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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
233/370

哀愁のハイエルフ



ラヴィニア姫はションボリとした様子で、花壇に水を撒いていた。

とは言っても、手にしたジョーロはとっくに空っぽで、水を撒いているように見えるだけ。


すっかり呆けているのだ。


原因はメルとのやり取りにあった。



まだ寒さが残る春先のこと、ラヴィニア姫は妙ちくりんな格好をしたメルに、『帝都ウルリッヒへ行こう!』と誘われた。

冒険者ギルドへ殴り込みをするみたいな話なので、冷たい態度で断った。


余りにもあんまりな話なので、断った自分は悪くないと思っている。


だけど、その後32日間、メルからは音沙汰なし。

ラヴィニア姫が中の集落を訪れても、メルの姿はなかった。


『ごめんなさいね』と言って、アビーはメルの近況を教えてくれた。

どうやら夜には帰っているらしいが、毎日のように何処かへ出かけてしまう、との話だった。


ラヴィニア姫は手習い所へ通っていないので、直ぐに時間を持て余してしまった。

そうなればもう、嫌でもメルのことしか考えられなくなる。


幼児ーズの仲間に訊ねても、アビーから教えてもらった以上の情報は得られなかった。

毎日、朝早くからメルは出かけてしまい、夜になるまで帰らない。


もしかして、メルに避けられているのではないか…?

アビーや幼児ーズの皆は、メルに頼まれて嘘を吐いてるかも知れない。


救いのない過去を持つ、ラヴィニア姫である。

一度でも暗い妄想に囚われたら、もう際限がない。


メルと幼児ーズの皆は、自分を除け者にして遊んでいる。

そのようなシーンを想像すると、とても惨めで居た堪れない気持ちになった。


又もや、ラヴィニア姫はハンテンを抱きしめて、引きこもり生活に突入した。

どれほどユリアーネ女史やメアリが宥めても、ラヴィニア姫の心が浮上することはなかった。


そして33日目にして、ようやくメルがやって来た。


ラヴィニア姫は仲直りのハグをしようと、玄関先に駆けつけた。

だけど、その素直な気持ちは、メルの姿を見るなり消え失せてしまった。


ラヴィニア姫が泣くほど心配していたのに、メルは能天気な様子でデートをしようと言いだす。

変な乗り物に跨って、何処かへ行こうとラヴィニア姫を誘うのだ。


そのまえに、言うことがあるのではないかと思った。


(そうだよ。わたしを放っておいて、ゴメンナサイもないとか…。信じられない!)


だから…。

だからデートを断ったのは、間違っていない。


「えい!!」


ラヴィニア姫は、手にしていたジョーロを投げ捨てた。


また、メルが遊びに来てくれなくなったら、どうしよう…?


今度は、どれだけ待たされるのかしら。

50日間、それとも100日間。


それを考えると、自己正当化の何と虚しいことか。

自分が悪くなくても、メルとは会いたい。

何日も離れていたくないのだ。


「はわわわわっ…。どうしよう。どうしよう。どうしましょう?!」


どうしようもなかった。


もし仮に酔いどれ亭を訪問して、『会いたくない!』とメルに拒絶されたら…。


「死にたい!」


ラヴィニア姫は、芝生の上を転がった。

ゴロゴロ、ゴロゴロと転がった。


「わんわん、わんわんわん…!!」


転がるラヴィニア姫を叱りつけるように、ハンテンが吠えた。




翌日になると、何事もなかったかのようにメルが姿を見せた。

しつこく玄関の呼鈴を鳴らす。


ラヴィニア姫は充血した目を擦りながら、玄関のドアを開けた。


頭がぼーっとして、満足に働かない。

朝までまんじりともせず、メルのいない生活について考えていたからだ。


「ラビー。遊びに行こう」


しれっとした顔で、メルが言った。


「………………」

「ほら…。わらし、スカート穿いてきた」

「うん」


メルの口から謝罪の言葉はなかったけれど、王子パンツではなくてワンピースだった。

普通に可愛らしい、クリームイエローのワンピースである。


「そんでなぁー。わらし、反省しました。今日はドゥーゲルのとこに、三輪バギーを置いてきたわ」

「そう…」

「ラビーを喜ばそうとして、空回り。わらしが、はしゃいどっただけデシタ。なので今度は、ちゃんと考えました。ラビーに、プレゼント持って来たで」

「ぷれぜんと?」


「はい。ゴイスーな、贈りものデス!」


メルがラヴィニア姫の手を握り、グイグイと引っ張った。


しかめっ面は止められないけれど、メルに手を握られて嬉しいラヴィニア姫だった。

足を踏ん張って抵抗しても、握られた手を振り払ったりはしない。

そんなことは、絶対に出来なかった。


それは屋敷のまえに、ドーンと置いてあった。


「何これ?」

「花丸ポイントで()うた、妖精さんのトラックです」

「とらっく?」

「ラビーにも分かるように説明するなら、お馬さまのおらん馬車じゃ」


「えーっ。馬車ぁー?」


ラヴィニア姫は狼狽えた。


小さくて可愛らしい、ミントグリーンのトラック。

座席はゆったりとしていて、荷台が少し狭い。

でも荷車より、たくさんの荷物を運べる。


魔動機関を搭載しているので、ガソリンは要らない。

最高スピードは時速50キロメートル程度なので、競走馬よりやや遅い。

だけど、メジエール村の中しか走らないから、そんなに急ぐ必要はなかった。


そのうえ妖精さんがアクティブセーフティ機能を代行してくれるので、交通事故を起こさない。


安心安全が約束された、夢の自動車だ。

何より可愛らしくて、ラヴィニア姫にピッタリだった。


「姫さま、どうぞお乗りください」


メルがドアを開けて、ラヴィニア姫を促した。


「うん。ありがとう」


椅子がフカフカだ。


バタンとドアが閉じられる。

反対側のドアを開けて、メルが乗り込んだ。


「シートベルト。これをカチンと留める」

「んっ?」

「安心安全…。そこのハンドルをクルクル回すと、窓が開きマス」


窓の開閉は手動式だった。

ラジオや冷暖房機など、搭載されていない機能も多い。


だけど、そんなことは気にしない。


「では、出発します」


メルはキーを差し込んで、魔動機関をスタートさせた。


アクセルを踏み込むと、妖精たちがピストンを動かす。

クランクに動力が伝わり、タコメーターは一分当たりの回転数を表示する。


ハンドブレーキを外してクラッチを繋ぐと、ゆっくりトラックが動き出した。


「わわわわっ…。動いてる」

「まだまだ…。驚くんは、これからやん!」


メルはギアを切り替えて、スピードを上げた。


「キャァー。走ってるぅ―!」


ラヴィニア姫は大騒ぎだ。


「うんうん、走っとるな。どうやねん。これ、ラビーのトラックやで」

「ホントに?ホントに貰っていいの?」


「ええねん。ええねん。気にせんでも、ええんやデェー」


ラヴィニア姫の不機嫌オーラが消えて、メルは得意満面だ。

花丸ポイントをドカンとつぎ込んだ甲斐があった。


メルが運転するトラックは、舗装された田舎道を軽快に走る。


「これなぁー。ラビーが欲しい木を見つけたら、後ろに積めると思って()うたん」

「あーっ、苗木かぁー。そう言うことなら、精霊樹の苗木を運ぶのにも便利だよね」

「そうそう。雑木林とか森で、腐葉土も集められるデショ」

「わぁー、色んなことが出来るね」


しょぼつく目を擦りながら、ラヴィニア姫がカクカクと頷いた。


すごく嬉しい。

だけどもう、体力の限界だった。

メルと普通に話せて安心して、一気に眠気が襲ってきた。


メルの横で、ラヴィニア姫はコテンと寝てしまった。


「うぎゃぁー。なんで寝ちゃうの?!」


何でと言われても、寝不足なのだから仕方がない。


バタンキューだ。




メルは寝てしまったラヴィニア姫をおんぶして、玄関の呼鈴を鳴らしまくった。

文字通り、とんぼ返りである。


「もう、戻られたのですか?」

「無念なりぃー!」


「あらまぁ、お嬢さま…」


飛び出して来た小間使いのメアリが、あんぐりと口を開いた。


ラヴィニア姫は、メルの背中でスヤスヤと寝ている。

気持ち良さそうに…。


「ラビー、寝てしもうた」

「ごめんなさいね。メルさん」


ユリアーネ女史が、申し訳なさそうに苦笑した。


「わらし…。ピクニックせんと、お弁当をこさえてきた。一緒に食べれんかったから、置いていく。エビフライとハンバーグ、ラビーにあげて」

「承知しました。お嬢さまが目を覚まされたら、ちゃんと伝えておきますね」

「うん。そんじゃ、わらし帰ります」


ラヴィニア姫をメアリに託して背中を向けたメルは、ガックリと肩を落としていた。


「わらしのトーク。寝てしまうほど、退屈かのぉー」


そよ風に耳毛が揺れる。




◇◇◇◇




道端でピィーッと指笛を吹くも、トンキーは現れず。


メルはトボトボと歩いて、ドゥーゲルの工房を目指した。


遠い。

遠すぎて足が棒になる。


「こんなことなら、ラビーのトラックを借りておけばよかった」


意味もなく格好をつけたことが、悔やまれた。


日が地平に沈みかけた頃になって、ようやくドゥーゲルの工房に到着した。


「やった。やり遂げたどぉー。これで三輪バギーに乗れる。もう家に帰れたも同然じゃ」


歩いても歩いても到着しないのが、田舎の我が家だ。


「ドゥーゲルやぁーい。わらしの三輪バギーは、何処かね?」

「おっ。メル坊か。三輪バギーなら、ばらしちまったから使えねぇぞ!」

「はぁ?ばらしたって、どういうこっちゃい?!」

「そこを見りゃ、分かんだろ」


「うぎゃぁー!」


メルの三輪バギーが、バラバラにされていた。


「これ。これっ、元に戻せるんかい?」

「分からんな」

「分からないのに、なんで分解したんじゃ?!」

「リバースエンジニアリングちゅうてな、動作を確認しながら分解することで、構造を学ぶんだ」


悪びれもせず、ドゥーゲルが言い放った。


「あほんだらぁー!」

「やかましいわ。ドワーフに魔道具を渡したら、どうなるかくらい分かるだろ!!」

「かぁーっ。開き直りよったな。やぃワレ!とっとと、もとに戻さんかい!!」

「それが出来りゃ、とっくにやっとる!」


「おまぁー、最低じゃ!」


メルは床に倒れ伏し、シクシクと泣きだした。



ドワーフに、見せびらかしたら、こうなった。


                 (作者:メル)






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


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[一言] ゴイスーな贈り物 Gが居なくなるスプレー?!
[一言] ドワーフならまずモノを大事にしろよ。価値的に白金貨でもおかしくないし、何よりも花丸ポイントを無駄に消費した感がきつい。
[一言] 人の物を断りも入れずに分解する様な腐れ外道ドワーフは処すべし。
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