恐ろしい事実
『わらしに、電話してくらはぁーい!』
ジー、ジー、ジー、ブッ……。
そこで動画は終わっていた。
「……ッ!」
『とんでもないことになった!』と、森川和樹は思った。
メールに添付された動画は、父や母に見せられないデンジャラスな代物だった。
動画のタイトルは、【潜入破壊作戦】である。
兄専用のマーク付きだ。
以前にも妹は、バイオレンスな動画を送って来たことがあった。
【帝都の地下迷宮】では、全裸な幼女がゴブリンどもに指示を出し、ロボットと闘っていた。
人質となった子供たちを助け、カボチャパンツを穿いたところでオシマイ。
ボス敵との一騎打ちが残っているはずなのに、動画は強制終了。
先が気になって、非常に腹の立つ動画だった。
【オッサンに囲まれた!】では、屈強な男たちが幼女の脳天にハンマーを振り下ろしていた。
派手に血が飛び散るところで動画は終わり、和樹を呆然とさせた。
その後、三日ほど、ショックで何も手につかなかった。
【帝都のならず者】では、ヤクザ連中に追われた少女が背後からハンマーで殴られて転倒。
雪で白く染まった路面に赤い血が飛び散り、画像はフェードアウト。
動画を見ながら、『やめんかぁー!』と叫んでしまった覚えがある。
こんなもの、とてもじゃないが両親には見せられない。
なので、妹(?)から送られてきた動画は、前もって検閲される。
兄専用のマークが付いている場合は、端から閲覧注意だ。
「グヌヌヌッ…。以前よりロボットがでっかくなっているし、数も増えやがった。敵国に、生産工場とかあるのか…?」
思わず知らず、頭を掻き毟る。
「あっ。また抜け毛だ…」
心配させられた和樹の頭髪は、急激に薄くなっていた。
若ハゲ注意報が発令中だ。
「樹生のヤツ…。『将来の夢は、コックさん!』って、言ってただろぉー!!」
夜空を舞うドラゴンの背から、転げ落ちるようにして飛翔。
教会のような高い建物に飛びつき、ロープを伝って地上へと降下。
何度も見張りの兵をやり過ごし、目的の倉庫に忍び込む。
始めから終わりまで、スリル満点の動画である。
ドキュメンタリーなので洒落にならない。
「どうしてコックさんが、敵地に潜入するんだよ?」
むかし、そんな映画があった。
主人公はコックで、テロリストに乗っ取られた戦艦を取り戻すストーリーだ。
カボチャダンスが得意な頭の軽い少女は、その映画に登場しない。
「今度は、軍隊が相手かよ。樹生のヤツ、戦争でもする気か…?」
和樹(兄)の不安は、否も応もなく煽られる。
「くっ…。ときおり目につく、道端のモザイク処理は何でしょう?」
生々しすぎて想像したくないが、ほぼ間違いなく死体だろう。
悲しくて泣きたくなる。
「平和な村で暮らしていると、安心していたのに…」
弟の樹生が転生したのは、野蛮なファンタジー世界だった。
今でも両親は、この恐ろしい事実を知らない。
和樹は父と母の目につかないよう、ヤバイ動画を秘密のフォルダーに移動させた。
それにしても…。
倉庫に並んでいたのは、パワードスーツだろうか…?
スーツと呼ぶには大きすぎて、SFアニメに登場するロボットのようだった。
「冗談ではない」
ローテクな未開世界と舐めていたら、魔法技術が侮れなかった。
「知識チートになればと思って、色々な資料を送っていたけれど…。こうなると、全く足りないかも知れない!」
金属学や工学、物理学に軍事関係の書籍など、妹(?)に送る文書ファイルの量を増やそう。
妹(?)から送られてきた最近の動画には、三輪バギーやトラックの姿が映っていた。
であるなら資料さえ送ってやれば、最新の戦車や戦闘機だってコピー可能ではなかろうか…?
「ロボットなのかゴレムなのか知らんけど、HEAT弾をぶち込めば穴くらい空くだろ」
それが希望的観測なのは、和樹もよく理解している。
魔法の実態が分からないのだから、手の打ちようなどあろうはずもない。
頼りの妹(?)はメールで質問しても、要領を得ない返事しか送って寄こさない。
「っ…。やっぱり魔法障壁とか…。あるのかな…?」
何にせよ、愛する妹(?)の危機である。
自分に出来ることをするしかない。
「それにしても不安だぁー。オレ自身、工学系は門外漢だからな…。どう頑張っても、中途半端な知識しか集められん」
アチラの技術者は基礎的な科学知識さえ持たないのだから、兵器の設計図を見せられても同じものは作れまい。
素材の耐久性だって心配だ。
翼が捥げれば、飛行機は墜落する。
内燃機関のシリンダーだって、強度が足りずに爆発するかもしれない。
しかし、かつてメルは、『イメージさえあれば、魔法を使ってチョチョイのパァーじゃ!』と言っていた。
その言葉通り、子供たちがゲーム筐体を囲む画像も送られてきた。
それに今回の動画では、呆れたことに空を飛んでいた。
妹(?)が暮らすメジエール村には、鍛冶屋と大工がいる。
魔法使いや錬金術師もいるらしいけれど、彼らに何ができるのかは想像に頼るしかない。
「チョチョイのパァーって、何だよ?」
意味が分からなかった。
「アイツは、まったく…」
生前より、弟の樹生は軽いコミュニケーション障害を患っていた。
自分勝手すぎて、聞き手には話していることが伝わらない。
「生まれ直しても、まともに会話ができないのかよ!」
とことん他人に意志を伝えるのが下手クソで、通じないと癇癪を起す。
その堪え性がない性格は、些かも変わらないように思えた。
「馬鹿は死ななきゃ治らないって…。葬式もしたし、転生したんだから、治るんじゃないのか…?」
間の空いたメールによるやり取りしか出来ないので、その印象は強まるばかりだ。
妹(?)の幼げな外見も相まって、深刻な知能の低下が危ぶまれた。
見たまんま、幼児化。
「何とかならんものかねぇー?」
和樹は愚痴をこぼしながら画像編集ツールを立ち上げて、描きかけのイラストと向き合う。
イラストの素材は、妹(?)から送られてきた動画や写真だ。
これを加工しながら切り張りして、足りない部分をせっせと描き加える。
仕上げるイラストは、趣ある異世界の風景とエルフの少女。
愛情と温もりを感じさせる、よい絵だ。
大きな豚に跨ったエルフの少女が友だちと言葉を交わす様子は、なんとも言えず微笑ましい。
背景となった夕暮れの麦畑が郷愁を誘い、見る人の胸をホッコリとさせる。
和樹には才能があった。
趣味で始めたコラージュが、そのリアリティーと幼女エルフの愛らしさによりネットで人気を博し、今では小金を稼げるようになっていた。
下地に写真を使用しているのだから、画風がリアリティーを帯びるのは当然だった。
妹(?)の成長に伴い、幼女エルフは少女エルフになった。
「可愛いな、おい。今回も、いい絵に仕上がりそうじゃないか…」
森川和樹は妹(?)を切り売りして稼ぐ、リッチニートだ。
頭髪が薄い、眼鏡をかけた小太りの青年である。
「はぁ、和むぅー」
和樹がペンタブの操作を終えて、目を細めた。
「そう…。異世界転生なんだから、癒し大事だよ。流血騒動は、勘弁してくれ」
妹(?)が送りつけて来る動画に恐れをなす、小心者でもあった。
メルが背中を追っていたスマートな少年(兄)は、もうどこにも居なかった。
◇◇◇◇
「タレか。誰かおらぬか…?!」
グウェンドリーヌ女王陛下は、『女王の間』で声を上げた。
「女王陛下、お呼びでございますか?」
控えの間から、侍女のモニカ・バルベーロが姿を見せた。
「サラデウスに訊ねたいことがある。私のまえに、連れてきなさい」
「はい。畏まりました」
「今すぐにです」
グウェンドリーヌ女王陛下の手元には、念話に使用する魔法具が置いてあった。
意識を集中させるために侍女を下がらせたのだが、話したい相手とリンクできなかった。
「マルグリットめ…。何故に、私の呼びかけを拒む…?」
久遠の塔に幽閉されたマルグリットは、常に暇を持て余している。
誰が相手であろうと、念話を拒むはずがなかった。
不穏である。
「サラデウス、お呼びにより参上いたしました…。グウェンドリーヌ女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく…」
「サラデウスよ。私の呼びかけに、マルグリットが応じようとせぬ」
「さようでございますか。マルグリットであれば調停者クリスタを捜索させるために、ウスベルク帝国へと遣わせました。念話が通じぬのは、そのせいでありましょう」
七人委員会の長老サラデウスが、平然とした口調で答えた。
「なんだと…?」
グウェンドリーヌ女王陛下は怒りに顔を歪め、手にしていた扇をへし折った。
「あのキチガイ女を解き放ったと申すのか?!」
「少々問題はございますが…。敵地にて調停者クリスタを見つけだし、これをわが国まで連れ帰るには、マルグリットくらいの実力がなくば務まりませぬ」
「…………おまえは、馬鹿か?災厄の魔女に、鮮血の狂女を差し向けてどうする。それほど、死にたいのか?」
「死ぬ…?誰かが死ぬとすれば、それは調停者クリスタめでございましょう。グウェンドリーヌ女王陛下が、ご心配されるようなことはありませぬ」
「たわけぇー!」
グウェンドリーヌ女王陛下が、折れた扇でサラデウスを打擲した。
サラデウスの額から、血が滲みだした。
「……ッ」
暗黒時代にマルグリットは、エルフの軍勢を率いて調停者クリスタと対峙した。
その折に、呪塊を放たれて左腕を失った。
クリスタの呪塊に触れて、理性を保てる者は居ない。
マルグリットの心を狂気が支配した。
エルフの軍勢は、暴走するマルグリットに壊滅させられた。
幾度もの心霊治療を受けて快癒したかにみえるが、まったく信用できない。
ましてやマルグリットを調停者クリスタの迎えにやるなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
「あわよくば、クリスタを殺そうと考えたか?」
「……はい。以前と、状況が変わりまして」
「愚かよのぉー。勝てる筈があるまい」
グウェンドリーヌ女王陛下の口調は、苦々しい。
「モルゲンシュテルン侯爵領に配備した新型の魔導甲冑が、悉く破壊されました。由々しき事態に御座います」
「それ見たことか…。だからこそ、私はクリスタの存命を疑っておるのじゃ。帝国に調停者クリスタが居るのであらば、何としても争いを避けねばならぬ」
「倒しては、いけないのですか?」
「出来ぬと言っておる。あんな化物に勝てるかっ!」
「ガッ!」
長老サラデウスはグウェンドリーヌ女王陛下に蹴られて、床に転がった。
調停者クリスタに死んでほしいと願うのは、グウェンドリーヌも同じだった。
いや…。
サラデウスより遥かに、その思いは強い。
「殺そうとして殺せるものなら、とっくにやっておるわ!」
「ヒィッ!」
普段は温厚なグウェンドリーヌ女王陛下が柳眉を逆立て、鬼女の形相で吼えた。








