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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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デートを断られて



「青くぅー、晴れた空にぃー、ひつじ雲がぁ、ながれぇてくぅー。メェメェ♪」


メルを乗せた三輪バギーが、舗装された田舎道を走っていく。

日差しは暖かく、吹きすぎる風も優しい。


浮かれ気分で、メルの歌も絶好調だ。


「青くぅー、晴れた空のぉー、彼方までぇ、ボクはぁ駆けて行くぅー♪」


メルは上機嫌でアクセルを吹かす。


三輪バギーを囲む妖精たちは、魔動機関の順番待ちだ。

キラキラと輝くオーブが、真新しい舗装路をメルと一緒に移動していく。


「ぶぅ、ぶぅ。ぶぎぃーっ!」

「おっ、おぅ…、トンキー」


雑木林から飛び出して来たトンキーが、メルの三輪バギーと並走した。

芋でも掘っていたのだろう、トンキーの顔は泥まみれだった。


「ぶぃぶぃ?」

「わらし、バギー買いました」

「ぷっ、ぷぎぃーっ?」

「うんうん。おまぁーは、お役御免デス」


「ピギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーッ!!」


トンキーが発狂した。

メルを問いただすように接近して、三輪バギーと(もつ)れる。


「ウヒャァー!!やめれトンキー!運転中は、危ないデショ…。バギー壊れたら、わらし泣くヨ」

「プギィィィー、プギィー!」

「いやいや、冗談やて…。なぁーんも、おまいさんを潰して肉にしたりせんから…。そんなに鼻水を飛ばさんで、少し落ち着きマショ」


メルはトンキーと接触しないように三輪バギーを操作しながら、一生懸命になって宥めた。


「ぶぅ、ぶぅ。ブギィィーッ!!」

「なにを言うてますの…。お役御免だなんて、そんなん本気なわけないデショ。バギーで走れるんは、ちゃんと舗装された道だけ…。キミの出番は、まだまだありますやん」

「ぷぷぅ、ぷぅ…」

「まあ、それは確かに…」

「ブヒィーッ!」


トンキーが、メルの意地悪に抗議した。


「うん、冗談が過ぎました。わらしが悪かった。ごめんなさい」

「ブギー♪」


メルが自分の非を認めて、素直に頭を下げた。

メルとトンキーは、仲直りした。


「青くぅー、晴れた空にぃー、ひつじ雲がぁ、ながれぇてくぅー。メェメェ♪」

「プギィィィー、プギィィィィィーッ♪」


ウスベルク帝国公用語を学んだ手習い所のまえをメルの三輪バギーが通り過ぎる。


メルとラヴィニア姫を除いた幼児ーズの面々は、手習い所でお勉強中だ。

三人が苦しみながら習っているのは、算術だった。


メジエール村の子供たちは、二桁の足し算と引き算が出来たならギリチョンでセーフ。

ただし店屋の子供は、掛け算と割り算もマスターしないとダメなのだ。


「算数は練習だからね。何度も計算しないと慣れないし、身につかない…。スマン。わらしには、おまぁーらを助けることができぬ」


三人には、頑張ってもらうしかなかった。


因みにメルは、自主的に手習い所を卒業した。

色々と忙しいので、ブラバン先生に満点を貰った日から通うのを止めた。


ウスベルク帝国公用語を話せるようになれば、もう手習い所には用がない。

手習い所では、女の子らしい所作を求められたり、乱暴な態度を咎められたりと、窮屈この上なかった。


「わらし…。楽しいこと以外は、一切したくありません!」


メルらしい、ラディカルな発言だった。


ウスベルク帝国の歴史とか基礎魔法学の授業は、名詞を覚えるのが面倒臭くて投げ出した。

未だにメルが書く汚い文字は、幼児ーズにしか解読できないメル文字である。


アーロンがくれた帝国公用語のテキストも、まったく使っていない。

挿絵が沢山ある単語帳は、ほぼ新品のままディートヘルムに下げ渡された。


絵に描いたような、ダメ姉である。

だけど可愛くて強いから、正義なのだ。


メルの我儘を止められる者は居ない。



「嫌です」


ラヴィニア姫が玄関先で、メルの誘いを突っぱねた。


「えぇーっ。なんでや?」

「メルちゃん。わたしはスカートを穿いているの…。そんな乗り物に、跨れるわけがないでしょ!」

「わらしの王子パンツを貸します。タンデムでツーリングしよ。ほぉーら。ラビーさんのヘルメットも、用意してあるで…。なぁなぁ、デート行こうヨ」


「行きませぇーん!」


ラヴィニア姫は、メルが差し出したヘルメットを押し返した。


「そんなぁー。わらし、悲しいデス」

「メルちゃんは女の子なのに、どんだけガサツなの…。もしかして、頭の中身はオトコなの…?その可愛らしいオツムには、オトコが詰まってるの…?そうとしか思えないよ!そうなんでしょ!!」

「いや、そのぉー。わらしの脳ミソですか?」


「はぁー。その話は、どぉーでもいいから…。女の子をデートに誘いたいなら、もう少し考えようね」


メルの我儘を止められる者は居ない…、筈だった。


「はわわわ…っ」


メルはガックリとうな垂れた。


(モモンガ―ZはOKなのに、三輪バギーはNG。解せん!)


メルには可愛らしさのTPOを理解する能力が、欠如していた。

要するに、お子さまなのだ。


カッコ可愛く生きたいラヴィニア姫から合格点をもらうには、あと三百年ほどかかるかも知れなかった。



「頑張れェー、メルさん」

「そこでヘタレたりせずに、押せ押せですヨォー」


ユリアーネ女史と小間使いのメアリが、面白半分でメルをけしかけた。

頻繁にラヴィニア姫を誘いにくるメルの下心など、とうの昔にバレていた。


少女同士の恋愛に、とても寛容な大人たちだった。




◇◇◇◇




前冒険者ギルド統括のグレゴール・シュタインベルクは、斎王ドルレアックに案内されてクリスタの庵を訪れようとしていた。


舗装された道のお陰で、馬車での移動は快適そのものだった。

中の集落を通過するときには巨大な精霊樹を見て驚き、樹の幹に料理店があることを知って腰を抜かした。


「あの樹が、オリジンです。やがては、世界樹となる樹ですね」


斎王ドルレアックに説明されて、三度目のビックリだ。


調停者クリスタは、精霊樹の再生に成功したのだ。

実に目出度い話だった。

泣けてくるほど嬉しかった。


「お疲れではありませんか?」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「お腹がすいたら、教えてください。途中で休憩を致しましょう」


馬車での移動中、斎王ドルレアックに甲斐甲斐しく世話を焼かれたグレゴールは、恋愛経験の乏しい若僧みたいに顔を赤くした。

いや実際のところ、グレゴールには豊富な女性経験などなかった。

いい歳をして初心なのだ。


(まいったな。これほど親身に世話をされたら、勘違いしてしまいそうだ。なんてことだ、頬が熱い。俺としたことが、斎王さまに逆上(のぼ)せているのか?)


調停者クリスタに帝都ウルリッヒの監視を仰せつかってからと言うもの、グレゴールに気の休まるときなどなかった。

不良冒険者を泳がせて、売国貴族どもや悪徳商人どもとの繋がりを探らなければならなかったのだ。


クズどもの悪だくみを見過ごすのは、耐えがたかった。

素面でいては、グレゴールの神経が持たなかった。


グレゴールはストレスを紛らせるために、酒浸りになった。


なまじっか正義感が強く、常に紳士たろうと意地を張ってきたせいで、女にすがることは出来なかった。

金を払って娼婦を買うなど、もってのほかだった。

酒を飲むようになってからは、尚更だ。


いま禁欲のツケが、グレゴールを苦しめていた。


斎王ドルレアックが身にまとった香りに、惹きつけられる。

見まいとしても、細い指先や襟元から覗く首筋に、視線が吸い寄せられてしまう。


美しい。

鈴を転がすような声が、耳に心地よい。


抗いようもなかった。


そんなグレゴールも調停者クリスタの庵をまえにして、意識を切り替えた。

聖別された結界の中、自然と(おごそ)かで引き締まった気分になる。



「よく来たねグレゴール。お役目、お疲れさまだ」

「この度は、お招き下さり、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいいよ。椅子に腰を下ろして、くつろぎな…。いま、茶を用意しよう」


「いえ…。そのまえに、お詫びしなければなりません」


グレゴールはクリスタが佇む四阿(あずまや)を前にして、深々と頭を下げた。


「おやおや。どうしたんだね?」

「実は調停者さまの手紙を届けてくれた少女が、うちの冒険者に殺されてしまったのです。俺が不甲斐ないせいで阻止することが出来ず、申し訳ございません」

「んっ。ああっ…。さてはメルのやつが、やらかしたんだね!」

「やらかした?それは、なんの話でしょうか?」

「いやさぁー。あたしが手紙を書いていたら、『届けて上げる』とか珍しく殊勝なことを言うんで、深く考えもせずに預けちまったんだよ」


クリスタが申し訳なさそうに言った。


「そうなるとグレゴールさまが仰っていた少女は、メルさまだったのでしょうか?」

「間違いないね。あたしが書き終えた手紙をカバンに入れて、ここから出ていったよ」

「銀色の髪を三つ編みに結った、可愛らしい少女でした。男の子みたいな衣装だったのを覚えています。その子が冒険者ギルドで、酔っぱらっていた冒険者たちにゴミ箱を投げつけたんです」

「あーっ。メルだよ」

「それは確かに…。メルさんですね」


クリスタと斎王ドルレアックが、力強く頷いた。


「あの日は、牡丹雪が降っていた。きっと、冷たかっただろうに…。うっ、うぅー。俺は酒に酔っていて、全くの役立たずだった。あの子には、可哀想なことをした」

「困ったねぇー。でっかい図体をして、メソメソと泣くんじゃないよ」

「メルさんなら心配いりません。先日も元気そうに、たこ焼きを売っていましたから」

「あれはなぁー。精霊の子だ。妖精女王陛下で、しっかりと妖精たちに守られておる。殺そうったって、そうそう簡単に殺せやしないんだよ」


「しかし…。帝都の救護隊が呼ばれて、あの子の死体を運んだんですよ」


グレゴールが、納得できぬ様子で食い下がった。


「あの子はなぁー。死んだ振りが、巧いんだ」

「えっ。メルさんは、死んだ振りをするんですか?」

「あたしが説教を聞かせたり、やりたくないことをさせると、死んだ振りをするね」

「ええぇーっ。それは本当にメルさんなのでしょうか?」


斎王ドルレアックは自分が知らないメルの一面を聞かされて、顔を引きつらせた。


「仮死状態に移行して、こっちが精魂尽きるまで死んでるよ。だからさぁー。あの子には、躾のしようがないんだよ!」


ある意味で、無敵の子だ。



立ち話を続ける三人の横に、ヘルメットを被ったメルがヒョッコリと顔を出した。

ラヴィニア姫にデートを断られたメルは、三輪バギーを走らせてクリスタのところまで遊びに来たのだ。


三輪バギーは、エミリオの豚舎に預けてあった。


「おやぁー。今日は婆さまのとこに、人がたくさんデスネェー。もしかして、お茶会ですか…?」

「メル、来たのかい」

「メルさん、丁度良いところへ」


「んっ?」


メルはヘルメットを外して、三人を見まわした。


「あっ。あぁーっ。この子だぁー!」


メルを指さし、絶叫するグレゴールであった。


「よかったぁー。本当に、無事でよかったよぉー」


メルの無事を知ったグレゴールは、男泣きに泣いた。






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