えっ、わらしが孝行娘?
ドラゴンズ・ヘブンに植えた精霊樹の横に、不細工な祠がある。
異界ゲートの出入り口だ。
「ガタガタですわ」
メルが悲しそうな顔になる。
「最初に作ったのだからなぁー」
「手が空いたら、作り直したいのぉー」
メルとダヴィ坊やが目指す【子供ランド】に、不細工な祠は似つかわしくなかった。
幼児ーズのリゾート地は、ピカピカでないと駄目だ。
タリサやティナに鼻で笑われる。
「メル姉。ここ、釘が出とる」
「板もユルユルやねん。へたっぴじゃのぉー」
「メジエール村の犬だって、もう少しましな小屋に住んでるぞ」
「ルイーザのとこですか…?ペスが住んどる犬小屋は、大工のニルス兄貴がこさえたんじゃ」
「そうだったのかぁー。どうりで立派な犬小屋だと思った」
男の子は、年頃になると無性に工作をしたくなる。
それはメルやダヴィ坊やも、同じだった。
メルは女の子だけれど、樹生の魂が叫ぶのだ。
ガォーッ!と。
「この祠なぁー。まあ最初に手掛けた工作じゃけぇー、不備があるんはしゃぁーないわ」
大工の精霊に頼めばチョチョイと作ってくれるだろうが、どうしても自分の手でやってみたい。
「自ら額に汗してこさえたからこそ、愛着も湧く。ちぃーとばかり不細工でも、我が子はカワイイもんじゃ」
メルは祠の壁をサスサスと撫でた。
「ふっ、ぎゃぁぁぁーっ!」
指の先っぽに、とげが刺さった。
ガタガタと音を立て、祠の扉が開いた。
「メルちゃん。待ったぁー」
「メルー。こんにちは」
チルとルイーザが祠から姿を現した。
「おぅ。二人とも、いらたいませ」
「オス!」
メルとダヴィ坊やも笑顔で出迎えた。
「なんね。モモンガースーツで来ればエエのに…。その格好では、着替えんとアカンよ」
「いちいち着替えるのは、面倒くさくないか?」
メルとダヴィ坊やは、とっくにモモンガースーツだ。
何なら、一日中モモンガーZでも構わない。
「だって…。知らない村の人に会うとき、着ぐるみは嫌よ!」
「うん。そう言うことぉー」
「向こうに着いたら、また着替えるのか!?」
ダヴィ坊やが、驚きの表情で確認した。
「着ぐるみなんて、ちいさな子じゃあるまいし…。当然デショ」
ルイーザがメルをチラ見してから、大仰に頷いた。
メルは少しだけ不機嫌そうな顔になった。
「そんなら、アソコの小屋で着替えてな…」
返答も、心もち刺々しくなる。
メルに『ちいさな子』は、NGワードだった。
「「わかった」」
チルとルイーザの二人は、別々の部屋に入った。
「なんで一緒の部屋を使わないんだ…?」
ダヴィ坊やは、不思議そうに首を傾げた。
「ルイーザさんは、お年頃なので…。色々と恥ずかちぃーのデス。たぶん」
「ふーん。恥ずかしいって、女同士だろ。やっぱり分からん」
ダヴィ坊やが知りたそうにしているので、メルは説明を付け足した。
「ほら、ルイーザさん。お胸が、ふっくらと育っとったデショ。そしたらオカンのように、毛ェーもボーボー」
「…………!?」
ダヴィ坊やはメルの背後に視線を据えて、硬直した。
「おチビちゃんは、ちょっと黙ろうか!」
「ガフッ!」
真っ赤な顔をして戻って来たルイーザが、メルの頭を殴った。
ダヴィ坊やはルイーザの形相に震え上がり、賢明にも口を閉ざした。
そうこうする内に大人組が到着し、精霊樹のある広場が賑やかになった。
「よう、メル。いい感じの場所だな」
「ぱぁぱ、待っとったヨォー。ぱぁぱが居らんと、寂しかったわぁー」
「そうか、そうか…。パパたちを待っていてくれたか」
メルのリップサービスを真に受けて、フレッドは上機嫌になった。
それでなくとも、モモンガーZを着たメルは滅茶クチャ可愛らしい。
愛娘を抱き上げて、ほっぺたにチューだ。
「皆のスーツも用意してあるで、着替えてんか?」
メルは傭兵隊の面々とバルガスたちに、着替えるよう指示した。
「おい。まさか、メルちゃんと同じのを着せるつもりか?」
「まさかぁー。おっちゃんらに、こんな可愛らしいの着せられんわ。別のを用意してあるで、安心してください」
「そうかい、気が利くじゃないか」
狩人のワレンが、安心したように胸を撫で下ろす。
「スーツの使用方法は、クルトに教わって…。クルト、よろしくお願い」
「了解、メルちゃん。この黒いヤツが、メルちゃんの用意してくれたスーツだよ」
クルト少年がケースに入ったスーツを配り、大人たちに着用方法を説明した。
「わらしの着とるのが、モモンガーZ。ぱぁぱたちのは、ワイバーンスーツじゃ」
「翼竜かぁー」
フレッドはワイバーンスーツを身に着け、力こぶを作って見せた。
大人用のスーツは、滑らかな素材で作られていた。
フルフェイスのヘルメットまで黒で統一されたワイバーンスーツは、なかなかに格好よい。
モフモフなモモンガーZと違って、ワイバーンはコミックヒーローのスーツみたいにボディーラインを強調する。
「どうだ、メル。パパは格好いいだろ?」
「うん。サイコーじゃ」
しかし、どうせならアビーに着て欲しかった。
男どものマッスルには、これっぱかしも興味が湧かない。
「いいか、メル。パパが、この肉体を作り上げるために、どれだけの鍛錬を積んだことか」
「うんうん…。すごいのぉー」
フレッドに自慢の筋肉を見せつけられて、感情の抜け落ちた顔になるメルだった。
「こんなもんで、空を飛べるのかぁー?」
ヨルグは身につけたスーツの具合を確認しながら、首を横に振った。
「ヨルグ師匠。スーツには問題ないよ。だけど…。コツをつかむまで、少し練習した方がいい」
クルト少年は飛行訓練用の櫓に大人たちを案内して、使い方の指導を開始した。
「それじゃ、飛んでみせるよ」
初心者向けに、基本となる滑空と着地だ。
手本なだけあって、危なげのない綺麗な滑空だった。
「おおっ」
「本当に飛んでるよ」
櫓の下で見ていた男たちから、驚きの声が上がる。
「こんな感じです。スーツを信じて風の妖精に身を任せれば、墜落する危険はないよ」
クルト少年が、着地地点から手を振って見せた。
子供組は幼児ーズも魔法学校の生徒も、モモンガースーツを体験済みである。
もちろんクルト少年も、メルからモモンガースーツを貰っていた。
今日はワイバーンスーツだが、使用方法に違いなどない。
「風の妖精さんと仲良しになるんが、大事じゃ。慣れると、わらしのような技が使えるよぉーになるで…!」
その場で跳び上がったメルは、一気に上空へと舞い上がった。
「すげぇー。さすがは、冒険野郎一番星!」
バルガスは呆れ顔で青空を見上げた。
「こいつは堪らん」
フレッドが興奮を隠せぬ様子で、櫓に取りついた。
「わたしが二番手です」
貴公子レアンドロも、フレッドに続く。
「おっ、オレも練習しねぇとな」
「このスーツは、貰っていいのか…?」
ウドとワレンも、愉快そうに櫓を登って行った。
「あいつら、馬鹿か?木製の櫓とは言え、けっこうな高さがあるんだぞ。飛び降りるのが、怖くないのかよ」
「バルガスよぉー。オマエも冒険者だったら、たまには冒険しようぜ」
ヨルグがバルガスの背中をパシン!と叩いた。
「いてぇーな、ヨルグさん。俺さまは、堅実な冒険者なんだよ。悪魔チビとの付き合いで、たっぷりと学んだんだ。いつだって、安心安全を大事にしてぇーんだ」
「本番前に練習しておかなきゃ、堅実とは言えねぇぞ」
ヨルグは笑いながら櫓の方へと歩き去った。
「ヒャッハァー!」
フレッドが櫓の天辺から飛んだ。
初飛行ながら、何とか滑空して地面に着地する。
「ちと難しい。だけど、最高の気分だ!」
「いいですねぇー。わたしも、飛んでみます」
貴公子レアンドロは風の妖精に助けられて、フレッドより遠くまで滑空した。
「悪魔チビめ。落ちて死んだら、祟ってやる」
バルガスが吐き捨てるようにして言った。
「ボス。高いところが苦手なのは分かります。だけど、ここは覚悟を決めましょうや」
「そうですよ。泣き言は、格好悪いです」
「うるせぇ!」
バルガスはブツブツと悪態を吐きながら、櫓を登った。
「やあ、メルさん。遅くなりました」
「フーベルト宰相の書類仕事が、トロくてね」
最後にアーロンとクリスタが、姿を見せた。
住民移動の命令書を用意させるのに、時間が掛かったらしい。
「そんなもん、要らんデショ」
「体裁だよ。世の中ってモノは、体裁を重んじるのさ。もっとも…。こんな紙切れを見せたところで、領主どもが認めるはずもない。それでも、許可証はあった方がよい」
「ほぉーん」
「どうせ殴り倒すにしても、体裁と段取りは大事なのさ」
革のケースに仕舞ってあったウィルヘルム皇帝陛下の命令書を見せて、クリスタは意地悪そうに笑った。
「あたしは見送りだけだから、アーロンに渡すよ」
「確かに、お預かりしました」
アーロンは恭しげに革のケースを受け取った。
「そういうものなの、アーロン?」
「そういうものなんです」
大人の都合は難しい。
◇◇◇◇
正午過ぎに、大人たちの飛行訓練は終わった。
メルの待ちに待った時が、訪れた。
「そえでは皆さま。これより目的地に向かおうと思います」
「はぁ、このスーツで飛んでいくのかよ」
バルガスがこめかみに青筋を立て、怒鳴った。
「うっさいわ。そんなギャンギャン吠えんでも、今すぐ分かります」
メルはピィーッ!と指笛を鳴らした。
「なんで指笛…?」
フレッドが訝しげな顔で訊ねた。
「ゼピュロスを呼びました」
「ぜぴゅろす…?」
「ぱぁぱ…。ゼピュロスは、おっきな風竜じゃ!」
メルが上空を指さした。
「ギョェェェェェェェェェェェェェェェェーッ!」
上空を舞うゼピュロスが、一声咆えてから降下姿勢を取った。
「ドッ、ドラゴンだ」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
「マジかぁー!?」
男たちが絶叫した。
だが、何かがおかしい。
思っていたようでない反応に、メルが眉を顰めた。
チルやルイーザは、ニマニマとしながら大人たちの反応を眺めている。
「魔法学校の生徒やクルトは、ドラゴンを知っとるからのぉー。そやけど、おとぉーたちは初めてやろ」
ドラゴンに慣れた子供たちと違い、大人たちは恐怖でパニックを起こすのが正しい。
メルは、そこに違和感を覚えた。
「騒いどるが、パニックとはちゃうなぁー」
メルの期待通りなら、腰を抜かして失禁したり、悲鳴を上げて広場から逃げ出すはずなのに、男たちは只々アホみたいに空を見上げていた。
「すっげぇー」
「オレは感動した」
「まさか生きている内に、ドラゴンを目にすることが出来るとは…」
想定外の台詞である。
何やら、喜んでいるようだ。
「なんでや…?」
ゼピュロスにビビらない男たちの態度が、メルを混乱させた。
「グォーッ!」
ドラゴンズ・ヘブンの空き地に舞い降りたゼピュロスは、高みから周囲を睥睨した。
ゼピュロスが首をもたげれば、頭部の位置は精霊樹の天辺を越える。
「でっけぇー」
「ピューッ、ピューッ!」
「ヒャッハァー!」
ゼピュロスを間近に見た男たちから、やんやの歓声が上がった。
櫓から飛ぶのを怖がったバルガスまで、ゼピュロスの偉容に魅了されていた。
「冒険者ギルドの建物より、でかくないか?」
「竜退治の物語。ありゃー絵空事だな」
「まったくだ。勇者の冒険譚なんざ、ぜぇーんぶ嘘っぱちに思えてきた」
「王者の風格だな。これに剣を向けるなんて、オレにゃあ出来ねぇ」
男たちは口々に感動を伝えようと、喧しい。
「メル、メル…。あれは、オマエが呼んだのか?」
フレッドが声を震わせながら訊ねた。
「そっ、そうじゃ…。すこだま恐ろしかろう。わらしたちは、あれに乗って目的地へ向かいます」
メルはフレッドに、どうだ参ったかと胸を張って見せた。
「ドラゴンに乗る…?」
「はい。嫌だと泣いても、乗ってもらいますヨォー」
チッチッと指を振り、小鬼の顔で宣言する。
「間近でドラゴンを見ただけでなく、乗せてもらえるのか…?」
「えっ?何ですか、その反応は。ちょっこし、間違っとらんかぃ!?」
ここに至り、ようやくメルの顔に不安の色が浮かんだ。
男たちの異常な反応に当てられて、額から脂汗が滲む。
「くぅー。冒険者をしていて良かった。オマエってば、サイコーの娘だ。パパは感動で泣いてしまいそうだよ」
「おとぉーは、傭兵じゃろ!?」
「んっ。何を言うんだ。俺の魂は、永遠に冒険者なんだよ!」
フレッドはメルを愛おしげに抱きしめて、頬ずりした。
「ええっ。まぁーた、そんなこと言って…。ビビッて漏らすんと違いますか…?」
「はははっ…。ドラゴンに乗せてもらえるんだぞ。漏らすくらい、なんだ。どぉーってことないぜ」
「そうなの…?」
「当然じゃないか…。俺は、ドラゴンに乗るぞぉー!!」
思ってもみなかった怒涛の展開に、計略を立て直すチャンスも与えられず、父フレッドの勢いに押し切られるメルだった。
「アータら、おかしいわぁー」
メルは冒険者を舐めていた。
冒険者とは、冒険が好きな人々の総称である。
感性の主要な部分が著しく平均値からズレていて、どうしようもなくガキっぽい。
三度の飯よりスリルを愛するお馬鹿さん。
それが冒険者なのだ。








