ウィルヘルム皇帝陛下の苦境
ステータス画面に表示されるメルのスペックは、いつだって大雑把だ。
敵対する相手と、どのくらい能力値が違うのかも分からない。
それどころか、身体能力に関するパラメーターは何処にも表示されていない。
体力、知力、耐久力、素早さなどは、ステータス画面から消え失せた。
ユグドラシル王国国防総省が、不要であると判断を下したのだろう。
だけど、何も問題はなかった。
圧倒的に強いから…。
そんなステータス画面だけれど、気にしなければいけない項目があった。
『コレ』が、注目すべき数値だった。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:10歳
職業:妖精女王陛下。小さな親善大使。美味しい教団の教祖。魔法学校理事長。命知らずの冒険野郎。熟練ダンサー。歌姫。ファッションリーダー。妖精母艦、妖精打撃群司令官。
レベル:65
花丸ポイント:12万pt
ただいま、凡そ1億の妖精を収容しています。
以下略…。
[注意事項]
無茶をせず、よく食べてよく寝ましょう。
無病息災を当てにして不摂生な生活ばかりしていると、ちみっ子のままで成長が止まります。
【バッドステータス】
幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり、乗り物酔い、抱っこ、オネショ。
【残機】
(*^▽^*)×3…。
【精霊召喚】
レベルMAX。
アナタは精霊召喚(上級)を獲得しています。
この世界から失われてしまった存在を復活させましょう。
もっと色々な精霊を探しだしましょう。
より沢山のお願いをしましょう。
精霊召喚師への道は、一日にしてならず。
日々の積み重ねと、我儘な願いがアナタを高みへ導きます。
ユグドラシル王国の再建には、不可能とも思われる障害が立ち塞がります。
困難な状況を乗り越えるためには、新しく有能な精霊さんたちも必要となるでしょう。
そのようなときには、迷わずに精霊クリエイトを試みてください。
この世界は、アナタのイマジネーションを必要としています。
前世記憶と霊力のコラボレーションで、最強の精霊をビルドアップしよう。
うんざりするような状況をまえにしても、面倒くさがったりせずに元気よく取り組みましょう。
精霊さんたちは、アナタの味方です。
召喚した精霊数:1257体
うち1200体は、カメラマンの精霊になります。
ケット・シーなど既存の精霊は、アナタが召喚した精霊数にカウントされません。
[最重要ポイント]
可能性は命。
祈りは力なり。
豊かな世界を育もう。
精霊の子は、ユグドラシル王国の再建を使命とします。
【世界の汚染度】
簡易マップに、異界ゲートで移動可能な地域の汚れ具合が表示されています。
メジエール村:クリーン
タルブ川:汚染度3(コレ)
恵みの森:汚染度2(コレ)
各開拓村:汚染度1(コレ)
聖地グラナック:汚染度4(コレ)
ハルフォーン山脈:汚染度5(コレ)
ヴェルマン海峡:汚染度3(コレ)
帝都ウルリッヒ:汚染度7(コレ)
ミッティア魔法王国周辺地域:汚染度9(コレ)
異界ゲートで汚染された土地に移動し、効率よく浄化しましょう。
浄化により、花丸ポイントが手に入ります。
【各地域の支配度】
手に入れたい地域に精霊を配置して、拠点化しましょう。
簡易マップの支配したいポイントに花丸ポイントを消費すれば、支配度を上げることが可能です。
メジエール村:支配度10(コレ)
タルブ川:支配度4(コレ)
恵みの森:支配度5(コレ)
各開拓村:支配度7(コレ)
聖地グラナック:支配度2(コレ)
ハルフォーン山脈:支配度3(コレ)
ヴェルマン海峡:支配度1(コレ)
帝都ウルリッヒ:支配度6(コレ)
ミッティア魔法王国周辺地域:支配度0(コレ)
支配度が10になると、その地域がユグドラシル王国の領土(妖精郷)となります。
目指そう、明るい未来。
やり遂げよう、世界征服!!
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そう。
メルは世界地図を自分色に染め上げたかった。
しかし、これがなかなかに難しい。
「ぎょうさん花丸ポイントをつぎ込んだが、未だ帝都ウルリッヒは落ちず!」
浄化によって稼いだ花丸ポイントは、殆ど各地の支配度を上げるために使用されていた。
だから、メルが贅沢に使える花丸ポイントは少ない。
花丸ショップで高級牛肉を買うときに、躊躇するほどだ。
「ミッティア魔法王国に手を出したのは、時期尚早…。正直に言って、失敗デス。突っ込んだ花丸ポイントは、支配度を上げることなく融けたわ」
ミッティア魔法王国は、文字通り底が抜けたバケツだった。
いくら花丸ポイントを振っても、焼け石に水。
翌日になれば、支配度が下がっている。
「むつかしぃーわ!」
今一つコツが分からず、メルは試行錯誤を繰り返す。
「ふむっ。ソコォー抜けたバケツなら、アナを塞がにゃなんめぇー」
そんな訳で実験だ。
ミッティア魔法王国と同じで、帝都ウルリッヒも穴が空いたバケツだった。
「ぐぬぬぬぬっ…。どんだけ、花丸ポイントを使ったか…。ムダ、むだ、無駄ぁー!!」
精霊樹の異界ゲートネットワークで繋がる、未来におけるユグドラシル王国の予定地。
取り敢えずの目標は、ウスベルク帝国の完全支配である。
その地にメルが花丸ポイントをつぎ込んだのは、想像に難くない。
それなのに支配度は6だ。
支配度6を超えても、翌日には6に戻ってしまう。
花丸ポイントを振らずに放置しておけば、数日で支配度3以下に低下する。
穴が空いているのだから、仕方がない。
「アナ、塞ぐわ!」
簡易マップで見る世界は、とっても広い。
だが、その殆どは人が住まない手つかずの大自然だ。
世界には幾つもの国があり、それぞれに生き残ろうと足掻いていた。
「でもなぁー。ちっさい」
クリスタが話題にもしないほど、小さい。
どの国も、ようやく文明を維持できる程度の規模しかなかった。
妖精たちが救いの手を差し伸べなければ、弱小国の繁栄は難しい。
自然は驚異だ。
森は文明を食い尽くす。
本来、人は非力な生きものなのだ。
「ヒト。少なすぎデス」
正直に言って、人類は滅亡寸前である。
ぶっちゃけ、戦争どころではない。
「おとぉーは、平気で殺しまくるけど…。連中は救いようのない悪人だし、メジエール村を守る方が大事だけど…」
それでも人を殺すのは、都合が悪い。
概念界の輪廻転生システムは、暗黒時代の人口激減によって停止した。
死者が多すぎ、それなのに転生可能な母胎がない。
行き場をなくした死者の魂は輪廻転生システムで保存しきれず、草木や動物などに生まれ変わった。
容赦なく、世界から人や亜人が姿を消していった。
結果として、輪廻転生システムを稼働させるために必要な魂の量が、足りなくなってしまった。
一定の水量が無ければ、水車は回せない道理だ。
現象界に於ける言語コミュニケーションの減少は、それ即ち概念界の衰退を意味する。
こうした流れの中で、概念界と妖精たちは消滅の危機に曝されていた。
「これ以上ヒトを減らされたら、マジで困るんよ」
神さまではないが、産めよ増やせよ地に満ちよとメルは祈る。
不殺の覚悟は、慈悲や優しさと無関係である。
妖精女王陛下には、人を殺せない明白な理由があった。
減っていく人を増やすには、恵まれた環境が必須だ。
人の文明は、人口増加に欠かせない。
その文明レベルが高いウスベルク帝国とミッティア魔法王国には、是非とも生き延びてもらいたい。
「ふーっ。アナ、塞ぎマショか!」
数年の歳月を費やして拡張し続けた、帝都ウルリッヒの地下迷宮。
特別待遇で強化に強化を重ねた、カメラマンの精霊。
「その力を見せてもらう時が、来よったでぇー」
グムムムムォーッ!と、メルが盛り上がる。
〈皆さん、始めちゃってください!〉
〈了解した。妖精女王陛下〉
メルの念話に、悪魔王子が応じた。
『呪われし魔法具作戦』の第二段階が、開始された。
◇◇◇◇
枯野に放たれた火の如く、貴族や豪商たちの間に不吉な噂が広まった。
「帝都がヤバい!」
「地下迷宮から、大量の瘴気が漏れている。屍呪之王を封じた結界が、もう限界らしい」
カメラマンの精霊が無数のベルゼブブを操り、『天の声』で不穏な情報をばら撒いた。
せっせ、せっせと…。
そのせいで、元老院の会議は蜂の巣を突いたような騒ぎに見舞われた。
「バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵に屈せずば、封印結界の書き換えは不可能だ。いったいウィルヘルム皇帝陛下は、どうなさるおつもりか…?」
「そうだ、そうだ!」
「この危機を如何に乗り切る算段であるのか、しっかりと陛下の御意見を伺いたい」
「こうなれば、全力でモルゲンシュテルン侯爵領を叩くべきでは…?いま和議を申し出たところで、先方の背後にはミッティア魔法王国がいる。我らの望むように、ことは進むまい」
「モルゲンシュテルン侯爵に屈するは論外。完膚なきまでに打倒して後の、和議であろう」
「現状…。騎士団の攻撃は、生ぬるいとしか申せませんな!」
「…………………」
ウィルヘルム皇帝陛下は、フーベルト宰相とアーロンに支えられて沈黙を守った。
しかし糾弾の勢いは激しく、このままだと皇帝の地位から追われそうだ。
最悪、皇帝一族の斬首も、あり得る。
「朕は、身の危険を感じる(小声)」
「デスネェー」
「アーロン殿。陛下の不安を煽るのは、止めて下さい」
フーベルト宰相が、アーロンを叱りつけた。
「スミマセン」
アーロンは肩をすくめ、苦笑した。
「なあ…。屍呪之王は消滅したと、あいつらに教えてやるべきではないのか…?」
「なりません」
「陛下ぁー。そんな真似をすれば、調停者さまにぶち殺されますよ」
「くっ…!」
ウィルヘルム皇帝陛下は、家臣たちに真実を告げるコトができない。
どれだけ詰られても、じっと我慢だ。
「なぁ、アーロンよ。本当に、大丈夫なのか…?」
「勿論です。妖精女王陛下を信じてください」
「本当に…?」
幾らアーロンに宥められても、ウィルヘルム皇帝陛下の表情は暗かった。
一方、メルを襲った冒険者たちは、悪徳商人に助けを求めた。
ベルゼブブは流行り病と同じだ。
追跡中のターゲットが接触した相手に、次から次へと感染していく。
これを可能とするために、メルは何年も費やしてカメラマンの精霊を強化した。
〈コントロールセンターに、報告。ウェンデル商会の番頭が、隠し倉庫に入りマシタ…〉
〈よくやった。でかした!〉
〈微かに、妖精の反応アリ。捕らえられた仲間デス。大量の魔法武器が、木箱に収納されています〉
ビンゴである。
ベルゼブブの調査報告を受けた悪魔王子は、ミッティア魔法王国から密輸された品々が保管されている倉庫に、死霊を送り込んだ。
ベルゼブブたちは、次から次へと隠された倉庫を発見していく。
これには悪党たちも頭を抱えた。
「うちの倉庫に、悪霊が憑りついた」
「ミッティア魔法王国から仕入れた魔法具が、死霊を呼び寄せたようだ」
「マチアス聖智教会に相談したが、祓魔師の派遣を断りよった」
「ちっ。聖職者どもめ…。資金援助ばかり強要しおって、とんだ役立たずではないか…!」
「仕方がない。冒険者に、やらせてみよう!」
悪党たちに、追い風が吹いていた。
『今がチャンスだ!』
これまでに悪行を重ねてきた貴族や商人たちは、そう思った。
責任遂行能力に欠けるウィルヘルム皇帝陛下を断罪し、その地位から追放する。
強引な追放イベントを開催するには、またとない機会である。
それなのに予てより用意してあった魔法具を取り出せなければ、ウィルヘルム皇帝陛下の喉首に刃が届かない。
最低限、近衛兵や親衛隊たちは黙らせる必要があった。
「なぁーに。冒険者の命など、紙っぺらみたいなものだ」
「うむっ、その通りである」
「ちんぴらヤクザでも構わぬ。何なら、食い詰めた遊民どもを雇おう。頭数があれば、魔法具の回収も容易かろう」
「確かに…。何も、幽霊を祓う必要などないのだ。魔法具を回収できれば良い」
「各々方、手抜かりなきよう」
悪党たちは、色々と甘く考えていた。
まず彼らは、自分たちの足下に何が存在するのかを把握しておくべきだった。
そこにあるのは、討伐難易度SS級のモンスターが徘徊する地下迷宮だ。
それだけではない。
帝都ウルリッヒの支配度6は、メルが満足できる数値に満たなかった。
だけど精霊たちが力を発揮するには、充分な数値である。
メルから許可さえもらえば、悪魔王子は帝都ウルリッヒを迷宮に組み込むことが可能だった。








