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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
262/370

ナチュラルに強者



長命種であるエルフは、年老いるほどに頑迷固陋(がんめいころう)さを増していく。

満足に動けなくなっても、偉そうな態度を改めようとはしない。


『老いては子に従え』などという格言とは、まったく無縁の存在である。

若さを失うにつれ、アスケロフ山脈の如く高い自尊心(プライド)を守ろうとして、いっそう底意地が悪くなるのだろう。


さて…。

それでは、調停者クリスタについて考えてみよう。


世界樹の実を食べたクリスタは、肉体の衰えを知らなかった。

若い頃のように動けなくなり、視野が狭くなってしまうようなことはない。

しかし、クリスタにとって世界は、もう遊びつくしたオモチャのようなものである。


毎日が、新鮮ではないのだ。

これは不幸と言えよう。


思考する生物は、外界と己の関係を体系づけようとする。

そこから、様々な意味が生まれる。


子供が好奇心旺盛なのは、自分と世界を知ろうとしているからである。

新しい事象と出会い、これを自分と関連づけていく。

何故、なに、どうして…。


それ故に子供の世界は、いつだって新鮮なのだ。

もし子供にとって毎日が新鮮でないとしたら、とっても不幸である。


そして老いを知らないクリスタも、そこは子供と変わらなかった。


退屈は、心を腐らせる病だ。

そう言うことである。


なのでクリスタは、メルの相手をするのが好きだった。


メルを喜ばせることができるほど、子供あしらいに長けてはいない。

むしろ子供をあやすのは、大の苦手である。


だけどメルは面白い。

クリスタの好奇心を刺激するのだ。

メルと一緒にいれば、クリスタは退屈せずに済んだ。


もし調停者としての使命が無ければ、ずっとメルを眺めて暮らしたい。

お爺ちゃんお婆ちゃんが、孫の世話を楽しむのとも少し違う。

そこには、ワクワクがあるのだ。


メルは普通の子供じゃない。

言うなれば、決して飽きることがない、魔法のビックリ箱みたいなものだ。


クリスタにとって大切なのは、ワクワクだった。



その日、ウィルヘルム皇帝陛下との秘密会議(?)を終わらせたメルは、市場で買い物をして料理を作るとクリスタに話した。


『クリスタも、ゴハン食べる?』

『ああ、勿論さ』

『そしたら…。わらし、美味しいものを作る』

『よぉーし。そういうことなら、市場を案内してあげようかね』

『クリスタの案内かぁー』

『不満かい?』

『わらしなぁー。チルたちと悪者の手配書を貼って歩いたから、テートに詳しゅーなった。案内は、要らんかなぁー』

『つれないことを言うんじゃないよ。あたしが、オマエさんと一緒に出掛けたいのさ』

『そっかぁー』


メルがニカッと笑った。


メルは子供である。

子供の約束ほど、当てにならないモノはなかった。

料理の材料を買いに行っても、途中で楽しそうなオモチャを見つけたりすれば、それを買ってメジエール村へ帰ってしまう。


自分の欲望に正直なだけだから、叱っても無駄である。

認めたくはないが、子供にすれば面白そうなオモチャを前にしたら、大人との約束なんて一瞬にして頭から消え失せる。


それは自然現象だ。


メルに約束を守らせたいなら、クリスタがついて行くしかなかった。


『メルがこしらえる料理は、美味しいからねぇー』


メルの料理は久しぶりである。


『今日は、何を食べさせてもらえるのやら…』

『ウヘヘヘ…。それは、できてからのお楽しみジャ!』


否応なく、好奇心をそそられた。


『馬車と御者は、アーロンに頼んで用意させよう』


そんなやり取りを経て、二人はエーベルヴァイン城を後にした。




「メル…。メルや。どこへ行ったんだい…?」


クリスタはメルを呼びながら、あちらこちらへと視線を彷徨わせた。

しかしメルの姿は、どこにも見当たらない。


市場の雑踏は、小さな子供を探すのに適した場所と言えなかった。


ほんのわずかな油断だった。

文字通り一瞬である。


「まったく…。信じられないよ」


ずっと気をつけていたのに、ちょっと手を離したら、もう居ない。


「はぁー。何てことだい」


深々と溜息を吐く。


「ブブ…。居るんだろ。メルのところまで、連れて行っておくれ!」


羽虫(ベルゼブブ)がクリスタに近寄ってきた。


〈先導します。わたしに、ついてきて下さい〉

〈よろしく頼むよ〉


羽虫(ベルゼブブ)はクリスタの要望に応えて、道案内を引き受けた。


カメラマンの精霊は、常にメルの居場所を把握している。

よって、メルが何処に居るか分からないときは、非常事態ということになる。


〈こちらです。すぐ近くに居ます〉


まだ、慌てる時間ではなかった。


「おやっ?」


通りの前方に、人だかりが出来ていた。

何かが、起こっているようだ。


「ブスブス、ブゥース、ブタ娘!」


人だかりの向こうから、女の罵り声が聞こえてきた。


「嫌な予感しかしないんだけど…。あの子ったら、ケンカでもおっぱじめたのかね…?ちょっとスミマセン。ここを通してください」


クリスタは人込みを掻き分けて、強引に進んだ。


「おい。姉さんを通してやりな」

「おっと、すまねぇ。オイラが邪魔か…。ちょっくら横に退()けるぜ」


若く美しい女に頼まれたら、物見高い男たちも率先して道を開けてくれる。


「ありがとう…。ありがとうございます」


こうした場面で、恵まれた美貌を利用しないのは馬鹿だ。


「グヌヌヌヌッ…。わらし、ブスでないよ。カワイイです」

「もう泣きっ面。失礼ですけど、笑っちゃいますね。ブタの耳、よわぁー」

「くのぉー。汚物の臭いをまき散らす、エンガチョ女め…。わらしが浄化しちゃる!」


間違いない。

メルの声だった。


場所は市場の入口付近。

その先は帝都ウルリッヒの城門から続く、タンブレア大通りである。


「ふんっ。ブタの癖して、随分と生意気デスネ。おチビとて、容赦はしませんよ。まじ泣かす」

「なんやねん…。めんちゃいするんわ、おどれの方じゃ!?」


見物人たちの輪を抜けた先で、メルと見知らぬエルフ女が睨み合っていた。

メルの周囲に、無数のオーブが舞い踊っている。

かなり危険な状態にあった。


妖精女王陛下はプッツンだ。

切れかけている。


「メルゥー。こんな場所で喧嘩をするのは、おやめなさい!」


クリスタが、大きな声で叫んだ。


クリスタに一喝されたメルが、肩をびくりとさせて振り返った。


「だって、(ばば)さま」

「なんだね?」

「あの身の程知らずなエ()フが、わらしをブタ呼ばわりしやがったのです」

「ほう…。帝都ウルリッヒにエルフとは、これまた珍しい」


クリスタはメルが指さした女に、視線を向けた。

隠蔽魔法で偽装しているが、成人したエルフだった。

その左腕は、特殊な木から削りだされた魔法具のように見えた。


「おや…。随分と変わった義手だね?霊気を纏っておる」

「うぬっ…。その声。その姿は…。紛れもない、クソ女クリスタ…。フフフッ…。あなた、こんなところに居たのですか…。とうとう見つけましたよぉー」

「あれっ?ひょっとして、婆さまの知り合いですか…?」

「ウーム」


クリスタが首を捻った。


「ふっ…。このわたくしを忘れたとは言わせませんよ。さあさあ、あの日の決着をつけましょう」

「あの日の決着……?何のことやら…。申し訳ないが、あたしには心当たりがありませんね」

「えっ!?」

「はてさて、どちら様でしょうか…?」


クリスタの心ない台詞に、マルグリットは激怒した。


「くっ…。わたくしの名は、マルグリット!」

「マルグリットさんですか…?聞いた覚えがないし、顔も知らない。もしかして、人違いでは…?」

「わたくしを覚えて…、いない?あなた、調停者クリスタでしょ!?」

「確かに…。あたしの名は、クリスタだよ」


クリスタが困惑した様子で頷いた。


「ちっ!しらばっくれるにも程がある。よりにもよって、人違いだって…?」

「そんなに興奮するんじゃないよ。あたしも思い出そうと、頑張っているんだからさぁー」

「わたくしに呪いをぶつけ、何もかもを台無しにした女が…。このぉー、許せません!」

「呪いって、いつの話ですか。仕返しとか復讐だったら、百年間しか受け付けていないよ。それより以前のコトまでは、責任を持てないね」

「黙れ…!千年の長きに亘る恨みを今ここで晴らす!!」


マルグリットの左腕が、禍々しい光を帯び始めた。


「おい。何だかヤバいぞ!」

「さがれ。コラッ!後ろから押すんじゃねぇ」

「あの女が、魔法を使うぞ。オマエら危ないから、逃げろ」


どうやら、大人げない女と生意気な小娘の喧嘩では済みそうになかった。

人込みの最前列に立っていた見物人たちは、我が身の危険を感じ取って後退した。

すぐにでも走って距離を取りたいのに、背後に集まった人々が邪魔で思うに任せない。


「おっかしいわぁー。おまぁーの左手は、なんじゃ!?」


メルが嫌悪感を隠そうともせず、マルグリットに訊ねた。


マルグリットの左腕が放つ禍々しい光の波長に、メルの心が騒いだ。

危険というより、どうにも不愉快なのだ。

とても馴染みがある不愉快さ。


「知りたいのですか、おチビ…?この腕はですねぇー。グウェンドリーヌ女王陛下より賜った、神聖法具よ。貴重な世界樹の木片から造られた、強力な魔法武具なのです」

「…………えっ!?」

「メル、気をつけな。あの左手は、そこらの魔剣と比較にならんほど危険だよ。どうやら、聖地グラナックから盗まれた世界樹で出来ているようだね」

「うふふふ…。ビビったかい。そりゃビビるだろう。でも、今さら謝っても遅いですよ。オマエたちが母娘なのか、師弟なのか、そんなことはどうでもいい。二人そろって、細切れにしてあげましょう」

「ほな…。あっ、ああ、あの左手は…。わらしのご遺体ですかぁー?」


メルの前世である樹生の前世が、グウェンドリーヌに盗まれた世界樹なのだ。

邪悪な蟲どもに食い荒らされて朽ちた、かつての我が身である。


「この漲る力…。はぁー、わたくしは無敵です」

「グヌヌヌヌッ…。おどれぇー、わらしのご遺体を弄びおって…」


メルがブチ切れた。


メルに収容されていた邪妖精たちが、一斉に飛び立つ。


「メル…。メル。落ち着きなさい!」


横に居たクリスタが、慌てふためいた。


人と比較して、妖精が見えるエルフは多い。

ハッキリと見えないまでも、それとなく気配に気づくのが普通である。

妖精女王陛下のメルが激怒すれば、その周囲は戦闘態勢に入った邪妖精で埋め尽くされる。


大抵のエルフは、この状態にあるメルと対峙したら腰を抜かす。


「おチビが先ですか。クリスタより先に、死にたいと…?」


しかし残念ながら、エルフなのに全く妖精の気配を感じ取れない者が、稀に存在する。


「おもろいこと、言うわぁー。滑稽で、笑ってまうわ!」

「何ですって…」

「おまぁーは、既に死地におるどぉー」

戯言(たわごと)を…」


不感症のエルフ。

それがマルグリットだった。


クリスタの呪いを受けたとき、マルグリットの知覚能力は著しく損なわれた。

以来マルグリットは、妖精を感じることが出来なくなった。

不幸なことである。


「神聖法具の一撃を喰らいなさい。このぉ、ブタ娘がぁー!」


マルグリットが左腕を上げた。


「ひぃーっ!」


見物人たちから悲鳴が上がる。


「うぉぉぉぉぉーっ。とばっちりを喰らうぞ」

「どけっ。そこを退()いてくれよ!」

「逃げられねぇー!」


タンブレア大通りの一角が、蜂の巣を突いたような大騒ぎに陥った。


「命を刈り取る、大鎌(デスサイス)よ!」


マルグリットの魔法義手が、一瞬にして鋭利なカマキリの鎌へと形を変えた。


「ウゲェ…。よりにもよって、虫の足じゃ!キモイわぁー!!」

「フンッ。己の愚かさを嘆きながら、死になさい」


メルが右手を突きだして、コブシを握った。


「暗き土中へ、埋々(マイマイ)…!」

「おぐっ!」


マルグリットが振り下ろそうとした左手は、何かに阻まれた。


泥だ。

泥の塊に身体をつかまれて、ピクリとも動けない。


「はっ、放せ。ナニをするぅー!?」

「これより、下へ参ります」

「下…?下って、どういう事よ?」

「下は、地面の中じゃ。深く深ぁーく、埋めます」

「ヒィーッ!やめ。やめろ。止めてェー!!」


マルグリットは足元から突きだした巨大な手に握られ、そのまま地中へと埋没した。


「証拠隠滅!」


浮き上がっていた石畳が元の位置に納まり、先程までの緊張感は嘘のように消え失せた。

タンブレア大通りは何事もなかったかの如く、日常を取り戻した。


「生き埋め完了…」


まさに蟷螂(とうろう)の斧。

挑んだ相手が悪すぎた。


「何だ…。なにが起きたんだ…」

「見えなかった。どうなったのか、だれか教えてくれ」

「わからん。ブロンドの女が消えちまった」

「俺は見てたぞ。魔法を使おうとして、地面に引きずり込まれたんだ」


人垣の最前列に居た見物人たちが、ざわざわと騒ぎだした。

信じられない光景に己の目を疑いながらも、小さな少女の挙動を恐ろしげに見守る。


あの子が、何かをした。

小さくて可愛らしいけれど、とんでもなくヤバイ。


周囲の注目を浴びたメルは、何かしなければと思った。

口をパクパクさせてから、意を決したように奇妙なポーズをとる。


「大事ない。皆の衆、これにて一件落着!」


メルが大見得を切った。


「「「おおぉーっ!」」」


見物人たちに、どよめきが走る。

人々の不信感と恐怖は、潮が引くように消えていく。


カワイイは正義だ。

そして文句なしに強い。


妖精女王陛下は、圧倒的な強者だった。

付かず離れず妖精女王陛下を護衛していた紳士たちにも、活躍の場面はなし。


「まったく…。オマエさまの傍に居ると、退屈する暇がないね」

「エェーッ。わらしのせいですかぁー?途中から、わらしは関係なかったような…」


メルに突っ込まれて、クリスタが気まずそうに視線を逸らした。


「ほらっ。とっとと、この場から離れるよ」

「うへぇー」

「ぼやぼやするんじゃないよ!」

「あい」

「そこをお退()き。道を開けなさい!」


クリスタはメルの手を引いて、すたこらと事件現場からの逃走を図った。

魔鉱プレートを手にして、隠蔽魔法や認識阻害魔法を放ちまくる。


「なぁなぁ…。婆さま、なんぞ思い出した?」

「いいや、ぜんぜん…」

「ボケかぁー?」


メルは残念そうな目つきで、クリスタを見つめた。


「あのなぁー、メルや。あたしは、ボケとらんし…。いい加減に婆さまと呼ぶのは、やめなさい」


クリスタは冷酷な魔女だった。

冷酷なので、最初からマルグリットの名を知らなかった。

戦場でマルグリットが名乗りを上げたのに、まったく聞いていなかったのだ。






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【エルフさんの魔法料理店】

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[良い点] マルグリッドさん 思わせぶりな前フリ(249話「恐ろしい事実」)。 いかにも強者っぽい二つ名「鮮血の狂女」が何度も登場!!!(249,261) 互いの隠蔽魔法を一発で看破するという実…
[一言] マルグリットに(名乗りを聞いてもらえてなかった)悲しき過去…
[一言] マルグリッドさん瞬殺でしたね…。 婆さまの手を煩わせるまでもなく。
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