父、帰る
紅白縞模様の日よけが、受付窓口に涼しげな影を落としている。
精霊樹に掲げられた『メルの魔法料理店』の看板は、可愛らしいお店の存在をアピールしていた。
大樹に穿たれた洞に、メルの小さなお店があった。
アーロンの台詞からフレッドが想像したのは、精霊樹の根元付近に建てた小屋で、料理をしているメルの姿だった。
精霊樹が料理店になっているとは、これっぱかしも予想していなかった。
「なっ、ななっ…。なんじゃコレは?」
メルの樹を前にして、フレッドは呆然とした。
「ふぉー、何と霊妙な佇まいであろうか…!」
フレッドの横では、何故かゲルハルディ大司教が跪いて祈りを捧げていた。
「ビンスさん、分かりますか…?これが精霊樹です」
ゲルハルディ大司教の背後に立つアーロンは、眩しそうにメルの樹を見上げた。
「………お、おお、おっ。やはり…!この半端ない霊力。もしやとは思いましたが…。では…。このメジエール村が、約束の地ですか?」
ゲルハルディ大司教がアーロンに訊ねた。
「約束の地…。古の伝承ですか…?」
「はい。ミッティア魔法王国では、忘れ去られてしまいましたけれど…。マチアス聖智教会の教導者だけに、口伝で受け継がれている予言。『エルフの書』に、やがて世界は蘇るであろうと…。我らの精霊樹は、失われていないと…。あの一説は、真実だったのですね…」
「まあ、アナタが見たまんまですね」
得意げな顔をしたアーロンが、ゲルハルディ大司教の肩をポンポンと叩いた。
世界の各地には、かつてクリスタによって書き綴られた詩編を後生大事に保管している人々がいた。
暗黒時代の破壊と殺戮で何もかもを失ったクリスタは、人々が精霊樹に救いを求めるよう、あちらこちらに予言を残した。
その甲斐あってか、概念界には現象界で滅ぼされた精霊樹や精霊たちが、消えずに存在した。
長い歳月を経て、ミッティア魔法王国では妖精たちが、ピクスと言う概念で歪曲されてしまった。
けれど、ゲルハルディ大司教の言葉を信じるなら、精霊樹への信仰は細々と生き残っていたようだ。
「フレッドさんは、ビンスさんが宗旨替えすると思うのですか…?」
「いやぁー。信仰心はともかくとしてな…。これを見たら、少しは考え方が変わるんじゃないか」
フレッドはメルの魔法料理店を指で示した。
「あーっ。森の魔女さまも、同じような庵に住んでいますからね。私としては、さほどインパクトを感じませんでした…。申し訳ない」
「そうかよ…!俺は、こんなの初めて見たからな。腰が抜けるほど、驚いたぜ」
ゲルハルディ大司教が、フレッドの台詞に深く頷いた。
「フレッドさんの仰る通りで…。真に惧れ敬うべき現象を目にすれば、人は変わらざるを得ませぬ。この感動に抗う者は、心根が邪悪であると申せましょう。もう…。ミッティア魔法王国とかマチアス聖智教会なんて、どぉーでも良いのでぶっちゃけますが…。実を申しますとですな。母国には建国時代より大切にされている、精霊樹がございます。うむっ、これでは些か言葉が足りませぬな…。正しくは精霊樹として祀られてきた、特殊な樹が存在しとります。ミッティア魔法王国の精霊樹は、屍呪之王と同様に魔法博士たちが創造した精霊です」
「その精霊樹は、メルの樹と同じかい?」
「とんでもない、フレッドさん。まるで違いますよ…。あの樹を前にしても、私は自分から額づこうと思いません。こちらと比べたら、貧相な紛い物です!」
ゲルハルディ大司教は、ミッティア魔法王国の最重要機密をぶっちゃけてしまった。
「わんわんわんわん…!」
その横をハンテン(屍呪之王)が走り抜けた。
ハンテンはラヴィニア姫のお供なので、既に中央広場では顔役だった。
『ピンクのあいつ!』と呼ばれ、チョットだけ迷惑なマスコットとして親しまれていた。
「フレッド、お帰りなさい」
『酔いどれ亭』の店先に立ったアビーが、感極まった様子でフレッドに声をかけた。
「アビー、元気そうで安心したよ。ただいま…!」
フレッドは出迎えてくれたアビーに、早足で近づいた。
「アナタも、怪我がなくて良かったわ」
「ああっ…。ちょっとばかしレアンドロが、危ない場面もあったけどな…。精霊の加護があって、みんな無事さ」
「ホントに良かった」
フレッドに抱きついたアビーが、少しだけ涙ぐんだ。
「ところで、アレなんだけどよぉー」
「あーっ。ビックリするよね♪」
アビーは愉快そうに笑った。
「ビックリするよねって、オマエさぁー」
『メルの魔法料理店』を指さしたフレッドが、あきらめたように首を振った。
『アビーはアビーだな…』と思うフレッドだった。
こうやってフレッドは、幾度となくメルの不思議な行動に納得させられてきたのだ。
能天気なアビーのお蔭で、今ではメルが空を飛んでも受け入れられるようになった。
何があろうと、メルはフレッドの可愛い娘だった。
(これまでと何も変わらない。離れていたって、俺たちは家族だ…!)
フレッドの顏に笑みが浮かんだ。
「あーっ、メジエール村だ…。俺は我が家に、帰って来たんだなぁー。愛してるぞ、アビー」
「バカねぇー」
フレッドはアビーを強く抱きしめた。
幼児ーズが見ているまえで、二人は互いを貪るような大人のキスをした。
「あーっ、フレッドが…。イチャイチャしよる。ムキィーッ!」
「みゃぁー」
メルはミケ王子を抱きしめて、切なそうにフレッドとアビーを見つめた。
その横ではトンキーが、裏庭で拾った芋を美味しそうに齧っていた。
「二人とも素敵ねぇー」
「憧れます」
「そうなのかぁー?」
「ねぇ、皆さん。これはわたくしたち子供が、見てはいけないシーンだと思います」
仲良しさんのキスは、こうしてメジエール村の子供たちに伝播されていく。
迂闊な大人たちが、おかしな流行の発端であった。
「さてと、我々は宿でも取ると致しましょうか」
「フムッ…。お邪魔をしては、いかんですな…。よい宿は、ございますか?」
「本当は我が家にお招きしたいのですが、情けないことに出入り禁止を喰らいまして…」
「それは難儀なコトですなぁー」
アーロンは、悲しそうにラヴィニア姫の方を見た。
ラヴィニア姫は、プイッと視線を逸らせた。
「未だに、許しを得られないのです」
アーロンの声が沈む。
ところで…。
ラヴィニア姫は、アーロンをとっくに許していた。
むしろメルとの出会いを用意してもらえたことに、感謝さえしていた。
だけど…。
段取りと言うモノがあった。
ユリアーネ女史や幼児ーズの面々に、説明が済んでいない。
(ごめんなさい、アーロン…♪)
いまの状態でアーロンの受け入れは、あり得なかった。
エルフは長生きだ。
少しくらい待たせても、罰は当たらないだろう。
◇◇◇◇
夕飯の席でフレッドが、お土産を出した。
アビーは帝都ウルリッヒで流行りのワンピースを身体に当て、嬉しそうにポーズを取って見せた。
オシャレなワンピースが三着だ。
断じて古着ではない。
その他にも細工の精緻な髪飾りや、真珠のネックレスなどがあった。
どれも美しくて可愛らしい品だった。
フレッドはアビーの好みを把握していた。
クールな装いがよく似合うアビーだけれど、実のところ可愛らしい小物が大好きなのだ。
だからワンピースは格好よく、アクセサリーには可愛らしいものを選び、フレッドなりに工夫を凝らした。
「メルの土産は、すげぇー悩んだ!」
フレッドは勿体ぶって言った。
メルのまえに、キレイな白木のケースが置かれた。
平べったくて四角い、木の箱だった。
上蓋が紐で括られていた。
手にすると、想像したより重たい。
「むっ…」
「悩んだ末の、包丁だ。名人を説得して打ってもらった、一品モノだ。オマエを信じるから、渡す」
「ホウチョウ…?」
『フレッドのお土産なんて、どうせアクセサリーとかデショ!』とタカを括っていたメルは、包丁の意味が分からずに紐を解いた。
蓋を開けると、そこにはこぶりな包丁が納められていた。
「魔法の包丁じゃねぇ…。だから、間違えば指を切る。だけど、メルは一人前だろ?」
「イチニンマエ…?」
「ああっ。オマエは立派な料理人だ。俺は、そう信じる…。子供だから、包丁も子供サイズにしてもらった。ちゃんと手入れをしろ。ケガをしないように、使うんだぞ!」
「あっ、ありあとぉー!」
メルはウルっとなって、フレッドに抱きついた。
男親から認めてもらえるなんて、想像したこともなかった。
樹生であったときから、メルは余分者で家族の足引っ張りだった。
自分が成長した未来を夢見ないではなかったけれど、そんなもの妄想に過ぎない。
転生してからは、幼女で養女だ。
父親から『一人前』と言われるときなんて、永遠に来ないものと決めつけていた。
「わらし…。とぉーても、うれしデス!」
「そうかぁー。パパも嬉しいぞ…」
とうとうフレッドは、愛娘の心をつかんだ。
やっと五歳になった娘に一人前はどうかと思うけれど、間違いなく成功だった。
得意そうなフレッドを見て、アビーがふにゃっと微笑んだ。
心が温まる家族団欒であった。
◇◇◇◇
森川家では、樹生の母親である由紀恵が、メルから届いたメールを眺めていた。
それは由紀恵にとって、TVの連続ドラマを観るより大切なことだった。
何より心が癒され、生きていく希望がモリモリと湧いてくる。
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母さんへ…。
母さんに送信していただいたレシピを活用して、美味しいゴハンを作っています。
唐揚げと野菜チップスは、僕の店で売り上げトップです。
僕の子分であるチビたちも、嬉しそうに食べています。
添付した写真で、子分たちをご覧ください。
あと、ネコも…。
こちらの世界で、サツマイモが根付きました。
近所の小母さんたちは、美味しそうに焼き芋を食べています。
異世界でも、小母さんたちは焼き芋が大好きです。
女の子になった僕も、焼き芋が大好きです。
僕のお店を写真に撮ったから、それも見てね。
カワイイお店です。
いやぁー。
僕がオーナーですよ。
異世界で、起業しちゃいました。
あと…。
写真のネコ。
二本足で立っているネコは、ミケ王子と言います。
ネコみたいだけれど、精霊なんだよ。
ケット・シーなんだってさぁー。
ネコの王国があって、そこの王子さまなんだって…。
僕を嫁にしようと、旅してきたらしいです。
母さんは、信じる…?
申し訳ないけれどさ。
笑っちゃうよね。
ネコの王族に嫁いで、玉の輿ってありデスカ…?
そこのところ、母さんはどう思う…?
僕はお嫁に行くべきでしょうか…。
まあ、冗談は置いておくとして、嫁入りとかヘビーすぎます。
歳月が過ぎ去ってオッパイとか育ったら、僕も彼氏を作らないといけないのでしょうか。
あーっ。
和樹兄さんにも頼んだんだけど、母さんにもお願い。
何でも良いから学校について、たくさん資料が欲しいです。
成り立ち、歴史、仕組み、多いほど嬉しいです。
教育施設…?
そんな感じのものが必要なんです。
僕には全然分かんないから、困っちゃうよね。
それではまた、メールします。
母さんも健康に気をつけて、元気でね。
貴女の息子、樹生より。
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「あなた、樹生が嫁に行くとか言ってるわよ!」
「ぶほぉー!」
森川家の父、徹は、飲みかけていたお茶を盛大に噴いた。
これにて、【赤ちゃん編】の終了です。
皆さま、お疲れさまでした。
お付き合い、ありがとうございます。
この後、何話か小話を挟んでから、第二部を始めようかと考えています。
【子ども編】ですね。
これからも、よろしくお願いいたします。(≧▽≦)








