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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
266/370

えっ、わらしが孝行娘?



ドラゴンズ・ヘブンに植えた精霊樹の横に、不細工な祠がある。

異界ゲートの出入り口だ。


「ガタガタですわ」


メルが悲しそうな顔になる。


「最初に作ったのだからなぁー」

「手が空いたら、作り直したいのぉー」


メルとダヴィ坊やが目指す【子供ランド】に、不細工な祠は似つかわしくなかった。


幼児ーズのリゾート地は、ピカピカでないと駄目だ。

タリサやティナに鼻で笑われる。


「メル姉。ここ、釘が出とる」

「板もユルユルやねん。へたっぴじゃのぉー」

「メジエール村の犬だって、もう少しましな小屋に住んでるぞ」

「ルイーザのとこですか…?ペスが住んどる犬小屋は、大工のニルス兄貴がこさえたんじゃ」

「そうだったのかぁー。どうりで立派な犬小屋だと思った」


男の子は、年頃になると無性に工作をしたくなる。

それはメルやダヴィ坊やも、同じだった。


メルは女の子だけれど、樹生の魂が叫ぶのだ。

ガォーッ!と。


「この祠なぁー。まあ最初に手掛けた工作じゃけぇー、不備があるんはしゃぁーないわ」


大工の精霊に頼めばチョチョイと作ってくれるだろうが、どうしても自分の手でやってみたい。


「自ら額に汗してこさえたからこそ、愛着も湧く。ちぃーとばかり不細工でも、我が子はカワイイもんじゃ」


メルは祠の壁をサスサスと撫でた。


「ふっ、ぎゃぁぁぁーっ!」


指の先っぽに、とげが刺さった。



ガタガタと音を立て、祠の扉が開いた。


「メルちゃん。待ったぁー」

「メルー。こんにちは」


チルとルイーザが祠から姿を現した。


「おぅ。二人とも、いらたいませ」

「オス!」


メルとダヴィ坊やも笑顔で出迎えた。


「なんね。モモンガースーツで来ればエエのに…。その格好では、着替えんとアカンよ」

「いちいち着替えるのは、面倒くさくないか?」


メルとダヴィ坊やは、とっくにモモンガースーツだ。

何なら、一日中モモンガーZでも構わない。


「だって…。知らない村の人に会うとき、着ぐるみは嫌よ!」

「うん。そう言うことぉー」

「向こうに着いたら、また着替えるのか!?」


ダヴィ坊やが、驚きの表情で確認した。


「着ぐるみなんて、ちいさな子じゃあるまいし…。当然デショ」


ルイーザがメルをチラ見してから、大仰に頷いた。

メルは少しだけ不機嫌そうな顔になった。


「そんなら、アソコの小屋で着替えてな…」


返答も、心もち刺々しくなる。

メルに『ちいさな子』は、NGワードだった。


「「わかった」」


チルとルイーザの二人は、別々の部屋に入った。


「なんで一緒の部屋を使わないんだ…?」


ダヴィ坊やは、不思議そうに首を傾げた。


「ルイーザさんは、お年頃なので…。色々と恥ずかちぃーのデス。たぶん」

「ふーん。恥ずかしいって、女同士だろ。やっぱり分からん」


ダヴィ坊やが知りたそうにしているので、メルは説明を付け足した。


「ほら、ルイーザさん。お胸が、ふっくらと育っとったデショ。そしたらオカンのように、毛ェーもボーボー」

「…………!?」


ダヴィ坊やはメルの背後に視線を据えて、硬直した。


「おチビちゃんは、ちょっと黙ろうか!」

「ガフッ!」


真っ赤な顔をして戻って来たルイーザが、メルの頭を殴った。

ダヴィ坊やはルイーザの形相に震え上がり、賢明にも口を閉ざした。



そうこうする内に大人組が到着し、精霊樹のある広場が賑やかになった。


「よう、メル。いい感じの場所だな」

「ぱぁぱ、待っとったヨォー。ぱぁぱが居らんと、寂しかったわぁー」

「そうか、そうか…。パパたちを待っていてくれたか」


メルのリップサービスを真に受けて、フレッドは上機嫌になった。


それでなくとも、モモンガーZを着たメルは滅茶クチャ可愛らしい。

愛娘を抱き上げて、ほっぺたにチューだ。


「皆のスーツも用意してあるで、着替えてんか?」


メルは傭兵隊の面々とバルガスたちに、着替えるよう指示した。


「おい。まさか、メルちゃんと同じのを着せるつもりか?」

「まさかぁー。おっちゃんらに、こんな可愛らしいの着せられんわ。別のを用意してあるで、安心してください」

「そうかい、気が利くじゃないか」


狩人のワレンが、安心したように胸を撫で下ろす。


「スーツの使用方法は、クルトに教わって…。クルト、よろしくお願い」

「了解、メルちゃん。この黒いヤツが、メルちゃんの用意してくれたスーツだよ」


クルト少年がケースに入ったスーツを配り、大人たちに着用方法を説明した。


「わらしの着とるのが、モモンガーZ。ぱぁぱたちのは、ワイバーンスーツじゃ」

翼竜(ワイバーン)かぁー」


フレッドはワイバーンスーツを身に着け、力こぶを作って見せた。


大人用のスーツは、滑らかな素材で作られていた。

フルフェイスのヘルメットまで黒で統一されたワイバーンスーツは、なかなかに格好よい。

モフモフなモモンガーZと違って、ワイバーンはコミックヒーローのスーツみたいにボディーラインを強調する。


「どうだ、メル。パパは格好いいだろ?」

「うん。サイコーじゃ」


しかし、どうせならアビーに着て欲しかった。

男どものマッスルには、これっぱかしも興味が湧かない。


「いいか、メル。パパが、この肉体を作り上げるために、どれだけの鍛錬を積んだことか」

「うんうん…。すごいのぉー」


フレッドに自慢の筋肉を見せつけられて、感情の抜け落ちた顔になるメルだった。



「こんなもんで、空を飛べるのかぁー?」


ヨルグは身につけたスーツの具合を確認しながら、首を横に振った。


「ヨルグ師匠。スーツには問題ないよ。だけど…。コツをつかむまで、少し練習した方がいい」


クルト少年は飛行訓練用の(やぐら)に大人たちを案内して、使い方の指導を開始した。


「それじゃ、飛んでみせるよ」


初心者向けに、基本となる滑空と着地だ。

手本なだけあって、危なげのない綺麗な滑空だった。


「おおっ」

「本当に飛んでるよ」


櫓の下で見ていた男たちから、驚きの声が上がる。


「こんな感じです。スーツを信じて風の妖精に身を任せれば、墜落する危険はないよ」


クルト少年が、着地地点から手を振って見せた。


子供組は幼児ーズも魔法学校の生徒も、モモンガースーツを体験済みである。

もちろんクルト少年も、メルからモモンガースーツを貰っていた。

今日はワイバーンスーツだが、使用方法に違いなどない。


「風の妖精さんと仲良しになるんが、大事じゃ。慣れると、わらしのような技が使えるよぉーになるで…!」


その場で跳び上がったメルは、一気に上空へと舞い上がった。


「すげぇー。さすがは、冒険野郎一番星!」


バルガスは呆れ顔で青空を見上げた。


「こいつは堪らん」


フレッドが興奮を隠せぬ様子で、櫓に取りついた。


「わたしが二番手です」


貴公子レアンドロも、フレッドに続く。


「おっ、オレも練習しねぇとな」

「このスーツは、貰っていいのか…?」


ウドとワレンも、愉快そうに櫓を登って行った。


「あいつら、馬鹿か?木製の櫓とは言え、けっこうな高さがあるんだぞ。飛び降りるのが、怖くないのかよ」

「バルガスよぉー。オマエも冒険者だったら、たまには冒険しようぜ」


ヨルグがバルガスの背中をパシン!と叩いた。


「いてぇーな、ヨルグさん。俺さまは、堅実な冒険者なんだよ。悪魔チビとの付き合いで、たっぷりと学んだんだ。いつだって、安心安全を大事にしてぇーんだ」

「本番前に練習しておかなきゃ、堅実とは言えねぇぞ」


ヨルグは笑いながら櫓の方へと歩き去った。


「ヒャッハァー!」


フレッドが櫓の天辺から飛んだ。

初飛行ながら、何とか滑空して地面に着地する。


「ちと難しい。だけど、最高の気分だ!」

「いいですねぇー。わたしも、飛んでみます」


貴公子レアンドロは風の妖精に助けられて、フレッドより遠くまで滑空した。


「悪魔チビめ。落ちて死んだら、祟ってやる」


バルガスが吐き捨てるようにして言った。


「ボス。高いところが苦手なのは分かります。だけど、ここは覚悟を決めましょうや」

「そうですよ。泣き言は、格好悪いです」

「うるせぇ!」


バルガスはブツブツと悪態を吐きながら、櫓を登った。



「やあ、メルさん。遅くなりました」

「フーベルト宰相の書類仕事が、トロくてね」


最後にアーロンとクリスタが、姿を見せた。


住民移動の命令書を用意させるのに、時間が掛かったらしい。


「そんなもん、要らんデショ」

「体裁だよ。世の中ってモノは、体裁を重んじるのさ。もっとも…。こんな紙切れを見せたところで、領主どもが認めるはずもない。それでも、許可証はあった方がよい」

「ほぉーん」

「どうせ殴り倒すにしても、体裁と段取りは大事なのさ」


革のケースに仕舞ってあったウィルヘルム皇帝陛下の命令書を見せて、クリスタは意地悪そうに笑った。


「あたしは見送りだけだから、アーロンに渡すよ」

「確かに、お預かりしました」


アーロンは恭しげに革のケースを受け取った。


「そういうものなの、アーロン?」

「そういうものなんです」


大人の都合は難しい。




◇◇◇◇




正午過ぎに、大人たちの飛行訓練は終わった。

メルの待ちに待った時が、訪れた。


「そえでは皆さま。これより目的地に向かおうと思います」

「はぁ、このスーツで飛んでいくのかよ」


バルガスがこめかみに青筋を立て、怒鳴った。


「うっさいわ。そんなギャンギャン吠えんでも、今すぐ分かります」


メルはピィーッ!と指笛を鳴らした。


「なんで指笛…?」


フレッドが訝しげな顔で訊ねた。


「ゼピュロスを呼びました」

「ぜぴゅろす…?」

「ぱぁぱ…。ゼピュロスは、おっきな風竜じゃ!」


メルが上空を指さした。


「ギョェェェェェェェェェェェェェェェェーッ!」


上空を舞うゼピュロスが、一声咆えてから降下姿勢を取った。


「ドッ、ドラゴンだ」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」

「マジかぁー!?」


男たちが絶叫した。


だが、何かがおかしい。

思っていたようでない反応に、メルが眉を顰めた。


チルやルイーザは、ニマニマとしながら大人たちの反応を眺めている。


「魔法学校の生徒やクルトは、ドラゴンを知っとるからのぉー。そやけど、おとぉーたちは初めてやろ」


ドラゴンに慣れた子供たちと違い、大人たちは恐怖でパニックを起こすのが正しい。

メルは、そこに違和感を覚えた。


「騒いどるが、パニックとはちゃうなぁー」


メルの期待通りなら、腰を抜かして失禁したり、悲鳴を上げて広場から逃げ出すはずなのに、男たちは只々アホみたいに空を見上げていた。


「すっげぇー」

「オレは感動した」

「まさか生きている内に、ドラゴンを目にすることが出来るとは…」


想定外の台詞である。

何やら、喜んでいるようだ。


「なんでや…?」


ゼピュロスにビビらない男たちの態度が、メルを混乱させた。


「グォーッ!」


ドラゴンズ・ヘブンの空き地に舞い降りたゼピュロスは、高みから周囲を睥睨した。

ゼピュロスが首をもたげれば、頭部の位置は精霊樹の天辺を越える。


「でっけぇー」

「ピューッ、ピューッ!」

「ヒャッハァー!」


ゼピュロスを間近に見た男たちから、やんやの歓声が上がった。

櫓から飛ぶのを怖がったバルガスまで、ゼピュロスの偉容に魅了されていた。


「冒険者ギルドの建物より、でかくないか?」

「竜退治の物語。ありゃー絵空事だな」

「まったくだ。勇者の冒険譚なんざ、ぜぇーんぶ嘘っぱちに思えてきた」

「王者の風格だな。これに剣を向けるなんて、オレにゃあ出来ねぇ」


男たちは口々に感動を伝えようと、喧しい。


「メル、メル…。あれは、オマエが呼んだのか?」


フレッドが声を震わせながら訊ねた。


「そっ、そうじゃ…。すこだま恐ろしかろう。わらしたちは、あれに乗って目的地へ向かいます」


メルはフレッドに、どうだ参ったかと胸を張って見せた。


「ドラゴンに乗る…?」

「はい。嫌だと泣いても、乗ってもらいますヨォー」


チッチッと指を振り、小鬼の顔で宣言する。


「間近でドラゴンを見ただけでなく、乗せてもらえるのか…?」

「えっ?何ですか、その反応は。ちょっこし、間違っとらんかぃ!?」


ここに至り、ようやくメルの顔に不安の色が浮かんだ。

男たちの異常な反応に当てられて、額から脂汗が滲む。


「くぅー。冒険者をしていて良かった。オマエってば、サイコーの娘だ。パパは感動で泣いてしまいそうだよ」

「おとぉーは、傭兵じゃろ!?」

「んっ。何を言うんだ。俺の魂は、永遠に冒険者なんだよ!」


フレッドはメルを愛おしげに抱きしめて、頬ずりした。


「ええっ。まぁーた、そんなこと言って…。ビビッて漏らすんと違いますか…?」

「はははっ…。ドラゴンに乗せてもらえるんだぞ。漏らすくらい、なんだ。どぉーってことないぜ」

「そうなの…?」

「当然じゃないか…。俺は、ドラゴンに乗るぞぉー!!」


思ってもみなかった怒涛の展開に、計略を立て直すチャンスも与えられず、父フレッドの勢いに押し切られるメルだった。


「アータら、おかしいわぁー」


メルは冒険者を舐めていた。

冒険者とは、冒険が好きな人々の総称である。


感性の主要な部分が著しく平均値からズレていて、どうしようもなくガキっぽい。

三度の飯よりスリルを愛するお馬鹿さん。


それが冒険者なのだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者にとってドラゴンは憧れだから仕方が無い。
[良い点] メルちゃんの予想の斜め上を行くパパは貴重(≧▽≦)
[一言] 父親にお漏らしさせようと企むとは悪い小鬼だ…
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