新しい家族
第二部スタート。
最初のところでポンポンと時間が飛びます。
少女時代編ですね。
タブレットPCのステータス画面に、メルの年齢が六歳と表示されるようになった春先のことである。
「ちくせう…!」
「どうしたの、メル?」
「ラビー。わらしのバッドステータスが消えません。もぉー。六歳ですヨ。幼児ちゃうデショ。指なんて、しゃぶりません!」
「えーっと、ときどき親指を口に入れてると思うけど…」
「そそそっ、そんなん…。咥えとゆだけじゃ。吸うとらんから、セーフです!」
親となる精霊樹を共有するラヴィニア姫は、メルと同じように花丸ショップを使用できるし、ステータス画面を見ることも出来た。
一緒にいる事が多いので操作方法も覚えてしまい、メルの秘密は駄々洩れだった。
「ここに書いてある文字…?読めるよ。普通に帝国公用語だけど…」
「まじか…!」
ラヴィニア姫はタブレットPCのモニターに表示される情報を帝国公用語として読み取っているらしい。
アビーには読めなかったので、精霊樹との関係が影響しているのだろう。
(脳内ステータス画面があるから、タブレットPCは要らないんだけどなぁー)
メルは精霊樹の地下室からタブレットPCを剥がせないモノかと、引っ掻いたり叩いたりして見たけれど、ビクともしなかった。
大切なタブレットPCだから壊すわけにいかないので、どうしようもなかった。
「メルちゃん。おねしょ…」
ラヴィニア姫がバッドステータスの一覧から『オネショ』を見つけだし、人差し指でツンツンと突いた。
「ヒィーッ!見たぁー、アカンヨ。わらし、してませんから!」
「お・ね・しょ…」
幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり、乗り物酔い、抱っこ、オネショ。
バッドステータスなので、メルの年齢とは関係なく機能していた。
イヤなら解除機能を持つ装備品で、沈黙させればいい。
実際にオネショは、オネショ防止機能付きのナイトキャップで無効化してあった。
だったら何が気に喰わないのかと言えば、バッドステータス表示を消してもらえない事だった。
純粋に、恥ずかしいから…。
メルとラヴィニア姫の二人は、精霊樹の地下室でベンチに座り、先程まで魔法学校の購買部に置く商品を吟味していた。
凡そのところが決まって、さてオヤツでも頂こうかとタブレットPCを操作したところ、気になってステータス画面を開いてしまったのが悪かった。
「わらし、この話は好かんヨ」
「だよねぇー」
「ラビーに笑われゆと、切ない」
「そっかぁー。ごめんね」
メルは花丸ショップで購入したバナナシェイクを吸いながら、恨めしそうにラヴィニア姫を見た。
バッドステータスの話はしたくなかった。
「あんなぁー。ラビー」
「どうしたのメルちゃん」
「さいきん…。まぁまのヨォースが、おかしいねん」
「アビーさんの…?」
ラヴィニア姫は、訝しそうに首を傾げた。
「酒ェー、呑まんよぉになったわ」
「えーっ!」
「調子が悪いんかのぉー?」
メルは不安そうな顔で、俯いた。
元気が一番のメルとしては、アビーの体調不良を疑っていたのだ。
それから暫くして、アビーのお腹がポッコリと大きくなり、どうやら赤ちゃんが居るようだと分かった。
フレッドは大喜びではしゃぎまくり、『気が狂ったんじゃないか…?』とメルに心配された。
「メルー。アンタに、弟か妹ができるよ。どっちが欲しい?」
「どっちゃでも、よろしおす。わらし、シンボーエンリョです。ハズレて生まれた子ぉーに、恨まれとぉないわ」
「ふぅーん。なんか、つまんない対応だけど、言ってることは分かる」
「ハズレと思われるんは、悲しいですヨ。オトォートだろうが、イモォートだろうが、どんとこい!」
メルはアビーのお腹をサスサスしながら、珍しく立派なことを言った。
「赤ちゃん、元気が一番じゃ」
「うんうん…。そうだよねぇー」
そんな会話を交わすメルとアビーの横で、フレッドは男児の名前ばかりを紙片にメモしていた。
卓子には、『古今東西英雄辞典』がドーンと置かれていた。
「けっ。生まれてくるのは、男に決まってんだろ。男だよ。オ・ト・コ…。女はメルだけで、もぉー充分だわ!」
「おとぉーは、わらしにケンカ売っとんのか?」
「娘は、もうオマエがいるだろ。息子が欲しいんじゃい…。分かれよ、そんくらい!」
「まぁー、ええわ。おとぉーは、赤ちゃんの名前を考えとけや…」
メルはフレッドの発言に付き合わず、スパンと切り捨てた。
「おまぁーが、元気に生まれるんを…。おにぃちゃんは、待っとるで」
アビーのお腹に顔を寄せて、メルがそっと話しかけた。
「おいっ。生まれてくる前から、偽情報を吹き込むんじゃねぇ…」
「あぁーっ。おとぉーは、口を挟まんといてください」
「オマエの立場は、お姉ちゃんだろ。俺のガキに、性別を詐称するのはやめんか!」
「うはは…。メルは、やさしいお姉ちゃんになろうね」
アビーがメルを抱きしめて、耳元に囁いた。
◇◇◇◇
メジエール村の産婆は初産で高齢出産だからと、アビーの身体を心配した。
ところがアビーは臆するところなく出産予定日を迎え、玉のような赤ちゃんを産んだ。
精霊祭の直後であった。
母子ともに健康で、何も問題はなかった。
妖精たちは盛んに舞い踊り、新たな命の誕生を祝福した。
過酷な冒険者生活で重い病を患い、引退せざるを得なくなったアビーは、『もう子供は望めないだろう!』と治癒師から宣告されていた。
アビーが内臓疾患の怠さから解放されて若さと活力を取り戻したのは、『酔いどれ亭』にメルを引き取ってからだ。
明らかに、精霊樹の加護があった。
「元気な、男の子ですよぉー!」
「でかした…。よくやった」
メルがおくるみに包まれた赤ちゃんを覗きながら、アビーの頑張りを労った。
「おいっ、メル…。それは、俺の台詞じゃねぇか」
「言ったもん勝ちじゃい」
「ンなこと、あるかぁー!」
当然メルは、フレッドから折檻を喰らった。
摘まんで吊るす、お仕置だ。
「ウギャァー!おとぉー、手加減せんか。ほっぺ、痛いわ…」
しかし、男児出産で浮かれているフレッドに細かな配慮など望むべくもなく、メルは涙目になって抓られた頬っぺたをさすった。
「あんた…。少しは落ち着きなさいよ。そんなに興奮すると、後でまたメルに揶揄われるよ」
「アビー、アリガトな。俺は嬉しくて、嬉しくて…。俺の子だなぁー」
フレッドはアビーの枕元に置かれたおくるみを覗き込み、まだ目が明かない赤ん坊のフニャフニャした顔を見つめた。
「ホント、ありがとなぁー」
アビーが身を横たえるベッドに顔を伏せ、フレッドが感極まって泣いた。
男泣きだ。
アビーの手が、優しくフレッドの頭を撫でた。
「分かったからさぁー。メルを悲しませるのは、駄目だよ」
「大丈夫だとも…。どっちも俺たちの、大切な子どもだ。分け隔てなく、可愛がるさ」
フレッドはアビーに、力強く請け負った。
「メルちゃん。弟だよぉー。お姉ちゃんに、なれたねぇー」
アビーはメルが真面目な顔で万歳しているのを見て、おかしそうに微笑んだ。
その日からメルは、アビーとディートヘルム(弟)の周囲をうろちょろして過ごすようになった。
「ディーは、いつごろ喋ゆかのぉー?」
「まだ、生まれたばっかりでしょ」
「散歩させたらアカン?」
「こらこら、気が早いって…。ディートヘルムの首が座るまでは、待ちなさい」
「おうっ」
メルは待った。
メルが首を長くして待っている内に、ステータス画面の年齢表示が七歳になった。
寒い雪の季節が終わる頃には、ひとり座りと這い這いができるようになり、きちんと家族を認識するようになった。
若葉の芽吹く季節を迎えて、メルは抱っこ紐でディートヘルムを上半身に固定し、散歩道で出会う村人を捕まえては自慢して回った。
「メル姉…。ディー、触らせて」
「アカン。デブはガサツじゃ。あぶのぉーて、任されん」
「ちぇっ!」
メルは弟のことになると、独占欲が強くてケチだった。
「うわぁーっ。綺麗な青い瞳だね」
「あいがとぉー、タリサ。ディーは、ええ子や」
「うんうん…。赤ちゃんは、カワイイよねぇー。ディーは、もう王子さまだね!」
「タリサ、ティナ…。チョットだけなら、触ってもええヨ」
メルは弟を褒められると、手のひらを返したように心が広くなる。
ダヴィ坊やもディートヘルムを褒めれば、触らせてもらえるようになるだろう。
メルの弟好きは、同世代の少女たちと比較しても異常なレベルにあり、もはやデレデレだった。
「ディー。耳ぃー攫んだらアカンて…」
「あぁーっ。わらしで鼻水を拭くのは、ヤメテ」
「おっ。ゲボった」
「うはぁー。ちっこ、漏らしたなぁー」
ヨレヨレのボロボロにされても、甲斐甲斐しくディートヘルムの世話を焼く。
そんな日々が二十日も続いた頃、とうとうアビーが痺れを切らせて、メルからディートヘルムを取り上げた。
「メルー。ディーは、あたしの赤ちゃんだから」
「知っとぉーヨ。わらしの弟だモン」
「メルが赤ちゃんを欲しいならさぁー。もっと大きくなってから、自分で生もうね…」
「えーっ!」
斯くして、ディートヘルムの貸出期限は終了した。
初めての赤ちゃんを母親から取り上げるのは、イケナイ事だった。
何しろメルは、日中の間ディートヘルムを離そうとせず、哺乳瓶による授乳まで行っていたのだ。
アビーは本気で怒っていた。
〈ねぇ、メル…〉
〈何ですか、ミケさんや…?〉
〈どうしてボクが、抱っこされているのかなぁー?〉
〈うーん。ミケさんは、赤ちゃんだからデショ〉
暫し考えてから、メルが答えた。
〈ねぇ、メル…。ボクはメルより、ずっと、ずぅーっと大人だよ!〉
メルはミケ王子の抗議を無視して、お尻の辺りをポンポンと叩いた。
「ヨシヨシ…」
「みゃぁー!」
ディートヘルムの代わりに抱っこ紐で運ばれるミケ王子は、とても不服そうに鳴いた。








