お姉ちゃんが好き
メジエール村に駐留したジェントルマンの精霊たちは、くつろいだ様子で方々を探索して回った。
ユグドラシル王国の中心部とも言える場所なので、居心地が良かったのだろう。
「おっと、大勢でゾロゾロと…。どえれぇー、妙ちくりんな格好じゃのぉー。他所モンかい?!」
メジエール村に住みついた季節労働者のペンスが、ジェントルマンの精霊に驚いて声を上げた。
昼間からもう、酒瓶を手にぶらさげている。
ベロンベロンだ。
「ペンスしゃん。こん人ら、精霊じゃぁー。わらしに、ついて来よった」
「ほっか。そんじゃ、仕方ねぇな」
「たまがらしぇて、すまぬ」
「メル坊。近所の小母ちゃんや、村長にも教えとかなアカンで…」
「わかとぉーヨ」
ペンスはシルクハットを脱いで挨拶するジェントルマンたちに、『はぁ、どうも』と頭を下げた。
なにしろ相手は精霊なので、奇妙な格好や怪しい行動を目撃しても無視しようと決めたようだ。
メジエール村で暮らす人々の反応は、概ねペンスと変わらなかった。
一部のお年寄りは、ありがたい精霊さまだと拝んでいた。
この日から、メジエール村の各地に、ジェントルマンの精霊が出没するようになった。
精霊だけど紳士なので、取り敢えずの挨拶まわりである。
やさぐれ冒険者どもより、ずっと礼儀正しい。
しかも強力な結界魔法を使えるので、優秀だ。
真の意味で、メジエール村の守護者と言えるだろう。
卑劣な性犯罪者など存在しない村なので、村人たちはジェントルマンの精霊を子供が好きな変わり者と解釈するようになった。
は :話しかけてくる。
ち :近づいてくる。
み :見つめている。
つ :ついてくる。
じま:じっと待っている。
ん :そんな人を見かけたら、『ん?怪しいヒトじゃねぇ?』と、疑ってみよう。
ハチミツ自慢は、メルの前世で話題となった、子供らに注意を促すための合い言葉だ。
「ハチミツ自慢…」
「んー?はちみつ…。ネェネ、それはなに…?」
「標語デス」
「ヒョウゴ…?ヒョウゴってなに…?」
ディートヘルムは五歳になったけれど、お姉ちゃんが大好きだ。
用が無くても、話しかけてくる。
グイグイと近づいてくる。
いつも見つめている。
家の近くなら、トイレであろうとついてくる。
メルに気づいてもらえるまで、じっと待っている。
不審者ではないけれど、ディートヘルムはハチミツ自慢だった。
そのうえメルに抱きついて、クンカクンカと匂いを嗅ぐ。
まるで子犬のようである。
カワイイ。
「やっとることは、ディーと同じなのに…」
ジェントルマンの精霊たちが気持ち悪いのは、大きいからだった。
大人が子供みたいに振る舞うと、危ない人に見える。
大きなお友だちも、その点は不審者と同じだ。
「おまぁーら、ちっさくても良かったんちゃうか?」
「僕たちは妖精女王陛下にお仕えする、親衛隊ですから…。肉壁として、大きい方が良いんです」
「そう…」
「僕は親衛隊隊長のハニーディップと申します。お見知りおきを…」
「はぁ…?ハニーディップですとぉー。ドーナッツみたいな名前しおって…」
「スィーツ好きな妖精女王陛下に覚えて頂けるよう、名付けられました」
「まぁーた、余計な真似を…」
シナモンロールにレーズンサンドとか、洒落た菓子の名前ばかりだ。
厳つい顔をしたジェントルマンの精霊たちが、不憫すぎる。
「その…。オマーが肩からさげとゆ、ピンクのポシェット。どぉーにかならんのか?」
「これは僕の一部でして、取り外しが利きません」
「そうなの…」
「気持ち悪いデスカー?」
「うん」
「でも、僕たち紳士だから…。大丈夫デス…。皆さんも、一緒にドウゾ!」
「「「「「イエス・ロリータ・ノータッチ!!」」」」」
英国紳士風のジェントルマンたちは、どことなく寂しそうな眼をしていた。
おそらく彼らを創造したユグドラシル異文化研究所の職員より、クールジャパンのサブカルを深く理解しているのだろう。
『紳士』として、生まれてしまったが故に…。
「はぁー。切ないわぁー」
こうなると『あっちへ行け!』とは言えなかった。
折りを見て、もう少しましな親衛隊にアップグレードしてやろう。
メルはディートヘルムをギュッと抱きしめて、ため息を吐いた。
「ネェネ。はちみつナニ?」
ディートヘルムは子供なのでしつこい。
「ハチミツ自慢です。『ウチのハチミツは、特別に甘くて美味しいですよ!』って、得意そうに言います。得意そうに言いふらすのが、自慢です」
「そっかぁー。じゃあさぁー。ボクのジマン…。ネェネをジマンする!」
「んっ?」
「ボクのネェネは、とってもよいニオイがします!!」
ディートヘルムが大きな声を上げて、お姉ちゃん(メル)を自慢した。
中央広場にいた近隣住人たちがニヨニヨと笑いながら、メルに視線を向けた。
「おーい、ディー。お姉ちゃんは、どんな匂いだ?」
「うん、よいニオイ!」
「あらやだ、ディーちゃん。そうじゃないでしょ。ケーキみたいとか、チーズみたいとか、この小父ちゃんはソコを訊いているのよ」
「お花みたいに、甘いニオイだよ」
精霊樹の根元でメルに抱っこされたディートヘルムは、得意げに言い放った。
近隣住人たちは、大喜びだ。
腹を抱えて笑っている。
「やめてぇー!」
メルの顔が、真っ赤に染まった。
「おまぁーら親衛隊なら、わらしを助けんかい」
メルがジェントルマンの精霊に命令した。
ジェントルマンの精霊たちは、両方の手のひらを上に向けて肩をすくめた。
『ボクらには対処できません!』のポーズだった。
お手上げである。
◇◇◇◇
「黒鳥が、目標ポイントに到着しました。これより、魂魄集積装置の投下を行います。予定時刻まで、あと二百…。五十より、カウントダウンを開始します」
ユグドラシル王国国防総省では輪廻転生装置の改修工事が終了し、設置の準備に取り掛かっていた。
「長かったな…」
「リィンカーネーション・システムがオーバーフローを起こし、無残にも融解してから…」
「すでに、千五百年は経つよ。現象界で人の文化が衰退するにつれ、われわれの概念界もだいぶん縮んでしまった」
「もう、後がなかった」
「まさに危機一髪だ」
「お二人とも気を引き締めてください。まだ終わっていないのです」
「そうだな」
「ここからがスタートだ」
指令センターで指揮を執る邪妖精たちが、静かにモニター画面を見守った。
魂魄集積装置の投下目標地点は、ルデック湾の港湾施設だ。
モルゲンシュテルン侯爵領である。
「妖精女王陛下が霊的ビーコンを設置して下さったので、魂魄集積装置を撃ち込む場所は間違いようがない」
「あとはリィンカーネーション・システムに充分な数の死霊を詰め込んで、起動させるのみだ」
「ああっ。魂魄集積装置さえ、無事に設置できればな」
「世界樹に祈ろう!」
指令センターを重苦しい静寂が支配する。
「三、二、一…、投下!」
概念界の上空、黒鳥から、魂魄集積装置が投下された。
魂魄集積装置は加速し、地表へと激突する寸前に消え失せた。
「黒鳥より投下された魂魄集積装置は、必要な臨界速度に到達し、現象界へと転移しました」
「成功だ」
「やったな!」
「第一段階終了だ」
「ここからは、メル陛下と屍呪之王にお任せするしかあるまい」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」」」」
邪妖精たちは歓喜して席を立ち、互いの努力を称え合った。
指令センターが、喜びの声に包まれた。
その夜、オコンネル警邏隊隊長は、大地を割くような轟音に叩き起こされた。
「どうした。何があった?」
「港湾施設の倉庫が、破壊されました」
「敵襲か?!」
「それが、分かりません」
「分からないじゃないだろ!!」
「黒い巨大な方尖塔が、地面から生えたそうです」
「馬鹿な…」
異変が起きた場所は、つい先頃、新型の魔導甲冑を破壊された倉庫だった。
「なんだこれは…」
急ぎ現場に駆けつけたオコンネル警邏隊隊長は、異様な風景を前にして立ち尽くした。
セメントで固められた床を突き破り、巨大な黒い柱が聳え立っていた。
周囲に立ち並ぶ倉庫より、ずっと大きい。
「こんなもの、何処から来たんだ?」
どう見ても、投石器で飛ばせるサイズではなかった。
「目撃証言によれば、地面から生えたモノです。本国で研究中の噴進弾とは、異なるようです」
「その目撃者をココに連れて来い」
「巡回中の兵は、殆どが瓦礫に当たって死にました。生存者も重傷を負っていたので、医療施設へ搬送されております」
「兵の命より、いまは情報の方が大事だ!」
「破壊の状況をご覧いただければ、地面から生えたと言う証言に納得されるかと思います」
「何だと…?」
オコンネル警邏隊隊長は、方尖塔の根元を見た。
「これほどの重量物を撃ち込めば、衝撃で着弾点が抉れます。クレーターが出来るはずです。しかし、ご覧のように地面は隆起しております。爆発音が聞こえましたけれど、爆発した形跡はありません。こう、にょっきりと…。地中から生えたようです」
「むっ…。どうにも信じられん。信じられんが、確かに貴様の言う通りだ」
「只今、魔法が使用された痕跡を調べているところです」
「貴様の名は…?」
「ウド・ブレマー曹長であります」
「ブレマー曹長…。結果が分かり次第、私に報告せよ。この忌々しい柱も徹底的に調べるんだ。そして可能なら、早急に撤去しろ!」
「畏まりました!」
ウド・ブレマー曹長は、背筋を伸ばして敬礼した。
ユグドラシル王国側の準備は整った。
ミッティア魔法王国とウスベルク帝国の小競り合いは、近日中に終わりを告げる。
もう時間稼ぎは必要なかった。
ただ、メルがドゥーゲルに発注したゴーレムは、完成していなかった。
多分おそらく、永遠に未完のままだろう。
「なあ、ドゥーゲル。コレ、恰好エエけど…。もそっと、こう大きく出来へんかのぉー」
「メル坊よ。大きくするほど揺れが酷くなるぞ。まぁーた乗り物酔いで、ゲロ吐くぜ」
「ドワーフの癖して、揺れんように大きく造れんのか?」
「二本足で歩くんだぞ。揺れを無くせとか、無理を言うんじゃねぇよ。動かなくてもいいなら、揺れない。動けば揺れるのが、道理ってもんだ。てかよぉー。ゴーレムに乗るってところから、そろそろ離れようや」
ドワーフ族の鍛冶屋ドゥーゲルは、メルを諭すような口調になった。
ドゥーゲルにしては辛抱強くメルの我儘に付き合ってきたが、もう限界だった。
「ちっ…!そんなら、パンチが飛ぶようにしてんか」
「意味わからん。飛ぶって、どういうことだ?」
「こっから先が飛ぶんじゃ!」
「…………で?腕が取れちまったら、その後どうすんだ?」
「敵、殴りました。そしたら、パンチは戻って来マス。もとの場所に、合体だぁー」
「馬鹿か…。もぉー、やっとれんわ!」
ドゥーゲルが設計図をグシャグシャに丸めて、放り投げた。
「だって、だって…。動けんかったら、パンチ飛ばさんと攻撃できへんやろ!」
「こんな糞ゴーレム、ぶっ壊してやる」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーっ。やめてんかぁー!わらしのロマン」
ロマンとは、往々にして見果てぬ夢で終わる。








