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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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盗み食いはダメ!



『酔いどれ亭』に帰り着いたメルは、フレッド、アーロン、ビンス老人の三人が、食堂で気を付けしている場面に出くわした。

三人は壁を背にして、直立不動の姿勢を保っていた。

奇妙な光景である。


だけどメルは『何をしているのか?』と問いかけもせずに、三人のまえをトコトコと横切った。

敢えて平静を装い、上目遣いにチラ見しながら…。


厨房の入口付近で、ディートヘルムを腕に抱いたアビーが、心配そうな顔をしていた。


三人はメルに向かって、一斉に頭を下げた。


「すまない、メル!」


フレッドが三人を代表して、謝罪の言葉を述べた。


もちろん、メルに黙って煮凝りを食べてしまった謝罪である。


「アレな…。黙って、食っちまった。ゴメン」


フレッドはテーブルを指さした。


空っぽになった保存容器は、食堂のテーブルに置いてあった。

中身が食べ尽くされてしまったコトは、フレッドに言われるまでもなく、ひと目で分かる状態だった。


フレッドはメルに喚き散らされる覚悟を決めて、じっと待ち構えていた。


だが、メルは涼しい顔で、『エエよ!』と言った。


フレッドは驚いて目を丸くした。



盗み食い事件の一部始終は、カメラマンの精霊が配置した孫機(ブブちゃん)によって盗撮されていた。

当然のことながら、カメラがとらえた犯行シーンは、即座にメルのもとへ転送された。


リアルタイムで犯行の様子を眺めていたメルには、考える時間がたっぷりと与えられた。


それだけに、生っぽい怒りに支配されて、喚き散らすような真似はしたくなかった。

『幼児の癇癪だ!』と思われたら、腹が立つから…。


それだけでなく、そもそも、この三人は同罪と言えなかった。


(同じように扱ったら、不公平になってしまうよ!)


そんなことを考えられるほど、メルは冷静だった。


(メジエール村に監視網を張り巡らせた甲斐があった。情報を先取りできれば、どう対処すべきか吟味する余裕が生まれる)


ホラー映画でストーリー展開を知っていれば、ビビらないで済むのと同じ理屈だ。

いきなりビックリさせられるから、不甲斐なく腰を抜かしてしまうのだ。

あらかじめ知らされていれば、心構えのしようもある。


「わらしもなぁー。もう八歳じゃ。八歳と言うたら、立派な大人や…。不都合がある度にビィービィーと泣く、赤ん坊じゃあらへん。それに、あーたらが食ったのは残りもんじゃ。ここで怒鳴り散らすようでは、料理人(シェフ)として料簡が狭かろぉーもん」


メルが三人の大人たちに向かって、静かに語った。


「けどな…。立派なオッサンが、他人の美味しいを奪うのは…。如何なもんかのぉー?」


「面目ない!」

「スミマセンデシタ」

「申し訳ございません」


フレッド、アーロン、ビンス老人が、口々に謝罪の言葉を述べた。


「はぁー」


メルはフレッドの惨めそうな姿を見て、ため息を吐いた。


フレッドは顔を赤く染めて、本当に情け無さそうだった。

まあ、愛する妻と息子に格好の悪い姿を見られているのだから、身の置き所がないほど惨めで恥ずかしいし、切なかろう。


アビーやディートヘルムも、フレッドが詰られる場面など見たくあるまい。


だが、アーロンとビンス老人は駄目だ。

この二人には、分からせてやらなければいけない。


皇帝陛下の相談役であるアーロンや、マチアス聖智教会で大司教の地位にあるビンス老人は、世間で言うところの勝ち組だった。

常日頃から有利な高みに踏ん反り返っているので、何某かの不手際があって頭を下げるような事態に直面しても、少しも苦痛を感じない。


(自分が間違っていたと認めれば、その代償に命まで取られかねない。フレッドが居たのは、そう言う厳しい場所だ。アーロンやビンス老人は、リアリティーからして冒険者たちと違うんだよね!)


アーロンとビンス老人の謝罪には、フレッドほどの重みがなかった。

『メンチャイ』する幼児と、同程度なのだ。


『それなら罰を与えよう!』と言う流れになるのだけれど、かつてアーロンを美味しい教団から破門してみたところ、殆ど効果を得られなかった。


(ビンス老人にしても、中身はアーロンと大差ないね。この二人は料理となると、盗賊カモメより行儀が悪い…。それ以外の事は、ちゃんとしているのになぁー)


美食の追求に魅入られた二人は、メルの魔法料理に目がなかった。


権力者の地位にあり、自他ともに認める食通のアーロンとビンス老人は、当然ながら様々な料理を知っている。

それ故に、メルの記憶から再現された材料や調味料の希少価値に気づいてしまった。


メルの料理は、誰にも再現できない。

然るに、『一期一会』の覚悟で臨まねばならない。


『この機会を逃せば、二度と食べられないかも知れない!』と、勝手に思い詰めてしまうのだ。

そして最低限度の節度まで、置き去りにする。


効果を期待できる躾はただ一つ。

ルールから逸脱したときには、見せびらかして食べさせない事である。


(食べたいものを食べられなかったときにしか、精神的な苦痛を感じないんだから、仕方ないよね!)


メルが一番嫌いな方法だけれど、アーロンとビンス老人に分らせたいなら、やるしかなかった。


「わらしは、怒っとらんヨ。だからぁー。この件については、罰を与えて終わりにシマショ…。全員、そこに座って待つ!」


メルは食堂のテーブルに皆を座らせて、厨房へ入った。


背嚢(デイパック)の口を広げて取りだしたのは、入れっぱなしにして忘れていた保存容器である。

中身はソバツユの煮凝りだ。


メルのストレージは、保存されたものを保存した時点の状態に保ってくれる。

だから料理が腐ったり劣化してしまう心配は、全く要らなかった。

むしろ何かを入れて、忘れてしまうのが問題だった。


今回の事件があったからこそ、メルは仕舞っておいたソバツユの煮凝りを思いだしたのだ。


「一年ものじゃ…」


熟成も発酵もしていない。

カビなんて生えないし、そもそも腐敗しない。

蓋を開ければ、収納したときと変わらぬ色つやの煮凝りが姿を見せる。


更に食べ残して保存した、ほかほかゴハンを取りだす。


「まだ、温かい…」


数か月前の炊き立てゴハンだ。


ほかほかゴハンは井戸水で洗い、粘りと粗熱を取り除く。


「ディーがおるで、お茶漬けだな…」


弟のディートヘルムは、お茶漬けを食べたことがない。

せっかくなので、メルはディートヘルムにお茶漬けを作ることにした。


「季節的には、ちぃーと早いが…。煮凝りだから冷茶漬けと、しゃれこみます」


何のことはない、ストレージに放置された忘れ物を処分するだけだ。


去年の夏に保存した魔法瓶には、ヒンヤリと冷たいほうじ茶が入っていた。

浅漬けの大根やキュウリが詰まった保存容器も、調理台に載せた。


「わらし、自分が恥ずかしい…。いったい、どんだけ入っとるんじゃ?」


面倒くさがって、何でも放り込むからいけない。


メルはまな板に載せた浅漬けを薄く刻んで、細切りにした大葉と混ぜ合わせた。

その上に、すり鉢で軽く当たった白ごまを塗す。


「コレがあるとないとでは、茶漬けの喜びがちがうでなぁー」


塩味が効いたサッパリとした漬物は、歯ごたえのない冷茶漬けに変化を与える。

また、爽やかな大葉の香りが、煮凝りのくどさをリセットしてくれる。


「まぁまを待たせるんは、アカンよね」


作業の手を止めたメルは、又もやストレージから保存容器を取りだした。

今度は魔法料理店で売れ残った唐揚げと、アビーのために常備してある枝豆だった。


手抜きはしない。

何しろアビーとディートヘルムは、この場に付き合わされたお客さまだ。


失礼があってはならない。


きちんとキャベツの千切りを大皿に敷き、サラダ菜を載せてから唐揚げを盛りつける。

串切りにしたレモンとプチトマトも、色合いを考えて配置した。


それらを妖精パワーで、食堂のテーブルに運ぶ。


「取り敢えずの繋ぎじゃ!」


「うわぁー、美味しそう。メルちゃん、エールもお願い」

「しゃぁーないのぉー」


ディートヘルムがおっぱいを吸わなくなったので、アビーの禁酒生活も終わりを告げた。

アビーには、飲酒の習慣をやめる気なんて欠片もなかった。


メルは全員にエールを配り、ディートヘルムにジュースを与えた。


「罰って言ってたのに…」

「なんだか、ご褒美を貰っているみたいですな」


アーロンとビンス老人は、すでに窮地を脱したかのような笑みを浮かべていた。


甘い。

甘々だった。


(キミたちに与える罰は、これからですよ)


メルとフレッドの視線が合った。

フレッドは気まずそうに、ションボリと俯いた。


厨房に戻ったメルは、生姜を細かく刻んだ。

長ネギを切って、白髪ネギを作る。


ドンブリを用意して、水洗いしたゴハンをよそう。

その上に煮凝りを載せて、刻んだ生姜と白髪ネギをトッピング。


そこに冷たいほうじ茶を注ぐ。


お盆にドンブリと浅漬けが盛られた小皿を載せて、完成だ。


「お待ちぃー♪」


アビーとディートヘルムのまえに、お盆が置かれた。

フレッドのまえには、小さな茶碗だ。


「あのぉー。わたしの分は…?」

「………これは。どう言うコトでしょうか?」


「あーたらは、見とるだけじゃ!」


それがメルの与えた罰だった。


「くっ…。旨い。そのまま炊き立てのメシに載せても旨かったが、これはもう立派な料理だ。別物だよ!」


フレッドもまた、冷茶漬けに打ちのめされて、泣きっ面である。

試食用に置かれた小振りな茶碗は、二口、三口で空っぽになった。


それを目にしたアーロンとビンス老人は、居た堪れない。


アビーとディートヘルムが、冷茶漬けを美味しそうに食べる様子に視線を引き寄せられる。

思わず、ごくりと生唾を飲み下した。


とんでもなく美味しそうだ。

しかし、いくら羨ましがっても、自分たちは食べさせて貰えない。


「わたしの分がないのなら、これで失礼させていただきます」

「私も、お暇させて頂こうかなぁ…」

「アホ言うなや…。逃がすかボケェー。これが、あーたらに食らわす罰じゃ!」


「「ええぇーっ!」」


小鬼の顔になったメルから一喝されて、美味しいを目のまえにしながら食べられないと言う地獄に突き落とされた二人であった。






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