悪役幼女、爆誕
「こんニャちわー。ミケネコ便だニャ!」
「あぅ?」
ミケ王子とは違う三毛猫が、メルの樹を訪れた。
「お届け物ニャ」
「ミケ王子は……?」
アライグマの着ぐるみを纏ったメルは、小型の橇を引く三毛猫に訊ねた。
「社長は、テートの事務所だニャ」
「そう」
「お家の中まで荷物を運ぶから、手伝って欲しいニャ」
「うん」
荷物は大きくて、ずっしりと重たかった。
「ここに、サインしてニャ」
「あい、あい」
「きったない字だニャ」
「……っ」
「女の子は、もっとキレイな字を書かないと駄目だニャ!」
一言多いのは、ケット・シーの種族特性だ。
ムカつくけれど、文句をつければ話が長くなる。
無駄話が好きなのも、ケット・シーの種族特性だった。
「誰からじゃ?」
メルは荷物に添付された手紙を開いた。
【妖精女王陛下宛】
過日、帝都ウルリッヒの市場にて、陛下が生き埋めにされたマルグリットさんの、お預かり期間が終了しました。
つきましては、誠に勝手ながら、ミケネコ便にて発送させて頂きました。
内容のご確認をお願いいたします。
なお、マルグリットさんは反省中に自己否定を繰り返した結果、外観に些少の変化が生じていることをご留意ください。
ご依頼にあった瘴気の除去、病んだ精神の治療などは完了しております。
マルグリットさんの健康に問題はなく、可能な限りの記憶と自我を保全した状態です。
お預かり期日を規定限度までご利用されたので、基本料金に加えて多額の延長料金が発生しております。
ご請求額の詳細に関しては、明細書にてお調べください。
追記:マルグリットさんの衣装や送料は、当方のサービスとさせて頂きます。
地下更生施設:メルの穴より
手紙を持つメルの手が震えた。
「しもぉーた。やってもぉーた。すっかり、忘れとったわ」
恐るおそる明細書を開く。
「五百万……!?」
目の玉が飛び出て、鼻水がビロォーンと垂れた。
基本価格は、一万ポイントきっかりだ。
内訳を計算するまでもなく、四百九十九万ポイントは延長料金だった。
「ウガァー。ウガァー。わらしの、花丸ポイントがぁー。貴重な、花丸ポイントがぁー!!」
だらしないのがいけない。
自業自得である。
それにしても問題なのは、荷物の中身だった。
不愉快な過去の因縁を届けられたら、嫌な予感しかしない。
「返却……。もしくは、どこぞに破棄して……」
「それでは失礼するニャ!」
「あっ。この荷物……」
メルが慌てて、ミケネコ便の配達員に声をかけた。
「どうしたのかニャ?」
「要らんから、持って帰れ!」
「イヤだニャ……。手続きをしてニャい荷物は、お取り扱いできません」
ミケネコ便の配達員が、首を横に振った。
「いやいや、どこにも届けんでエエから。タルブ川に捨てたって」
「不法投棄は、いけないニャ」
「これ、ヤルで」
「不正は、お断りニャ……」
ミケネコ便の配達員は、メルが渡そうとした煮干しを拒絶した。
「誰かに押し付けたいニャら、ちゃんと伝票を張って集配所に持って行くニャ。あっ……。宛先は読めるように、丁寧な字で書いてくださいニャ」
「………………」
メジエール村には、ミケネコ便の集配センターがなかった。
メルは立ち去るミケネコ便の配達員を呆然と見送った。
「色々とあって、忙しかったのデス。あれやこれやと追いまくられたら、忘れモンの一つや二つあるでぇー。わらし幼児やもん、しゃぁーないヤン」
過ぎてしまった事をクヨクヨと悩んでも仕方がない。
マルグリットさんは、生ものである。
放置する訳にはいかなかった。
腐らせてしまったら、始末に負えない。
「せやねぇー。ほったらかしは、アカン。そんなだから、四百九十九万ポイントも無駄にするんや。ウガァー!」
文句を垂れながら、包み紙を破る。
「それにしても、ですよ。なぁーんか、箱が小さいわ」
帝都ウルリッヒの市場で睨み合ったエルフ女は、もっと大きかった。
ぐんと背が高かった。
「ムカつく縦ロール女で、わらしの耳をブタ耳と言いよった」
イラッとして箱を蹴る。
「イタッ!」
可愛らしい声が聞こえた。
「はれぇー?」
もう一度蹴る。
「痛い……。痛いデショ。乱暴な扱いは、おやめなさい」
「うほぉーっ。箱が喋りよった」
箱は喋らない。
中身が苦情を述べたのだ。
ロープをほどいて箱のフタを開けると、お姫さまのビスクドールが入っていた。
否……。
ビスクドールのように見えるが、それは幼女化したマルグリットだった。
「こえはまた、えろぉー縮んだノォー」
「………………」
「オジョーちゃん、いくちゅでちゅかぁー?」
「ざっくり、千と三百才よ。貴女……。田舎者のようだから、わたくしが教えて差し上げます。よろしいかしら。淑女に年齢を問い質したりしては、いけないわ。大切なことだから、覚えておきなさい」
「……そう」
マルグリットの背格好は、精霊樹から捥いだばかりのメルと大差なかった。
推定年齢四歳の女児である。
しかし全裸で背嚢に詰められていたメルと比較するなら、マルグリットは超豪華だった。
沢山のレースをあしらった臙脂色のドレスは、文句なしにゴージャスだ。
ビロードのリボンで飾られたブロンドヘアーにも、乱れはない。
もちろん髪型は、縦ロールである。
「千三百才だと、何か問題でもあるのかしら……?」
エルフ耳が、『どうなのよ?』と傾く。
クリスタやアーロンも耳づかいが巧みで、ちょっとした意思表示に用いたりする。
思ったように耳を操るのは難しく、メルは悔しそうに自分の耳を弄り、口を尖らせた。
メルの耳は嘘が吐けない。
「いいえ。わらしはちっこくなった理由を知りたいだけデス」
「わたくしが大切に残しておいたオヤツを弟が盗んだの……。それをこっぴどく折檻した自分が許せなくて……。そのときに、わたくしは五歳くらいだったの」
「ふぅーん」
「あのねぇー。貴女がわたくしを放り込んだ穴の中では、自分を許せないと、その年齢からやり直しになるのよ!何なの、この忌々しい呪いは……!?」
マルグリットが、小鬼の形相でムキィーッ!と吼えた。
「その頃から、縦ロールですかぁー?」
「どりるって何よ……?」
「先端が尖った円錐形の道具で、穴を掘ったりします」
「くっ……。もし、わたくしの髪型を揶揄しているなら、許さなくってよ」
「許さんとなぁー」
メルは躊躇わずにファイティングポーズを取った。
基本料金なら一万ポイントである。
「生埋めアゲイン?」
「それは遠慮させて頂くわ」
マルグリットは、プイッと顔を背けた。
これまでに大勢のオッサンたちを埋けてきたが、バルガスでさえ幼児化していない。
弟を折檻したくらいで自分が許せないとか、あれだけ偉そうに振舞っておいて、とんでもない小心者だった。
ちょっとカワイイ。
メルの中で、少しだけマルグリットに対する評価が変わった。
「アータをマルって呼んでも、エエかぁー?」
「イヤヨ」
「ほぉーん。美味しいクッキーを召し上がります?」
「あら、気が利くわね。ちょうど、お腹が空いていましたの。頂くわ」
「はい……」
メルがクッキーの包みを差し出した。
「ありがとう」
メルはマルグリットがテーブルを使いたがったので、幼児椅子に座らせて上げた。
淑女が立ったまま食事をするのは、立食パーティーだけだ。
「なぁなぁ……。マルって、呼んでもエエかぁー?」
「イヤヨ」
「ノドが乾くでしょ。温かなハニーミルクでも、如何ですか?」
「………………貰いましょう」
「どうぞ……」
メルがマグカップに注いだハニーミルクを勧める。
「ほっ。美味しい」
「マルって呼んだらアカン?」
メルはしつこい。
「ムグムグ……。わたくしと、お友だちになりたいのなら……。マリーとお呼びなさい」
クッキーを頬張りながら、マルグリットが答えた。
仕方がないので、間を取ってマルーと呼ぼう。
そうメルは決めた。
頑固なほど自分の思い付きに固執する、女児であった。
◇◇◇◇
「ミッティア魔法王国と比べ、この地はド田舎ですけど……。ピクスに満ちた、良い場所ですわ」
「ムッ!」
うっとりとメルの樹を見上げるマルグリットの頭をメルが叩いた。
「痛い。何をなさるの……!?」
「妖精さんをピクスと呼ぶんは、アカンよぉー」
「なっ……。これだから未開のおチビさんは、手に負えないのです。まったく、無知にも程がありますわ」
またもやメルが、マルグリットの頭を叩いた。
「アータが妖精さんたちをピクスと呼ぶ限り、精霊魔法は使えません」
「なによぉー!!」
マルグリットが、頭を押さえて泣いていた。
「泣くほど痛くしとらんよ」
「えぐっ、えぐっ……。わたくしの魔法を返してよ。知ってるんでしょ。どうして魔法が使えなくなったか」
どうやらマルグリットは、先程から魔法を使おうとしていたのに、妖精たちからハブられていたようだ。
「魔法が使えなかったら、わたくしは只のおチビですわ。そんなの、耐えられません」
「あっ。メルちゃんが、小さな子を泣かせてる」
酔いどれ亭から顔を見せた人魚のジュディットが、メルを指さして叫んだ。
ジュディットは海底で暮らしていたボッチ人魚なので、基本的に空気を読まない。
「ちゃ、ちゃうねん、ジュディー。マルーは魔法が使えんと、泣いてます」
「うわぁーん。マルーって何ですか!?」
「アータの名前デショ」
マルグリットがメルの鳩尾にパンチを入れた。
「げふん!」
「マリーって、呼びなさいよ」
「マッ、マルー」
「いやぁー。この子が虐めるぅー」
自称、千三百才のエルフが、よりにもよって幼児権を行使した。
「ウッ!」
メルだって、フレッドとの戦いで多用してきたから、身に覚えがある。
これはウソ泣きだ。
アビーとディートヘルムまで酔いどれ亭の店先に姿を現し、大騒となった。
「はぁーっ!?わらしが悪いんでしょうか……。わらしは悪ぅーなかよ。ディーは信じてくれるデショ?」
「小さな子を泣かすネエネは、サイテーです」
「そんなぁー」
愛する弟の言葉が、メルの胸に突き刺さった。
「うんうん……。メルちゃんは、悪い子だねぇー」
ジュディットは人魚なので、周囲の流れに身を任せる。
空気は読まない。
「そんなぁー」
皆に非難の視線を向けられて、メルも泣きっ面だ。
「メルー。その子は、どこから連れて来たの?」
アビーが猫なで声で訊ねた。
「へっ……?いや。わらしは、連れてきていませんヨォー。ミケネコ便の、お届け物デス」
「ミケネコ……。お届け物……?」
「わらし宛で届いた箱を開けたら、マルが入ってました」
「ふぅーん。メルに届いた箱を開けたら、マルが入ってたんだ」
「そそっ」
アビーは悲しげな表情を浮かべ、メルの頬っぺたを抓った。
「そんな作り話で……。あたしを騙せるとでも、思っているのかしら……?」
みょーんとメルの頬っぺたが伸びた。
「ウギャギャギャギャー!」
こうなるともう、収拾がつかない。
アビーが知る限り、生きている人間を箱詰めにして送り届けるようなサービスは、存在しなかった。
メルだって、初めての経験である。
余りに非常識な話だから、アビーに信じて貰えなくても不思議はない。
しかもマルグリットは、エルフの里にでも出向かなければ見つからないエルフ女児である。
「おたぁーたま(お母さま)、ぐぉふぁいひゃー(誤解じゃー)。ふぁなせわ(話せば)、わかゆぅー(分かるぅー)!」
「ちょっと黙ろうか、メルちゃん。ふぁい、ふぁい、早口で捲し立てられても、何を伝えたいのか分からないよ」
その日、メルの樹に届けられたのは、不条理が詰め込まれた箱だった。
パンドラの箱と違い、希望は一欠片も入っていない。
アビーはメルを開放すると、マルグリットの手を引いて酔いどれ亭に消えた。
ディートヘルムとジュディットも、メルと目を合わせようともせずに行ってしまう。
「ひろい(酷い)……」
アビーの事実誤認を恨むのは、筋違いである。
厳しい雪の季節に、エルフの里から幼児を連れて来れるのは、精霊か精霊の子くらいのものだから。
『わらしに妹をこさえてくれろー!』と、常日頃からアビーにせがみ続けているメルなので、その怪しさもひとしおだ。
誤解したアビーと誤解を招いたメルは、どっちもどっち。
偶然の積み重ねで生じたトラブルは、要するに間が悪かったのであり、誰のせいでもなかった。
そもそもが、メルのズボラさに端を発する事件だ。
せめてズボラさの分くらいは、メルが引き受けるべきであろう。
このやるかたない思いは、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵にぶつけよう。
不浄も不条理も、すべては彼の地で清算されるのだ。
メルは赤く腫れた頬を雪で冷やしながら、ニヤリと笑った。








