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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
230/370

ジェンガで勝負だ



「むむっ。メル姉!」


ダヴィ坊やが、握りこぶしを震わせていた。


「なんじゃい、デブ!!」

「今日という今日は、もぉー許せん」

「そらぁー、わらしの台詞じゃぁー!」


仲が良いほど喧嘩をすると言うが、メルとダヴィ坊やもよく殴り合いになる。

いつだって理由は些細で、非常につまらないことだ。


今日の喧嘩は、タケウマ中に誤って互いの私物を踏みつけたことが原因だった。


メルはダヴィ坊やに、オヤツが入った袋を踏みつけられた。

ダヴィ坊やはメルに、虫カゴを踏みつけられた。


ダヴィ坊やは、メルに頭を下げて謝った。

ちゃんと謝って和解した。


その直後にメルが虫カゴを踏んでしまったので、仕返しだという話になった。


誤解である。

ワザとではない。

メルに、悪意はなかった。


だが、オヤツを踏まれて腹が立っていたのと、仕返しだと決めつけられたのが不味かった。

虫嫌いで昆虫採集に理解がない狭量さも、災いした。


従ってメルの謝罪は、申し訳なさを感じさせない不作法なモノになった。


『うっかり、踏んでしもぉーたわ。スマンのぉー!』


ふんぞり返って、そんな風に言われたら、ダヴィ坊やだって納得できない。


そこでバトルになった。

10歳の少女と9歳の少年が、顔を真っ赤にしてのつかみ合いだ。


やんちゃで微笑ましい?

いや、トンデモナイ話である。


セーブされているとは言え、妖精パワーを駆使したメルとダヴィ坊やの闘いは、ヘラジカの縄張り争いより苛烈だった。

手四つ(フィンガーロック)の体勢からオデコをぶつけ合い、ゴチーン、ゴチーンと周囲に音を響かせる。


もう子供の喧嘩ではない。


「こなくそっ!」

「降参しろやぁー!」


二人は互いを攫んだまま空き地を転がり、カール爺さんが刈入れを終わらせたばかりの畑へ。


ごろごろ、ごろごろ…。

ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ…。


ドカァーン!

ドンガラ、ガッシャーン。


「やべっ…」


カラン、カラン、コロコロコロ…。


「アカーン。やらかしてしもぉーた」


そしてカール爺さんの納屋が、半壊した。


「はぁはぁ…」

「……っ」


自分たちがしでかしたことを前にして、メルとダヴィ坊やは言葉を失った。



その後、メッチャ叱られた。

ペコペコと大人たちに謝罪して回り、大工のニルス兄貴に指示されてカール爺さんの納屋を建て直した。


メルとダヴィ坊やのお小遣いが、吹っ飛んだ。

しかもタリサとティナに呆れたような目つきで見られ、しこたま嫌味を聞かされた。


「メルってば、バカでしょ。バカよね!」

「イタイ、痛い。イタイれふっ…。ゴメンなさい」


ラヴィニア姫は、メルの頬っぺたをムギュギューッと抓った。


「ごめんなさいで許されるのは、八歳までよ」

「ふわぁい。ゴメンなさい」


メルは悪いことをした自覚があるので、されるがままだ。


翌日からタリサとティナが、『幼児ーズが幼児ーズのままなのは、メルとダヴィのせいよ!』と、愚痴り始めた。

マウント女王たちに弱みを握られ、大ダメージである。


しかし粗暴な二人が(なじ)られるのは、やむを得ないことだった。

何度でも、同じあやまちを繰り返すのだから。


幼児ーズに所属する女子たち(メルを除く)は、ちゃんとよい子にしているのだ。



「デブ…。わらしらは、ちこぉと強ぉーなり過ぎた!」

「メル姉に同意する。これでは危なっかしくて、ケンカができない。ディートヘルムやシャルロッテを巻き込んだりしたら、オオゴトだぞ」

「ちっさい子も、大概やばいけど…。メジエール村には、じっちゃん、ばっちゃんも仰山おるで…」

「皆をケガさせないように、自重しなければ」

「うむっ、オトナになろう」


そこそこ大きくて頑丈な納屋が、一発で壊れた。

その事実はアホの子にも衝撃を与え、シンプルで悲惨な未来を生々しく想像させた。


手足がもげたカール爺さんに取りすがり、オイオイと泣く明日は迎えたくない。

ペチャンコに潰れたディートヘルムなんて、その惨状を想像しただけで胸が張り裂けそうになる。


「このままだと、わらしら嫌われもんや。そのうち村ぁー、おれんようになるで…。村八分ジャ!」

「ふっ。この呪われし力ゆえ、オレは孤独…」

「アフォー。妖精さんのせいにスンナ。他人に迷惑をかけるんわ、おまぁーの心が未熟なのデス。反省せい」


メルはダヴィ坊やの頭をポカリと殴った。


「あぁーっ。メル姉。ゲンコで殴ったな…。それが駄目なんだろ!」

「あわわわわっ。たしかに…。スマンことデス」


反省したと口では言っても、ちっとも行動が伴わない。

『これではいかん!』と、メルは一計を案じた。



そして、数日が過ぎ去った。

連日の帝都通いは一段落ついて、メルにも色々と考える余裕が戻った。


(感情的になるとパワーの抑制が外れるってことは、やっぱり妖精さんの保有数が増え過ぎたんだよね)


殴り合いの喧嘩は、マジで危険だった。

メルとダヴィ坊やは、等しく強くなり過ぎた。


ダヴィ坊やとの諍いは、暴力を使わずに決着をつけねばなるまい。


「うん。それが大人の智慧ってものですヨ」




◇◇◇◇




「むむっ。メル姉!」


ダヴィ坊やが、握りこぶしを震わせていた。


「なんじゃい、デブ!!」

「今日という今日は、勘弁ならん」

「そらぁー、わらしの台詞じゃぁー!」


喧嘩の原因については、語るだけ馬鹿らしいので(はぶ)かせてもらう。


これまでと同じであれば、ここから苛烈なバトルが始まる。

手四つ(フィンガーロック)の体勢からオデコをぶつけ合い、ゴチーン、ゴチーンと。


「じゃすとあ、もーめんと。デブさん、ちょっと待ってください」

「んんーっ。さっそく降参か?!降参なら、地べたに手をついて謝れヨォー!」

「ちゃうわい。謝るか、ボケェー。あんなぁ…。わらし、暴力に頼らん勝負のつけ方、考えました」


「はぁー?」


首を傾げるダヴィ坊やのまえに、メルがテーブルを運んできた。


「きちんと平らでなければ、アカンのや」


水平器を天板に置いて、足の高さを調整する。


「傾いているぞ。そっちの脚の下に、平たい石を挟もう。いや、こっちを掘った方が安定しそうか?」

「うん。ちょっとだけ、地面を掘りましょう」


二人して工夫すること暫し。


「メル姉。平らになったぞ」

「上出来デス」

「それで…?どうやって勝負を決めるんだ」


「ふっ。わらし考えたヨ。勝負で熱くなったら逆効果デショ。だから、勝ちたければ冷静にならんとアカンものを用意したった」


メルは直方体の木製ブロックをテーブルにばら撒いた。

どれも同じ大きさで、同じ形をしている。


キチンと三本並べれば、底面が正方形になる。


「なに…?」

「うん。大工のニルス兄貴に頼んで、こさえてもろぉーた。こいつをなぁー。三本ずつ綺麗に並べて、タテヨコ交互に積み上げるのデス」

「ほぉーっ」

「全部、積んで…。タワーを作ります」


テーブルの上に、細長いタワーが完成した。


「で…?」

「こっから勝負なのですが、一番上を除いたどこかからブロックを抜く。そんでもって、一番上に載せる」


メルが慎重な手つきでブロックを一本だけ外し、てっぺんにそっと置く。


「なんか分かったぞ。倒したら負けなやつだな!」

「そのとぉーり!」


ジェンガだった。



「うぅぅーっ、ジェンガァー♪」

「うぅーっ、ジェンガァー♪」


メルとダヴィ坊やは、歌いながらテーブルの周囲をまわった。


「「どっちが先かな、じゃんけんポン!」」


メルはチョキ、ダヴィ坊やがグーだった。


「オレの勝ちぃー!」

「ちっ、先攻を取られちまったじぇ」


メルが項垂(うなだ)れる。


面倒臭いから、とっととジャンケンで勝負をつけろよと思うのだが、相互のわだかまりを解消するのにジャンケンでは味気なさすぎた。

燃え盛る激情を鎮めるには、それなりの儀式が必要なのだ。

お子さまは、やり切って賢者タイムを迎える。


ダヴィ坊やの手番から、ジェンガ勝負が始まった。



「フゥー。載せたどぉー。次はデブの番じゃい!」

「けっ。往生際の悪い」

「ふふふっ。えろぉー難しい局面になったのぉー。もぉー、終わるんとちゃうか?」

「やかましいわ。オレが失敗してからほざけ!」


メルとダヴィ坊やの闘いは、神経をすり減らす終盤戦へと突入していた。

あちらこちらからブロックを抜き取られたタワーは、もう安定を失って風前の灯火。

時間制限を設けていなかったので、二人は慎重を期してタワーの強度を確認しながらブロックを抜く。


天辺にブロックを載せるさいも、息を殺して目を血走らせる。


「集中…!」


乱暴に置いてはならない。

よぉーく、バランスを考えるのだ。


緊張しすぎて、ダヴィ坊やの指先がプルプルと震えた。


「デーブ、デブ。こっち、こっち。こっち見ぃーや」

「なに?!」


ダヴィ坊やが、メルの方を見た。


メルは長く伸ばした舌の先を鼻の穴に入れていた。


「ブフッ…!うひゃぁー。アブねぇ」


ダヴィ坊やは手にブロックを握ったまま、テーブルから飛び退()いた。


「あっ。倒れないかぁー」

「汚いぞ、メル姉。笑かすなよ」

「くっそぉー。仕留めそこなった」


笑いの発作が薄れるまでは、危なくて作業に戻れない。


「デブー。はよ、置けや」

「おまえっ。インチキしといて、それはないだろぉー」

「もう、笑ってないじゃん。さっさと続けろヨォー」

「あのなぁー。こういうのは、駄目な場面に限ってぶり返すんだよ」


そこへ、ディートヘルムが現れた。


『酔いどれ亭』の店先に顔を見せたと思ったら、大きな声で叫ぶ。


「あーっ。メル姉とダヴィー兄ちゃん。ボクがオヒル寝してる間に、新しい遊びをしてる。ズルい。ズルい。ボクも混ぜて!」


ディートヘルムはダーッと走ってきて、メルに抱きついた。


「おぅふ!」


ディートヘルムを抱きとめたメルが、ダヴィ坊やにぶつかった。

ダヴィ坊やは突き飛ばされて、テーブルに手をついた。


「おおっ!」

「ふっ、デブ。やっちまったなぁー」


ジェンガのタワーが倒れた。


「あやや…。倒れちゃったネェー」


ディートヘルムが、申し訳なさそうに言った。


「おい。いまのは、おかしいだろ。オレの負けじゃないよな」

「もう一回やる?」

「…………」


もう、お腹いっぱいだった。

プライドを懸けたジェンガ勝負は、極度に精神力を消費する。


「もう一回はヤダ!」

「そっかぁー。それなら、わたしの負けです。ごめんね、ダヴィー。弟が粗相をしてしまって…」

「ごめんなさい。ダヴィー兄ちゃん」


「うえっ。いえいえ、オレの方こそ短気でした」


ディートヘルムが登場して『お姉さんモード』に切り替わったメルは、人が変わったようにお行儀よく頭を下げた。

その横でディートヘルムも、ペコリと頭を下げる。


何なら、可愛らしすぎて動揺する。


こうなったメルに、ダヴィ坊やは逆らうことが出来ない。

『お姉さんモード』のメルは、すごく苦手だった。


何故だか、心臓がドキドキする。

意味もなく恥ずかしくなって、俯いてしまう。


「それじゃあディーも一緒に、三人で楽しくジェンガしようか?」


メルはダヴィ坊やとディートヘルムの手を握った。


「おう。三人で楽しくやろう」

「やるー!」


ダヴィ坊やは逆らえない。

メルに握られた手を振りほどけない。


メルは女の子で、ダヴィ坊やは男の子だった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
ドキドキしちゃうか〜
[一言]「わらし」に汚染されすぎて違和感感じてもうた
[一言] お前それ『お姉さんモード』だとちゃんと「わたし」って言えるんか…
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