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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
138/370

ちっぷす



メルが転生した世界は、概念界と現象界の相互関係によって成立している。

この世界では、人々の認知度が『存在』に影響を与える。


だから、異世界から持ち込まれた品は、確りと認知されなければ根付くことが出来ない。

存在が希薄なうちは、いつ消えてしまってもおかしくないのだ。


こうした世界の仕組みを理解している者は稀有だ。

居ないと言っても過言ではなかった。


メルの前世であれば、海外から密かに持ち込まれた動植物が既存の生態系を破壊して蔓延るなどの事件も、ニュースなどで取り沙汰されていた。

けれど此処では、ひっそりと姿を消していくのが常であった。


かつては現象界に棲息した数多の精霊や魔物たちも、暗黒時代に人やエルフが激減したあおりを喰らって消滅した。

小さな部族などに崇められていた精霊は、崇拝者たちが死に絶えれば生き残れない。

特定の地域で暮らしていた魔物たちの多くも、殆どが滅びてしまった。


そのような異世界にあって、メルのサツマイモはメジエール村に根付いた。


メルが石焼き芋を売りまくったあとで、村人から問い合わせを受けたアビーが、サツマイモの苗を配りまくったのだ。

アビーと村人たちの努力が実って、今年はサツマイモが豊作となった。



「わらし…。ヤキイモで、もうけられへん…」


メジエール村の小母さんたちは、自分で育てたサツマイモをオーブンで焼いていた。

こうなるとメルのヤキイモ屋さんは、閑古鳥が鳴く。


とは言え、メジエール村でサツマイモが栽培されるようになったのは、メルにとっても喜ばしいコトであった。

『酔いどれ亭』の裏にある畑では、充分な作付面積を確保できないので、小母さんたちの判断に文句など言えない。


誰だって美味しいものを食べたいし、そのための努力を否定してはならない。

美味しいが一番で、稼ぐのはどぉーでも良い。


「わらし…。作らんでも食べえうは、ベストよ!」


花丸ショップとメジエール村の人たちに、感謝だ。


「まあ…。売れんとなったら、手っ取り早くアレやね。ちっぷす!」


そうと決まれば、夏に収穫したカボチャも試してみたい。

とくに幼児ーズのタリサとダヴィ坊やは、カボチャが苦手だ。


「ヤキイモ食うのに、なんでカボチャがアカンの…?」


甘いものが大好きな癖して、カボチャを見ると逃げていく。

幼児の好き嫌いは、本当に謎デアル。


凡そのところを推理するに、匂いと味の組み合わせが良くないのだろう。

幼児特有のカテゴライズがあって、不運にも其処から外れてしまった食材は排除対象と定められる。


(こういう時は、期待通りの味にしてやるか、姿形を変えてしまえばよい!)


メジエール村でカボチャが使われるのは、主にポタージュスープと温野菜サラダ、パスタなどである。

パンプキンパイとかもあるけれど、デザート扱いはされない。

飽くまでもゴハンなのだ。


「あまいは、スイーツでしょ!」


それが幼児カテゴライズなのだ。


甘いは、おやつ。

ゴハンのおかずに甘いは許さない。

そして独特の風味と甘味を併せ持つカボチャは、悪とされてしまった。


「朝からパンケーキ食うくせに…。トーストだって、ジャムでデロデロでしょ!」


それはもう、メルの話であった。

バターとジャムでトーストを溺れさせるのは、メルの朝ゴハンだ。


とにかくタリサとダヴィ坊やは、塩味を期待して口に入れたカボチャで、『ウェーッ!』となったに相違なかった。


「よろしい…。ヤサイちっぷすで、塩かけたるわ♪」


禁断の技である。


もちろん延々とポテトチップスに類するオヤツを与えるつもりなどない。

カボチャに慣れさせたら、塩をグラニュー糖に切り替える。


(カボチャって歯ごたえも甘さも中途半端だから、幼児からすると『なに、コイツ?』って感じになるんだろうな…)


一般的に幼児は、幼児カテゴライズできないものを嫌う。

実を言えばメルも、水っぽく仕上がったカボチャの煮つけは大嫌いだった。


それは入院中に食べさせられた料理である。

喉を通らず、吐きそうになった。


カボチャはホクホクで、メッチャ甘が良い。

自然な味とか言ってないで、どっちゃりと砂糖を使って欲しい。

そこで砂糖の普及率が問題となるのだけれど、メジエール村では高価な調味料となる。


タリサやダヴィ坊やのお母さんを責めることは出来ない。

花丸ショップで安価に砂糖を入手できるメルとは、最初から条件が異なる。

たぶん、タリサやダヴィ坊やのお母さんは、甘いカボチャを食べさせてあげようと善意で用意したのだ。


まったく残念なことである。


メジエール村のカボチャは中途半端に甘い。

それは昨年の石焼き芋ブームで、明らかになった。

メルが用意したサツマイモは、甘味としてカボチャに圧勝した。


だからメジエール村の小母さんたちは、せっせとサツマイモを栽培しているのだ。


(だけどカボチャだって美味しいんだよ!)


メルはアビーに頼んでカットして貰ったカボチャを魔法料理店に運び込んだ。

丸のカボチャは包丁が端まで届かないので、四等分に切り分けておく必要があった。


ここからは調理スキルの出番である。


メルは人間スライサー。

『スタタタタン…♪』と小気味よく、皮つきのカボチャをスライスしていく。

ピンク色の柄がついたオモチャみたいな包丁だけれど、切れ味は抜群である。


スライスしたカボチャは天日干しにしてから、軽く表面に片栗粉を塗して揚げるだけ。


サツマイモはスライスしてから、チョットだけ塩水に晒す。

塩水から上げたら、よく水分を切る。

そして揚げる。


キツネ色に揚がったら、バットで油を切ってから塩を振る。


「できたぁー♪」


あとは、これをどうやって、タリサとダヴィ坊やに食べさせるかデアルガ…。


簡単だ。

見せびらかせばよい。


「ヨンたいイチに、しまショ…♪」


サツマイモが四に、カボチャを一の割合で混ぜた。


カボチャの種は身が厚かったので、試しに魔法の鍋でローストしてみた。

これにも塩を振ってから冷ます。


軽く噛んでパキッと殻を割り、中身を食べてみる。


「うっ、うまぁー!」


ナッツ好きなメルは、カボチャの種が気に入ったようだ。



その日の夜…。

『酔いどれ亭』のスペシャルメニューでチップスを出してみたところ、唐揚げに負けないほどの高評価を得た。


(これはイケるんじゃないの…?)


魔法料理店でスナックの販売を目論むメルは、お客さんの好感触に自信を深めた。

石焼き芋の代わりは、唐揚げと野菜チップスで決まりだ。


(基本的に…。オヤツはハチミツ、ツマミは塩で変化を持たせよう。だけど…。タリサとダヴィ坊やカボチャに慣れるまでは、塩味だね♪)


『カボチャの素揚げなら、マヨネーズでも行けるのでは…?』などと考えながら、ほくそ笑むメルだった。




◇◇◇◇




その日…。

メジエール村の中央広場にティナと連れ立って顔を見せたタリサは、超信地旋回(スピンターン)と名付けられた高難易度のタケウマ技を練習していたメルが、腰にさげた袋から何やら取りだして食べているのを目撃した。


「なに、アレ…?」

「何か食べてますね…」


タリサとティナは、ジィーッとメルたちを観察した。


よくよく見れば、ラヴィニア姫も口をモグモグさせている。

ダヴィ坊やも、パリパリと何かを食べていた。


メルから買った野菜チップスである。



実を言うとダヴィ坊やは、朝起き隊に参加した時点で、さっそくカボチャ嫌いを返上させられてしまった。

メルに騙されたのだ。


カリッとして塩味のきいたカボチャチップスは、ダヴィ坊やの知っているカボチャと何もかもが違った。

揚げ油の風味がまた、幼児心をバキューンと撃ち抜いた。


『これ、サイコー。メッチャうま…!』

『ソレハ良カッタデスネ』


カボチャチップスはサツマイモチップスに混ぜられていたので、ダヴィ坊やは殆ど気にすることなく食べてしまい、完食した後でメルから教えられた。


『おまぁー、それはカボチャですヨ♪』

『なにっ、マジかよぉ!』


もう手遅れだった。

美味しく食べてしまったのだから、今さら幼児カテゴライズにしがみつくコトも出来ない。


それに後を引く塩味が、ダヴィ坊やの拒絶を許さなかった。

もっと欲しい。


ダヴィ坊やは、カボチャチップスを美味しいと感じる自分に驚いた。

カボチャが美味しいなんて、あり得ないはずなのに…。


カボチャの温野菜サラダは回避したダヴィ坊やであったが、カボチャチップスに呆気なく敗退してしまった。


幼児の好き嫌いは、無垢さを守ろうとする信仰のようなモノだ。

要するにダヴィ坊やは穢れてしまったので、もうカボチャ嫌いを貫くことに意味が無くなった。


『だけど…。不味かったら、食わんぞっ!』

『まずいんは、わらしも食わんぞ』


『ちっ…!』


ダヴィ坊やの口から、悔しまぎれの一言が発せられた。

負け犬の遠吠えである。


こうした事情があって、ダヴィ坊やはメル陣営に加わり、タリサのカボチャ嫌いを止めさせるコトとなった。



そのタリサはと言えば…。

ラブコメに登場する、チョロインの如くであった。


「アンタたち、ナニ食べてんのよぉー!」

「むっ…?」


『酔いどれ亭』の店先に置いてあったタケウマに乗ると、タリサはダッシュでメルの横に張り付いた。


「あたぁーしぃ、オヤツです。新ショーヒンね。カリカリちっぷ言います」

「幾らよ?」

「一袋で、10ペグ…」


「安いじゃないの…。銅貨一枚で良いのね?」


タリサがフンスと鼻息荒く、メルに小さな銅貨を突き付けた。


皆が食べている物は、自分も食べたい。

そうでないと負けた気がするから…。


正常な幼児の心理であった。


「毎度ォー♪」


メルは嬉しそうに笑って銅貨を受け取り、首から下げたガマ口にチャリンと落とす。


「わたしにも下さい」

「毎度ォー♪」


タリサもティナも、手放しでタケウマの姿勢制御をして見せた。

もちろん、銅貨を受け取るメルだって手放しだ。


「セイェージュの枝に、フクロ吊ってあるで…」

「アレね。分かった!」

「ギリギリの高さじゃないですかぁー。メルちゃんは、意地悪ですね」


「片足できんなら、マホォーで落とすも、ありデショ」


一本足でバランスを取り、もう一方の棒を引っかけて取れと…。

どんだけタケウマで、遊び倒すつもりなのか…?


次から次へと高度な技を開発しては、自慢しまくる。

自慢された方は、意地になって同じ技を習得して見せる。


負けず嫌いも、些か度を越えていると言わざるを得まい。

阿吽の呼吸で力を貸す風の妖精たちは、否が応でも幼児ーズと心を通わせていくのだった。


「魔法は使わないでも、取れるよ」

「うん。ホントに、ちょっと届かないだけですね」


タリサとティナは、タケウマの片足立ちで器用に袋を回収した。


精霊樹の枝に括りつけられた袋は、ワジックの蔦を材料にしたモノだった。

メジエール村では、自生するワジックの蔦を叩いて取りだした繊維から紐を作る。

それを編んで製造された布袋である。


ワジックの蔦には防腐殺菌作用があって、籠や袋などに用いられる。

軽くて丈夫だけれど、衣類には適さなかった。

チクチクとして着心地が悪いのだ。



「うわぁー。美味しいねェー」

「甘いかと思ったら、しょっぱい。でも、すごく美味しいです」


「メルー。もう一個ちょうだい!」


タリサとティナは、あっという間にカリカリチップスを食べきって、メルのところに走ってきた。

カボチャチップスの存在には、全く気づいていないようだった。


まあ、タケウマに乗りながら食べているのだから、オヤツの材料をつぶさに調べる余裕などない。

それもまた、メルの作戦であった。


「10ペグなら、たくさん買えるよ…♪」

「お昼とは別に買っても、安いから心配いりませんね」


「うむっ…。食べすぎて、オヒル食べれんとか、ナシな…!」


メルはニヤニヤしながら、代金を受け取った。


幼児ーズのカボチャ撲滅委員会は、こうして解散に追い込まれた。


(うん…。これで憂いなく、パンプキンパイが作れると言うモノ…♪)


メルは上機嫌になった。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 昭和14年生まれのオカンによれば、オカンが子供時代にたべたカボチャと、いまスーパーなどで出回っているカボチャは、まったく別物といえるほど味がちがうそうです。 昔のは、甘みが乏しい、あるい…
[良い点] 毎回美味しそうで素敵ですね
[良い点] ほのぼの。ほっこりしました。 [一言] カボチャぷりんもお忘れなく・・・!
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