ライトニング・ベア
中の集落に姿を見せたドゥーゲルは、オープンテラスの席に腰を下ろした。
「フゥーッ。美味い茶だ。生き返るぜ…。もう一杯!」
「おい、ドゥーゲル。どっかり座り込みおって、かなわんなぁー」
「落ち着けや、メル坊。三輪バギーは、逃げたりしねぇぞ」
「そやかて、わらしが待てんのじゃ!」
メルはそわそわと落ち着きのない様子で、ドゥーゲルのカップに茶を注いだ。
「おらは、寝ないで頑張ったんだぜ。先ずは、研究結果を報告させろよ」
「箱、開けて。なぁ、わらしの三輪バギー」
「まあ、眠くなったら寝たけどな…。それでも、かなり寝ないで頑張ったんだ」
「アータの話は、意味わからんデス!」
「あーっ、疲れが溜まってるみたいだ。やべぇ。いっきなり、眠くなって来やがった」
「ムキィーッ。焦らさんといて!」
メルが小鬼の顔で、『ウガァー!』と吼えた。
「メルちゃん。ドゥーゲルさんって、しつこく粘るタイプだよ。話を聞いてあげた方が、いいと思います」
ラヴィニア姫がメルに耳打ちした。
ドゥーゲルはメルが話を聞いてくれるまで、席から立たないつもりらしい。
目が充血しているので、寝不足なのは本当だろう。
アクビをしている。
意地の張り合いをしていたら、本気で寝てしまいかねない。
実に面倒くさい親爺だった。
「ちっ。そんなら、おまぁーの話を聞いたるわ。手短にな」
「おぉーっ。さすがメル坊だぜ。実を言うとヨォー。おらの研究成果を理解してくれる奴が、おらん!」
「ほぉー。まあ、あれじゃ。こいつは異界の機械じゃけぇー。ちと難しかったかノォー」
「そういうこっちゃ。だからぁー。メル坊に聞いてもらいたい」
ドゥーゲルが席を立ち、メルを手招きした。
「おらのバギーを見て、気づいた点を上げてくれ」
「んっ。なんぞ、特別なところがありますか?」
「よぉーく見ろ」
「おおっ?おおおおおぉぉぉーっ!エンジンが、なぁーわ!」
「そそっ、正解だ。こいつには、エンジンを載せてない」
ドゥーゲルは腰に手を当て、そっくり返った。
「おまぁー、エンジン言うんは動力機関じゃ。三輪バギーに載せんで、どうしますか?」
「不要だからなぁー。おらもメル坊にエンジンの説明をされたから、最初は心臓部だと信じ込んでいた」
「いやいや、心臓部デショ!!」
「だけどヨォー。エンジンがなくても、スイスイと走るぞ」
「はぁー?!」
言われてみれば、ドゥーゲルの三輪バギーは中の集落まで走ってきたのだ。
「エンジン、要らない子…?もしかして、エンジンなくても走るの?!」
メルは頭を押さえ、くねくねと上半身を動かした。
衝撃の事実に、思考がついて行かない。
「うむっ。エンジンも分解してみた。まったく、良くできたカラクリだ。実際に動いているところを確認したので、すっかり騙されちまったぜ。けどヨォー。本当の動力機関は、こいつだ」
ドゥーゲルが、手に載せたディスクを突きだした。
「この円盤が、妖精パワーで回るんだ。車輪に組み込まれていた」
「ぬぬっ。てことは…」
「車輪の回転がエンジンに伝わって、動いているように見えたんだ。逆だよ、逆。動力の伝達方向が、逆なんだ」
「タイヤが、エンジンを回してたんか…。要するに、エンジンはダミー?」
大ショックである。
おそらくユグドラシル王国異界研究所は、三輪バギーにエンジンを載せなければ、妖精女王陛下の機嫌を損ねると判断したのだろう。
三輪バギーは異世界のアイテムだから、完璧にコピーしようと大変な努力をしたに違いなかった。
無駄である。
「食べものや作物と違いますからね。わらし、エンジンなくても気にせんよ。そらぁー、チョコレートがネギ味とか許せませんけど…。三輪バギーは、ちゃんと走ればいいデス」
メルは空を見つめ、ボソボソと呟いた。
「エンジンの件は、かなり早期に解決した。実際に時間を食ったのは、素材の再現だ。金属部品は、ドワーフの技術でなんとかなった。おらたちは鍛冶屋だからな。合金なんかの知識も、先祖からの蓄えがある。困ったのはタイヤだ」
「タイヤかぁー」
「メジエール村の錬金術師や魔法使いに声をかけて、共同開発した。お陰で、よい素材が出来たぜ!」
ドゥーゲルは清々しい顔で、語り終えた。
「箱、開けよ」
「ぐははははっ…。話を聞いてくれて、ありがとうよ。そんじゃ、メル坊の三輪バギーをば引っ張りだすとするか」
ドゥーゲルの手で、素早く木箱が解体された。
荷車に設置した板を傾斜路として使い、メルの三輪バギーが降ろされる。
「シートに背もたれが、ついとる」
ヘッドレストの部分が、黒いクマになっていた。
「ふぉぉぉぉぉぉっ!ライトニング・ベアじゃ!!」
目つきが悪い黒クマの額には、稲妻のマーク。
「デザインで迷ってたら、ゲラルトが紙っぺらをくれた。メル坊の落描きだ」
「わらしが、デザインしました。ライトニング・ベア言います」
「まあ、メル坊が乗るんだからヨォー。その落描きをもとに、いい感じでデザインを決めた」
逆三輪で、車体前面には頑丈そうなバンパーを装備している。
色はクリームイエローで、ガソリンタンクの側面にパンチを繰り出すライトニング・ベアが描かれていた
「んっ。ガソリンタンク…。コレは何じゃ?」
「そいつは小物入れ。カパッと開けると、メル坊のヘルメットが入っている」
「マジか?!」
メルは小物入れの蓋を開けて、黒く塗られたコルクヘルメットを取り出した。
「はぁーっ、耳がついとるやん!」
「クマだからな」
「ふぉぉぉぉぉぉっ!ヘルメットも、ライトニング・ベアじゃ!!」
「因みに、動力ディスクを増やしてある。かなりパワーアップしたから、気をつけないと危ないぞ!!」
「わぁーとる。わらし、不死身よ」
「違うでしょ、メルちゃん。メルちゃんが頑丈でも、ぶつかれば納屋は壊れるの」
ラヴィニア姫の言う通りだった。
道を横切るヒツジの群れに突っ込めば、大惨事だ。
お爺ちゃんお婆ちゃんや、ちびっ子たちにも要注意である。
まあ、見晴らしがよすぎるメジエール村なので、居眠り運転でもしない限りは事故を起こせない。
道路に飛び出した野生動物を避けようとして、側溝に落ちるなどの自損はありそうだが。
「スピードは、出さへんヨォー」
「わたしのベイビーリーフ号は、ちゃんと止まれるけど…。メルちゃんの三輪バギーは、ドゥーゲルさんに改造されちゃって大丈夫なの…?」
「そこは問題ねぇーぞ。こいつは障害物があると、勝手に止まるからな」
「そうなんだ。それなら、ベイビーリーフ号と同じね」
「だけどヨォー。勢いよく走っているときに急停車すると、ドライバーが投げ出されちまう」
三輪バギーにシートベルトはない。
「わらし…。飛ばされるくらいで、へこたれんわ」
「そんならまあ、心配は要らないか。三輪バギーは、バッチリ止まるからな!」
妖精さんのアクティブセーフティ機能は、改造されても生きていた。
たぶんおそらく、動力ディスクさえあれば安心安全なのだ。
「あーっ。何やら、目に見えるようです。三輪バギーから投げ出されたメルちゃんが、納屋の屋根に突き刺さってるの…!」
「ラビーさん、ホントやめてんか。わらし、スピードださんもん」
「うっそぉー!」
「本当デス!!」
そう。
メルはスピード狂じゃなかった。
少なくともラヴィニア姫より、ずぅーっとマシである。
◇◇◇◇
ドゥーゲルは、やり遂げた顔をして帰って行った。
残されたメルとラヴィニア姫は、エミリオの家まで行くことにした。
アビーがディートヘルムを連れて、三泊四日の予定で遊びに出かけたからだ。
今日の夕刻には帰って来るので、どうせなら迎えに行こうという話になった。
ティッキーに馬車で送ってもらうなら、ベイビーリーフ号に載せて帰ればよいと、ラヴィニア姫が言い張ったのだ。
「でもなぁー。ラビーの運転は…」
「わたしは、ちゃんと安全運転ができます」
「……そう」
「メルちゃんは、助手席ね」
「わらし、ライトニング・ベアに乗って行きます」
メルはベイビーリーフ号の助手席を拒絶した。
因みにフレッドは、数日前から忙しそうにしている。
クリスタと一緒に異界ゲートを使って帝都ウルリッヒを訪れ、アーロンや傭兵隊のメンバーと何やら相談しているらしい。
おそらく、冒険者ギルドの再建だ。
何を相談しようが、人材は湧いてきたりしない。
ケット・シーたちも全力で手伝っているが、出来ることに限りはある。
バルガスたち冒険者の配備は、地下迷宮での特訓が終わらなければ許可を出せない。
悪魔王子も、首を縦には振らないだろう。
人材不足については、フレッドと傭兵隊で何とかするしかあるまい。
そんな訳で、フレッドの帰りは遅くなりそうだ。
「ずっと帰らんでも、エエよ。まぁまとディーは、わらしが守るけぇ」
メルがニヤリと笑った。
フレッドさえ居なければ、メルはアビーやディートヘルムと川の字になって寝られる。
フレッドが不在でも、何も問題はなかった。
むしろ良い。
メルはベイビーリーフ号の後ろについて、ライトニング・ベアを走らせた。








