手に負えない真実
魔法学校には男子寮と女子寮、二つの施設がある。
秋から魔法学校の新入生になるルイーザとファビオラは、女子寮での生活を開始した。
親元から離れての暮らしは新鮮で、ちょっと寂しかったり不便なところがあっても心躍る体験だった。
いっぽう帝都ウルリッヒでメルに助けられたチルとセレナは、メジエール村からやってきた子供たちにメルのことを聞きまくっていた。
なんなら自分たちがメジエール村に行って、一緒に暮らしたいと思っているくらいメルが好きなのだ。
とうぜんメルがメジエール村で、どのような生活を送っているのか知りたい。
だけど、チルたちの想像と違って、メルを知っている子は少なかった。
「仕方がないよ、チル。あの子たちは、戦火に村を焼かれた遊民だもん。つい最近、メジエール村で暮らし始めたんだって…」
「うん。そうだね。キュッツも同じことを言ってたよ。男子寮に入った子たちも、遊民らしい」
「農民でも土地を追われたら、わたしたちと同じ遊民になっちゃうんだねぇー」
「勝手に戦争をしておいて、ひどいと思う。あたいは貴族がキライだ」
チル、セレナ、キュッツの三人は、帝都の孤児だ。
帝都ウルリッヒの遊民保護区域でも、住処を追われる惨めな存在だった。
もとを糺せば、自分たちのご先祖さまだって、土地を耕す農民だったかも知れない。
孤児をしていた頃には、そんな考えが頭に浮かぶことさえなかった。
メルに会って、フレッドたちに生活の場を与えられ、今では魔法学校で色々と教わっている。
以前とは、知識の量が違うのだ。
魔法学校の先生たちは、チルたちの常識を粉々にぶっ壊した。
『キミたちは、皇帝陛下や貴族が偉いと教え込まれている。でも、それは間違い。大きな声では言えないけれど、ぜぇーんぶ嘘だから…』
平気で、そんな恐ろしい話をする。
魔法学校の生徒たちは、殆どがウスベルク帝国の最下層民である。
支配者層に属する子どもは、ひとりも居ない。
精霊先生の授業は、いつだってドキドキの胸アツだ。
『キミたちが、自分自身で偉い人を決めなさい!』
そんなことを世間で口にしたら、命が危ない。
アウアウ言う生徒が続出した。
『いいですか。キミたちを踏みつけにする連中は、嘘つきなんです。嘘つきに嘘をついて、何の問題がありましょうか?』
生徒たちは、コクコクと頷いた。
『馬鹿正直に、本当のことを話す必要はありません。キミたちの大切な人は、そっと自分の胸に秘めておきなさい。誰かに質問されたら、『皇帝陛下が一番エライ!』と、嘘を吐けば良いんです!』
道理である。
霧が晴れた気分だ。
チルは、メルを偉い人に決めた。
やさしくて強くて、大好きだからだ。
カワイイから頭を撫でたくなるけれど、偉い人の頭を撫でてはイケナイと言う決まりはなかった。
この点に関しては、チルとセレナの間で了解が取れていた。
推しはメル。
撫でまわすのは、おーけー。
そんなチルが女子寮の談話室で、ルイーザとファビオラを見つけた。
初対面である。
「あれぇー。アナタたち、新入生?」
「はい。そうです」
「初めまして…」
「あたいはチル。魔法学校の、初年度生だよ…。分からないことがあれば、遠慮なく訊いてね」
親分肌のチルは、ルイーザたちと同じテーブルに着いた。
「私の名は、ルイーザです。チル先輩、よろしくお願い致します」
「よろしくね」
「あたしは、ファビオラと申します。よろしくお願い致します」
「よろしくぅー」
ルイーザとファビオラは、チルに話しかけられてホッとした。
知らない場所で親切な先輩と知り合えたなら、とっても心強い。
親しくなれば、色々なことを教えてもらえるだろう。
「この時期に入寮ってことは、地元じゃないよね?」
チルは気さくな態度で質問した。
新入生の二人が緊張しないようにと、すかさず会話の主導権を握った。
別に偉ぶっている訳ではない。
「はい…。私たちは、メジエール村から来ました」
「あれれっ…。他の子たちは、とっくに入寮してるよ」
「あたしとルイーザさんは手習い所からの推薦で、後発組なんです。帝都ウルリッヒに到着したのは、一昨日ですね」
「そっかぁー」
チルはキラリと瞳を輝かせた。
ルイーザとファビオラは、遊民に見えなかった。
おそらくメジエール村の住人だ。
生粋の村人である。
◇◇◇◇
魔法学校には、ポイント制度なるものが存在した。
たくさんの妖精さんと仲良くした生徒は、ポイントがもらえる。
ポイントを貯めると、色々な品物と交換できる。
もちろん必要なモノは、魔法学校側から無料で提供されている。
ポイントで購入するのは、必需品ではないけれどあれば嬉しいような品物だ。
例えばアクセサリーとかオモチャ、ちょっとしたお菓子なんかがポイントで手に入る。
日用品などでは、普通の石鹸に香りをつけたバージョンなどを景品にしている。
女の子たちは、こぞって良い匂いの石鹸をゲットした。
すると、違う匂いの石鹸が登場する。
男の子たちは、集めて遊べるモンスターカードに夢中だ。
これも、次から次へと新しいカードが現れる。
もうエンドレスである。
生徒たちに最も人気なのは、魔女っ娘ステッキと勇者の剣だった。
もちろん他の装備品なんかもあるので、揃えようとしたら気合を入れて頑張らなければいけない。
メルが得意になって提案した、ご褒美システムである。
前世でゲームっ子だったメルは、ゲーム内リワードの配布がケチなことに不満を持っていた。
だから魔法学校では、ちょっと頑張れば皆が手に入れられる難易度で、素敵な景品を配ることにしたのだ。
期間限定などと言う、しみったれた真似はしない。
これは課金を煽るシステムではなく、向上心を育むシステムなのだ。
堅実にポイントを貯めていけば、みんなが無理なく欲しい景品を入手できる。
そうでなければ、悲しくなってしまう生徒が現れるに決まっていた。
競争は否定しないけれど、基本は皆が楽しくである。
だからお友だちにポイントを譲ったり、景品を贈ることだって出来る。
チルはルイーザとファビオラを連れて、大食堂に移動した。
「皆で、オヤツを食べよう」
「えーっ。ゴハンだけでなく、オヤツも出してもらえるんですか?」
「すごい…」
「うん。無料のオヤツは、日替わり。食べたいものを注文したければ、ポイントを使うんだよ」
ルイーザとファビオラは、まだポイントなるモノを知らない。
「ポイント…」
「ポイントって、何ですか?」
「精霊魔法を使うと、ポイントがもらえるの…。本当は妖精さんに助けてもらうんだけど、精霊魔法って言うんだよね。まあ、そこはどうでもいいや。それでね…。これがポイントカウンター。ここのモニターに、加算されたポイントと累計ポイントが表示される」
「もにたーって、何ですか…?」
「うーん。ここの面をモニターって呼ぶの…。そういう名前なの…」
チルが手のひらサイズの板を見せた。
すべすべの板に、幾つかの数字が表示されていた。
「そんなの、持っていません」
「始業式が終わったら、教室で配られるよ。皆がもらえるから心配しないで…」
「はぁー」
「カメリエーレ(給仕)のトラジマさん。注文でぇーす。スペシャルパフェを三人分、お願いしまぁーす」
「ニャ。オーダー、入ったニャー。スペシャルパフェを三つ!」
「ウィー、ムッシュ。スペシャルパフェを三つ、了解したニャ!」
ケット・シーたちが、いそいそとアイスを用意する。
コーンフレークをザラザラとグラスに流し込み、チョコレートソースを回しがけする。
精霊樹のシロップ漬けを一口大にカットしてホイップクリームと混ぜ合わせ、トロリとグラスに流し込む。
やわらかめのバニラアイスをドーンとよそったら、彩りのカットフルーツや可愛らしいクッキーで綺麗に飾り付けていく。
「完成ニャァー!」
大きめクッキーは、ケット・シーのコックさん。
アイスを載せて食べるのが、正しい作法だ。
「これが、ぱふぇ…。初めて見た」
「キレイ…。いい匂い」
「食べながら話そう。あたい、メジエール村のことが知りたいんだ」
「メジエール村ですか…?」
ルイーザとファビオラは、初めてのパフェに感動…。
チルの質問に、可能な限りの誠実さで答えた。
「………それはまた。いやぁー。拗れるだけ、拗れたね」
「そうなんでしょうか…?」
「メルちゃんは、村で魔法を使わなかったんだ」
「はい。少なくとも手習い所では、いちども使っていません。幼児ーズって呼ばれている、お友だちにも魔法は使わせませんでした」
「はぁーっ。それじゃキミたちが勘違いしても、仕方ないね」
「やっぱり…。あのエルフっ子は、魔法が使えない振りをしていたんですね!」
ファビオラがスプーンを握ったまま、悔しそうに呻いた。
「たぶん、騙そうとしたんじゃないよ。メルちゃんの魔法は、世間と解釈が違うから…。メルちゃんが魔法を封印しなければ、魔法の先生はすごく困ったと思うな」
「メルちゃんは、魔法が使えるんですか?」
「使えると言うか…」
「言うか…?」
「メルちゃんは、この魔法学校の理事長先生だから…」
「「えぇーっ!」」
今度こそ、ルイーザとファビオラが硬直した。
ぐうの音も出ない。
完全に息の根が止まった。
もう言い訳が思いつかない。
すまん。(/ω\)








