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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
167/370

ワル



帝都ウルリッヒのミドルタウンには、貴族たちがお忍びで訪れる紳士の社交場があった。

歓楽街に建ち並ぶ遊興施設とは違って、貴族の邸宅と見間違うような造りのゲストハウスだった。


マルティン商会が出資している娼館だ。


ここで帝国貴族たちは高級娼婦たちのサービスを受けながら、非合法な楽しみに耽る。

ミッティア魔法王国から密かに運び込まれた魔法具やイケナイ薬なども、コッソリと取引されていた。

マルティン商会が見返りとして帝国貴族たちに要求するのは、元老院を通しても手に入らない権利と情報だった。



「フーベルト宰相閣下…。この度はマルティン商会のために便宜を図って頂き、誠にありがとうございました」

「うむっ。なかなかに難儀なことであった」

「ははぁーっ。お陰様でタルブ川の使用権利と、開拓村への投資に許可が下りました」

「それは良かった。だが…。程々にな…。目こぼしするにも、限界がある」


「勿論でございます。商人の分を弁えて、稼がせて頂きます…。もとよりウスベルク帝国の繁栄を望んでの、開発計画でありますれば…」


エドヴィン・マルティン老人は、人の良さそうな笑みを浮かべて何度も頷いた。


「フンッ!どうだか…?」


ソファーに寄り掛かったフーベルト宰相は、肌を露出させた妖艶な美女に酌をさせながら、傲慢そうな態度で鼻を鳴らした。


「ふふふ…っ。巷では業突く張りの因業ジジイなどと、噂されておりますが…。これでも帝国を愛する気持ちは、人一倍でして…」

「まあ良い。不都合が起きれば、ただでは済まされぬと覚えておくがいい」

「ご忠告、痛み入ります…。さあ、固い話はここまでと致しまして、今宵は思う存分にお楽しみくださいませ」

「そうさせてもらうとするか…!」

「ささっ、マリー。ボーッとしていないで…。フーベルト宰相閣下に、もっと寛いで頂きなさい」


「閣下ぁー。難しいお話が終わったのでしたら、わたくしの相手もしてくださいませ…」


マリーと呼ばれた美女は、フーベルト宰相に口移しで果物を食べさせた。


「では…。どうかごゆっくり、お楽しみくださいませ」


マルティン老人は丁寧にあいさつをしてから、引き下がった。


(はぁっ。女と酒と麻薬…。桁違いの賄賂に、ご禁制の魔法具と来たもんだ…。こうなると、アホどもが骨抜きにされても仕方ないか…?)


フーベルト宰相の左手で、先ほどから指輪が頻りに反応していた。

アーロンが用意した、解毒の術式が仕込まれた魔法具だ。


(酒か摘まみか…?まあ…。いずれにしたところで、健康に良くない薬が混ぜられているのだろう)


フーベルト宰相も、マルティン商会の手口は心得ていた。

娼館での接待にかこつけて、依存性の高い媚薬を飲食物に潜ませているのだ。

これを知らずに摂取し続けると、もうマルティン商会の支配下から抜けだすことは出来ない。


「閣下ぁー。もっと沢山、召し上がってくださいませ」

「ああ、そうだな。しっかりと食べておかなければ、オマエを可愛がれないからな…」

「うふふ…。期待しちゃいますよ」

「ははは…っ。任せておけ!」


『妻子に見られたら完璧にアウトだな!』と思いながら、必死で演技を続けるフーベルト宰相であった。


年頃の娘がいるフーベルト宰相は、この役目をアーロンから命じられたとき、卒倒しそうになった。

愛妻家であり、娘を溺愛する四十男としては、何としても断りたい任務だった。

だが、アーロンは言った。


『ここに、妖精女王陛下の用意された秘薬があります。貴族病(水虫)の治療薬です。職務に忠実なフーベルト宰相に、是非とも下賜したいと仰られまして…。ですが、どうやら要らないようですね?』


断れなくなった。


愛する家族も、貴族病(水虫)で苦しんでいるのだ。

断れる筈がなかった。


「三文芝居だな…」

「なにか…、仰いましたか?」

「いいや、気にするな。独り言だ…。もっと、近くに寄りなさい」


「いやん♪」


フーベルト宰相は、開き直って美女の肩を抱き寄せた。


(今宵の私は、狒々オヤジを演じ切るしかないのだ。スマナイ…。愛するディアーヌよ。許しておくれ、可愛いプリシラよ!)


フーベルト宰相に、家族とは分かち合えない秘密が出来た。

墓場まで持っていく秘密である。


夜は始まったばかりだった。




◇◇◇◇




「ねぇ、ちょっと聞いてよ。メル…」

「何でございまショウカ?」


魔法使いの先生から呪文を教わっていたタリサが、休み時間になるとメルを捕まえて話しかけた。


「この前から…。あたしとティナは、精霊魔法の呪文を習ってるのよ」

「はぁー。それって。もしかすると、ぴゅ?」

「そう。もしかしなくても、洗浄魔法(ピュリファイ)と同じ精霊魔法です。呪文を口にしなくても、妖精さんはお願いを聞いてくれるよね。精霊魔法の呪文って、一から覚える必要があるのかしら…?」


「そえをセツメェーすゆんは、エロォーめんどくさいでよぉー」


メルはタリサとティナから視線を逸らして、勉強机に顔を伏せた。


『ら行』の発声練習で、メルの気力は殆ど使い果たされていた。

それだけでなく、女の子らしい話し方や仕草を訓練させられて、心がフニャフニャになってしまった。


「あーっ。メルがダンゴ虫みたくなってるぞ!」

「デブ。わらしを虫ゆーなや!」

「だってよぉー。ちんまく丸まって、机にへばりついてるじゃん」

「今なぁー、何にも話しとォーないんよ。わらし、クネクネ動いてジコケンオなの…。あーっ、普通に喋れんよぉーなったわ!」


メルが顔を上げて、『ガォーッ!』と吠えた。

だが、直ぐにまた机にへばりつく。


何だか恥ずかしい。


「いや、メルの普通はオカシイから…。これまでが、ヘンテコだったんだよ。でもさぁー。少しずつ、普通の女の子らしくなって来たと思うよ。『る』だって、ときどき言えるようになったじゃん」

「……そうなの?わらし、ジョウタツしていますか?」

「うん…。今のまま頑張れば、アビーさんだってメルを認めてくれるよ」

「ディーを任してもらえゆかのぉー?」

「もらえ()だぞ!メル姉…。もらえ()ではない…」


「むっ…。もらえ…、ゆッ!」


『コイツ、まだまだだな…!』と思う、幼児ーズの面々であった。


「ところで、話をもとに戻すけれどさぁー。精霊魔法の呪文って、一から覚える必要があるの…?」

「んーっ。そんなん、要らんわぁー。おまぁーらは、もうヨウセェーさんとリンクしとるけぇー。マホォー文字も、呪文も、じぇんじぇん要りません」

「分かった。それだけ教えて貰ったら、もう充分よ」


「わたしとタリサは、精霊魔法の呪文や魔法紋を覚えるのが苦手で…。そんなの無くても構わないって、妖精さんたちは言ってるみたいだし…。そこら辺の事情をメルちゃんに教えてもらいたかったの…。ありがとぉー。メルちゃん」


ティナは机に顔を伏せたメルの肩をポンポンと叩いた。


知りたかったことを教えてもらったタリサとティナは、ご機嫌な様子で教室から出て行った。


「うむっ。そもそもですなぁー。精霊魔法ちゅうモンは、昔むかぁーし、魔法王がヒトとヨウセェーさんの意思ソツゥーを図るためにシパパッ!と拵えた『お願いリスト』が基になっとるんヨ。そえを作り直したんが、世に有名な『魔法大全』じゃ。精霊の魔法王から賜った魔法書じゃけぇ、ヨウセェーさんに頼む呪文でありながら、精霊魔法って言うんやで…。ワカリマシタカ…?」

「なぁ、メル姉…。もう二人とも、話を聞いてないぞ。トイレに行ってしまったわ」


虚ろな目で語り続けるメルの頭に手を伸ばし、ダヴィ坊やがワシワシした。


「……あっ、そぉ!」


相変わらず幼児ーズは、自分勝手だった。

また、自分勝手だからと言って、お互いに腹を立てるような関係でもなかった。


自由は大切。

拘束するのは良くない。



「ちょっと、メルさん…。聞き捨てなりませんね!」

「そうよメル。アナタは、マーシャ先生の授業が必要ないと言うの…?」

「マーシャ先生って、だれですかぁー?」

「マーシャ先生は、基礎魔法学の先生です!」

「まぁーた、ルイーザとファビオラかぁー。アンタらさぁー、一々メル姉に絡むなよ!」


「ダヴィは、黙りなさい。チビの癖して…!」


ファビオラが怒りの形相で、ダヴィ坊やを押しのけた。


「マーシャ先生が世間に伝わっていない秘伝の魔法知識を授けてくださっているのに、まるで意味がないような仰りよう…。そのような態度は、この手習い所に相応しいと思えませんわ」


ルイーザは丁寧な口調でメルを詰った。


メルが片言なので当てこすっているのだけれど、大して効果があるとは言えなかった。

所詮はメジエール村のヨイ子なので、意地悪が下手くそだった。

それに気づいてからは、メルも余裕の態度で無視していた。


(前世での嫌がらせとは、雲泥の違いだ。ここはさぁー。長閑な村なんだよねぇー)


要するにストレスの発散であるイジメは、メジエール村で流行らなかった。

子どもたちには他にやりたいことが幾らだってあるし、本当に嫌なら手習い所に通う必要もなかった。

自由な場所では散発的な暴力行為を避けられなかったりするけれど、逆に長期間継続される陰湿なイジメなどが起こりづらい。


メジエール村は、風通しが良いのだ。

穢れが淀むような土地ではない。


「わらし、意味がないと言うとらんヨ。タリサとティナが、やりとぉーない言うから、やらんでもエエやん言いました!」

「……えっ。そう言う話でしたか?」

「ちゃんと聞いてぇーな。聞き間違いで、小さな子ぉー虐めるんは、悪人と同じデス!」

「それじゃ、なんでタリサたちに要らないって言ったのよ?」


「そこは察してくらはい…。ファビオラさん」


メルはルイーザとファビオラをチラ見して、又もや机に顔を伏せた。


「ふむっ…。自分で考えろと、言うのですね」


ルイーザは顎に指を当て、思考を巡らせ始めた。


「ヒントやるわぁー。何事も才能がないと、努力してもアカンでしょ。わらし…。『ら行』の才能がなくて、エロォー辛いわ。もう、止めてしまいたい。そえなのにー。わらしには、理由があって止めれん。でもタリサとティナは、わらしと逆やん。がんばゆ理由なければ、ヤァーなことは止めたらエエんとちゃう?」

「なるほど…。アナタが言わんとする処は、私にも何となく分かりました」


「ええっ?ルイーザさん、何が分かったんでしょうか…?」


ファビオラが、驚きの表情でルイーザを見た。


「バカねェー。ファビオラさん…。メルさんはタリサやティナに魔法の才能が無いから、マーシャ先生に教わっても無駄だと考えているのよ」


魔法が大好きなルイーザは、ここぞとばかりに胸を張ってウンウン頷いた。


「そう言うコトでしたか…。さすがは、ルイーザさんです。こんな幼児のナゾ言語まで、キチンと把握なさるなんて…。まさに女王の器ですわ!」


ルイーザは、メジエール村でもトップスリーに入る資産家の娘だ。

すかさずヨイショに回るファビオラだった。



(なるほどォー。やっぱり人は、自分が信じたいように物語を作るんだ…)


机に顔を伏せたまま、メルが肩を震わせた。

うっかり気を抜いたら、声を上げて笑ってしまいそうだった。


メルは幼児にありがちな、不幸な事故を恐れていた。

幼児ーズのメンバーは経験値が足りないので、自己責任を徹底させるコトなど出来ない。

だから自分が一緒に居ないときには、幼児ーズが使用できる精霊魔法の効果を水の妖精(弱)に限定していた。


(兄妹喧嘩で、血がドバァーとか御免だよ。自分の事だって信用できないのに、幼児ーズや妖精さんたちを信じるのはムリ…。誰にも明日のことなんて分からない。一寸先は闇。言い換えるなら未来は、予測不能な可能性に満ちているのです。何がどうなるか、分かったもんじゃないからね!)


ヒャッハーな妖精たちでなければ他人への直接攻撃なんてあり得ないが、落下物に巻き込まれるなどの間接的なポカは常に起こり得る。


(気が動転して妖精さんへの指示を間違えるのは、あるあるデショ。いい大人がさぁー。自動車のアクセルとブレーキを踏み間違うんだもん。幼児だって、慌てたら間違うに決まってるよ!)


メルの心配性が功を奏したのか、メジエール村では幼児ーズが精霊魔法の使い手だとか噂されることもなく済んでいる。

なので手習い所でも、タリサとティナは平凡な村の子どもとして授業を受けていた。


従ってルイーザとファビオラの勘違いも、至極当然の流れであった。


真実を知って恥を掻くのは、ルイーザとファビオラだ。

メルではない。


ナゾ言語を話す幼児に、罪などない。

ナゾ言語を話す幼児に、情報操作など出来るはずがないから…。



「あいつら、好き勝手を言ってる。良いんかメル姉…?(小声)」

「自由にさせとき…」

「タリサとティナが知ったら、怒って暴れるぞっ!」


「わらし…。二人に才能がなぁーとか、言うとらんモン」


そこが重要だった。

ダヴィ坊やは、大切な証人である。


「最近…。オレ、思うんだけどさぁー。メル姉って、本当は悪人だよね…?」


ダヴィ坊やが、困ったような顔をした。


「ウフーッ。わらし、悪人ちゃうよ。ちょいワルです!」


メルはダヴィ坊やと視線を合わせて、『チュッ!』と唇を鳴らした。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
[一言] アーロン、幼児たちの前ではかたなしだけど、悪巧みになると有能感が漂うなー。 そろそろ彼にも面目躍如してもらいたいところ。
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