魔鉱石を巡って
「どわーふ…?」
「うん」
「メジエール村に住むのか?」
「そそっ…。ハルフォーン山脈におったのを呼びつけたった」
「どぉーして、そんな真似をするんだぁー?!」
メルの報告を聞いて、ゲラルト親方が嘆いた。
「んっ。なにか、問題でもあるんかぁー?」
「問題あるだろぉー。ドワーフ族って言えば、鍛冶屋じゃねぇか。それも、凄腕の…。オイラの仕事が、取られちまう!」
「あーたは、なんて情けないことを仰るのデスカ…!」
メルがぐうで、ゲラルト親方の横っ面を殴った。
「痛い。痛いじゃないか…!」
「わらし、失望させられました。がっかりです。ゲラルト親方は、それでも職人ですか?」
「はぁ…?オイラは、鍛冶職人だぞ!」
「いいですかぁー。職人たるもの…。腕のよいライバルが現れたなら、メラメラと闘志を燃やすべきデショ!」
メルは腰に手を当て、言い放った。
真っすぐな意見だった。
反論のしようもない、模範的な意見だ。
しかし、現実的ではなかった。
メルが無理を押しつけようとしているのだから、当然である。
「そんなこと言ってもよぉー」
「やかぁしぃ!」
「せっかく工房を拡張したのに、ドワーフって…」
ゲラルト親方は大工のニルス兄貴と相談して、メジエール村に大きな工房を建てた。
錬金術師や魔法使いたちにも声をかけて、より便利な魔道具を作ろうと、日々の努力を惜しまなかった。
その発想は革新的であり、野心に満ち溢れていた。
だがメルからすると、全然もの足りなかった。
ゲラルト親方には、もっともっと高みを目指してもらわなければ困るのだ。
ゲラルト親方の工房はピーラーでヒットを飛ばし、携帯可能なマジカル七輪を売りまくり、水が溢れる魔法のポットや移動式屋台で不動の地位を築いた。
デュクレール商会のハンスが、ゲラルト親方に販路を提供したことも大きい。
(でもねぇー。ここで満足してもらう訳には行きません!)
ユグドラシルの異界研究所では、次々と新しい技術や素材が生み出されている。
しかし、これらを現象界に定着させなければ、絵に描いた餅と変わらない。
概念界で創造された理論は、天啓として現象界に伝えられる。
新たな動力機関や合金などの知識を受け取るには、受け取る側に下地が必要だった。
(幾ら天啓を送っても、現象界に受け取り手が居ないんだよ)
今のところ、概念界で計画されたロボの製造に携われるのは、ドワーフ族だけであった。
だからと言ってテクノロジーのレベルを落とすと、ミッティア魔法王国の技術者に天啓を与えてしまう。
それでは話にならない。
(戦争さえ控えていなければ、どこに技術が伝わろうと構わないのになぁー)
現実は不都合だらけだ。
何事も思い通りにはならない。
一日中、遊んでいたいメルとしては、面倒くさくて仕方がなかった。
そんな思いの籠った、八つ当たり気味のグウパンである。
「なぁなぁ…。子ろもが大人のナキゴトを聞かされるのは、おかしないかぁー?」
「メルちゃんは、そんなこと言うけどヨォー。大人には、大人の都合ってヤツがある。オイラは手伝ってくれる連中にも、責任を持たなきゃならん。稼ぎを失えば、親方失格ってことになっちまう」
「心配スナ…。仕事はなくならん。稼ぎも、問題なぁーわ。今より、グンと忙しゅーなるだけじゃ」
「いや、おい…。今より忙しくなるのも、困るんだよ!」
メルはプイッと視線を逸らした。
これから死ぬほど忙しくなるのは、もう決定事項だった。
泣こうが叫ぼうが、予定は変更しない。
「ガンバレ」
「がっ、頑張れって…。おい、オイラの話を聞いてくれ。予約を受けた品物の製造だけで、手一杯なんだよ。ここのところずっと、休みが無いんだ!」
何やら隠し事がありそうなメルの態度に、ゲラルト親方が慌てた。
「わらし、弟のディーと遊ぶ約束してたで…。帰りマシュ」
「えっ?帰るって…」
「帰りマシュ」
メルはゲラルト親方の訴えに耳を貸さず、トンキーの背に跨った。
「では、さらばじゃ!」
「言うだけ言って、帰るんかい?!」
ゲラルト親方は為す術もなく、小さな暴君を見送った。
そこはかとなく、ブラックな臭いが漂った。
◇◇◇◇
「どういう事だ。なぜ魔鉱石が届かん?」
マルティン商会の会長室では、エドヴィン・マルティン老人が薄くなった髪を掻き毟っていた。
期日を過ぎても、魔鉱石を積んだ運搬船が到着しない。
理由は明白だった。
メルが魔鉱石の持ち出しを止めたからだ。
マルティン商会の技師たちや採掘現場で働く労働者は、水蛇ザスキアの支配下にあった。
ユグドラシル王国国防総省の『天の声』による再教育も、順調に効果を上げていた。
楽しく働けて良い思いが出来るのだから、マルティン商会になど帰りたくない。
出世など、もうどうでも良かった。
帝都ウルリッヒで暮らすより、ミジエールの歓楽街で好みの娼婦に酌をしてもらった方が幸せだ。
酒も料理も美味いし、摩訶不思議な妖精猫の店で買い物をするのは愉快だった。
ミジエールにはケット・シーたちが住みつき、好き勝手に商売を始めていた。
大工の精霊はザスキアの依頼を受けて、次々と歓楽街を拡張していく。
老賢医の精霊も、ちゃっかりと自分の診療所をミジエールの一角に確保した。
その他にも、様々な精霊たちが住みついている。
ミジエールは、精霊の里になろうとしていた。
そしてタルブ川は、水蛇ザスキアが認めた船しか運航できない。
魔鉱石が帝都ウルリッヒに届けられる可能性は、殆どゼロに等しい。
だが、そのような事実は、マルティン老人の与り知らぬところだった。
マルティン商会はミッティア魔法王国から技術者を招き、モルゲンシュテルン侯爵領に魔鉱の精錬所を建設していた。
莫大な資金を投入した、最新鋭の施設である。
今更、魔鉱石が届きませんでは、済まされなかった。
魔鉱を精錬できなければ、マルティン商会が傾いてしまう。
「何やら、嫌な予感がする」
マルティン老人は執務室の椅子に、ぐったりと背中を預けた。
ヨーゼフ・ヘイム大尉の姿が、脳裏に浮かんだ。
「あの男…。ワシを謀ったのか…?」
椅子のひじ掛けに置かれた手が、握りこぶしを作った。
「そうなると、鉱山技師のブレルもグルか…。これは、誰が描いた絵なのだ…?」
定期的に届けられる冒険者ギルドからの報告書に目を通し、何の保証もないのに安心していた。
進捗状況は良好であると…。
何故、ヨーゼフの報告書を信じたのか…?
大きな儲け話に浮かれていた。
欲に目が眩んだ。
「馬鹿な…。ワシとしたことが、なんと愚かな…!」
老いによる衰えだった。
「フーベルト…!メジエール村の開拓許可を出したのは、あいつだ。フーベルト宰相…。ヤツが首謀者かぁー」
激しい心臓の痛みが、マルティン老人を襲った。
「ぐっ…。畜生め…」
震える手を薬瓶に伸ばす。
指先が当たり、執務机から薬瓶が転がり落ちた。
「がっ…!」
胸を押さえたマルティン老人が、執務机に突っ伏した。
誤字修正、ありがとうございます。(*´▽`*)








