感動の再会
幼児ーズと別れた後、メルはラヴィニア姫の素っ気ない態度に打ちひしがれていた。
何が拙かったのかを考えてみれば、昨日までと違うコトなんてひとつも思いつかなかった。
「とうとう…。この日が、やって来てしまいましたか…?」
そう。
夢の話デアル。
(ラヴィニア姫が、夢を思いだしたなら…。もしかして…。僕がハンテンを滅ぼしたと、考えているのなら…。あの冷たい態度も、何となく理解できるよ…!)
要するに…。
何もかも、ハンテンのせいだった。
バカ犬が封印の石室でおとなしくしていれば、もうとっくにラヴィニア姫と再会できていただろう。
そうすれば、夢での約束なんて結果オーライで、どうでも良くなったはずだ。
バカ犬がバカなせいで、メルはラヴィニア姫に憎まれてしまった。
これ以上の時間稼ぎは、正直に言ってしんどかった。
「どうしてくれよう…?」
メルはグヌヌヌヌッと、握りこぶしを噛んだ。
メルにしては珍しく、はらわたが煮えくり返るほど憤っていた。
『酔いどれ亭』に集まりかけていた客たちが、ドン引きするような表情だった。
まさに悪鬼の形相であった。
看板娘が店先で、お客さまに見せる顔ではなかった。
この最悪のタイミングでお知らせチャイムが鳴り響き、メルは視界のスミに表示されたメッセージを読んだ。
『間もなく、メジエール村にハンテンが到着する予定…。探索機八号は、任務途上にて全損…。度重なるハンテンの攻撃によりダメージが蓄積され、ただいま機能停止しました。以降の追跡報告は、不可能となります』
探索機八号は消滅した。
とても悲しいお知らせだった。
メルの怒りに、ドボドボと油が注がれた。
「ガォーッ!」
メルは夕焼け空に叫んだ。
メルの近くを通り掛かった労働者風の男が、びくりと身を震わせてから『酔いどれ亭』に駆け込んでいった。
不機嫌そうな幼児に、覚悟もなく触れようとしてはいけない。
もし泣きだしでもしたら、傍に居た者が犯人にされてしまうから…。
触らぬ幼児に祟りなしである。
〈妖精さん。妖精さん…。バカ犬の誘導をお願い致します〉
〈心得たぁー♪〉
〈合点だぁー♪〉
〈ヒャッハァー!〉
妖精母艦メルから、無数のオーブが飛び立った。
妖精たちに、制限事項ナシのミッションが与えられた。
どれだけ荒っぽく誘導しても、司令官から叱られる心配はなかった。
普段は我慢ばかりさせられている火の妖精たちが、チカチカと火花をまき散らしながらタルブ川の方角に向けて飛び去った。
ハンテン一匹に、とんでもない大編隊である。
メジエール村を目指すハンテンとチビは、お腹を空かせて脇道へそれた。
樹々が生い茂る森へと踏み込んで、食べられそうなモノを探す。
ムシが居た。
丸々と肥え太ったカブト虫が、幹に集っていた。
チビが木の実を齧る横で、ハンテンは大木に頭突きをかました。
樹上から、硬直したカブト虫が降ってきた。
これを拾っては、シャクシャクと咀嚼して呑み込む。
メルが目撃したら卒倒モノの光景であった。
更にハンテンは、腐葉土を掘り返して芋虫を拾い食いする。
ハンテンとしては、成虫より幼虫の方が好きだった。
滋養たっぷりで美味しいと思う。
掘っては食べ、掘っては食べ…。
ハンテンは口から垂れた怪しい液をペロリと舌で舐め取った。
「はっ、はっはっ…。ウォーン♪」
なかなかに豪勢なディナーだ。
探索機八号に邪魔されなければ、お腹いっぱいになるまで食べられる。
ゆったり、のんびりだ。
ラヴィニア姫のところへ到着すれば、食べたいだけ美味しいゴハンを貰えるだろう。
だけどハンテンには、そんなことが分かる訳もなく、この期に及んでもマイペースで寄り道をする。
お腹がいっぱいになれば、ぐっすりと眠るつもりだった。
旅の続きは、また明日にすればよい。
だが、そんな自儘が許される筈もなかった。
ラヴィニア姫は泣いていたし、メルの我慢も限界だった。
〈屍呪之王を発見…!〉
〈こちらも、左下方に視認した。これより、急降下爆撃を開始する〉
〈妖精さんたち。ターゲットを中央広場まで、誘導してね〉
〈心得ました、妖精女王さま…!〉
〈ラジャー♪〉
日没まじかの森に…。
『ドカーン!』と耳をつんざく爆発音が、響き渡った。
呑気なハンテンに、妖精部隊の絨毯爆撃が開始されたのだ。
「きゃうーん!」
「キュイーッ!」
ハンテンは猛ダッシュで走った。
その後ろを追いかけて、チビも走った。
「キュッ?」
ハンテンが遅れそうになるチビをパクっと口に咥えた。
旅の仲間を置いていくことなんて出来ない。
仲良しなのだ。
次々と周囲に爆炎が上がり、ハンテンの尻に火が付いた。
冗談ではなく、尻尾が燃えていた。
妖精部隊の爆撃は、ハンテンたちを巧妙に誘導した。
メジエール村がある方角に向かって、森の中を最短距離で…。
樹木を避けながら森を全力疾走させられたハンテンは、口にチビを咥えていることもあって酸欠状態に陥った。
馬より早く走ってメジエール村の中央広場に到着したときには、もう意識が朦朧としていて、メルの足もとにパタリと倒れ伏した。
憤怒の形相で待ち構えていたメルも、その姿を見ると手にしていた棒切れを捨てた。
それを使って、目一杯ぶん殴ろうと思っていたのだ。
「なんか拍子抜けだけェーど、致し方なし…」
メルは弱っている犬を打ち据えるほど、冷酷になれなかった。
ムカつくけれど、なんだか可哀想だった。
それに、これ以上ボロボロにすると、ラヴィニア姫に言い訳するのが難しくなる。
だから、深く溜息を吐いて、バカ犬に対する怒りを引っ込めた。
「トンキー。行くどォー!」
メルは花丸ショップで用意した捕獲用ネットでハンテンをくるむと、トンキーの背に跨った。
すっかり成長したトンキーは、最近メルを乗せて走れるようになった。
「ぶぃぶぃ…?」
「そそっ…。ラビーの家まで、オネガイ」
「ブヒィー♪」
どうしてそれで通じているのか分からないけれど、メルとトンキーの会話はちゃんと成立していた。
トンキーはトタトタと走りだし、とっぷりと日が暮れた農道をラヴィニア姫の家に向かって急いだ。
ハンテンのヨダレでベトベトになったチビは、律義にもトンキーの後ろからついてくる。
(へぇー。コイツにも友だちがいるんだ…。ラヴィニア姫のお気に入りだし、ハンテンは案外いいヤツなのかも…?)
ハンテンが虫喰らいである事を知らないメルは、ピンク色の喉元を指先で撫でた。
メルの指にベタベタとした汚れが付着した。
「うはぁー、バッチイわ…。ヨダレは、アカンでしょ」
「クゥー♪」
ハンテンは気持ちよさそうな、寝息を立てた。
何処までも自分勝手な犬だった。
そしてメルの指には、芋虫の汁が付いていた。
ラヴィニア姫の家は、綺麗な花壇のある立派なお屋敷だった。
畑ではなくて、ちゃんとした花壇だ。
何度見ても、お金持ちの家だった。
「ふぅー」
メルはお金持ちの家を見ると、少しだけ委縮する。
なんだか、自分が場違いに思えてくるのだ。
お城ならぜんぜん平気なのに、おかしな話だった。
お屋敷のドアノッカーには、グリフォンの頭部があしらわれていた。
メルは手を伸ばして、ドアノッカーをコンコンと鳴らした。
「はぁーい。どなたですかぁー?」
程なくして若い小間使いの女性が、玄関のドアを開けた。
メアリだった。
「あらあら、こんな日が暮れてから…。外を歩いてはダメでしょ」
「うむ…。いそぎのヨウジよ」
「アビーさんは知ってるのかしら…?」
「ナイショよ」
夜だから、黙って来たに決まっていた。
そして多分、『酔いどれ亭』に帰ったら叱られるのだ。
「ヒメさまに用事…?」
「そそっ…。わらし、ラビーに話あるヨ」
「それじゃ、ヒメさまをお呼びしましょう…。ちょっと、待っててね」
メアリはラヴィニア姫の不機嫌が、メルとの揉め事にあったのかも知れないと考えて、取り急ぎ事情を伝えに行った。
待つこと暫し、ネコスケ(ミケ王子)を抱いたラヴィニア姫とユリアーネ女史が、玄関に姿を見せた。
「どうなさいましたか、メルさん?」
「ラビーに、おとろけモノよ」
「お届けものかしら…?」
「そそっ…。おとろけモノね」
そう言ってメルは、寝こけているピンク色の肉塊をラヴィニア姫に突きつけた。
「こぇー、受け取ってください!」
「えっ…。ええっ…?」
「ちと薄汚エとゆけど、問題なぁーヨ」
「ハ・ン・テ・ン…?」
ラヴィニア姫はポトリとネコスケ(ミケ王子)を落とし、ハンテンを抱きとった。
「したっけ…。わらし、帰りマシュ…」
「ハンテンなの…?」
「またねェー。おやすみなさい!」
メルはミケ王子の首っ玉を攫むと、逃げるようにして走り去った。
あーだらこーだらと、難しくて繊細な部分を突っ込まれ、説明させられるのは避けたかった。
それに急いで帰れば、もしかするとアビーに不在を気づかれないで済むかも知れない。
「行くど、トンキー!」
「ぶぃぶぃ!」
月明かりの下、トンキーに跨ったメルが遠ざかって行った。
ラヴィニア姫はハンテンを抱きしめて、フルフルと肩を震わせた。
「あっ…。アリガトォー、メル!」
ラヴィニア姫が泣きながら声を張り上げた。
豚に跨ったラヴィニア姫の王子さまが、夜道の向こうで手を振っていた。
白馬ではないので、ちょっと格好が悪かった。








