アーロンの友人
第一部の〆です。
たぶん、あと一話くらいかなぁー。
そうしたら、ちょっとだけサブストーリーとかを書くかもしれません。
第二部は、もうしばらくお待ちを…。
いきなり大人にはならないので、ご安心ください。
歳月が過ぎ去っても、メルはメルです。w
ウィルヘルム皇帝陛下の許しをもぎ取ったアーロンは、さっそくメジエール村へと向かうことにした。
帆をたたんだ追風の水鳥号が、クリニェの桟橋に停泊していた。
出航は三日後である。
「おや、アーロンさま。まぁーた、お出かけですか?」
「うん…。ここのところ忙しくてね」
何日も同船していれば、船員たちに顔なじみもできる。
身分を隠していたのは、最初の一度きりである。
皇帝陛下の相談役は気さくで付き合いやすいエルフだと、船員たちの評判も上々であった。
それなのに、メジエール村の子供たちやラヴィニア姫から冷たくされるのが、どうしても納得できないアーロンだった。
アーロンの感性は、ウスベルク帝国の貴族たちに倣ったものである。
おそらくウスベルク帝国の特権階級者たちがメジエール村を訪れたなら、ほぼ例外なく幼児ーズにボコられたコトだろう。
それもアーロンの比ではないくらい、ボコボコに…。
メルはウスベルク帝国の階級制度に馴染む気がなかった。
ラヴィニア姫やタリサたちは、大人たちにマウントされただけで切れる。
幼児ーズの面々が帝国貴族の横暴を目にしたら、暴れだすに決まっていた。
アーロンは子供たちに無神経だけれど、威張ったり意地悪をしたりしない。
ウスベルク帝国のフォーマットに従って行動する癖が、身に染みついて拭い去れない。
それだけの話だった。
皇帝陛下の相談役は、人の列に並んで順番を待ったりしない。
ウィルヘルム皇帝陛下のために、急いで結果を持ち帰らなければいけないのだから、どれだけ列が長かろうと受付窓口に割り込む。
如何なる用事も速やかに終わらせて、エーベルヴァイン城に戻らなければいけなかった。
正しく、職業習慣の弊害であった。
だけど横入りは、タリサの両親が経営する雑貨屋で、最低の恥ずべき行為と見做されていた。
貴族どもを従えるために貴族の作法を身に着けたら、身分制度を認めないメジエール村で幼児ーズの集中砲火を喰らった。
アーロンは単に不器用で、頭の切り替えが利かないガサツなエルフに過ぎない。
それなのに権力を与えられているから、要らぬ問題を起こす。
ちゃんと向き合うコトさえすれば、遊民保護区の孤児たちにも礼儀正しいアーロンなのだ。
フレッドの手伝いで炊き出しをする現場では、チルたちの信頼だって得ていた。
頼りになるエルフのお兄さんとして、みんなから慕われていた。
タリサが目にしたら、絶対に文句を言ったコトであろう。
『なんで…。あたしたちには、お行儀よくできないのよ…?』と。
外見の繊細そうな様子とは違って中身がガサツだから、どうしようもない。
ガサツには見えないから、差別主義者だとかイジワルだと勘違いされてしまう。
子供は結論に飛びつくのが早い。
いつだって有罪判決は待ったなし。
情状なんて酌量しない。
(ラヴィニア姫は、私を許してくれたでしょうか…?メルさんだから、きっと丸く収めてくれるハズ…)
メルは何もしていない。
ラヴィニア姫にチューをされて舞い上がり、アーロンの頼みごとなんて、とうに忘れていた。
今は幼児ーズと、ピンポンキャッチで遊ぶのに夢中だった。
「やあ、アーロン同志」
「これは、ゲルハルディ大司教さま」
「こらこら、お忍びだからね…。私を見たまえ。マチアス聖智教会の聖衣を着ていないでしょ。位階をつけるのは、止めてくれないか。私のことは、俱楽部でのように…。ビンスと、呼んでくれたまえ」
「失礼しましたビンス同志…。で、このような場所に、如何なる用事が…?」
アーロンは訝しげに訊ねた。
マチアス聖智教会と言えば、ミッティア魔法王国の出先機関である。
アーロンが警戒するのは当然だった。
「なに…。これは私用だよ。本国も教会も、まったく関係ない」
「私用ですか…。公的な存在のアナタが…?」
「馬鹿を言うんじゃない。私は人間だよ。大司教であるまえに、美味しいものが好きなジジイに過ぎない」
「フムッ。我ら美食倶楽部のメンバーとして、活動中ですか?」
「先ごろ、遊民保護区でな…。話題になっている、炊き出しを頂いた。驚くほどに、美味であったよ」
『大司教さまが、何をしているのか?』とアーロンは顔をしかめた。
貧しい遊民たちに配られる食事を奪うなんて、聖職者にあるまじき行為だった。
「それで、自慢をしにいらしたのでしょうか?」
「いいや…。いくら私でも、アーロン同志の居場所まで分かるはずがなかろう。ここで出会ったのは偶然だよ。私はクリニェ桟橋に、用事があった。そこの白鳥亭に、部屋も借りている…。実を言うとな、炊き出しをしていた料理人から教えてもらったのだ」
「なにを…?」
「同志アーロンよ。美食倶楽部で噂になっておる、幻の料理。カリーラースを知っておろう?」
ゲルハルディ大司教が、声を潜めてアーロンに囁いた。
「……はぁ」
「その料理人が、導いてくれるらしい。カリーラースのもとへ」
ゲルハルディ大司教は、鼻をヒクヒクとさせながら言った。
なんとも得意げで、嬉しそうな笑顔だった。
「そうとなれば、教会なんかどうでもええわ…。私は食べに行く」
結局のところは自慢話だった。
しかもマチアス聖智教会には内緒で、飛びだしてきたらしい。
問題なのは、アーロンと目的地が同じところだった。
「ほぉー。それは素晴らしいですね!」
アーロンは作り笑いを引きつらせて、相槌を打った。
帝都ウルリッヒで数百年の歴史を誇る、美食倶楽部。
三名以上の会員から推薦され、過半数の承認を得なければ入会を許されない美食倶楽部。
当然、会員は例外なく、美食の探究者ばかりだ。
イデオロギーの対立や国境を越え、美食の為なら君主や神でさえ放り捨てる狂信者の集まりでもある。
(メルさんが…。美味しい教団の教祖さまが、厄介なジジイに狙われてしまった…)
老い先短いゲルハルディ大司教は何もかもを投げうって、メルに張り付く可能性があった。
美食の為となれば、そのくらい平気でやりかねない老人だった。
◇◇◇◇
追風の水鳥号が出航日を迎えると、さっぱりとした顔のフレッドがクリニェの桟橋に姿を見せた。
デュクレール商会が用意した顔役にヤクザ事務所の引継ぎを終わらせて、漸く肩の荷が下りたところだ。
これでアビーやメルに会えると思えば、いかつい顔に笑みも浮かぼうと言うモノである。
お土産も買ったし、冒険者ギルドの動向もつかんだ。
つぎはメジエール村に侵入してくる、余所者の対応策を練らなければいけない。
恵みの森で発見された魔鉱石の鉱脈は、崖崩れなどが起きるたびに土砂となってタルブ川へ流れ込む。
魔鉱石を辿っていた冒険者ギルドの探索班は、もうメジエール村の付近に迫っていた。
その先には開拓村も存在しないので、下手をすればメジエール村が拠点にされてしまう。
余所者の流入は時代の趨勢として受け入れるにしても、帝国貴族や冒険者ギルドにメジエール村を明け渡す気はなかった。
(主導権は、何があろうと渡さねぇ…!)
メジエール村は、ウスベルク帝国に所属しない。
ミッティア魔法王国に至っては、論外である。
メジエール村を訪れる以上は、行儀良くしてもらう必要があった。
「おはようございます、フレッドさん。三日も前から宿をとって、お待ちしておりましたよ」
「やあ、ビンスさん。本気で俺の村を訪ねるつもりですか?」
「勿論ですとも。私が執筆中の本には、カリーラースが欠かせません」
「なるほど…。『美食の旅』ですか…。執筆活動と言うのも、なかなかに大変な仕事ですね」
フレッドは、ウンウンと頷いた。
「フレッドさん。お久しぶりです」
「おっ…。なんでアーロンが居るんだ?」
「おやおや…。お二人は、お知り合いでしたか?」
ゲルハルディ大司教は、驚いたような顔になった。
それからすぐに、アーロンを鋭い目つきで睨みつけた。
「アーロン同志。フレッドさんと知り合いなら、どうして私に教えてくださらなかったのですか…?恨みますぞ!」
「あーっ。これは本業の方の関係でして…。美食倶楽部では、軽々しく口に出来ませんでした」
「本当でしょうな…。嘘を言えば、あとで不実を責められますよ。地獄の業火に、魂を焼かれるでしょう」
「脅かすのは止めてください…!帝国の仕事がらみですって…。あーっ。それも秘密にしてください」
アーロンはゲルハルディ大司教から視線を逸らせつつ、ブツブツと文句を言った。
「おやおや…。アーロンとビンスさんは、料理の関係かい…?何処で、ダレが繋がってるものやら…。世の中ってのは、実に面白いなぁー」
「本当に、その通りですよ…。神の巡り合わせとでも、言うのでしょうか」
「俺たちなら、精霊の気まぐれって言うな」
「それもまた色々ですな。料理と同じで…。土地土地の信仰や言い伝えも、違いがあってこそ面白い!」
「それを平然と言い放てるのは、ビンスさんが各地を旅してきたからなのでしょうね。羨ましいなぁー」
アーロンはフレッドとゲルハルディ大司教の会話を聞いて、肩をすくめた。
(狸どもめ…)
フレッドがゲルハルディ大司教を知らないはずもなかった。
それなのに気づかない振りを続けている。
そしてゲルハルディ大司教…。
(アンタ…。執筆家って、どんだけ嘘つきなんだよ…!)
ゲルハルディ大司教には、もう呆れかえるしかなかった。
いつも誤字報告をありがとうございます。
とっても助かっております。
感想を下さる読者さま、感謝に耐えませぬ。
レヴューも楽しみにお待ちしています。
台風と低気圧は来なくて良いからね。
もう十一月だよ。
マジで勘弁してね。(´-ω-`)








