのであり、誰のせいでもなかった。


そもそもが、メルのズボラさに端を発する事件だ。

せめてズボラさの分くらいは、メルが引き受けるべきであろう。


このやるかたない思いは、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵にぶつけよう。

不浄も不条理も、すべては彼の地で清算されるのだ。


メルは赤く腫れた頬を雪で冷やしながら、ニヤリと笑った。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これ、もしかして延滞料金の一部に衣装代とか入ってるんじゃ? [一言] 基本的に主人公コミュ障だから誤解が解けるまで話すとか、説明できる分だけでも事情を説明するとか出来ないから相も変わら…
[一言] 誤解したアビーに罰を!
[一言] 延長料金がぼったくりなのかそれ相応の期間ほったらかしてたのか…どっちにしろやってしまいましたなぁ
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