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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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家族の食卓



メジエール村の雑木林で、メルは穴を掘っていた。

既に欲しい苗木をキープしたラヴィニア姫が、メルの採取作業を見守っている。


ライトニング・ベアとベイビーリーフ号があるので、雑木林は目と鼻の先になった。

移動手段が手に入れば、距離はグンと縮まる。


メルが地べたに移植ゴテを突き刺し、軍手をした小さな手で折れないように牛蒡(ごぼう)を引っ張る。


「んんっ。エイショ!」


ズボッと牛蒡が抜けた。


「うぇーい。ゴボー、ゲッツ!」

「うぇーい。オメデトォー!」

「立派なゴンボウです」

「見たら分かります」


「うぇーい」

「うぇーい」


メルとラヴィニア姫は、頬っぺたに泥をつけてノリノリだ。


「パパがいない夜ぅーっ、お風呂はママと一緒ぉー♪」


調子に乗ったメルが、道具を片しながら歌い始めた。


「アビーさんと一緒に入るんだ」


メルがカクカクと頭を振る。


「パパがいない夜ぅーっ、ベッドもママと一緒ぉー♪」

「えーっ。ベッドも一緒なの…?」


この質問にも、嬉しそうに頷く。


「パパがいない夜ぅーっ、ママを喜ばそぉー♪」

「うんうん。フレッドさんの代わりだね」


ラヴィニア姫は、疲れたアビーの肩を揉むメルの姿を思い浮かべた。


「わらしの超絶技巧でぇー、アフンと言わせたるぅー♪」

「えぇーっ!!」

「わぁ。いきなり大声。ビックリしたわ。なにぃー?」


「ちょちょちょちょっ、ちょっと待とうか。パパが居ない夜に、ママとベッドで超絶技巧ですって…?!その歌詞は、良くないと思うよ。いやいやいや、歌詞だけじゃなくて…。メルちゃんが、そっ、そんなことをしたらダメだって!!」


ラヴィニア姫がメルの肩をつかんで、ガクガクと揺すった。


「な、ななっ、何がですか…?ラビーさん、わらしの歌の何処がいかんとね?わらし、分かりません!」

「分からないんですか…。それじゃ説明します。メルちゃんがアビーさんにアフンと言わせるのは、間違っています。それはフレッドさんだけが許されている行為です」

「まぁまは、酒の肴が美味いと『アフン♪』言います。ダメ言われても、わらしは超絶技巧で料理をこさえるのデス!」


「……あっ。ゴハンの話かぁー。わたしは、てっきり」


ラヴィニア姫は、自分の勘違いに気づいた。


「んっ…?ラビーさんは、何だと思ったのですか?」


メルが訝しげに、ラヴィニア姫の顔を覗き込んだ。


「何でもありません!」


ラヴィニア姫が、頬を赤らめて俯いた。


よく考えてみたら、弟のディートヘルムが一緒である。

おそらく多分、アビーとメルが二人きりになる場面はないだろう。


ときどき酔っぱらったアビーに(くすぐ)られて、ヨダレを垂らしながらメルがチビってしまうことはあるけれど…。

ラヴィニア姫が好きな、『夜に咲くユリ』みたいなイチャイチャはない。

後宮に閉じ込められた妃たちの艶話とは、まったく違うのだ。


ラヴィニア姫は、エロ小説の読み過ぎだった。


「そう、あれです…。メルちゃんが、お母さんを好きすぎだからイケナイんです!」

「はぁーっ?!わらしが大好きは、ラビーさんデショ」

「ホントに…?」

「うん」


「うれしい」


ラヴィニア姫が、メルを抱き寄せた。

ごまかしのチューだ。


「「んんーっ!」」


メルはチョロインだ。

チューさえしておけば問題なかった。

大人のベロチューなら、ちょっとした疑念なんて直ぐに何処かへ消えてしまう。


「「ムチュー♪」」


メルの手から、ポトリと牛蒡が落ちた。




◇◇◇◇




メインのおかずは、牛肉と牛蒡の炒め物だ。

牛肉の切り落としパックとコンニャクを花丸ショップで購入。


スプーンを使って引きちぎったコンニャクは、鍋に入れて一煮立ちさせる。


この作業で、コンニャク特有の臭みと灰汁を抜く。

コンニャクに含まれる石灰を除くことで、牛肉が硬くなることも防げる。


牛肉は一口大に切る。


牛蒡はタワシで擦って洗う。

泥が落ちて白くなったら、そのまま笹掻きにする。

せっかくの香りを逃さないように、皮をむくような真似はしない。


「ええ匂や…」

「ねぇね、それはナニ?」

「ムッ。危ないから、こっちへ来たらいけません。お湯が、あっちっちだよ」


ディートヘルムは邪魔にならないよう、追い飛ばす。


「美味しいモノ。美味しいモノ、作るの?」

「うん。お姉さんが頑張るからネェー。よい子は、ママのところに居てちょうだい」

「ボクも手伝う。お料理する!」

「ママのところに、居ようね」


ディートヘルムの首根っこを攫んで、アビーに渡す。


「まぁま。これ、見といてや」

「任せなさい」


カワイイ弟だが、料理は真剣勝負なのだ。

心を鬼にして処さねばなるまい。


「ネェネのバカー!」

「……っ」


もう挫けそうだ。

メルのメンタルは豆腐だった。


砂糖、醤油、ダシ、酒などの、調味料を用意しておく。

味付けは、心もち濃いめを目指す。


とは言っても、炒め物なので汁が煮詰まる。

そこも考慮しての濃いめである。


メルの料理スキルは、相変わらず計量カップ要らずだった。

ちらりと材料を見ただけで、調味料の分量が決まる。


鍋に油を引いて、輪切りにした鷹の爪を投入。

焦がさないように気をつけながら、油に辛みを移す。


次いでコンニャクを炒め、笹掻きにした牛蒡を入れ、手早くかき混ぜる。

この段階で素材に油を纏わせないと、炒め物らしさを損ねてしまう。


素材から出る水分と調味料が合わさり、ただの煮物になってしまうのだ。

それはもう、油分を含んだ煮物だ。


牛肉を加えて炒める。

完全に火が通るまえに、調味料を投入する。


料理の『さしすせそ』だ。

『さ』は砂糖、酒ではありません。


鍋に砂糖を加えたら、良くなじませる。


醤油、酒、ダシを投入する。

因みに、『せ』が醤油である。


味の染みやすさや、香りを残すための順番だ。


酒やダシがなければ、水でも構わない。

素材に醤油を行き渡らせるために、希釈しているのだ。


ただし酒やダシを使えば、水を使うより味に深みが出る。

蓋をして、暫し味を染みさせるべく煮る。


そして味見だ。


「柔らかい。うまぁー」


ここから強火で汁気を飛ばしていく。


仕上げにゴマ油を回しかけ、白ゴマを散らす。

フワリとゴマの香りが漂った。


「完成じゃぁー!」


牛肉と牛蒡の炒め物が仕上がった。



「斎王さまから貰った巻貝」


淡水の巻貝だ。

ミジエールの湿地で採れるらしい。


「ほとんどタニシやね」


清水で完璧に泥抜きされた巻貝だ。


メルは塩茹でして、既に試食済み。

欠片も、泥臭さを感じなかった。


キモは取り出しづらかったので、潔く諦める。


「くっ。すぐに千切れよる。サザエみたいには、上手くいかんのぉー」


今回はダシを取るために、真水から茹でた。


爪楊枝を身に突き刺してから、くるりと回す。

ポイポイと巻貝の身を殻から抜き取って、ボールに放り込む。


「醤油、味醂、砂糖、酒、ショウガ、鷹の爪じゃ!」


(しばら)く甘辛いタレに浸けてから、串にさして焼く。

巻貝の串焼きは、アビーが缶酎ハイを飲むときの摘まみだ。


「これはミジエールの歓楽街で、ケット・シーの屋台に売らせよう」


巻貝の半量は、味噌汁の具に使う。

そのためのダシである。


味噌汁にすれば、濃厚なダシが味覚を楽しませる。

野趣を感じさせる旨味だ。


タニシの味噌汁は貝殻付きらしい。

だけどメルは、見た目より食べやすさを重視した。


「アサリと違うやろ。巻貝は、身を取り出さなきゃ食えん」


食事中にディートヘルムが、味噌汁の椀をひっくり返したら可哀想だ。


と言うか、たぶん酒に酔ったアビーがやらかすだろう。

メルも気をつけないと、やばかった。


「カラなんて邪魔よ」


そもそもカニの味噌汁とか、お椀から取り出さなければ食べられない。

カニの足を取り出すと、殻の中から味噌汁がダラダラと垂れる。


「まったく、始末に負えんわ」


味噌汁の具は、汁を啜りながら食べたい。

そう思う、メルだった。


最後の一品は、揚げ出し豆腐だった。

既に重石をかけ、余分な水分は豆腐から抜いてある。


これを適切な厚さに切ったら、片栗粉が入ったバットに転がす。

余分な片栗粉を落とし、油で揚げる。


タレはソバツユ、薬味は大根おろしとショウガに、細かく刻んだ分葱だ。


「フンフン、フン…♪」


メルが楽しそうに鼻を鳴らす。


フライヤーに沈めた豆腐が、油の中で踊った。


「出来上がり…」


揚げ終えたら、金網に載せて余分な油を落とす。

衣がベットリとした揚げ出し豆腐は、ノーグッドである。


「メルちゃーん。ゴハンが炊けたよ」

「こっちも、出来たでぇー」



魔法料理店で作った料理を『酔いどれ亭』へ運ぶと、何故かそこにビンス老人の姿が…。


「おまぁーは…」

「メルちゃん、言葉!」


すかさず、アビーのダメ出しが入る。


「……すんません。いや、済みません。こんばんは、ビンスさん」


メルは言葉を正して、ビンス老人に頭を下げた。

ディートヘルムの見ているところでは、良い姉でいなければならない。


「こんばんは、教祖(・・)さま」


ビンス老人は、恭しく腰を折った。


メルは美味しい教団の教祖だ。

ビンス老人が口にした教祖の一語には、『メルさんは教祖さまなんだから、信徒を邪険にしませんよね!』とのメッセージが含まれていた。


「あのね。あのね。おじいちゃんは、ボクと遊んでくれたんだよ」


ディートヘルムが、飛び跳ねながら報告した。

そう言って欲しいと、ビンス老人から頼まれたのが見え見えである。


「そうなんですか…。弟を遊ばせて下さり、ありがとうございます」

「そんな、他人行儀じゃありませんか。お礼なんていりませんよ。ディーくんは、本当によい子ですから」

「おじいちゃんも、いっしょにゴハン食べよ」

「ありがとうな、ディーくん。しかし、ワシなんぞがおっては、ご迷惑になりましょう」


「ちっ。もぉー、エエわ。そこへ、座れや。いや、すんません。いやいや、済みません…。遠慮なさらず、ビンスさんも一緒にどうぞ」


メルはビンス老人の図々しさに、どうしても勝てない。

アビーやディートヘルムを利用されては、文句を言うことさえ出来なかった。


「ディーも喜びますから、一緒に晩御飯を召し上がってください」

「そこまでアビーさんが仰られるのでしたら、ワシもご相伴に与りましょう」

「どうぞぉー、ビンスさん。ゴハンは、大勢で食べた方が美味しいです。たしか、エールがお好きでしたよね?」

「おうおう、どうかお気遣いなく」


ビンス老人は遠慮するような素振りを見せながら、テーブルにマイ茶わんと箸を置いた。


席に着くなり鼻をヒクヒクとさせて、料理の匂いを堪能している。

遠慮するつもりなど、微塵もなさそうだった。


「ちっ…。ニセ家族がおるわ」


メルが小声で毒づいた。


美食のためであれば、幼児さえも利用する老獪なビンス老人であった。






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― 新着の感想 ―
[一言] さとう/しお/すいか/セロリ/蕎麦? とんだ異世界料理が出来上がりました 読者のレベルはこんなもんです(^O^)/ コメ不要です
[一言] 汚いな…さすがビンス汚い。 お前絶対ニンジャだろ。
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