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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
249/370

恐ろしい事実



『わらしに、電話してくらはぁーい!』


ジー、ジー、ジー、ブッ……。


そこで動画は終わっていた。



「……ッ!」


『とんでもないことになった!』と、森川和樹は思った。


メールに添付された動画は、父や母に見せられないデンジャラスな代物(しろもの)だった。

動画のタイトルは、【潜入破壊作戦】である。

兄専用のマーク付きだ。


以前にも(メル)は、バイオレンスな動画を送って来たことがあった。


【帝都の地下迷宮】では、全裸な幼女(メル)がゴブリンどもに指示を出し、ロボットと闘っていた。

人質となった子供たちを助け、カボチャパンツを穿いたところでオシマイ。

ボス敵との一騎打ちが残っているはずなのに、動画は強制終了。


先が気になって、非常に腹の立つ動画だった。


【オッサンに囲まれた!】では、屈強な男たちが幼女(メル)の脳天にハンマーを振り下ろしていた。

派手に血が飛び散るところで動画は終わり、和樹を呆然とさせた。


その後、三日ほど、ショックで何も手につかなかった。


【帝都のならず者】では、ヤクザ連中に追われた少女(メル)が背後からハンマーで殴られて転倒。

雪で白く染まった路面に赤い血が飛び散り、画像はフェードアウト。


動画を見ながら、『やめんかぁー!』と叫んでしまった覚えがある。


こんなもの、とてもじゃないが両親には見せられない。

なので、(メル)(?)から送られてきた動画は、前もって検閲される。


兄専用のマークが付いている場合は、端から閲覧注意だ。


「グヌヌヌッ…。以前よりロボットがでっかくなっているし、数も増えやがった。敵国に、生産工場とかあるのか…?」


思わず知らず、頭を掻き毟る。


「あっ。また抜け毛だ…」


心配させられた和樹の頭髪は、急激に薄くなっていた。

若ハゲ注意報が発令中だ。


「樹生のヤツ…。『将来の夢は、コックさん!』って、言ってただろぉー!!」


夜空を舞うドラゴンの背から、転げ落ちるようにして飛翔。

教会のような高い建物に飛びつき、ロープを伝って地上へと降下。


何度も見張りの兵をやり過ごし、目的の倉庫に忍び込む。


始めから終わりまで、スリル満点の動画である。

ドキュメンタリーなので洒落にならない。


「どうしてコックさんが、敵地に潜入するんだよ?」


むかし、そんな映画があった。


主人公はコックで、テロリストに乗っ取られた戦艦を取り戻すストーリーだ。

カボチャダンスが得意な頭の軽い(ラリホー)少女は、その映画に登場しない。


「今度は、軍隊が相手かよ。樹生のヤツ、戦争でもする気か…?」


和樹(兄)の不安は、否も応もなく煽られる。


「くっ…。ときおり目につく、道端のモザイク処理は何でしょう?」


生々しすぎて想像したくないが、ほぼ間違いなく死体だろう。

悲しくて泣きたくなる。


「平和な村で暮らしていると、安心していたのに…」


弟の樹生が転生したのは、野蛮なファンタジー世界だった。

今でも両親は、この恐ろしい事実を知らない。


和樹は父と母の目につかないよう、ヤバイ動画を秘密のフォルダーに移動させた。


それにしても…。


倉庫に並んでいたのは、パワードスーツだろうか…?

スーツと呼ぶには大きすぎて、SFアニメに登場するロボットのようだった。


「冗談ではない」


ローテクな未開世界と舐めていたら、魔法技術が(あなど)れなかった。


「知識チートになればと思って、色々な資料を送っていたけれど…。こうなると、全く足りないかも知れない!」


金属学や工学、物理学に軍事関係の書籍など、(メル)(?)に送る文書ファイルの量を増やそう。


(メル)(?)から送られてきた最近の動画には、三輪バギーやトラックの姿が映っていた。

であるなら資料さえ送ってやれば、最新の戦車や戦闘機だってコピー可能ではなかろうか…?


「ロボットなのかゴレムなのか知らんけど、HEAT弾をぶち込めば穴くらい空くだろ」


それが希望的観測なのは、和樹もよく理解している。

魔法の実態が分からないのだから、手の打ちようなどあろうはずもない。


頼りの(メル)(?)はメールで質問しても、要領を得ない返事しか送って寄こさない。


「っ…。やっぱり魔法障壁とか…。あるのかな…?」


何にせよ、愛する(メル)(?)の危機である。

自分に出来ることをするしかない。


「それにしても不安だぁー。オレ自身、工学系は門外漢だからな…。どう頑張っても、中途半端な知識しか集められん」


アチラの技術者(エンジニア)は基礎的な科学知識さえ持たないのだから、兵器の設計図を見せられても同じものは作れまい。


素材の耐久性だって心配だ。

翼が捥げれば、飛行機は墜落する。

内燃機関のシリンダーだって、強度が足りずに爆発するかもしれない。


しかし、かつてメルは、『イメージさえあれば、魔法を使ってチョチョイのパァーじゃ!』と言っていた。

その言葉通り、子供たちがゲーム筐体を囲む画像も送られてきた。

それに今回の動画では、呆れたことに空を飛んでいた。


(メル)(?)が暮らすメジエール村には、鍛冶屋と大工がいる。

魔法使いや錬金術師もいるらしいけれど、彼らに何ができるのかは想像に頼るしかない。


「チョチョイのパァーって、何だよ?」


意味が分からなかった。


「アイツは、まったく…」


生前より、弟の樹生は軽いコミュニケーション障害を患っていた。

自分勝手すぎて、聞き手には話していることが伝わらない。


「生まれ直しても、まともに会話ができないのかよ!」


とことん他人に意志を伝えるのが下手クソで、通じないと癇癪を起す。

その堪え性がない性格は、(いささ)かも変わらないように思えた。


「馬鹿は死ななきゃ治らないって…。葬式もしたし、転生したんだから、治るんじゃないのか…?」


間の空いたメールによるやり取りしか出来ないので、その印象バカは強まるばかりだ。

(メル)(?)の幼げな外見も相まって、深刻な知能の低下が危ぶまれた。


見たまんま、幼児化。


「何とかならんものかねぇー?」


和樹は愚痴をこぼしながら画像編集ツールを立ち上げて、描きかけのイラストと向き合う。


イラストの素材は、(メル)(?)から送られてきた動画や写真だ。

これを加工しながら切り張りして、足りない部分をせっせと描き加える。


仕上げるイラストは、趣ある異世界の風景とエルフの少女。

愛情と温もりを感じさせる、よい絵だ。


大きな豚に跨ったエルフの少女が友だちと言葉を交わす様子は、なんとも言えず微笑ましい。

背景となった夕暮れの麦畑が郷愁を誘い、見る人の胸をホッコリとさせる。


和樹には才能があった。


趣味で始めたコラージュが、そのリアリティーと幼女エルフの愛らしさによりネットで人気を(はく)し、今では小金を稼げるようになっていた。

下地に写真(フォト)を使用しているのだから、画風がリアリティーを帯びるのは当然だった。


(メル)(?)の成長に伴い、幼女エルフは少女エルフになった。


「可愛いな、おい。今回も、いい絵に仕上がりそうじゃないか…」


森川和樹は(メル)(?)を切り売りして稼ぐ、リッチニートだ。

頭髪が薄い、眼鏡をかけた小太りの青年である。


「はぁ、和むぅー」


和樹がペンタブの操作を終えて、目を細めた。


「そう…。異世界転生なんだから、癒し大事だよ。流血騒動は、勘弁してくれ」


(メル)(?)が送りつけて来る動画に恐れをなす、小心者でもあった。


メルが背中を追っていたスマートな少年(兄)は、もうどこにも居なかった。




◇◇◇◇




「タレか。誰かおらぬか…?!」


グウェンドリーヌ女王陛下は、『女王の間』で声を上げた。


「女王陛下、お呼びでございますか?」


控えの間から、侍女のモニカ・バルベーロが姿を見せた。


「サラデウスに訊ねたいことがある。私のまえに、連れてきなさい」

「はい。畏まりました」

「今すぐにです」


グウェンドリーヌ女王陛下の手元には、念話に使用する魔法具が置いてあった。

意識を集中させるために侍女を下がらせたのだが、話したい相手とリンクできなかった。


「マルグリットめ…。何故に、私の呼びかけを拒む…?」


久遠の塔に幽閉されたマルグリットは、常に暇を持て余している。

誰が相手であろうと、念話を拒むはずがなかった。


不穏である。



「サラデウス、お呼びにより参上いたしました…。グウェンドリーヌ女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく…」

「サラデウスよ。私の呼びかけに、マルグリットが応じようとせぬ」

「さようでございますか。マルグリットであれば調停者クリスタを捜索させるために、ウスベルク帝国へと遣わせました。念話が通じぬのは、そのせいでありましょう」


七人委員会の長老サラデウスが、平然とした口調で答えた。


「なんだと…?」


グウェンドリーヌ女王陛下は怒りに顔を歪め、手にしていた扇をへし折った。


「あのキチガイ女を解き放ったと申すのか?!」

「少々問題はございますが…。敵地にて調停者クリスタを見つけだし、これをわが国まで連れ帰るには、マルグリットくらいの実力がなくば務まりませぬ」

「…………おまえは、馬鹿か?災厄の魔女に、鮮血の狂女を差し向けてどうする。それほど、死にたいのか?」

「死ぬ…?誰かが死ぬとすれば、それは調停者クリスタめでございましょう。グウェンドリーヌ女王陛下が、ご心配されるようなことはありませぬ」


「たわけぇー!」


グウェンドリーヌ女王陛下が、折れた扇でサラデウスを打擲した。

サラデウスの額から、血が滲みだした。


「……ッ」


暗黒時代にマルグリットは、エルフの軍勢を率いて調停者クリスタと対峙した。

その折に、呪塊を放たれて左腕を失った。


クリスタの呪塊に触れて、理性を保てる者は居ない。

マルグリットの心を狂気が支配した。


エルフの軍勢は、暴走するマルグリットに壊滅させられた。


幾度もの心霊治療を受けて快癒したかにみえるが、まったく信用できない。

ましてやマルグリットを調停者クリスタの迎えにやるなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「あわよくば、クリスタを殺そうと考えたか?」

「……はい。以前と、状況が変わりまして」

「愚かよのぉー。勝てる筈があるまい」


グウェンドリーヌ女王陛下の口調は、苦々しい。


「モルゲンシュテルン侯爵領に配備した新型の魔導甲冑が、(ことごと)く破壊されました。由々しき事態に御座います」

「それ見たことか…。だからこそ、私はクリスタの存命を疑っておるのじゃ。帝国に調停者クリスタが()るのであらば、何としても争いを避けねばならぬ」

「倒しては、いけないのですか?」

「出来ぬと言っておる。あんな化物に勝てるかっ!」


「ガッ!」


長老サラデウスはグウェンドリーヌ女王陛下に蹴られて、床に転がった。


調停者クリスタに死んでほしいと願うのは、グウェンドリーヌも同じだった。


いや…。

サラデウスより遥かに、その思いは強い。


「殺そうとして殺せるものなら、とっくにやっておるわ!」

「ヒィッ!」


普段は温厚なグウェンドリーヌ女王陛下が柳眉を逆立て、鬼女の形相で吼えた。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] どうどう・・・、落ち着いてくだされグウェンドリーヌ女王陛下、折角の美貌が台無しですぞ。
[一言] 和樹殿、お労しや……(斜め上を見ながら) ニートという事は会社やめてイラスト売って生活してるのかな?
[一言] 哀しいなぁ…>薄い頭髪
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