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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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魔鉱石を巡って



「どわーふ…?」

「うん」

「メジエール村に住むのか?」

「そそっ…。ハルフォーン山脈におったのを呼びつけたった」


「どぉーして、そんな真似をするんだぁー?!」


メルの報告を聞いて、ゲラルト親方が嘆いた。


「んっ。なにか、問題でもあるんかぁー?」

「問題あるだろぉー。ドワーフ族って言えば、鍛冶屋じゃねぇか。それも、凄腕の…。オイラの仕事が、取られちまう!」

「あーたは、なんて情けないことを仰るのデスカ…!」


メルがぐうで、ゲラルト親方の横っ面を殴った。


「痛い。痛いじゃないか…!」

「わらし、失望させられました。がっかりです。ゲラルト親方は、それでも職人ですか?」

「はぁ…?オイラは、鍛冶職人だぞ!」


「いいですかぁー。職人たるもの…。腕のよいライバルが現れたなら、メラメラと闘志を燃やすべきデショ!」


メルは腰に手を当て、言い放った。


真っすぐな意見だった。

反論のしようもない、模範的な意見だ。


しかし、現実的ではなかった。


メルが無理を押しつけようとしているのだから、当然である。


「そんなこと言ってもよぉー」

「やかぁしぃ!」

「せっかく工房を拡張したのに、ドワーフって…」


ゲラルト親方は大工のニルス兄貴と相談して、メジエール村に大きな工房を建てた。

錬金術師や魔法使いたちにも声をかけて、より便利な魔道具を作ろうと、日々の努力を惜しまなかった。


その発想は革新的であり、野心に満ち溢れていた。


だがメルからすると、全然もの足りなかった。

ゲラルト親方には、もっともっと高みを目指してもらわなければ困るのだ。


ゲラルト親方の工房はピーラーでヒットを飛ばし、携帯可能なマジカル七輪を売りまくり、水が溢れる魔法のポットや移動式屋台で不動の地位を築いた。

デュクレール商会のハンスが、ゲラルト親方に販路を提供したことも大きい。


(でもねぇー。ここで満足してもらう訳には行きません!)


ユグドラシルの異界研究所では、次々と新しい技術や素材が生み出されている。

しかし、これらを現象界に定着させなければ、絵に描いた餅と変わらない。


概念界で創造された理論は、天啓(ひらめき)として現象界に伝えられる。

新たな動力機関や合金などの知識を受け取るには、受け取る側に下地が必要だった。


(幾ら天啓を送っても、現象界に受け取り手が居ないんだよ)


今のところ、概念界で計画されたロボの製造に携われるのは、ドワーフ族だけであった。

だからと言ってテクノロジーのレベルを落とすと、ミッティア魔法王国の技術者に天啓(ひらめき)を与えてしまう。


それでは話にならない。


(戦争さえ控えていなければ、どこに技術が伝わろうと構わないのになぁー)


現実は不都合だらけだ。

何事も思い通りにはならない。


一日中、遊んでいたいメルとしては、面倒くさくて仕方がなかった。

そんな思いの籠った、八つ当たり気味のグウパンである。


「なぁなぁ…。子ろもが大人のナキゴトを聞かされるのは、おかしないかぁー?」

「メルちゃんは、そんなこと言うけどヨォー。大人には、大人の都合ってヤツがある。オイラは手伝ってくれる連中にも、責任を持たなきゃならん。稼ぎを失えば、親方失格ってことになっちまう」

「心配スナ…。仕事はなくならん。稼ぎも、問題なぁーわ。今より、グンと忙しゅーなるだけじゃ」


「いや、おい…。今より忙しくなるのも、困るんだよ!」


メルはプイッと視線を逸らした。


これから死ぬほど忙しくなるのは、もう決定事項だった。

泣こうが叫ぼうが、予定は変更しない。


「ガンバレ」

「がっ、頑張れって…。おい、オイラの話を聞いてくれ。予約を受けた品物の製造だけで、手一杯なんだよ。ここのところずっと、休みが無いんだ!」


何やら隠し事がありそうなメルの態度に、ゲラルト親方が慌てた。


「わらし、弟のディーと遊ぶ約束してたで…。帰りマシュ」

「えっ?帰るって…」

「帰りマシュ」


メルはゲラルト親方の訴えに耳を貸さず、トンキーの背に跨った。


「では、さらばじゃ!」

「言うだけ言って、帰るんかい?!」


ゲラルト親方は為す術もなく、小さな暴君を見送った。


そこはかとなく、ブラックな臭いが漂った。




◇◇◇◇




「どういう事だ。なぜ魔鉱石が届かん?」


マルティン商会の会長室では、エドヴィン・マルティン老人が薄くなった髪を掻き毟っていた。


期日を過ぎても、魔鉱石を積んだ運搬船が到着しない。


理由は明白だった。

メルが魔鉱石の持ち出しを止めたからだ。


マルティン商会の技師たちや採掘現場で働く労働者は、水蛇(ヒュドラ)ザスキアの支配下にあった。

ユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)の『天の声』による再教育も、順調に効果を上げていた。


楽しく働けて良い思いが出来るのだから、マルティン商会になど帰りたくない。

出世など、もうどうでも良かった。


帝都ウルリッヒで暮らすより、ミジエールの歓楽街で好みの娼婦(オンナ)に酌をしてもらった方が幸せだ。

酒も料理も美味いし、摩訶不思議な妖精猫の店で買い物をするのは愉快だった。


ミジエールにはケット・シーたちが住みつき、好き勝手に商売を始めていた。

大工の精霊はザスキアの依頼を受けて、次々と歓楽街を拡張していく。


老賢医の精霊も、ちゃっかりと自分の診療所をミジエールの一角に確保した。

その他にも、様々な精霊たちが住みついている。


ミジエールは、精霊の里になろうとしていた。


そしてタルブ川は、水蛇(ヒュドラ)ザスキアが認めた船しか運航できない。

魔鉱石が帝都ウルリッヒに届けられる可能性は、殆どゼロに等しい。


だが、そのような事実は、マルティン老人の与り知らぬところだった。


マルティン商会はミッティア魔法王国から技術者を招き、モルゲンシュテルン侯爵領に魔鉱の精錬所を建設していた。


莫大な資金を投入した、最新鋭の施設である。

今更、魔鉱石が届きませんでは、済まされなかった。


魔鉱を精錬できなければ、マルティン商会が傾いてしまう。


「何やら、嫌な予感がする」


マルティン老人は執務室の椅子に、ぐったりと背中を預けた。


ヨーゼフ・ヘイム大尉の姿が、脳裏に浮かんだ。


「あの男…。ワシを(たばか)ったのか…?」


椅子のひじ掛けに置かれた手が、握りこぶしを作った。


「そうなると、鉱山技師のブレルもグルか…。これは、誰が描いた絵なのだ…?」


定期的に届けられる冒険者ギルドからの報告書に目を通し、何の保証もないのに安心していた。

進捗状況は良好であると…。


何故、ヨーゼフの報告書を信じたのか…?


大きな儲け話に浮かれていた。

欲に目が眩んだ。


「馬鹿な…。ワシとしたことが、なんと愚かな…!」


老いによる衰えだった。


「フーベルト…!メジエール村の開拓許可を出したのは、あいつだ。フーベルト宰相…。ヤツが首謀者かぁー」


激しい心臓の痛みが、マルティン老人を襲った。


「ぐっ…。畜生め…」


震える手を薬瓶に伸ばす。

指先が当たり、執務机から薬瓶が転がり落ちた。


「がっ…!」


胸を押さえたマルティン老人が、執務机に突っ伏した。






誤字修正、ありがとうございます。(*´▽`*)

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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドワーフとエルフのどちらも移住してしまったけど元の場所に植えた精霊樹の管理とかってどうなってるのかな? もちろん姫たちが管理してるんだろうけどそれで独りになってしまうのも悲しい気が
[一言] 見えない真綿で首を絞められてるかのように徐々に追い詰められてるなーw
[一言] マルティンさん南無南無
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