パワー飯
メルたちが不良冒険者の手配書を貼り始めて、二十日余りが過ぎた。
メルは不良冒険者をボコっても、警邏隊に突きだしたりしなかった。
大抵の不良冒険者は殺人行為を犯しているし、ミッティア魔法王国の工作員と繋がりを持つ。
逮捕されたなら、死刑は免れない。
(それでは、ちっとも面白くない…!)
連中が面白半分で殺した人々の分まで、鞭で叩いて働かせる。
そのまえに恐怖と苦痛だ。
(何より、人材の無駄です。悪人には、キッチリと償って頂きましょう)
不良冒険者の取り締まりは、魔法学校の理事長先生が用意した社会科授業だ。
帝都ウルリッヒに巣食う犯罪者と触れ合って治安維持の現場を楽しく学ぶ、特別授業である。
(理不尽な暴力、穢れは、それを漏らしたヤツに引き取らせる。不法投棄は、断じて許しませんぞ!)
力任せに殴って、スカッとする。
思いっきり呪って、スカッとする。
強者の立場を満喫しながら、悪党どもに反省を促す。
そして最終的には、無理やりにでも悪党どもの腐った性根を鍛え直す。
(ふむ。我ながらエコな計画と思う。リサイクルは、大事よ)
帝都ウルリッヒはウスベルク帝国の首都だけあって、滅茶クチャ広い。
城壁内には冒険者ギルド本部を含めて、6ヶ所にギルドの施設が建っている。
雨の日には手配書を貼りつけられないし、指名手配された不良冒険者の数も優に50名を超える。
メルたちが荷車を牽きながら手配書を貼りつけて回るのは、とても大変だった。
地下迷宮の転移魔法を使っても、作業を終わらせるには五日ほどかかる。
なので、一周して戻ってくる頃には、以前に貼った手配書が剝がされていた。
「ヨォーするに、手配書を剝がしたヤツは本人デショ!」
メルは剥がされた手配書を元通りに貼り直し、他の手配書を新しいものと交換した。
「ふぉー。さすがは、理事長先生。天才ですか?メルちゃん、天才ですネ」
「うへへぇー。それほどでも…」
メルが目を細め、耳をヒクヒクさせて照れた。
鼻の穴が、これでもかと広がっている。
メルの横でスライムが照れて、モジモジと身を捩った。
精霊バトルで召喚したスライムだ。
召喚されたモンスターは、どうやら性格面で主人に似るようだ。
「またまたぁー。ご謙遜を…。メルちゃんが凄いのは、みぃーんな知ってるよ」
「そんな、やめてください。恥ずかしわぁー」
チルはメルをのせるのが、上手だった。
チルの足元に寄り添うミニフェンリルが、ワンワンとロルフに向かって吠え、激しく尻尾を振る。
このミニフェンリルも、精霊バトルで召喚されたモンスターだった。
主従揃って、得意技はヨイショだ。
「なるほどぉー。手配書が剥がされていないのは、当人の目に留まらなかったってことか」
「うんうん。他人の手配書は、目くらましに使えるもんね。私だったら自分のだけ剥がして、あとは貼ったままにしておくよ」
キュッツとセレナも、すかさずチルの尻馬に乗る。
この二人は精霊を連れていない。
まだレベルが足りず、召喚した精霊を連れ歩けないのだ。
「でも、普通は気づかないよねぇー」
チルが駄目押しの一撃を入れた。
「そう言うモンかのぉー?」
メルは手にした刷毛で掲示板に糊を塗りながら、そっくり返った。
皆に背を向けていても、得意げな様子は隠せない。
チルたちは、そんなメルを可愛らしいと思う。
朗らかで稚いから。
「まあ、わらしは最初から分かっておったで…。この手帳に、ぜぇーんぶ記録しとぉーよ」
メモを見れば、そこに何番の手配書を貼ったのか、ちゃんと記録してある。
剥がされた手配書は嫌がらせの効果ありとして、次にも同じモノを貼りつけるのだ。
「「「うわぁーお。メルちゃんって、天才だぁー!!!」」」
チル、キュッツ、セレナの三人が、メルを誉めそやした。
「コホン…。みんな、コレを食べなさい」
メルは上機嫌になって、乾燥させた精霊樹の実を差し出した。
手配書を貼って歩くのは楽しい。
発狂して襲い掛かってくる冒険者をエクスカリボーでボコるのも楽しい。
最近では、貧民窟での知名度も上がった。
冒険者ギルドの腕章をつけたメルたちは、遊民保護区域の人気者だ。
これに伴って、当然の如く魔法学校への評価は高まる。
(婆さまの指示で攻勢に転じたけど、タイミングはバッチリ。少なくても、コストパフォーマンスはよい)
手配書だけでなく、呪いによる追い込みが不良冒険者たちを衰弱させていた。
その効果は驚くほどであり、貧民窟の治安が格段に良くなった。
(そのうえフーベルト宰相やアーロンの仕事も順調で、たくさんの魔法具が回収されたよ!)
悪質なのは、冒険者ギルドの事務員たちも変わらなかった。
フーベルト宰相が取り締まりを強化した途端に、事務員たちの多くは雲隠れを決め込んだ。
実質、帝都ウルリッヒの冒険者ギルドは、機能停止状態に陥った。
もとより、調停者クリスタが基礎を築いた冒険者ギルドである。
組織の役割は、ウスベルク帝国の腐敗度を調停者クリスタに知らせるコトだ。
腐敗度はレッドゾーン。
だが、既に精霊樹は復活した。
帝都ウルリッヒに封じられた屍呪之王も、回収済みである。
冒険者ギルドの人事権は、紙っぺら一枚でアーロンに委譲された。
本来、あるべき姿に建て直せと。
人材不足で頭を抱えていたアーロンは、ミケ王子にキラーパスを放った。
ミケ王子が提示された賄賂は、サルグレット湾で捕獲されたヒラメの干物一年分だった。
是非もない。
こころよく引き受けたミケ王子は、仲間たちを冒険者ギルドへ配置した。
取り敢えず猫の手も借りたい冒険者ギルドでは、やむを得ずケット・シーを雇い入れた。
ヤル気があって、仕事を覚えるのも早く、子供たちやお年寄りにも優しいケット・シー。
助けが必要な人々に寄り添える性質は、冒険者ギルドの受付係に必須である。
ともすれば荒んだ雰囲気に染まりがちな職場なので、上司だろうが部下だろうが、モフモフは心の癒しだ。
最初はケット・シーを前にして狼狽えていた現場スタッフも、『もう本採用で行きましょう!』とアーロンに頷いて見せた。
かくしてケット・シーたちは、社会的立場を獲得していくことになる。
売国貴族や違法商人の摘発は、ずっと停滞していた帝都ウルリッヒの支配度を一気に9まで上昇させた。
ほぼ妖精郷と化した帝都ウルリッヒでは、ケット・シーたちの活動が見られるようになった。
これまで絵空事の類とされてきたケット・シーだけれど、ユグドラシル王国の支配度が9になれば話は違う。
もう誰にでもケット・シーの姿が見えるし、理不尽に討伐対象とされる心配もない。
ケット・シーたちは帝都ウルリッヒの住民たちから、可愛らしい精霊として認知された。
帝都ウルリッヒに、何軒もの『猫まんま』がオープンした。
ケット・シーが経営する屋台の飯屋だ。
その屋台は、遊民保護区域のヒッソリとした通りに店を出していた。
屋台の背後に建つ共同住宅は、どれも古びていて汚らしい。
メルたちは手配書の貼り付けを終わり、じっと屋台を見つめた。
「今日も。狙いすましたように『猫まんま』が…。待ち伏せか…?」
メルは鼻をヒクヒクさせながら、糊が入った缶を荷車に置いた。
『猫まんま』は、ジャンクフードの店だ。
メニューはパワー飯のみ。
並盛20ペグ。大盛30ペグ。超盛40ペグ。
メルのスペシャル料理より安い。
だが、ここで間違えてはいけない。
量の目安はケット・シー。
つまりは猫まんま。
超盛で、一般的な並盛に相当する。
しかもトッピングは別料金だ。
目玉焼き30ペグ。コロッケ30ペグ。ソーセージ40ペグ。揚げ玉20ペグ。青のり10ペグ。
「「「理事長センセー、お腹が空いたぁー!」」」
チルたちが騒ぎ立てる。
「くっ。トッピングは、紅ショウガだけですヨ!」
「「「わぁーい!」」」
メルは懐からお財布を出した。
「超盛、五人前。紅ショウガ、ダブルで…」
紅ショウガは20ペグだ。
ダブルだと40ペグ。
一人前で80ペグになる。
「まいどありぃー」
ハチワレのケット・シーが、熱した鉄板に油を引く。
麺をのせて、蒸らし用のコンソメスープを注ぐ。
ジュワァァァァァァーッ!と、白い湯気が上がる。
麺に金属のお椀をかぶせ、その横で肉とキャベツを炒める。
「少ない…。具が少ないと思わんかぁー?!」
「お客さぁーん、勘弁してくださいニャ。お値段なりですニャ!」
ハチワレはコテを巧みに操りながら、笑顔でメルの苦情を退けた。
帝都ウルリッヒの屋台で注文すれば、パンに肉と野菜が載って200ペグ。
メジエール村と比べて、帝都ウルリッヒの物価は高い。
麺の蒸らしが終わったら、カツオ節の粉とソースをかけて麵と具材を混ぜる。
「くぁーっ。このニオイ…」
「美味しそう。もう匂いと音が、美味しい」
「毎日食べても、また食べたい」
「屋台のソースは、無敵ヨ。否応なく、胃袋を刺激する」
パワー飯の正体は、具の少ない焼きそばである。
普通の焼きそばと違うのは、仕上げにたっぷりラー油をかけるところだ。
ただでさえ油っこい焼きそばが、ラー油でギトギトになる。
ここでトッピングの紅ショウガに、意味が生まれる。
サッパリとして美味いのだ。
紅ショウガが、メッチャ美味しい。
「できたぁー。さあさあ、熱いうちに食べてニャ!」
木皿に盛られた焼きそばと箸が、メルたちに手渡された。
ロルフのまえにも、木皿が置かれる。
召喚されたスライムとミニフェンリルは、食事に興味を示さなかった。
「うまぁー」
「あち、あち…。んーっ。ピリ辛!」
「美味しいヨォー」
「はふはふ…」
「ちっ。ジャンクフードめ!」
炭水化物に油、そしてパンチの利いた塩辛さ。
食べ始めたら止められない。
麻薬のような食べもの。
それがジャンクフードだ。
「かぁーっ。紅ショウガが、堪らん!」
「わぉーん!」
メルとロルフが吠えた。
カロリー増しましなので、パワー飯。
今日も、ご馳走さまでした。








