大きなお友だち
ミジエールの歓楽街に新しい店ができた。
妖精女王陛下のファングッズを販売する店だ。
店頭に飾られた半被やハチマキ、肩掛けカバンや扇などには、可愛らしくデフォルメされたメルの顔があしらわれている。
メルが前世で見慣れたアニメ調の絵柄は、古風な街並みに置かれると色彩も華やかで目立つ。
それなのにハイセンスなデザインでカバーされ、安っぽさは微塵も感じさせない。
「……っ。カワイイPをミジエールで稼いでおったら、わらしの店が生えよった。恥ずかちぃー」
メルはクネクネと身悶えした。
店を覗いてみたいのだが、恥ずかしくて近寄れない。
「いらっしゃい。いらっしゃい。そこの旦那さん…。姐さんたちにお土産なら、ウチに寄ってきニャァー。今はやりの、妖精女王陛下グッズが揃ってるニャ!」
お店番は、言わずと知れたケット・シーである。
背中が黒く、お腹が白い、タキシードキャットだった。
二本足で立っていると、遠目にはペンギンのように見える。
「地元の支配度が、ヒャクパー(100%)になったんは嬉しいけど…。その反面、勝手に奇妙なものが生えよって…。わらし、困るわぁー!」
ユグドラシル王国のお花畑なノリには、メルでさえついて行けないところがあった。
若い芸妓をターゲットにして売り出された半被は、全面に精緻な図案を織り込んだ着物で、お値段もそれ相応に高額だった。
その背中には、花に囲まれた妖精女王陛下の顔が大きく縫い取られている。
しかも、あろうことかテヘペロだ。
「ぬぉー。わらしの威厳がぁー」
驚くべきことに、ユグドラシル銘菓『兎だぴょん♪』には、一万メルカの値札が付けられていた。
「六個入りで一万メルカは、ボッタクリ…?!」
「ボッタクリだなんて、とんでもございませんわ」
「そうなの、兎丸姐さん?」
メルに兎丸姐さんと呼ばれた芸妓は、薔薇の館で働かされていた若い娼婦だ。
更に付け加えるなら、あの日あの時あの場所で、メルの王子パンツを踝まで引き摺り下ろし、エルフ耳を執拗に舐った張本人でもある。
【兎丸】はミジエールに来てから付けられた源氏名で、ナターシャが本名だった。
メルが目指す大人への道に立ち塞がる、ボスキャラと言えた。
勢いメルも、よそ行きの喋り方になる。
「よろしいですか、妖精女王陛下。『兎だぴょん♪』に使われている精霊樹の実は、金銭で贖えるものじゃありません」
「はぁー」
「一千万メルカでも、欲しがる人は居るでしょう」
「……まじか?」
斎王ドルレアックがメルの案内役としてつけた兎丸だが、実のところ護衛である。
ミッティア魔法軍の特殊諜報部隊とメルが揉めたので、そこそこに強いセイレーンを宛がったのだ。
兎丸はセイレーンを身に宿す、尸童だった。
「ところで、兎丸姐さん。その後、お身体の具合は如何ですか?」
「とっても良いです。コチラに来てから、もう良いことずくめです。薬も抜けて、頭に掛っていた霞が晴れたようです。『薔薇の館で、首を吊らなくて良かった!』って、同僚たちとも話しています」
「何か辛いコトとかあれば、お伺いします。わらしに叶えられる範囲で、努力するデス」
「んーっ。ありませんねぇー。最初は水棲人が怖くて震えている娘もいましたけど、今ではすっかり打ち解けてコソコソと逢引する始末です」
「いやいや、そんなこと言ってぇー。何かあるデショ。例えば、故郷に帰りたいとか…」
「ぜーんぜん。斎王さまは血の繋がった家族より、よほど親身になってくださいますわ。わたしたちは親に売られて、あの忌々しい娼館で薬漬けにされていたんですよ。故郷になんて、帰りたくありません」
『ここから離れたくないです!』と、兎丸が言い張った。
「だったら…。精霊さんとの融合は、望んでいなかったとか…?」
「それはねぇー。ちょっぴり抵抗はありましたけど、もはや一心同体ですから…。むしろキントト(セイレーンの名)と引きはがされて、泳ぐ楽しみを奪われるのは我慢なりません!」
「いやいや…。アータたちを無理に別れさせたりはせんヨォー。キショイとか言われたら、精霊さんを引っぺがそうと思っていただけデス」
メルにすれば願ったり叶ったりだ。
兎丸たちは、現象界に於いて存在が不安定な精霊を保護してくれた。
他方、憑依融合した精霊たちは、薬でボロボロになった宿主の身体をケアしている。
両者はウインウインの関係にあった。
仲人のメルとしては、鼻が高い。
ミジエールの歓楽街では、メルの人気も高い。
兎丸だって、あの高価なテヘペロ半被を購入して着ている。
妖精女王陛下は愛されキャラだった。
「好かれるんは、気分エエけどなぁー。なんかついて来よる」
「あーっ。あの方たちですか…」
「兎丸姐さんは、何か知ってますか…?」
メルは先程から視界に入る男たちを気にしていた。
背が高く、スーツに山高帽を被っている。
どことなく、産業革命時代の英国紳士を思わせる佇まいだ。
「あの方たちは、紳士です」
「いや、只の不審者デショ?」
「ユグドラシル王国が妖精女王陛下の親衛隊として生み出した、ジェントルマンの精霊ですよ」
「何それ?わらし、ちぃーとも聞いとらんわ」
「通称、大きなお友だちです」
「はぁーっ。ばっ、馬鹿ですか…。ユグドラシル異文化研究所が、とうとうやらかしよった!」
メルはワナワナと身体を震わせた。
ユグドラシル異文化研究所は、樹生の兄(和樹)から送られてくる資料を基にして、数々の成果を上げていた。
だがサブカルチャーに関しては解析が難し過ぎて、無様な失敗を繰り返すばかりであった。
隠喩や暗喩の解釈を取り違えて、気色の悪い代物ばかりデザインしてくるのだ。
日本のネットサイトを覗いて回れば、【紳士】に含まれる意味が少女趣味と切っても切り離せないものだと分かる。
だけど、そう言うところをキレイにすっ飛ばしてしまうのが、ユグドラシル異文化研究所だった。
【大きなお友だち】だって、文字通りにしか受け取っていないのだろう。
「イタイ。痛すぎるわ。スーツ姿の口ひげ紳士に、ピンクの魔法ステッキを持たすなや!」
そのうえ中途半端にビジュアル情報を盛りつけるから、チャイルディッシュな妖精女王陛下グッズで身を固めた、危ない英国風紳士をでっち上げてしまう。
メルの後ろにつき従うジェントルマンたちは、親衛隊と言うよりも危険な犯罪者予備軍にしか見えなかった。
【親衛隊】もアイドルを応援するヤツと、ごっちゃにされているような気がする。
言霊による精霊クリエートは、概念を限定できないと無残な結果を招く。
ユグドラシル王国の妖精たちに、日本語は難し過ぎた。
「精霊さんのひな型が、憐れすぎマス。悲しゅーて、泣けてくるわ」
プロトタイプの段階で相談されていれば、中止を命じることもできた。
ところが毎回毎回メルに中止されてしまうので、開発担当者たちは相談せずにGOサインを出してしまったのだろう。
「どこがいけないのでしょうか?わたしには、分かりかねます」
「えっ。そうなの…?」
「見るからに立派で、強そうじゃありませんか…」
「だって、可笑しくない?」
「ちっとも可笑しくないです」
「…………!」
メルはカルチャー・ギャップの大きさに、黙り込んだ。
これでOKならば、余計なことは言わないに限る。
(だって、もう造られてしまった精霊さんは、修正のしようがないからね。自分たちが恥ずかしさの結晶、変態だなんて、知らないに限るよ)
メルは大人になろうと思った。
ここはジェントルマンな精霊たちのためにも、口をつぐんでいるのがよい。
「わらしの親衛隊なら、取り敢えず挨拶をしておきまショウ」
「そうですね。よい心がけですわ」
兎丸の言葉が、メルの背中を押した。
「やあ、ショクン。初めまして…。わらしが妖精女王のメルです」
メルが紳士たちのリーダーと思しき精霊に、右手を差し出した。
「イエス・ロリータ。ノー・タッチ!」
「……ッ!」
異世界の言語を口にしたジェントルマンの精霊は、メルとの握手を笑顔で拒絶した。
「この方は、なんと仰っているのですか?」
「キミは知らんでもエエよぉー」
メルは顔を引きつらせて、首を横に振った。
紳士の台詞を翻訳して、兎丸に聞かせる気はない。
メルに大きなお友だちができた。








