ジェンガで勝負だ
「むむっ。メル姉!」
ダヴィ坊やが、握りこぶしを震わせていた。
「なんじゃい、デブ!!」
「今日という今日は、もぉー許せん」
「そらぁー、わらしの台詞じゃぁー!」
仲が良いほど喧嘩をすると言うが、メルとダヴィ坊やもよく殴り合いになる。
いつだって理由は些細で、非常につまらないことだ。
今日の喧嘩は、タケウマ中に誤って互いの私物を踏みつけたことが原因だった。
メルはダヴィ坊やに、オヤツが入った袋を踏みつけられた。
ダヴィ坊やはメルに、虫カゴを踏みつけられた。
ダヴィ坊やは、メルに頭を下げて謝った。
ちゃんと謝って和解した。
その直後にメルが虫カゴを踏んでしまったので、仕返しだという話になった。
誤解である。
ワザとではない。
メルに、悪意はなかった。
だが、オヤツを踏まれて腹が立っていたのと、仕返しだと決めつけられたのが不味かった。
虫嫌いで昆虫採集に理解がない狭量さも、災いした。
従ってメルの謝罪は、申し訳なさを感じさせない不作法なモノになった。
『うっかり、踏んでしもぉーたわ。スマンのぉー!』
ふんぞり返って、そんな風に言われたら、ダヴィ坊やだって納得できない。
そこでバトルになった。
10歳の少女と9歳の少年が、顔を真っ赤にしてのつかみ合いだ。
やんちゃで微笑ましい?
いや、トンデモナイ話である。
セーブされているとは言え、妖精パワーを駆使したメルとダヴィ坊やの闘いは、ヘラジカの縄張り争いより苛烈だった。
手四つ(フィンガーロック)の体勢からオデコをぶつけ合い、ゴチーン、ゴチーンと周囲に音を響かせる。
もう子供の喧嘩ではない。
「こなくそっ!」
「降参しろやぁー!」
二人は互いを攫んだまま空き地を転がり、カール爺さんが刈入れを終わらせたばかりの畑へ。
ごろごろ、ごろごろ…。
ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ…。
ドカァーン!
ドンガラ、ガッシャーン。
「やべっ…」
カラン、カラン、コロコロコロ…。
「アカーン。やらかしてしもぉーた」
そしてカール爺さんの納屋が、半壊した。
「はぁはぁ…」
「……っ」
自分たちがしでかしたことを前にして、メルとダヴィ坊やは言葉を失った。
その後、メッチャ叱られた。
ペコペコと大人たちに謝罪して回り、大工のニルス兄貴に指示されてカール爺さんの納屋を建て直した。
メルとダヴィ坊やのお小遣いが、吹っ飛んだ。
しかもタリサとティナに呆れたような目つきで見られ、しこたま嫌味を聞かされた。
「メルってば、バカでしょ。バカよね!」
「イタイ、痛い。イタイれふっ…。ゴメンなさい」
ラヴィニア姫は、メルの頬っぺたをムギュギューッと抓った。
「ごめんなさいで許されるのは、八歳までよ」
「ふわぁい。ゴメンなさい」
メルは悪いことをした自覚があるので、されるがままだ。
翌日からタリサとティナが、『幼児ーズが幼児ーズのままなのは、メルとダヴィのせいよ!』と、愚痴り始めた。
マウント女王たちに弱みを握られ、大ダメージである。
しかし粗暴な二人が詰られるのは、やむを得ないことだった。
何度でも、同じあやまちを繰り返すのだから。
幼児ーズに所属する女子たち(メルを除く)は、ちゃんとよい子にしているのだ。
「デブ…。わらしらは、ちこぉと強ぉーなり過ぎた!」
「メル姉に同意する。これでは危なっかしくて、ケンカができない。ディートヘルムやシャルロッテを巻き込んだりしたら、オオゴトだぞ」
「ちっさい子も、大概やばいけど…。メジエール村には、じっちゃん、ばっちゃんも仰山おるで…」
「皆をケガさせないように、自重しなければ」
「うむっ、オトナになろう」
そこそこ大きくて頑丈な納屋が、一発で壊れた。
その事実はアホの子にも衝撃を与え、シンプルで悲惨な未来を生々しく想像させた。
手足がもげたカール爺さんに取りすがり、オイオイと泣く明日は迎えたくない。
ペチャンコに潰れたディートヘルムなんて、その惨状を想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
「このままだと、わらしら嫌われもんや。そのうち村ぁー、おれんようになるで…。村八分ジャ!」
「ふっ。この呪われし力ゆえ、オレは孤独…」
「アフォー。妖精さんのせいにスンナ。他人に迷惑をかけるんわ、おまぁーの心が未熟なのデス。反省せい」
メルはダヴィ坊やの頭をポカリと殴った。
「あぁーっ。メル姉。ゲンコで殴ったな…。それが駄目なんだろ!」
「あわわわわっ。たしかに…。スマンことデス」
反省したと口では言っても、ちっとも行動が伴わない。
『これではいかん!』と、メルは一計を案じた。
そして、数日が過ぎ去った。
連日の帝都通いは一段落ついて、メルにも色々と考える余裕が戻った。
(感情的になるとパワーの抑制が外れるってことは、やっぱり妖精さんの保有数が増え過ぎたんだよね)
殴り合いの喧嘩は、マジで危険だった。
メルとダヴィ坊やは、等しく強くなり過ぎた。
ダヴィ坊やとの諍いは、暴力を使わずに決着をつけねばなるまい。
「うん。それが大人の智慧ってものですヨ」
◇◇◇◇
「むむっ。メル姉!」
ダヴィ坊やが、握りこぶしを震わせていた。
「なんじゃい、デブ!!」
「今日という今日は、勘弁ならん」
「そらぁー、わらしの台詞じゃぁー!」
喧嘩の原因については、語るだけ馬鹿らしいので省かせてもらう。
これまでと同じであれば、ここから苛烈なバトルが始まる。
手四つ(フィンガーロック)の体勢からオデコをぶつけ合い、ゴチーン、ゴチーンと。
「じゃすとあ、もーめんと。デブさん、ちょっと待ってください」
「んんーっ。さっそく降参か?!降参なら、地べたに手をついて謝れヨォー!」
「ちゃうわい。謝るか、ボケェー。あんなぁ…。わらし、暴力に頼らん勝負のつけ方、考えました」
「はぁー?」
首を傾げるダヴィ坊やのまえに、メルがテーブルを運んできた。
「きちんと平らでなければ、アカンのや」
水平器を天板に置いて、足の高さを調整する。
「傾いているぞ。そっちの脚の下に、平たい石を挟もう。いや、こっちを掘った方が安定しそうか?」
「うん。ちょっとだけ、地面を掘りましょう」
二人して工夫すること暫し。
「メル姉。平らになったぞ」
「上出来デス」
「それで…?どうやって勝負を決めるんだ」
「ふっ。わらし考えたヨ。勝負で熱くなったら逆効果デショ。だから、勝ちたければ冷静にならんとアカンものを用意したった」
メルは直方体の木製ブロックをテーブルにばら撒いた。
どれも同じ大きさで、同じ形をしている。
キチンと三本並べれば、底面が正方形になる。
「なに…?」
「うん。大工のニルス兄貴に頼んで、こさえてもろぉーた。こいつをなぁー。三本ずつ綺麗に並べて、タテヨコ交互に積み上げるのデス」
「ほぉーっ」
「全部、積んで…。タワーを作ります」
テーブルの上に、細長いタワーが完成した。
「で…?」
「こっから勝負なのですが、一番上を除いたどこかからブロックを抜く。そんでもって、一番上に載せる」
メルが慎重な手つきでブロックを一本だけ外し、てっぺんにそっと置く。
「なんか分かったぞ。倒したら負けなやつだな!」
「そのとぉーり!」
ジェンガだった。
「うぅぅーっ、ジェンガァー♪」
「うぅーっ、ジェンガァー♪」
メルとダヴィ坊やは、歌いながらテーブルの周囲をまわった。
「「どっちが先かな、じゃんけんポン!」」
メルはチョキ、ダヴィ坊やがグーだった。
「オレの勝ちぃー!」
「ちっ、先攻を取られちまったじぇ」
メルが項垂れる。
面倒臭いから、とっととジャンケンで勝負をつけろよと思うのだが、相互のわだかまりを解消するのにジャンケンでは味気なさすぎた。
燃え盛る激情を鎮めるには、それなりの儀式が必要なのだ。
お子さまは、やり切って賢者タイムを迎える。
ダヴィ坊やの手番から、ジェンガ勝負が始まった。
「フゥー。載せたどぉー。次はデブの番じゃい!」
「けっ。往生際の悪い」
「ふふふっ。えろぉー難しい局面になったのぉー。もぉー、終わるんとちゃうか?」
「やかましいわ。オレが失敗してからほざけ!」
メルとダヴィ坊やの闘いは、神経をすり減らす終盤戦へと突入していた。
あちらこちらからブロックを抜き取られたタワーは、もう安定を失って風前の灯火。
時間制限を設けていなかったので、二人は慎重を期してタワーの強度を確認しながらブロックを抜く。
天辺にブロックを載せるさいも、息を殺して目を血走らせる。
「集中…!」
乱暴に置いてはならない。
よぉーく、バランスを考えるのだ。
緊張しすぎて、ダヴィ坊やの指先がプルプルと震えた。
「デーブ、デブ。こっち、こっち。こっち見ぃーや」
「なに?!」
ダヴィ坊やが、メルの方を見た。
メルは長く伸ばした舌の先を鼻の穴に入れていた。
「ブフッ…!うひゃぁー。アブねぇ」
ダヴィ坊やは手にブロックを握ったまま、テーブルから飛び退いた。
「あっ。倒れないかぁー」
「汚いぞ、メル姉。笑かすなよ」
「くっそぉー。仕留めそこなった」
笑いの発作が薄れるまでは、危なくて作業に戻れない。
「デブー。はよ、置けや」
「おまえっ。インチキしといて、それはないだろぉー」
「もう、笑ってないじゃん。さっさと続けろヨォー」
「あのなぁー。こういうのは、駄目な場面に限ってぶり返すんだよ」
そこへ、ディートヘルムが現れた。
『酔いどれ亭』の店先に顔を見せたと思ったら、大きな声で叫ぶ。
「あーっ。メル姉とダヴィー兄ちゃん。ボクがオヒル寝してる間に、新しい遊びをしてる。ズルい。ズルい。ボクも混ぜて!」
ディートヘルムはダーッと走ってきて、メルに抱きついた。
「おぅふ!」
ディートヘルムを抱きとめたメルが、ダヴィ坊やにぶつかった。
ダヴィ坊やは突き飛ばされて、テーブルに手をついた。
「おおっ!」
「ふっ、デブ。やっちまったなぁー」
ジェンガのタワーが倒れた。
「あやや…。倒れちゃったネェー」
ディートヘルムが、申し訳なさそうに言った。
「おい。いまのは、おかしいだろ。オレの負けじゃないよな」
「もう一回やる?」
「…………」
もう、お腹いっぱいだった。
プライドを懸けたジェンガ勝負は、極度に精神力を消費する。
「もう一回はヤダ!」
「そっかぁー。それなら、わたしの負けです。ごめんね、ダヴィー。弟が粗相をしてしまって…」
「ごめんなさい。ダヴィー兄ちゃん」
「うえっ。いえいえ、オレの方こそ短気でした」
ディートヘルムが登場して『お姉さんモード』に切り替わったメルは、人が変わったようにお行儀よく頭を下げた。
その横でディートヘルムも、ペコリと頭を下げる。
何なら、可愛らしすぎて動揺する。
こうなったメルに、ダヴィ坊やは逆らうことが出来ない。
『お姉さんモード』のメルは、すごく苦手だった。
何故だか、心臓がドキドキする。
意味もなく恥ずかしくなって、俯いてしまう。
「それじゃあディーも一緒に、三人で楽しくジェンガしようか?」
メルはダヴィ坊やとディートヘルムの手を握った。
「おう。三人で楽しくやろう」
「やるー!」
ダヴィ坊やは逆らえない。
メルに握られた手を振りほどけない。
メルは女の子で、ダヴィ坊やは男の子だった。








