港湾施設にて
ダヴィ坊やは紳士デアル。
幼児ーズの白一点は黒一点と呼ばれないために、日々あれやこれやと頑張っているのだ。
同世代の子供たちが、『キンタマ、キンタマ!』と叫んで踊りだしても、絶対に仲間には加わらない。
誘惑に負けて一緒に騒げば、幼児ーズで総スカンを喰らうからだ。
だから手習い所でも同性のトモダチができず、ノリの悪いよい子として避けられるところがあった。
仕方がない。
幼児ーズは女児ばかりで、男児はダヴィ坊やのみ。
ラノベのハーレムとは違う。
少女たちは口うるさく、ダヴィ坊やの逸脱行為を絶対に許さない。
チンチンを引っ張ってメルに見せたときは、即座にグーパンで教育的指導を喰らった。
迂闊な下ネタは、ジョークとして受け入れてもらえないのだ。
メルのグーパンは、ジョークで済まされないほど痛い。
思春期のとば口に立って過去のアレコレを思いだせば、メルに感謝しかないダヴィ坊やだった。
『やめておけ…!』とメルに言われた悪ふざけは最低なモノばかりで、今となれば思いだすだけで赤面する。
ダヴィ坊やが幼児ーズからハブられずに済んでいるのは、ほぼメルのお陰だった。
メジエール村で女子たちからの人気が高いのも、メルのお陰だった。
だけどダヴィ坊やが一番に感謝しているのは、まったく別のコトだった。
(メル姉は、昔とちっとも変わらない。手習い所の女子みたいに気取らないで、オレと遊んでくれる)
そこが何よりも大事だった。
ダヴィ坊やとメルは、幼児期の性差がないトモダチ関係をずっと続けてきた。
最近ダヴィ坊やは、メルに異性を意識してしまうコトもあったが、今の関係を壊したくない。
幼馴染は、幼馴染のままが良かった。
(メル姉が好き!)
それは絶対の真理だった。
繰り返すが、ダヴィ坊やは紳士デアル。
更に付け加えるならば、『そろそろ、ハダカの付き合いには無理があるのでは…?』と感じる、お年頃でもあった。
現在、ダヴィ坊やとメルは、港湾施設の片隅に身を潜めていた。
倉庫が立ち並び、巨大な迷路のようになった通りで、ミケ王子は警邏隊の接近に気づいた。
そこは荷物の運搬に使用される通りだったので、隠れる場所が殆どない。
従って、木箱が積まれた狭い隙間に潜り込むしかなかった。
ダヴィ坊やの上に、メルが乗っかっていた。
そこだけ切り取って見れば、着ぐるみの子供が遊んでいる微笑ましい風景だった。
しかし、メルに圧し掛かられたダヴィ坊やは、突然のピンチに焦りまくっていた。
(やぶぁい。密着しすぎだ。スーツの生地を通して、メル姉の身体が…)
ヌルひょんとした少女の肢体が、スーツ越しに生々しい感触を伝えてくる。
手のひらに、スベスベとしたメルの肌を感じた。
(チンチンが…)
ダヴィ坊やは、股間に生じた変化をメルに気づかれたくなかった。
幼馴染は、幼馴染のままがよいのだ。
心臓が、バクバクと脈打つ。
「くっ…」
「デブ、もう少しの辛抱じゃ。きついけど、耐えてくれ!」
「だいじょうぶ…」
恥ずかしくて泣きそうだ。
いくら紳士でも、男子の生理現象は止められなかった。
そこは理解して欲しい、ダヴィ坊やだった。
「二人とも…。巡回の兵士は、角を曲がって行っちゃったよ」
ミケ王子は兵士が立ち去ったことをメルとダヴィ坊やに報告した。
「見通しが利く場所だと、いつまでも隠れてなけりゃならん。いやぁー、辛い。コソコソするんは、わらしの性に合いません」
「いいから…。どいてくれ、メル姉」
「すまぁーん」
メルがダヴィ坊やの腹に手をついて、のそのそと起き上がった。
そのまま頭を跨ぎ超える。
「おっ。ちょい待ち」
「ウハァーッ。ナニ…?」
「いいから、こっちを振り向くなよ」
「えっ。なんでデブは、わらしのケツに触るん?」
「じっとしていろ。メル姉は気にするな!」
「ヒッ…」
メルはダヴィ坊やの台詞に何事かを察して、身を硬くした。
「こいつ、離れろ!」
ダヴィ坊やは、メルの尻に止まっていた大きな甲虫を引きはがした。
精霊樹の分け身はどうやら虫に集られる体質らしく、メルと一緒に居れば昆虫採集が捗る。
(でかい。コレはまた、超レアなサファイアビートルじゃないか…?でっかすぎるから、亜種かな?)
メルに見せたら、それこそ絶叫ものだ。
だが今は、股間の変化について言及されずに済み、ホッと胸を撫で下ろすダヴィ坊やであった。
大好きな虫に、ピンチを救われた形である。
「わらし、そっちを見んから…。はよ、はよしてちょ」
「分かっとる。絶対に見るんじゃないぞ!」
「うん。頼むわデブ」
メルは何も分からない振りをして、プルプルと震えた。
ダヴィ坊やは背嚢から取り出したケースに素早く獲物をしまい、『メル姉は、どんだけ虫が嫌いなのか?』と首を傾げる。
「メルは、本当に虫が苦手だよね」
二人して虫の話題を避けたのに、ミケ王子の心ない一言で台無しになった。
「ムムッ、ムシ言うなやぁー!」
「そうだぞ!」
「えぇーっ。虫って言ったらダメなの?!」
メルとダヴィ坊やに詰られたミケ王子は、納得がいかなそうな顔をした。
「ママ、見つけましたよ…。あっちの倉庫に、魔導甲冑が収納されています。封印されているのか、扉が開きません!」
スラ坊に運ばれてきたカメラマンの精霊が、やいのやいのと急き立てる。
「あーっ、もう。あっちは、どっちじゃ…?おまぁーの説明では、ちぃーとも分かりません。スラ坊、案内してくらはい」
「キュィー!」
「あっ、何だか悲しくなってきました」
ボディーランゲージを封じられたカメラマンの精霊は、まともに道案内が出来ない。
普段から映像に頼りっぱなしで言葉を鍛えてこなかったから、こうした場面になると本当に役立たずだ。
「おまぁーは、チームの撮影係です。メソメソと泣いてピンボケ写真を撮りおったら、あとで折檻デス!」
「はい…。誠心誠意、己の務めを果たす所存であります」
カメラマンの精霊に気合が入った。
◇◇◇◇
倉庫の扉を開けると、そこはオモチャの楽園だった。
魔動兵器が、ところ狭しと置いてあった。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
「すげぇー。ゴレムが、たくさん並んでいる」
「灯りがつけっぱなしだよ。誰も居ないのにさぁー」
モルゲンシュテルン侯爵領での妖精の扱いに、ミケ王子が腹を立てた。
「うん。ミィーケの言う通りだわ。この倉庫に居る妖精さんたちだけでも、何とか解放しよう」
「メル姉、出来るんか?」
「倉庫に結界を張って、内側だけ浄化します」
メルは結界魔法を展開させてから、倉庫内の浄化を行った。
「ありがとう、メル。鼻のムズムズが、治ったよ」
「うん。呼吸が楽になった。もう臭くない」
ミケ王子とダヴィ坊やが、深呼吸を繰り返した。
「あっちの魔導甲冑は、新型です。アレを撮影しましょう!」
「キュイ」
スラ坊とカメラマンの精霊は、倉庫内の撮影に余念がない。
この時、メルたちは気づいていなかった。
自分たちが、トラップを作動させていたことに…。
魔導甲冑はミッティア魔法王国から運ばれてきた、秘密兵器なのだ。
単なる平凡な倉庫に見張りの兵士も付けず、放置してあるはずがなかった。
当然のことながら、強固な安全対策が施されていた。
カメラマンの精霊が、封印されていて入れないと報告した一件である。
本来であらば魔法符を持たぬ者は、何人たりとも倉庫内に入れないはずだった。
だが、その結界魔法を構成しているのは、妖精たちだ。
虐待を受けて自我が薄れていても、妖精女王陛下(世界樹)の懐かしい気配には反応する。
メルたちの来訪を受け、妖精たちの勝手な判断で、強固な結界は解除された。
だから、何一つ抵抗を受けずに倉庫内へ足を踏み入れたメルたちは、結界の消失を知って動き出した者たちの存在に気づかなかった。
と言うか、もうオモチャに夢中である。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!見てみんか、デブ。この強そうなこと…」
メルは魔導甲冑によじ登り、力づくでハッチをこじ開け、コックピットのレバーをガチャガチャと弄りまくる。
「オレ、思うんだけどさぁー。魔導甲冑って、虫みたいじゃねぇ?」
「ムシ言うなや、デブ。わらし、気分が盛り下がるデショ!」
「スマン…。だけどさぁー。こう外側がツヤツヤで、関節とかも虫みたいだと思わんか?」
「ちゃうわぁー。ロボとムシは、違うのデェース!」
カメラマンの精霊と違い、魔導甲冑は頑丈に造られているので、何とかメルの暴挙に耐えている。
そうダヴィ坊やが思っていたら、メルに蹴とばされたハッチが宙を飛んだ。
「あっ!」
ダヴィ坊やは、飛んでいくハッチの行方を呆然と見つめた。
ダヴィ坊やの幼馴染は興奮すると、ときおり力加減を誤る。
危険なので直して欲しい、悪い癖だった。
ガコォーン!
ハッチは勢いよく倉庫の床に落下して、大きな金属音を響かせた。
「あちゃぁー。ちゃちいノォー。簡単に壊れよった」
メルがハッチの脆弱性を詰った。
絶対に、自分の非を認めようとはしない。
「メル姉…。こんなゴッツイのまで、壊すのかよ。てか…。そんな音を立てたら、不味いだろ」
「わらしの結界は、倉庫の中の音を漏らさん。ちぃーとも問題ありません」
「ダヴィくん、メルのガサツさを舐めたらいけないよ。言うなれば、邪悪な破壊神が少女に化けているようなものだと思わなきゃ!」
ミケ王子がしたり顔で、メルの危険性を語った。
「すっ、すごい!!」
カメラマンの精霊が、感極まった様子で叫んだ。
「はぁー。どうしたのさ。何が、すごいの…?」
何かに感動しているカメラマンの精霊を見て、ミケ王子が訊ねた。
「いやぁー。ぼくの方が、ずっと丈夫でした。ママはミッティア魔法王国の魔導甲冑より、ぼくのボディーを頑丈に造って下さったんだ」
魔導甲冑のハッチは、カメラマンの精霊がアームをもがれたときより簡単に壊された。
その事実に感動を禁じ得ない、カメラマンの精霊だった。
「うむっ。わらしが精霊クリエイトをするさい、基準にしとる耐久度はシジュじゃけぇー。そうそう簡単には壊れん」
探索機八号がハンテンを誘導する際に破壊された件を受けて、その後メルは精霊たちを徹底的に強化した。
とくに捜査活動を旨とするカメラマンたちの耐久性は、これでもかと言うほど上げてある。
「ゾウが踏んでも壊れませぇーん。100人乗っても大丈夫!」
「「「…………?」」」
筆箱や物置のCMと比較されても、ピンと来ない。
異世界の話は、その世界でしか通じない。
文化が違うのだから仕方ない。
「ゾウってなんだ…?」
「ゾウは分からないけれど、要するにカメラマンの精霊が頑丈だってコトでしょ」
「ふむっ…。ぼくのデータバンクを検索してみたところ、ママが口にした台詞はコマーシャルのフレーズですな」
「説明に使われている言葉からして、分からないよ。だからさぁー。こまーしゃるって、なんだよ!」
「そこまでは…。ぼくにもワカリマセン…」
だけど土の妖精たちが良い仕事をしていることは、理解できた。
カメラマンの精霊としては、それが分かれば充分である。
「コマーシャルとは、商品をセンデンする手段デス」
メルが説明を続けた。
「センデン…?」
「センデンとは、皆に知らせることヨォー」
「はぁーっ。もう、どうでもいい。メル姉の話は、まったく意味が分かんない」
ダヴィ坊やは、メルとのコミュニケーションを放り出した。
メジエール村の子供には、消費社会の仕組みなんて理解できない。
資本主義と大量生産を知らないのだから、CMの説明をされても分かるはずがなかった。
それにしてもネタが古い。
カビが生えているどころの話ではなかった。
当初から和樹(兄)の送って来る情報には、節操がなかった。
幾ら楽しくても、妖精母艦メルで動画観賞に耽るのは、程々にしておくべきだろう。
「わらしに、電話してくらはぁーい!」
コックピットに設置されていた魔動通話機を手に取って、メルが叫んだ。
「「「…………?」」」
まあ夢の中だから、メルにも如何ともしがたいところはあった。
それにしても、レトロな動画が多すぎやしないか…?








