お仕置の副作用
冒険者たちが、メルから逃げ回るようになった。
メルをバラバラに斬り刻もうと計画して、情け容赦のない反撃を喰らったのだ。
その挙句に、罰として生き埋めの刑にされた男たちがメルを怖がるのは、何も不思議のない展開であった。
だけどメルは、冒険者たちの態度が気に入らなかった。
「おはぁー、ボォーケン者の諸君…。今日も、よいお天気ですねぇー」
「あっ、はい…。オハヨウゴザイマス」
「あーっ。キミキミ、何で顔を背けるんデスカ?」
「ちょ、ちょっと用事があって…。あっしらは忙しいので、失礼しまっす!」
冒険者たちはメルに挨拶をされたなら怯えた様子で返事をするけれど、露骨に視線を逸らして逃げだす。
メルと冒険者たちのやり取りを目にしたメジエール村の人々が、不審な顔になる。
立場が逆転していた。
メルは冒険者に脅かされる身分から冒険者を脅かす身分に、立ち位置を変えていた。
それが非常に気まずい。
メルは陽気な可愛らしさで、メジエール村の人々から信頼を勝ち得ていた。
メジエール村に於けるメルの評判は、現実との間に大きな隔たりを持つ。
メジエール村の人々は、以下のようにメルを捉えていた。
虫も殺せない可憐な幼女の姿で降臨し、『酔いどれ亭』の夫婦に保護される。
幼児ーズのメンバーとして村の中央広場で遊んでいるが、その立場は下っ端である。
森の魔法使いに可愛がられているけれど、魔法具を与えられて喜ぶだけで、魔法の才能はないようだ。
『メルの魔法料理店』を開業したのに、気合いと根性が足りない甘ったれな女児なので、しょっちゅう休んでばかりいる。
更に付け加えるなら、殆どの村人はメルが拵えた料理を食べたことなど無いので、凄腕の料理人だと話題にする者がいても大げさな法螺話だと決めつけていた。
奇跡と見紛う魔法に関しても同様で、メルの能力とは関係ない精霊樹さまのご加護であると解釈された。
要するにメルは、精霊樹さまに付いてきたオマケだった。
おかしな言葉で喋る、エルフっぽい女児に過ぎない。
『だってメルは…。地べたに落としたオヤツをブタに喰われて、メソメソと泣いているようなガキだぜ!』
メジエール村の人々にとって、メルは平らな道でも転ぶノロマな幼児だった。
危険性など欠片もない、誰もが温かい目で見守るべき稚い精霊の子。
それが村人たちの共通認識である。
(だけど…。冒険者たちを半殺しの目に遭わせたことが噂になれば、折角の評判も台無しになってしまう。くっ…。カワイイは正義なのに…。赤ちゃん扱いされても、正義のために我慢して来たと言うのに…)
近所の小母さんたちに暴力少女のラベリングをされたら、お菓子が貰いづらい。
メルにとっては大問題である。
正義の危機であった。
モーニングタイムのオープンテラスで、メルが深々と溜息をついた。
「わらし…。やり過ぎたかのぉー?」
メルは冒険者ギルドの方を眺めながら、クルトとジェナに訊ねた。
こうした相談事では、ダヴィ坊やを頼れない。
タリサやティナだって同じだ。
幼児ーズは大切なトモダチだけれど、だからこそ重たい荷物を背負わせたくなかった。
人殺しの話なんて、絶対に口にしたらダメだ。
ラヴィニア姫なら知恵を貸してくれそうだけれど、メルは自分の殺伐とした部分を見せたくなかった。
可能であれば、ラヴィニア姫とは楽しい話だけをしていたい。
その点、クルトとジェナはうってつけだった。
フレッドたちほど達観しておらず、されど荒事に抵抗を示すことも無い。
「ボォーケン者どもが、ビビリよって…。わらしを避けるんじゃ」
メルは悩ましげな顔で、ポツリポツリと説明を続けた。
「アイツらを埋めたんは、アカンかったかのぉー?」
オープンテラスのテーブル席に着いたクルトとジェナは、大皿に盛られたバーガーを頬張っていた。
二人とも大喰らいなので、オカワリ無料のモーニングサービスだと完全に赤字だ。
今日のモーニングコースは、タルタルソースたっぷりのチキンバーガーに、コーヒーとサラダがセットで付いて来る。
せめて意見でも聞かせてもらわなければ、料理の元が取れない。
「いや…。傭兵隊では全員排除と決定していたんだから、メルが気にする必要はないと思う…。むしろメルの行為は、慈悲深い。ヨルグ師匠も、メッチャ褒めていた」
「そうだよぉー。あいつらは生かしておいてもらったんだから、メルちゃんに感謝すべきなんだよ」
「しかし…。近所のオバチャンたちが、アータらと同じように思うとは限らんで…。わらし、困った。こうも露骨に怖がられると、不愉快じゃ。都合が悪い」
「やっぱり、ぶち殺すか?」
血の気が多いクルトは、コーヒーカップを皿に戻して、ポキポキと指の骨を鳴らした。
『威張りん坊は殴る!』と言う心構えをヨルグに授けられたせいで、ならず者たちに向けられるクルトの視線は狩人の目になっていた。
「あかん、あかん…。おまぁーらに任せておったら、地上からボォーケン者ギルドがのぉーなるわ」
「えっ?その方が、スッキリするだろ」
「おとぉーも、まぁまも、ヨルグも、かつてはボォーケン者でした。傭兵隊の皆さんは、ほぼ例外なく元ボォーケン者だと聞いておる。そう言う訳で…。わらしも、ボォーケン者をせねばならんのデス」
「何だ、それ…?」
「おとぉーがしとったことは、わらしもでけると証明せねばアカンのじゃ!」
メルは顔のまえにコブシを突きだし、力強く言い切った。
力んだコブシが、プルプルと小刻みに震えた。
紛れもなく子供だった。
真似っこしぃーの子供である。
「メルちゃんは、お父さんを目標にしているの…?それって、何か間違っていると思う。だって、メルちゃんは女の子でしょ」
「わらしには、避けて通れん道があるのデス」
「ねぇねぇ、メルちゃん…。アビーさんを将来の目標にしたら、どうなのぉー?」
「子ぉー生むんは、ムリ。わらし、へしょげます」
メルが気まずそうな顔になり、ボソボソと小声で打ち明けた。
何だか恥ずかしくて、頬が赤く染まった。
「はぁー。こりゃぁー、フレッドさんも大変だなぁー」
メルのとんでもなさを知るクルトは、フレッドに同情した。
「ぶはははっ…。わらしは有名なボォーケン者になって、おとぉーに吠え面をかいてもらうんじゃい」
「ろくでもない夢だな…」
「リッパになって親を越えても、それだと親孝行と言えないのでは…?」
クルトとジェナが呆れ顔になった。
「フンッ、見とるがエエ…。わらし、頑張りマス。おとぉーには、負けていられんどぉー!」
未だにフレッドをライバル視しているメルであった。
◇◇◇◇
「たのモォー!」
冒険者ギルドの扉をバーンと開き、大声で叫んだ女児の姿を目にして、その場に居合わせた男たちは竦み上がった。
「悪魔チビだ…」
「くっそぉー。俺たちに、安全な場所は無いのかよ」
「討ち入りか…?メルのやろぉー、止めを刺しに来やがったな」
それぞれが勝手な妄想で、絶望的なラストシーンを脳裏に描いた。
「おまぁーら、ビビり過ぎじゃ…。もそっと、しゃんとせんかい!」
メルの反応は冷たい。
「用事じゃ!」
「へいっ、お嬢さま…。それで、どのようなご用件でしょうか?」
「わらしなぁー。ボォーケン者の登録をしに来た」
「…………」
冒険者ギルドの受付フロアが、シーンと静まり返った。
「えーっとですね。当方には、年齢制限がございまして…」
「ごちゃごちゃと、やかぁーしぃ…。年齢なんぞ、おまぁーが適当に書いとけ…。ちぃとは、気ぃ使わんと出世できんぞ…。そんでもってなぁー。とっとと、ボォーケン者のバッジをよこさんかい!」
メルがバンバンとカウンターの天板を平手で叩いた。
「ヒィッ…」
受付係の青年は、恐ろしさに顔を引きつらせた。
「いっちゃん偉いヤツが付ける、ピカピカのバッジやぞ。S級とか、SSS級とか…。もったいぶらずに、早う出さんかぁーい!」
メルの頭はラノベだった。
そのうえ努力する気など欠片もない、魔王さまのノリである。
「いやっ、そのぉー。えすって何ですか?」
「んっ。ここのボォーケン者ギルドには、S級も無いんかい。ショボいのぉー。したら、ミスリルとかアダマンタイト級とかは…?」
「生憎と、存じ上げません」
「くぅーっ。ここで一番えらいの、呼んでこんかい。おまぁーでは、話が通じん!」
「わっ、分かりました。少々、お待ちください」
ヤクザだ。
ヤクザの嫌がらせと変わらなかった。
女児なのに、コッソリと練習して来たガンつけの表情は完璧だった。
メルは冒険者ギルドの応接室に通された。
お茶とケーキが出て来た。
「美味しいのぉー。こぉー言うのも、エエ感じやねぇー。わらし、ボスやろうかなぁー」
ボスになれば、ケーキを出してもらえる訳ではない。
メルの脳ミソは、おこちゃまだった。
おこちゃまヤクザである。
「おうっ。おメェー、冒険者になりたいんだって…?」
「ムムッ…。バルガスかい」
応接室のソファーで踏ん反り返るメルのまえに、バルガスが現れた。
「おまぁーが偉いんか?」
「うちのギルマスは、おメェーが呼びだした骸骨に攫われちまってなぁー。仕方ねぇから、オレが差配しているんだよ」
「ほぉーか。そいつは、ご愁傷さまですネ」
「まぁー、腹の立つガキだな…。おメェーが強くさえなけりゃ、ぶちのめしてくれるのに…」
口にした途端、バルガスは頭を押さえて苦しみだした。
「おおーっ。おまぁーは、他の連中と違うのぉー。だいぶん骨があるようじゃ。しかぁーし、無茶はいかんよ…」
「やや…。やっぱり、これもおメェーの仕業か…」
バルガスがグガァッと口を開き、ヨダレを垂らした。
かなり苦しそうに見えた。
「ブブちゃん…。悪事を行動に移さん限りは、見逃したれや。想像したり口にする程度で、罰を与えたらアカン。そんなことをしたら…。どいつもこいつも、ションボリさんになってしまうで」
メルがそう口にすると、バルガスの頭痛が消え失せた。
「はぁはぁ…。とんでもねぇガキだ。大人を虫けらみてぇに扱いやがって…」
「失礼な…。わらしは虫けらを虫けらとして、正当に扱っとるだけじゃ。ちゃーんとした大人には、無礼など働きません」
「うるせぇよ。あー言えばこー言う。くそ生意気なガキが…。さっさと用件を済ませて、帰りやがれ!」
バルガスは泣きっ面で、メルを罵った。
「わらしなぁー。ボォーケン者になろう、思うとるんよ。そんでもってなぁー。ボォーケン者のバッジが欲しいねん…。いっちゃん偉いヤツ」
「冒険者バッジか…。どうってコトのねぇ用事だな」
前以て受付の青年から用件を聞いていたバルガスは、メルのまえに高級そうな革のケースを取りだして見せた。
「くれるんか…」
「ああっ、伝説級のバッジをやろう。単独で邪竜を倒した勇者にだけ与えられる、一番星だ。カッケーだろ」
バルガスの手にしたケースから、銀色に輝くバッジが姿を現した。
「フォーッ。わらし、これを着けてもエエんか?」
「おメェーが、遠慮する玉かよ。今更だろ…」
五芒星を馬蹄で囲んだ意匠のバッジが、応接室のテーブルに恭しく置かれた。
メルは冒険者バッジをワンピースの胸元に飾った。
ボォーケン野郎一番星が誕生した。
女児だけど…。








