魔法学校を建てよう
『ご近所の皆さまへお願い。
ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ありません。
安全第一で工事中です。
しばらくの間、ご協力をお願い致します…』
黄色い帽子を被った男性が頭を下げている絵と一緒に、『立ち入り禁止!』の文字が立て看板に大書されていた。
精霊樹が生えたエーベルヴァイン城の一画は、フェンスと目隠しシートでぐるりと囲まれていた。
シートの向こうから作業員たちの声や、トンテンカンテンと賑やかな音が聞こえてくる。
フェンスの外周には警備員の精霊が立哨し、好奇心旺盛な貴族たちの侵入を丁重な態度でお断りしていた。
ウィルヘルム皇帝陛下でさえ、工事現場へ足を踏み入れることは許されていなかった。
フェンスの内側では、魔法学校の校舎が着々と建築されていた。
「とーりょー。コォージの進み具合は、どぉーかね?」
「おうっ、ばっちりよ。こちとらに任せてもらえりゃ、あっという間さ!」
現場監督をしている大工の棟梁が、メルの質問に威勢よく答えた。
メルは魔法学校を建築するに当たり、新しい精霊を精霊創造によって生みだした。
『大工の精霊』は、棟梁を筆頭にして三十名のチームである。
棟梁から下っ端まで、『テヤンデェー!』が口癖だった
その精霊たちが、休むことなくせっせと校舎を建築している。
レンガ造りの校舎には時計塔があって、何となく大正ロマンな雰囲気を漂わせていた。
「まあ完成までに、あと三日ってとこかね」
「はぁー。十日もしないで、ガッコォー建ちますか。それって、ダァージョブですか…?」
「てやんでぇー。手抜きでも、心配してやがるのかよ。幾ら妖精女王さまとて、そいつは聞き捨てならねぇーぞ」
棟梁が怒りの表情になった。
「スマソン…。わらし、手抜きコォ-ジがアリアリの世界から、来ましたヨッテ。失言なぁー、聞き流してちょ」
メルはビビッて、棟梁を宥めに掛った。
一生懸命に働いてくれている大工の精霊を疑うのは、失礼な事だった。
間違ったら、ゴメンナサイをする。
それが良い子の掟だった。
「手抜き工事がアリアリって、それでも職人かぁー?」
「うむっ…。手抜きが土建のシゴトよ。まず大手ギョーシャがシゴト受けたら、ケンチクヒの中抜きしてから下請けギョーシャに渡しマス。下請けが、そのまた下請けに渡しマス。ドンドン下へ渡しマス。中抜きバンバン。しまいには材料をケチって、セメントにゴミ混ぜゆ。工期だって、滅茶クチャ」
「おいおい…。建築費だけ取るのがシゴトって…。そりゃ、どこの大工だよ。嘆かわしい!」
メルは悲しそうな棟梁の尻をポンポンと叩いた。
本当は肩を叩きたかったのだけれど、身長差があるので尻ポンになった。
メルが精霊創造によって生みだした『大工さん』だから、手抜きは大嫌いだった。
顧客に過剰なサービスを押しつけても、インチキは絶対にしない。
己の仕事に誇りを持つ、職人の鑑だった。
「シゴト早いは、りっぱデス」
「おうよっ。俺っち、段取りと手際の良さで、顧客を待たせねぇ」
「このペースだとぉー。時間あまりマス。あまり過ぎデス。ついでに、学生ショクドォーも建てましょう」
「……あんた、欲張りだね!」
メルは精霊使いが荒かった。
人々のアリガトォーが、概念界で結晶化して魔晶石となる。
これは妖精や精霊たちが用いる通貨でもあり、ユグドラシル王国の国庫に税金として納められる。
大工の精霊に支払われる労賃には、メルが国庫から持ち出した魔晶石を使用する。
国民の血税は一滴たりとて無駄に出来ないので、大工の精霊がこき使われるのも道理なのだ。
それがメルの理屈だった。
◇◇◇◇
帝都ウルリッヒのクリニェ桟橋には、川岸に沿って船荷を保管しておくための倉庫が立ち並んでいた。
こうした倉庫の一棟で、ステージに見立てた木箱の周りを複数の猫たちが囲んでいた。
いや…。
猫と呼ぶのは間違いだった。
何故かと言えば、猫のように見える色とりどりの小動物たちは、背筋をピンと伸ばして二本足で立っていたからだ。
妖精猫族の集会である。
木箱のステージに立っているのは、ミケ王子だった。
ミケ王子は妖精猫族たちを前にして、新しい時代の到来を熱く語っていた。
真っ黒や真っ白、黄色や灰色のケット・シーたちが、木箱の上に立つミケ王子の演説に耳を傾けていた。
ミケ王子に呼び集められたのは、みな人間社会に興味津々で、妖精猫族の王国では満足できない先駆的な連中だった。
〈つまりさぁー。精霊樹が生えたのだから、これからはボクたちも次の段階に移るべきじゃないかって思うんだ〉
〈人間たちとの付き合いかぁー〉
〈これまではネコの真似をして人間社会に潜り込んでいたけれど、もうケット・シーであることを隠さなくても良い時期に来ている〉
〈人間の言葉を喋って、人間相手に商売をするの…?〉
〈そそっ…。妖精女王陛下が、ボクたちに活躍の場を用意してくれたんだ〉
ミケ王子は仲間たちのまえで、得意げに胸を張った。
〈妖精女王陛下と親しいなんて、さすが王子だよね。とっても羨ましいよ〉
〈そんな風に言うけれどさ。キミだって今回の計画に参加すれば、妖精女王陛下と話せるようになるよ〉
〈それで、ガッコォーってなに…?オイラたち、そこで食堂をするんだろ。どんな料理を作るのさ?〉
灰色のケット・シーが小首を傾げた。
〈料理かぁー。これ、焼くと美味しいぞ。ヒトは、あんまし食べないけどな〉
真っ黒なケット・シーが、自信なさげに魚の干物を突きだした。
〈うんうん…。魚の干物は、美味しいよね。そういうのも、おいおいメニューに加えていこうと思う。だけど…。キミたちに作って欲しいのは、これさ!〉
ミケ王子は肩掛けカバンから、おむすびを取りだして見せた。
〈わたし、それ知ってる。フォルジェ通りの『猫まんま』と言うお店で、小さな女の子が売ってた〉
真っ白なケット・シーが、おむすびを見て言った。
〈たぶん、その子が妖精女王陛下だよ〉
〈王子ってばぁー。また騙そうとして…。その子さあ。妖精女王陛下っぽいオーラは、ぜんぜん出てなかったよ〉
〈メルってば、偉そうにしたがるし、偉いんだけどねぇー。ちっとも偉そうに見えないんだ〉
〈………マジ?〉
〈まじです〉
〈えーっ。あの子が、妖精女王陛下だったの…。サインを貰っておけば、よかったぁー!〉
メルの書く字は、読めないほど不細工で汚い。
『サインを貰うのは、違うかな』と、ミケ王子は思った。
〈まあ兎に角だ…。みんなで、これを食べてみてよ〉
ミケ王子は集まったケット・シーたちに、ひとつずつおむすびを手渡した。
〈クンクン…。美味しそうな匂いがする…〉
〈干した魚を粉にしたモノが、ゴハンの中心に入ってるんだ。美味しいよ…!〉
〈この白い粒々は、何だ…?〉
〈説明が難しいから、黙って食べてよ!〉
『猫まんま』で売っているおむすびだから、具はもちろんカツオ節だった。
ケット・シーたちは、美味しそうにおむすびを頬張った。
◇◇◇◇
当初、完成までに四十日の工期を予定していた校舎が、十日も掛からずに完成した。
なのでメルは、大工の精霊に学生食堂の建築も追加依頼しておいた。
「なぁー、とぉーりょー。学生ショクドォー、もぉー完成したん?」
「おうよっ。ちょちょいのちょいと、出来ちまった」
「………早いわ。早すぎゆ!」
「そうかぁー?」
「たのんで、まだ三日じゃ!」
メルが顔を引きつらせた。
何やかやで、まだ大工の精霊と契約した雇用期間の半分も消化できていなかった。
「二十日以上も、残っとゆ…。どないしてくれんの?」
「かぁー。仕事が早いコトを詰られるとは、思ってもみなかったぜ」
「二十日間もキミらを遊ばせてたら、わらしアホです。国民たちから、女王さまはマヌケと指差されます」
「そうなの…?」
棟梁がメルの主張を理解できずに、首を捻った。
「とぉーりょー。さらに追加デス…!」
「おいおい。せっかく急いで終わらせたのに、仕事のオカワリかよ」
「四階建ての学生リョーと、図書館デス。おっきい体育館もヨロシク」
「………さすがに多くねぇか?」
メルの注文を聞いて、棟梁は呆れ顔になった。
「もしかしてムリ…?できませんか…?どれか減らします…?」
「てやんでぇー。やってやろうじゃねぇか…!」
「おーっ。トォーリョーも、大工のみんなも、立派な職人さんやねぇー」
「女王陛下、分かってんじゃねぇか。よぉーし、張り切って十日で仕上げたるぜ。おめぇーら、おっぱじめるぞ!」
大工の棟梁が、威勢よくコブシを突き上げた。
「おうよっ。親方!」
「テヤンデェー。やったるどぉー」
「がってんだ!」
「オマエラ、気合い入れるぞぉ―!」
棟梁の周囲に集まった大工たちが、エイエイオーと気勢を上げた。
「おまぁーが、分かっとらんわ!」
メルは棟梁の膝小僧を蹴っ飛ばした。
「いたっ、痛いわ。何てことしやがる!」
「アンタなぁー。急いで、どうすんじゃい。わらしの話、ちゃんと聞いとったか…?」
工期は守って貰いたいと思う、メルだった。








