家族会議が開かれた
メジエール村に、メルの噂話が広まり始めた頃…。
フレッドとアビーは村人たちの話題にのぼる、『可哀想なメルちゃん』の噂を頭から信じていなかった。
二人が噂話を事実無根と思い込んだのには、ちゃんとした訳があった。
フレッドはメルに留守番を任せたとき、厨房と食堂の通路に障害物を設置しておいたし、裏庭と通じている扉にも内カギをかけておいた。
厨房に向けられたメルの飽くなき探究心を知っていたので、絶対に入れない工夫をしたつもりだった。
ちいさなメルの力で、どうこうできるような状態ではない。
その障害物は、朝方フレッドが設置した通りに残されていた。
更に付け加えるなら、メルが妖精たちの力を借りて完全に証拠を消し去ったので、調理場も野菜くず一つ落ちていないキレイな状態だった。
「メルが厨房を使って料理したとか、あり得ないんだよ!」
「そうねぇー。何とかして誤解を解いてあげないと、ハンスさんやゲラルト親方が可哀想だわ…。ねぇ。メルちゃんも、助けてあげた方が良いと思うでしょ?」
「………ッ!」
メルはフレッドとアビーの会話を黙って聞いていた。
内心では、『バレたら叱られる…!』とビビりまくっていたので、アビーに話を振られると身体がビクッとなった。
「わらし、ちっさいで…。よーわからんヨ。ハナシ、むつかしぃ」
『きゃるん♪』と、笑顔でごまかす。
明らかに挙動不審デアル…。
「おいおい…。どうした?何でいきなり、子供ぶってるんだ?」
「おっかしぃなぁー。普段は、大人の話に混ざりたがる癖して…。あーっ。なんか、隠してるのかなぁー?メールちゃん。ママの目を見て、ちゃんと話そうか」
「やぁー!」
耐え切れずに脱走だ。
メルは妖精パワーを駆使して、ピューッと姿を眩ませた。
「おおっ!逃げやがった」
「ねぇねぇ…。あの子、動きが速くなってない?」
「ああっ、はぇーよ。ついこの間まで、どんガメみたいだったのになっ!」
噂話の真相はともかくとして、メルの行動が非常に怪しかった。
怪しすぎて真っ黒だった。
親にも言えないような、重大な秘密を抱えているとか…。
「しばらく、様子を見るか?」
「うん…。無理に聞きだそうとしても、黙秘しそうだし。けっこう頑固だし…」
「迂闊な癖して、口が堅いんだよな」
「だって…。メルちゃんは、小さな子供だから…」
「たしかに…。ときどき、ちみっこだって事を忘れちまう」
「長期戦になるかもね」
二人はメルをコッソリと監視するようになった。
心配性の夫婦であった。
だが、然して待つことなく。
メルの隠し事は、二人が予期していなかった人物によって暴露された。
「えーっ。噂話は事実ですよォ。メルちゃんが作ってくれた料理を食べたら、私の身体は元気になっちゃいました…。悪い噂のせいで、長年アタックしてた彼女には振られちゃいましたが、またメルちゃんに料理を作って貰いたいです…。反省はしてるけど、メルちゃんの料理をあきらめることなんか出来ません!」
「はぁーっ。それじゃ、アンタが木箱を退けやがったのか?」
「キバコ…?ああっ、野菜の入った木箱ですか。私は触ってないです。最初から食堂に置いてありましたよ」
「んっ。そうなの…?」
「私が店に入ったとき、メルちゃんは裸でお昼を食べようとしてましたから…。すでに、料理を完成させた後ですよ」
ハンスは頻りと礼を言って、何枚もの金貨をフレッドに手渡し、活力に満ちた足取りで立ち去った。
身体の不調が消え失せた途端、性格まで陽気に変わってしまったようだ。
今度はフレッドが、頭を抱える番だった。
体調不良が危ぶまれた。
「ハダカでお昼って、ナンダヨ…?」
フレッドはメルが打ち明けてくれるまで、気長に待つ方針を投げだした。
「えーい。今日は休みだ!」
『酔いどれ亭』の入口に、休業の札が下げられた。
家族会議の始まりである。
メルはお菓子に騙された。
チョロインなので、ドライフルーツ入りのバターケーキにより捕獲された。
今はアビーの腕に抱かれて、口をモグモグさせている。
こうなればもう、逃げることなどできない。
「さあ、メル…。大切な話があるんだ」
「わらし、おやつ中ヨ…」
「食べながらで良いから、聞いてもらおうか」
フレッドの声音が硬い。
ごまかして済む話ではなさそうだ。
「おセッキョー?ぱぱ、おこゆ…?」
約束を守らなかった後ろめたさはある。
だが、この期に及んでも、メルは叱られるのが嫌だった。
自由な行動を阻害されたら、何かが台無しになりそうな不安に駆られていた。
フレッドには、怒らないでいて欲しかった。
たとえ約束を破っても、自分を理解しようとして欲しい。
メルは、そう祈った。
「お説教はしない。俺はメルを叱らない…。叱るのは、間違った事をしたときだけだ。それで…。これから話すのは俺が間違っていたのか、メルが間違えているのかを明らかにするためだ…。だから嘘を吐くなよ。隠し事もダメだ。一緒に、ちゃんと考えよう。分かるかい?」
「おうっ。わらし、ちゃんと話す」
「メルが留守番をした日のことは、全てハンスから聞いた。分かるかい?」
メルはフレッドに頷き、バターケーキをもう一口食べた。
「アビー、メルを放してやってくれ」
「うん。メルちゃん、逃げたらダメだよぉー。騙して捕まえて、ゴメンね!」
「気にすゆな。ケーキの、オカワリ!」
「お腹こわすって…!」
アビーはバターケーキを隠してしまった。
「さて、それでは検証を始めようか」
「ケンショー?」
「メルが留守番をしてた日に、何をどうしたのか…。俺とアビーが居るところで、同じようにやって見せてくれ」
「ほぉー?わぁーた。わらし、やる!」
メルが能力を隠していたのは、コッソリと厨房に忍び込むためだった。
もうバレてしまったのだから、隠しておく意味がなかった。
「先ずは、どうやって厨房に侵入したのか…?木箱を退けるところからだな」
「カンタン…」
メルはポンとお腹を叩いて、フワリと宙に舞った。
そして次の瞬間には、何食わぬ顔で木箱のフチに立っていた。
「おいっ。飛んだよ。見たかよ、おい?」
「見た、見た…。フワッて飛んでたヨ」
「どっせぇーぃ!」
驚いている二人の目のまえで、野菜の入った木箱が動きだした。
ちいさなメルが、大きな木箱をグイグイと押していた。
ギシギシ音を立てながら、木箱は食堂のスミへと運ばれた。
あっという間に、食堂と厨房を繋ぐ通路が確保された。
「意味ねぇじゃん。障害物が、これっぱかしも障害になってねぇよ!」
「うんうん。さすがは、メルちゃんだねぇー」
「……アビー。俺だって褒めてえよ。だけど、これじゃ立ち入り禁止に意味がない。放っておいたらメルは、屋根にだって上がっちまうかも知れないんだぞ」
「良いじゃん、良いじゃん…。元気が一番だよ!」
アビーの台詞にフレッドが黙り込んだ。
どこか遠い目になったアビーに、大人の覚悟が滲んでいた。
フレッドの知らないアビーが、其処にいた。
これが母性愛と言うモノか…?
フレッドはアビーを見て、『尊い』と思った。
メルがマイ包丁を翳して言った。
「まほー。あぶくない、ホォーチョ!」
そしてムイムイと自分の腕に押し当て、切れないことを証明する。
「わらし、切れん!」
傍で眺めていたフレッドとアビーは、あんぐりと開けた口を両手で押さえた。
幼気な女児の自傷行為は、それが演技であっても心臓に悪い。
「……分かった。自分は切れない、魔法の包丁だな。了解した」
「メルちゃん、そういうのは良くないよ。ママ、びっくりしたでしょ。あんまり驚かすと、心臓が止まって死んじゃうぞ!」
「スマヌ…。ままぁ、死ぬろナシ。わらし、コマゆ」
メルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「見れ…!」
そして包丁を構えるなり、高速で玉葱を細切れにする。
ニンニクと生姜も微塵切りにする。
『スタタタタン…!』と、リズミカルな包丁の音が厨房に鳴り響いた。
「なんだよ、おい。えらく包丁さばきが、良いじゃないか?」
「わらし、タツジンよ」
「まいったなぁー。なんか、俺が間違ってたみたいだ」
「ぱぱぁ、なにぃー?」
「メルを厨房に入れなかったのは、俺の間違いだって話だ!」
フレッドが深く溜息を吐いた。








