モンスターカードのレア
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の騎士団とミッティア魔法王国の軍勢を帝都ウルリッヒの近くまでおびき寄せてから一気に叩く。
破壊された魔道具の再生利用を阻止し、戦意喪失した雑兵たちに逃げる機会を与えるべく用意されたメルの作戦は、問題なくウスベルク帝国に承認された。
だが、それで準備が終わった訳じゃない。
帝都ウルリッヒの冒険者ギルド本部に集められたユグドラシル王国のスタッフ(メルの子分)たちは、卓上に拡げられた詳細地図を睨んで各々の意見を交換した。
メルが声をかけたメンバーは調停者クリスタを筆頭にして、メジエール村の傭兵隊から数名にヤニックと部下たち、バルガスを代表とする冒険者と斎王ドルレアック、魔法学校からチルとルイーザの二人だった。
「避難誘導か…」
フレッドが、ため息を吐いた。
「そうです。こっから、ここまで、連中が通って来よるから、ここらで暮らしとぉー村人たちは、ほったらかしにでけんのデス!」
「確かになぁー。とてもじゃないが、村人たちが無事に済むとは思えん」
メルが示す侵攻ラインには、多くの農村がある。
「無事に済むどころか、体のよい狩場にされかねん。雑兵どもの士気を高めるには、血に酔わせるのが手っ取り早い」
「ヤニック、やけに詳しいな」
フレッドはヤニックの発言に、眉を顰めた。
「こう見えても、もとは軍属なのでね!」
ヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉が、うんざりとした顔で地図に視線を落とした。
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の騎士団とミッティア魔法王国の軍勢が進行してくるであろう移動ルートには、幾つもの村が点在していた。
これらの村々に避難勧告を出して移動させるとなれば、大仕事だった。
各地を収める領主たちは、全く当てにできない。
それはフーベルト宰相が放った密偵の調査により明らかだった。
ウスベルク帝国を売り、ミッティア魔法王国に寝返りを画策する貴族が殆どだった。
「勝手に領民を移動させることは、ウスベルク帝国の法に反します。しかし各地の領主たちは、裏切り者です。救助作戦の開始と共に、彼らの爵位は剥奪します」
「いいね。お貴族さまを斬り捨てても、お上から文句は出ないってことだな」
バルガスがニンマリと笑った。
「その通りですけれど、飽くまでも目的は領民たちの避難です。取り敢えず町には自衛して貰いますが、犠牲になると分かっている農村だけでも救いたい!モルゲンシュテルン侯爵の軍勢は、残忍で冷酷です。拉致した農民を戦場で利用するに決まっています」
「確かにな…。アーロンの言う通りだ。村人を肉壁に攻め込まれたら、不愉快なことになる」
ヤニックが、心底嫌そうな顔をした。
「そこで、おとーたまの傭兵部隊とバルガスの冒険者チームには、馬車馬の如く働いてもらいます」
メルが偉そうに腕組みをして、フレッドとバルガスを見上げた。
「気楽に避難つってもよぉー。どうやって移動させる…?連中は祖先伝来の土地を捨てられるのか…?歩けない年寄りやケガ人は、見捨てるのか!?」
「そんな真似はせんよ、バルガス。むつかしいことは、冒険野郎一番星に任せんしゃい」
「で、どうするの…?」
「ブブちゃんの洗脳と、半固定式の異界ゲートを解禁します」
「何だそれは…?」
「洗脳とはなぁー。何となぁーく、引っ越したくなる魔法じゃ」
「はんこていの異界ゲートって、どんなものだ?俺らもメジエール村の祠から、帝都ウルリッヒの地下迷宮へ送られたが…。あれと同じか?」
「うーん。ちと違う…。皆さんのチームに、魔法学校の生徒を配属します。それではルイーザさん。チル。お願いします」
メジエール村のルイーザと帝都浮浪児組のチルが、メルに呼ばれて顔を上げた。
その胸には、精霊バトルで召喚されたモンスターが抱かれていた。
「この二人は魔法学校に設置した精霊クリエイト訓練魔道具で、SSSレアな精霊を育て上げた優等生デス」
「おいおい、その小さなやつら…。何となく、メルに似てないか…?」
「はい、フレッドさん。あたしたちは、リルメルと愛称で呼んでいます」
「正式名称は、レアカードに記載されたベィビーメルです」
チルとルイーザが、得意げに自分たちのミニ精霊を紹介した。
「ウィ。酒ェー」
「メシぃー」
「「はよしてんかぁー!」」
チルとルイーザに抱っこされたミニ精霊が、ジタバタともがく。
その仕草や言動は、小さかった頃のメルにそっくりだ。
「ぷっ…」
フレッドが吹きだした。
「フンッ。好きなだけ笑ったらエエわ…」
開き直って見せたメルの表情は、完全に死んでいた。
「で…。このちびっこい精霊さまたちは、何をどうするんだ?」
フレッドは、目顔でリルメルを示した。
「このフザケタ精霊さんたちは、何と簡易ゲートを作ることが出来ます」
「ほぉ…。そいつは、スゲェ―な」
「スタート地点を定めたら、出かけた先でゲートを開く。転移については帰還のみ、一方通行です。ルイーザさんにはメジエール村を…。チルには開拓村をスタート地点に設定して貰いました」
「なるほどぉー。ところで、精霊樹の異界ゲートは使えないのかよ?」
フレッドがメルに訊ねた。
「ユグドラシル王国の支配度が低い地域には、異界ゲートを設置できません。そのうえ花丸ポイントで支配度を上げても、悲しいかな一過性じゃ。せいぜい、一日くらいしか持たん。それを村ごとに設置して回るのは、とんでもなく非効率な作業と申せましょう。精霊樹を植えていない場所もあるので、尚更デス」
「ポイントをつぎ込んでも、時間が経つと無駄になるのか…」
「そそ…。なので、あんまり使いとぉーありません」
メルが賢そうな顔で頷いて見せた。
「そうなると、俺たちの移動時間が馬鹿にならんぞ」
「ああっ。おとーたまたちのことは、風竜で運ぶわ。移動に関しては、なんも心配いらんでぇー。時間の余裕は、たっぷりとあるけぇー」
「ぜぴゅろすって、何だよ…?それと、おとーたまと呼ぶのを止めんか…。そこはかとなく、馬鹿にされている気がしてならん」
「そんなぁー。わらし、おとーたまが大好きなエエ子です。パパっ娘ヨ」
上目遣いでフレッドを見つめるメルは、嘘つきの顔をしていた。
しかしフレッドの観察眼は、アビーほど精度が高くない。
すり寄られると、あっさり騙されてしまう。
「そっ、そうかぁー。そいつは済まなかった」
フレッドは申し訳なさそうにメルから視線を外し、ボリボリと頭を掻いた。
分かりやすい照れ隠しだ。
「ちっ。少しは怪しめよ。フレッドのやつ、娘が好きすぎだろぉー。傭兵隊隊長の威厳が、台無しだ(小声)」
「そう言うなよ、バルガス。可愛らしい娘を持つと、父親ってのはだらしなくなるもんだぜ(小声)」
「しかし、ヤニック。相手は、悪魔チビだぞ(小声)」
「しっ。小鬼に聞かれているぞ(小声)」
バルガスとヤニックが、メルにコロッと騙されたフレッドを憐れむ。
「それにしてもだ…」
「ああっ。俺たちは、得体の知れないモノで運ばれるらしい」
「それに関しては、覚悟をしておこう」
バルガスとヤニックは【ぜぴゅろす】が罠であることを何となく察した。
きっと、碌なモノではあるまい。
「ヤニック…」
ここまで発言を控えていたクリスタが、ヤニックに声をかけた。
「はい。なんでしょうか?」
「アンタには、あたしと一緒に来てもらいたい」
「どちらへ?」
「モルゲンシュテルン侯爵領に、潜入するんだよ。ヴランゲル城に、ちょっとした野暮用があるんだ」
「まじかぁー!?」
ヤニックはガックリと肩を落とし、冒険者ギルドの天井を仰ぎ見た。
その横でジェナ・ハーヴェイ、マーティム、メルヴィルの三名も、悲しそうに天井を眺めた。
リーダーが引き当てたのは、間違いなく貧乏くじである。
ようやくメジエール村で心に溜まった滓を洗い流せたと思ったら、またもやごみ溜めへ逆戻りだ。
楽園を知った後で、モルゲンシュテルン侯爵領に潜入するのは苦痛でしかない。
「調停者殿の依頼だが、この時期に潜入は無理だと思いますね」
「そうそう…。検問の調べも、厳しくなっているはずだし…。すごぉーく、危険だよ」
ジェナがヤニックの尻馬に乗って言いつのる。
モルゲンシュテルン侯爵領なんて、絶対に行きたくなかった。
「ヤニック殿…。クリスタさまは、ヴェルマン海峡からルデック湾に上陸なさいます。私と私の眷属がサポートしますゆえ、御心配には及びませぬ」
斎王ドルレアックが、横合いから口を挟んだ。
「なるほど、港から潜り込むのか…?それが可能なら、問題なさそうだ」
ヤニックが納得顔で頷いた。
「エエェーッ。そんな助けは、要らないよぉー!」
ジェナは頑是ない少女のように、頬を膨らませた。
三十路を超えたハーフエルフなのに、見た目は小娘のようで可愛らしい。
「敵も海からの襲撃には備えていないでしょう。少なくとも、陸路で関所を越えるより危険は少ないはずです。クリスタさまも、それで構いませんよね?」
「フルルルルッ…。その…。クリスタさまってのは、止めとくれよ!」
斎王ドルレアックの台詞を耳にして、クリスタは顔を引きつらせた。
「どうしてですか?」
「斎王さまにクリスタさまとか呼ばれると、調子が狂っちまうだろ!」
「ですが…。水蛇にも『上下の示しをつけるように…!』と、きつく言い含められております。妖精女王陛下がユグドラシル王国のトップであり、調停者さまはナンバー2とも目されるお方。どれだけ親しかろうと、斎王の地位で呼び捨てにはできません」
「そうかい…。だったら好きにおし」
「ありがとうございます」
斎王ドルレアックが艶やかに微笑み、クリスタに一礼した。
含むところのない、素直な笑顔だった。
「エエことや」
メルはウンウンと頷いた。
クリスタと斎王ドルレアックの関係は、何となくの雪解けムードである。
「わらしも、オトナにならんとなぁー」
そして、フレッドが風竜に腰を抜かしてちびったら、【オネショ暴露事件】のことは水に流してやろうと考えた。
チューをして、フレッドと仲直りだ。
話し合いもひと段落ついたところで、しびれを切らしたリルメルが床に放たれた。
リルメルは、じっとしているのが苦手な精霊だった。
「踊るの…?」
チルがリルメルたちに訊ねた。
「ワラシ踊ゆ!」
「だんす、だんす♪」
「二人とも、ダンスが見せたいんだ」
ルイーザは、布のカバンからタンバリンを取り出した。
「これですか…。これをシャンシャンして欲しいのですかぁー?」
「ルイーザ、シャンシャンして!」
「チルも、シャンシャンせぇ。ワラシ踊ゆ!」
「はぁー。リルメルは、ちょっと偉そう」
チルは仕方がなさそうに、タンバリンを手に取った。
「村一番、カボチャパンツが似合うあの娘はぁー♪」
「ハァッ!」
「精霊の子ぉー♪」
「スパパン。スパパン。スパパパァーン!」
チルとルイーザが、陽気に歌いながらタンバリンを叩いた。
小さなカボチャダンサーズが、お尻を振って踊りだす。
小さくても、指先の仕草までメルとそっくりだ。
「「「「「裸らららラ~っ♪だんす、だんす。だんす、だんす♪」」」」」
「パンプキーン、プリンセス♪」
メルの親衛隊が、一斉に楽器を奏で始めた。
「いいぞぉー」
「メルも踊れ!」
「えっ。わらしもか…?」
見物していた傭兵隊のメンバーは、手拍子でメルを煽った。
「「「ラララーッ。カボチャパンツが似合うー♪」」」
「わらしが、ステキなカボチャ姫ぇー♪」
「スイーツ、スイーツ。ソォー、スイーツ♪」
メルがセンターに納まり、リルメル1号2号と手を繋いでカボチャダンスのステップを踏む。
大きいメルと小さなメルが、クルリクルリと円を描く。
「おぉーっ。カワイイ」
ジェナは大喜びだ。
「なぁ…。うちの子、すごくない…?これは、お客さんを呼べるのと違うか?」
「フレッドさん!」
クルトが呆れたような目で、フレッドを見た。
「ブハハハッ…。親バカ。親バカ」
クルトの師匠であるヨルグは、フレッドを親バカだと笑った。
カボチャ姫のダンスはメジエール村に伝わる神聖な踊りなので、客寄せに使ったりしたら精霊宮の巫女さまたちから重い罰を喰らわされる。
まあ。
そのような理屈が通じる訳もなく、既にメルはカボチャダンスで投げ銭を貰いまくっている。
それにクルトは、ちょっとだけ勘違いをしていた。
メジエール村の巫女さまたちは、精霊の子を叱ったりしない。
何故なら精霊の子は、人智を超えた遥かに高次の存在だからである。
村長より巫女さまたちより、遥かに偉いのだ。
今現在、メルを面と向かって叱れるのは、ほんの数人だけである。
クリスタ、アビー、ラヴィニア姫、タリサ、ティナ…。
何なら、片手の指で事足りる。
「いいぞ。もっと、腰を振れ!」
「はい、はい、はい、はい!」
「ヒャッ、ハァー!」
「パララパァー♪」
親衛隊隊長ハニーディップのラッパが、鳴り響く。
「お待ちぃー」
ミケ王子とケット・シーの一団が、冒険者ギルドにワゴンを運んできた。
冒険者ギルドのフロアに、良い匂いが漂いだす。
「ご注文の料理を運んできたニャ」
「おっ、待ってたぞ」
「うわぁー。美味しそう」
「このテーブルに並べるニャ」
ケット・シーたちが、次々とテーブルの上に料理を並べていく。
いつの間にやら、メルたちが会議をしていたフロアーは宴会場へと姿を変えていた。
決戦間近だと言うのに、冒険者ギルドに集まった面々は普段と変わらぬ自然体だった。








