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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
幕間
163/370

タケウマ先生



ミッティア魔法王国軍を指揮下に置く七人委員会は、枢密院と魔法研究院から選出されたトップエリートである。

魔法技術の知識と運用に長け、コレを軸とした戦略戦術論に精通し、癖のある魔法軍将校たちを掌握する優れた指導者たちだ。


七人委員会の中枢(コア)を担うのは、三名のエルフ族だった。

これに人族の四名を加えて、七人委員会が構成されている。


だが彼ら七人の知恵を持ち寄ってさえ、魔法軍の扱いは難しかった。


ミッティア魔法王国軍に陸海空の区別はないが、人族主体の通常軍とエルフ族の割合を増やした魔法軍に分けられていた。

魔法軍で指揮を執る士官の多くはエルフ族なのだが、有能で強い兵士となれば人族に軍配が上がった。

兵士として部隊に編入される若いエルフは、殆どが自我を肥大化させた役立たずだった。


彼らは傲慢な性格ゆえに上司の命令を聞かず、堪え性の無さで所属部隊に迷惑を掛け、経験を積むまえに死んでいく。

気性が荒いエルフ族を死なさずに育てるのは、七人委員会にとっても至難の業だった。

エルフ族は出生率が低いので、放置しておけば滅んでしまう危険さえあった。


それでも経験の浅いエルフには価値が無いので、死なぬ程度に試練を与えるしかなかった。

ミッティア魔法王国の明日を支えるのは、これから成長していくエルフたちなのだから。


『エルフの価値は年齢で決まる!』と、ミッティア魔法王国では信じられていた。

一日でも先に生まれた者が、それだけ偉いのだ。


だが若年のエルフたちは、この価値観に激しく反発した。

長命種ゆえに、年長者が消えてくれないから、永遠に年下は若造扱いされる。


彼らが逆らうのは、当然だった。


ミッティア魔法王国の建国より玉座を温め続けるグウェンドリーヌ女王陛下を除けば、七人委員会のエルフたちが最年長者と言えた。

ミッティア魔法王国に君臨するのは少数の純血エルフたちであり、それ故に年長者が絶対の権力を誇る。

知識と経験が尊ばれ、覇気に溢れた若者たちの行動は稚拙と見なされた。


当然のことながら、長い歳月を生きたエルフ族にしてみれば、魔法軍の人族兵士などは捨て駒に過ぎない。

であるから屍呪之王(しじゅのおう)を封じる結界の調査に派遣した特殊部隊のコトなど、ウスベルク帝国を揺さぶる政治的な牽制くらいにしか考えていなかった。


三人の老師(エルフ)が、『調停者』の名を耳にするまでは…。



七人委員会は厳重に結界が張られた会議室で、重要と思われる情報を吟味し、今後の方針を定める。

朝から晩まで、七人委員会のメンバーが会議室を離れることは殆ど無かった。

勤勉と言うのであれば、これ程までに勤勉な指導者も居ないだろう。


「魔法軍の取調官より、報告が上がった」

「ほぉ…。ウスベルク帝国から逃げ戻った、特殊部隊の件かね…?」


人族の代表であるロスコフに、エルフ族のマスティマが訊ねた。


「調査書が届いておりませんよ」


エルフ族の女性セーレが、事務係の不手際を指摘した。


「取調官らは、特殊部隊メンバーの発言に動揺しておる。事情聴取の結果は、後ほど書面で届くだろう。報告があったのは、問題の発言についてだ…」

「説明を続けたまえ…」


七人委員会の長老サラデウスが、ロスコフに先を促した。


「最新式の魔導甲冑が二体、幼児によって破壊された。小さな女児の魔法攻撃で、魔導甲冑の魔素収集装置がオーバーフローを起こした。女児の体当たりで、壊れた…。等の俄かには信じがたい報告が、あったようだ」

「連中は、何を言っておるのだ?」

「瘴気に頭をやられたのではないか…?」


「最新の装備を与えたと言うのに…。まともに調査も出来ぬとは、お笑い種ね」


七人委員会にしてみれば、幼児との戦闘で最新型の魔導甲冑を失ったと言う報告は、受け入れられなかった。


「エーベルヴァイン城の地下は活性化した迷宮となっており、悪魔王子(デーモンプリンス)との交戦もあったと言うコトだが…?」

「バカな…。悪魔王子(デーモンプリンス)と言えば、暗黒時代の邪霊だぞ。そのようなモノが、何故ウスベルク帝国に棲みついておる!」

「マスティマ老師…。私は査問委員会の取調官が、動揺した理由を並べている。他にも精霊樹が生えたと言う、真偽不明な噂だってあるんだ。私に何故と問われても、答えようがない」


ロスコフは落ち着いた口調で、マスティマを諫めた。


三百歳を超えているのに、未だマスティマは己を律することができなかった。

エルフ族は穏やかそうな外見に反して、感情の起伏が激しい。


「それと…」

「まだあるのか…?」

「こちらも、今朝になって届いた情報だ。ヨーゼフ・ヘイム大尉が部下を連れて、任務を離れた。現地工作員に、一枚のメモを残して…。シュテック、メモを」


「こちらが、問題のメモだ。筆跡はヨーゼフ・ヘイム大尉のモノと合致した」


人族のシュテックが、小さな紙片を会議室のテーブルに載せた。


「メモ…」


その紙片には、こう書かれていた。


『調停者クリスタは、実在する!』


会議室に動揺が走った。


「世迷言の連続で、眩暈がするわ…。この場面で、調停者の名が出てくるか…!」


長老サラデウスは深呼吸をしながら、椅子の背もたれに身体を預けた。


「とんでもない話だが…。ヨーゼフ・ヘイム大尉のメモと特殊部隊の報告を繋げるなら、クリスタの暗躍を想定しなければならん」

「調停者であれば、悪魔王子(デーモンプリンス)の召喚も可能かも知れません。特殊部隊が遭遇した幼児の話も世迷言ではなく、真面目に考慮すべき案件となりましょう」


「あなたたちは、ヨーゼフ・ヘイム大尉のブラフだと思わないのか?」


ロスコフが、不思議そうに訊ねた。


「……ブラフ?そうかも知れぬし、そうでないかも知れぬ。半々と言ったところか。しかし、そこが問題ではないのだ。このメモは我々が除外していた、深刻度の高い可能性を放り込んできた。調停者クリスタの死亡は、確認されていない。もし、クリスタが生きているなら、あれもこれも考え直さなければならん!」


早くも冷静さを取り戻した長老サラデウスが、リスク管理の観点から除外してはならない因子があると説明した。


「いま交わされている話は、枢密院と魔法研究院に通るのか?」


それまで沈黙を守っていた人族のヘーニングが、難しい顔で言った。


「通らんな。あやつらは、計算不能な要素を嫌う…。効率重視で、安全対策を軽視する。いくら叱っても、考えを改めようとせん」

「クリスタの消息を知りたがるのは、グウェンドリーヌ女王陛下くらいであろう」

「あの方もまた、暗黒時代を経験した生き証人でありますから…」


「だったら、どうするのだ?」


ヘーニングは不愉快そうに訊ねた。


「若い連中には、敗北を経験させるしか無かろう…」

「では…。強硬派の侵略案を許可しよう。バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の領地に、魔法軍の部隊を駐留させる」

「そうですね…。状況を推し進めれば、調停者を確認できるかも知れません。飽くまでも仮定の話ですが…」


「構わん…。表層では、軍事的な圧力を高めよ。露骨な示威行動を繰り返して、モルゲンシュテルン侯爵領に耳目を集中させろ。その裏で冒険者のネットワークを活用し、密かに調停者の捜索を進めるのだ」


長老サラデウスが決定を下した。


「決定的な勝敗は望ましくない。均衡を保たせなければいかん」

「小規模な衝突、局地的な紛争レベルで、魔法具の恐ろしさを見せつけよう」

「ウスベルク帝国は、国力から見てもミッティア魔法王国に勝てません。クリスタが存命であり、ウスベルク帝国を必要とするのなら…。ここで、何らかの干渉をしてくるはずです」

「もし仮に、クリスタとの接触が出来たなら…。彼女を説き伏せて、ミッティア魔法王国にお招きするのだ」


「イヤだと言われたら?」


ロスコフが、当然の疑問を口にした。


「そう言う問題ではない」

「是が非でも、承諾して頂く」

「彼女は我らエルフ族にとって、女神なのです」


「また、大勢の兵士が死ぬな。人族の兵士が…」


ロスコフの嫌味は、三人の老師(エルフ)たちに無視された。


「ふんっ!」


会議では発言しなかった人族のゼルゲが、最後になって鼻を鳴らした。

ゼルゲは見るからに不服そうな顔をしていた。


ゼルゲには三人の老師(エルフ)たちが、焼けた鉄の棒を素手で握ろうとしているように思えた。


(リスクを排すべしと口にした矢先に、これだ…!)


ウスベルク帝国は、ミッティア魔法王国に勝てないだと…。

最新鋭の装備を預けられた魔法軍の特殊部隊が、ボロボロにされたのだぞ。


この老い耄れどもは、いったい何を見ているんだ。

夢か、夢なのか…?


何百年生きようが若さを保つ老師(エルフ)たちは、脳ミソの成熟まで止まってしまうのか…?


今年、六十歳を迎えたゼルゲの外見は、三人の老師(エルフ)たちより遥かに老成していた。

精神面も、また然りである。


ゼルゲにとって慎重さとは、散歩のときに杖を忘れない事だった。




◇◇◇◇




クリストファー・リーデル子爵はミッティア魔法王国枢密院議長閣下に、ウィルヘルム皇帝陛下から託された抗議文書を手渡した。

想像していた通り、ミッティア魔法王国によるバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵への武器供与は否定された。

そして此処でも、犯罪者の撲滅に協力したいと持ちかけてきた。


プロホノフ大使の発言と何も変わらない。

更には、軍事協力の提案書を正式な文面に書き起こすので、ウスベルク帝国大使館にて待機してもらいたいと追い払われた。


グウェンドリーヌ女王陛下には、ウスベルク帝国大使として着任した挨拶もさせてもらえない。


要するに門前払いだ。

丸っきりの子ども扱いであるが、リーデル子爵は少しも気にしなかった。


(私には使命がある。ウスベルク帝国大使なんて役どころは、仮初の姿にすぎぬ)


ミッティア魔法王国が誇る高度な魔法文明も、リーデル子爵を卑屈にさせることはなかった。


どう見ても馬に牽引されていない不思議な車が、大通りを走っていた。

どれ程の技術があれば建築できるのか想像もできない、頭上高く聳える建造物の群。


歩道を行き交う人々の、色鮮やかな衣装。

前任の大使は、さぞかし圧倒されて卑屈になったことだろう。


(はっ。こけ脅しも甚だしい。このような光景で、私を跪かせるコトなど出来んよ。何しろ私は、神に選ばれし存在なのだ!)


リーデル子爵に与えられた使命は、人知れずミッティア魔法王国に精霊樹を運び込む事だった。


神の導きに従って、王都ナヴァルの大通りを歩くリーデル子爵は、前方より歩み寄る軍人らしき男がハンドサインを出していることに気づいた。

すかさず自分も左手の小指と薬指を握り込み、ハンドサインで応じる。


「ユグドラシルに繁栄あれ!」

「美味しいは正義なり!」


互いに合言葉を交わす。

仲間だった。


「私の名は、クリストファー・リーデル。表の顏は、ウスベルク帝国大使だ」

「俺は負傷して軍を離れた、ミッティア魔法王国の退役軍人だ。名前はフレンセン」

「神からの啓示は…?」


「心配ない。キミを助けるようにと、命じられている。私の部下たちも、同様だ」


並んで歩くリーデル子爵とフレンセンは、情報交換をするために高級そうな酒場へ入っていった。




◇◇◇◇




魔法学校の校庭に、小さな生徒たちが集まっていた。

その手には、魔法タケウマが握られていた。


魔法学校では入学生たちに、魔法タケウマを一組ずつ配った。

入学記念のプレゼントだ。

マイ・タケウマ。


遊び方は分からないけれど、自分専用の玩具など手にするのは初めてだ。

だから生徒たちの顏は、喜びで輝いていた。


生徒たちのまえに、髭メガネをつけたメルが颯爽と現れた。

その横にはラヴィニア姫が、ぴったりと寄り添う。


「生徒の皆さーん。こちら特別授業を担当される、タケウマ先生です」

「ウッス!」


ラヴィニア姫に紹介されて、メルが元気よく手を振った。


「そして私は、タケウマ先生の助手を務めるラヴィニアです。ラビー先生、もしくはラビーちゃんと呼んでください」

「ミドリの髪が、とってもキレイ…。ラビー先生も、精霊なんですか…?」

「うわぁーい。ラビー先生、お姫さまみたい」

「ラビーちゃん、カワイイ」


ラヴィニア姫が纏っているのは、花丸ショップで購入したドレスだった。

最近のお気に入りで、ブランド名は『アイドルメーカー』だ。


ウスベルク帝国の貴族令嬢たちが着るドレスと違い、スカートは膝丈でふわりと広がっている。

淡いピンク色のドレスには、ヒラヒラのレースやリボンが可愛らしく装飾されていた。


このような子どもらしさを強調したデザインは、ウスベルク帝国に存在しない。

だから小さな女生徒たちの反応は、文字通りガン見である。


羨ましすぎる。

言葉にならない心の声が、バンバンに伝わってきた。


メルは成績優秀者のご褒美として、ドレスを用意しようかなと考えた。


(いや…。本当に欲しいモノなら、みんなにプレゼントしなくちゃ…。ご褒美こそ、記念品でいいんだ。そうなると…。男の子たちは、何が欲しいのかなぁー?)


想像するだけで楽しい。


ラヴィニア姫も満更ではない様子で、優しげな親しみやすい女の子を熱演していた。

お姫さまとアイドルには、どこか相通じるところがあるのだろう。


「精霊魔法の練習に取り入れるのは、こちらの魔法タケウマです。精霊魔法とは申しますが、実のところ皆を助けてくれるのは妖精さんです」

「うんうん…」


ラヴィニア姫が説明してくれるので、メルは喋る必要がなかった。


「この魔法タケウマで遊べば、妖精さんたちが皆を助けてくれます。慣れてきたら、心に願うだけで色々としてもらえるよ」


さっそくメルが魔法タケウマに乗り、駆け足ジャンプを披露した。


「えっ…?」

「なにあれ。すごくない?」

「これで、あんなことが出来るんだ」


生徒たちは見よう見まねで、魔法タケウマに乗った。


「妖精さんに助けてもらったら、アリガトウを忘れずにね」

「うん。分かったよ、ラビーちゃん」

「カンシャ、大事だよね」


その日暮らしで苦労して来た孤児たちは、魔法学校の生徒になって衣食住を与えられ、子供らしい素直さを取り戻そうとしていた。

チルたちやケット・シーの協力によるところが大きいけれど、騎士たちも子供との間に信頼関係を築こうと頑張っていた。

こうした環境の変化に触発されて、子供たちは感謝することを学んだ。


感謝されるのも、感謝するのも気持ち良い。

仲良しさんは、思いやりと助け合いが大切だった。


何にせよ、全ては良い方向へと進んでいた。


「おまぁーら、わらしの技を見よ!」


メルが大声で叫び、クイックターンを決めて見せた。


「うぉー。カッケェーぞ、タケウマ先生」

「ウヒャァー。今の、どうやったのさぁー?」


「わらし、タケウマ先生よ。言うなれば、天才ね!」


メルは生徒たちに混ざって、はしゃぎまくった。


樹生であったときには、クラスメイトたちから自慢される一方で、いつも見物しているだけだった。

それが今では、生徒たちの先頭に立って走り回り、歓声を上げている。


「メルちゃんってば…。魔法学校を作ったのは、これがしたかったからじゃないの…?」

「ちゃうわー!」


校庭の向こうから、メルが叫んだ。


遠く離れていても、メルの耳はラヴィニア姫の言葉を拾う。


「でも、楽しいんでしょ?」

「はい…。楽しいデス」


ラヴィニア姫が、呆れたように笑った。






お待たせぇー。

次話から、第二部へ突入します。(≧▽≦)

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― 新着の感想 ―
[一言] いや〜、一話から最新話まで一気読みしてしまいました。まさかの次話から第二部で読み始めたタイミングでの新章突入にビックリしました。更新楽しみにしています!
[気になる点] >騎士たちも子供との間に信頼関係を築こうと頑張っていた。 騎士たちもタケウマがんばったのでしょうか? ww [一言] お話は、数年とぶのでしょうか? つづきがタノシミです♪
[一言] 小さな亀裂に挿し木をしてバリバリ音を立てて割れていきますよ というか、上を見たら果てがないから 仕方なく下を踏みつけてる感じですね、エルフ 年齢と精神の齟齬に関しては、そこそこ年食ってても…
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