孤児たちとメル
コツコツと長い二本の長い棒で石畳を踏みつけながら、シュミーズとかぼちゃパンツを纏った幼児がチルたちの前を進んでいく。
二本の長い棒を手足で操る幼児の身体は、チルたちを見下ろす高さにあった。
銀色の髪を背中まで伸ばした、耳の大きな幼女だ。
瞳は琥珀色で、ときおり内側から金色の輝きを放って見える。
その姿はネコや小型の野生動物のような、抗いがたい魅力でチルの関心を引き付けた。
「おい。おまぁーら、ガンバレ。もうちょこっとら…!」
「分かったわよ。ぷぷっ…!」
「何が可笑しい?笑うとこ、あらへんヨ。ねぇねぇ…。もっと、マジメにしまショ!」
「……うん」
幼女の態度は驚くほど横柄であり、ときに威張りくさったポーズがツボに嵌って、無性に愛でたくなる。
(この子は、普通の家庭で育った子じゃない。どちらかと言えば、アタイたちサイドの子だよね…?)
チルは幼女の言動から、その生い立ちがまともではないと推察した。
少なくとも、ウスベルク帝国の一般的な国民には含まれない。
(エルフみたいな耳だし…。ハーフとかなのかな?)
何にしてみても可愛らしい。
お姉さん気質のチルとしては、大好物なイモウト系であった。
(持って帰って、ペットにしたい♪)
もっとも、チルには帰る場所がない。
家なしの孤児だから、ペットを飼う余裕など無いのだ。
それに幼女は野良猫と違って、好き勝手に拾うわけにもいかない。
横をチラ見すれば、セレナも欲しそうな顔つきで幼女を見ていた。
セレナはネズミに餌を与えて可愛がっていたけれど、やはりプニプニとした妹分の方が良いのだろう。
生意気な口調だって面白いし、ずっと眺めていても退屈はしなかった。
そして何と言っても、妖精たちが幼女を気に入ってついて行く。
(きっと、ヨイ子なんだ…!)
それはもう、チルにとって疑いようもない真実であった。
チルは可愛いイモウトが欲しかった。
だけど親は要らない。
もう身勝手な親なんて、見たくもなかった。
(孤児の境遇を嘆いたところで、どうにもならないけど…。欲しいモノに、ちっとも手が届かないのは、悲しいよね)
そっと心のなかで嘆く、チルであった。
そんなチルを慰めるように、三毛猫が足の間をすり抜けていった。
チルは三毛猫もまた精霊であることに気づいていた。
チルたちから僅かに遅れて歩くキュッツは、三の姫に手を繋がれていた。
木の精霊を名乗る娘は髪だけでなく肌まで緑色で、最初にキュッツが見たときは顔も付いていなかった。
その外見はキュッツを心底ふるえ上がらせたのだけれど、チルが安心して良いと言うので、何とか逃げださずに堪えた。
そうして身近に接してみると、三の姫はとても優しい精霊だった。
チルと違って、キュッツに嫌味を言ったりもしない。
怖そうにしていたら、顔も用意してくれた。
『ゴメンネ!』と言って…。
三の姫は、キレイな美人さんだった。
とにかくキュッツたちを気づかって親切にしてくれる、聖母さまのような存在なのだ。
(この手は、離したくないなぁー。ずっと、一緒に居てくれないかな…?)
キュッツは頬を赤らめながら、そんなことを思う。
それはもう間違いなく、お姉さんにホの字な初心い少年の反応だった。
精霊たちは、それぞれに魅力的な要素を持つ。
嵌る相手には、思いもかけないチャームを発揮する。
精霊樹の守り役である三の姫は、無自覚な少年キラーであった。
三の姫を盗み見るキュッツの態度は、年上の女性に憧れる少年以外の何物でもなかった。
キュッツは思春期直前の男子にありがちな、照れくささの混じった甘酸っぱい恋慕の気分に浸っていた。
「キュッツくん。顔が火照っているようですけれど…。身体の具合が、悪いのでしょうか?」
「いいえ。オレはぁー。元気ですよぉー!」
額に手を当てられ、間近に顔を覗かれたキュッツは、激しい動揺を隠しながら三の姫に答えた。
「それなら良いですけど、無理をしてはいけませんよ」
「はっ、はい!ムリはしません…」
三の姫は少年たちに崇められる、特異な美質を具えていた。
言うまでもなく、その魅力はハンテンに通用しない。
(なんて素直な良い子なのかしら…。カワイイ…。やっぱり、犬畜生はダメよね!)
世の中とは、上手く行かないものである。
「メル…。メルちゃん」
「んっ…?」
「アタイたちに住む場所を紹介してくれるって言うけどさ。お金はどうしたらいい?」
「要らんわぁー」
「お金なら、あるんだよ。ちゃんと持ってる」
チルたちは、ネグラから金貨を持って来ていた。
沢山あったから、三人で分けて運んでいる。
使う機会があるなら、バンバン金貨を使うつもりだった。
孤児が大金を所持していても、不幸しか招き寄せないのは分かっていた。
ケチったところで、意味なんかないのである。
「アータら、オカネ持ちですか…?」
「うん…。此処で拾った金貨だよ。返さないといけないなら、返すけど…」
「キンカ…?」
「そそっ…。ピッカピカの帝国金貨がたくさん」
「数えきれないほどあるの…」
セレナがチルの横から言い添えた。
「メルちゃんにも、金貨をあげないとね」
「なんで…?」
「だって、アタイたちを助けてくれたから…」
チルはメルの問いに答えた。
助けてもらった対価なのだから、あるだけ渡したって構わない。
ただ、メルのような幼児に、金貨の価値が分かるのか少しばかり不安だった。
所持していて、誰かに襲われでもしたら可哀想だ。
「ヒメ(大銅貨)ある?」
「えっ…。坊さま(金貨)と、おじいちゃん(銀貨)ばっかりだよ。ムギ(銅貨)やヒメ(大銅貨)は無かった」
「だったら、要らん。わらしなぁー、ムギをたくさんもっとぉーヨ。けど…。ヒメ欲しいわ。ヒメ、めっさカワイイ♪」
メルは百ペグ大銅貨の裏面に刻印された、お姫さまの横顔が好きだった。
封印の巫女姫をモデルにした刻印は四種類あるのだけれど、メルが持っているのは二の姫をモデルにしたモノだけだ。
可能であるなら、全部を揃えたいと以前から思っていた。
「可愛いって…。メルちゃんてば、変なのォー。ふつうは、銅貨より金貨だと思うな。大銅貨は百ペグだけど、金貨は十万ペグだよ!」
セレナは、メルが子供っぽいと言って笑った。
「セレナ、アホですか…。ころもが使えんかったら、おなじデショ!」
「まぁ、そうだよねェー」
「ドォーカの方が、安全ヨ。わらしでも、クシ買えるわ」
「あーっ。屋台のォー。焼肉が刺さってるやつね。タレが美味しいよねェー」
「そそっ…。とぉーても、たよりになりマス。百ペグより、たかいモンなど買わん!」
メルは銅貨の素晴らしさについて、熱弁を振るった。
露店でインチキ臭い魔剣のオモチャを買わされてから、メルの小銭ラブは一段と深まっていた。
メル曰く。
お金をたくさん持つから、インチキに引っ掛かるのだ。
銅貨しか持っていなければ、誰かに騙される心配も要らない。
帝都ウルリッヒを安心安全に散歩しようと思ったら、無一文でいるのが一番だった。
屋台の料理が食べたくなったら…。
優しそうな人に強請れば良い。
それがメルの学んだ処世術であった。
傾国の幼女は、何よりも無料が好きだった。
他人からモノを貰うのが大好きだった。
だけどケチではない。
「おまーら、これ上げマショ」
「えっ?」
「何ですか、それは…?」
「ガムじゃ。ふぅーせんガム」
メルはくちゃくちゃしてから、ガムをプゥーッと膨らませた。
花丸ショップで購入した風船ガムである。
「えっ、えっ?」
「なんか凄いよ」
「オレにも…。オレも欲しい」
「アジ、せんよぉーなったら…。ペッて吐きすてゆ。呑んだらアカンのね」
チルたちはメルから風船ガムを貰って、口に入れた。
「包み紙がピカピカ…」
「コレ、甘ぁーい」
「ウハァー。モノスゲェ美味い!」
メルは貰うのも上げるのも、基本的に好きだ。
大事なのは、其処に生まれる嬉しい気持ちだった。
「みんなでオイシイは、シアワセよ…」
「うんうん…」
「はぁー。妖精たちが、メルちゃんに懐くの…。分かるなぁー」
「なぁなぁ…。これって、どうやって膨らますの…?」
だが、教えるのは非常に苦手だった。








