表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
132/370

孤児たちとメル



コツコツと長い二本の長い棒で石畳を踏みつけながら、シュミーズとかぼちゃパンツを纏った幼児がチルたちの前を進んでいく。

二本の長い棒を手足で操る幼児の身体は、チルたちを見下ろす高さにあった。


銀色の髪を背中まで伸ばした、耳の大きな幼女だ。

瞳は琥珀色で、ときおり内側から金色の輝きを放って見える。

その姿はネコや小型の野生動物のような、抗いがたい魅力でチルの関心を引き付けた。


「おい。おまぁーら、ガンバレ。もうちょこっとら…!」

「分かったわよ。ぷぷっ…!」

「何が可笑しい?笑うとこ、あらへんヨ。ねぇねぇ…。もっと、マジメにしまショ!」

「……うん」


幼女の態度は驚くほど横柄であり、ときに威張りくさったポーズがツボに嵌って、無性に愛でたくなる。


(この子は、普通の家庭で育った子じゃない。どちらかと言えば、アタイたちサイドの子だよね…?)


チルは幼女の言動から、その生い立ちがまともではないと推察した。

少なくとも、ウスベルク帝国の一般的な国民には含まれない。


(エルフみたいな耳だし…。ハーフとかなのかな?)


何にしてみても可愛らしい。

お姉さん気質のチルとしては、大好物なイモウト系であった。


(持って帰って、ペットにしたい♪)


もっとも、チルには帰る場所がない。

家なしの孤児だから、ペットを飼う余裕など無いのだ。

それに幼女は野良猫と違って、好き勝手に拾うわけにもいかない。


横をチラ見すれば、セレナも欲しそうな顔つきで幼女を見ていた。

セレナはネズミに餌を与えて可愛がっていたけれど、やはりプニプニとした妹分の方が良いのだろう。

生意気な口調だって面白いし、ずっと眺めていても退屈はしなかった。


そして何と言っても、妖精たちが幼女を気に入ってついて行く。


(きっと、ヨイ子なんだ…!)


それはもう、チルにとって疑いようもない真実であった。

チルは可愛いイモウトが欲しかった。


だけど親は要らない。

もう身勝手な親なんて、見たくもなかった。


(孤児の境遇を嘆いたところで、どうにもならないけど…。欲しいモノに、ちっとも手が届かないのは、悲しいよね)


そっと心のなかで嘆く、チルであった。


そんなチルを慰めるように、三毛猫が足の間をすり抜けていった。

チルは三毛猫もまた精霊であることに気づいていた。



チルたちから僅かに遅れて歩くキュッツは、三の姫に手を繋がれていた。

木の精霊(ニュムペー)を名乗る娘は髪だけでなく肌まで緑色で、最初にキュッツが見たときは顔も付いていなかった。

その外見はキュッツを心底ふるえ上がらせたのだけれど、チルが安心して良いと言うので、何とか逃げださずに堪えた。


そうして身近に接してみると、三の姫はとても優しい精霊だった。

チルと違って、キュッツに嫌味を言ったりもしない。

怖そうにしていたら、顔も用意してくれた。


『ゴメンネ!』と言って…。


三の姫は、キレイな美人さんだった。


とにかくキュッツたちを気づかって親切にしてくれる、聖母さまのような存在なのだ。


(この手は、離したくないなぁー。ずっと、一緒に居てくれないかな…?)


キュッツは頬を赤らめながら、そんなことを思う。

それはもう間違いなく、お姉さんにホの字な初心(ウブ)い少年の反応だった。


精霊たちは、それぞれに魅力的な要素を持つ。

嵌る相手には、思いもかけないチャームを発揮する。

精霊樹の守り役である三の姫は、無自覚な少年キラーであった。


三の姫を盗み見るキュッツの態度は、年上の女性に憧れる少年以外の何物でもなかった。

キュッツは思春期直前の男子にありがちな、照れくささの混じった甘酸っぱい恋慕の気分に浸っていた。



「キュッツくん。顔が火照っているようですけれど…。身体の具合が、悪いのでしょうか?」

「いいえ。オレはぁー。元気ですよぉー!」


額に手を当てられ、間近に顔を覗かれたキュッツは、激しい動揺を隠しながら三の姫に答えた。


「それなら良いですけど、無理をしてはいけませんよ」

「はっ、はい!ムリはしません…」


三の姫は少年たちに崇められる、特異な美質を具えていた。

言うまでもなく、その魅力はハンテンに通用しない。


(なんて素直な良い子なのかしら…。カワイイ…。やっぱり、犬畜生はダメよね!)


世の中とは、上手く行かないものである。



「メル…。メルちゃん」

「んっ…?」

「アタイたちに住む場所を紹介してくれるって言うけどさ。お金はどうしたらいい?」

「要らんわぁー」


「お金なら、あるんだよ。ちゃんと持ってる」


チルたちは、ネグラから金貨を持って来ていた。

沢山あったから、三人で分けて運んでいる。


使う機会があるなら、バンバン金貨を使うつもりだった。

孤児が大金を所持していても、不幸しか招き寄せないのは分かっていた。

ケチったところで、意味なんかないのである。


「アータら、オカネ持ちですか…?」

「うん…。此処で拾った金貨だよ。返さないといけないなら、返すけど…」

「キンカ…?」

「そそっ…。ピッカピカの帝国金貨がたくさん」


「数えきれないほどあるの…」


セレナがチルの横から言い添えた。


「メルちゃんにも、金貨をあげないとね」

「なんで…?」

「だって、アタイたちを助けてくれたから…」


チルはメルの問いに答えた。


助けてもらった対価なのだから、あるだけ渡したって構わない。

ただ、メルのような幼児に、金貨の価値が分かるのか少しばかり不安だった。

所持していて、誰かに襲われでもしたら可哀想だ。


「ヒメ(大銅貨)ある?」

「えっ…。坊さま(金貨)と、おじいちゃん(銀貨)ばっかりだよ。ムギ(銅貨)やヒメ(大銅貨)は無かった」

「だったら、要らん。わらしなぁー、ムギをたくさんもっとぉーヨ。けど…。ヒメ欲しいわ。ヒメ、めっさカワイイ♪」


メルは百ペグ大銅貨の裏面に刻印された、お姫さまの横顔が好きだった。

封印の巫女姫をモデルにした刻印は四種類あるのだけれど、メルが持っているのは二の姫をモデルにしたモノだけだ。

可能であるなら、全部を揃えたいと以前から思っていた。


「可愛いって…。メルちゃんてば、変なのォー。ふつうは、銅貨より金貨だと思うな。大銅貨は百ペグだけど、金貨は十万ペグだよ!」


セレナは、メルが子供っぽいと言って笑った。


「セレナ、アホですか…。ころもが使えんかったら、おなじデショ!」

「まぁ、そうだよねェー」

「ドォーカの方が、安全ヨ。わらしでも、クシ買えるわ」

「あーっ。屋台のォー。焼肉が刺さってるやつね。タレが美味しいよねェー」


「そそっ…。とぉーても、たよりになりマス。百ペグより、たかいモンなど買わん!」


メルは銅貨の素晴らしさについて、熱弁を振るった。


露店でインチキ臭い魔剣のオモチャを買わされてから、メルの小銭ラブは一段と深まっていた。


メル曰く。

お金をたくさん持つから、インチキに引っ掛かるのだ。

銅貨しか持っていなければ、誰かに騙される心配も要らない。


帝都ウルリッヒを安心安全に散歩しようと思ったら、無一文でいるのが一番だった。


屋台の料理が食べたくなったら…。

優しそうな人に強請れば良い。


それがメルの学んだ処世術であった。


傾国の幼女は、何よりも無料(タダ)が好きだった。

他人(ヒト)からモノを貰うのが大好きだった。


だけどケチではない。


「おまーら、これ上げマショ」

「えっ?」

「何ですか、それは…?」


「ガムじゃ。ふぅーせんガム」


メルはくちゃくちゃしてから、ガムをプゥーッと膨らませた。

花丸ショップで購入した風船ガムである。


「えっ、えっ?」

「なんか凄いよ」

「オレにも…。オレも欲しい」


「アジ、せんよぉーなったら…。ペッて吐きすてゆ。呑んだらアカンのね」


チルたちはメルから風船ガムを貰って、口に入れた。


「包み紙がピカピカ…」

「コレ、甘ぁーい」

「ウハァー。モノスゲェ美味い!」


メルは貰うのも上げるのも、基本的に好きだ。

大事なのは、其処に生まれる嬉しい気持ちだった。


「みんなでオイシイは、シアワセよ…」

「うんうん…」

「はぁー。妖精たちが、メルちゃんに懐くの…。分かるなぁー」


「なぁなぁ…。これって、どうやって膨らますの…?」


だが、教えるのは非常に苦手だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは2巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは1巻のカバーイラストです。

カバーイラスト
カバーイラストをクリックすると
特設ページへ移動します。

ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
[一言] 『ガム、よ〜噛んでな、クチのなかでまるぅくすゆんよ。んで、まんなかん穴あけて、ゆっくりそのあなにイキいれるんよ。』 とか?
[一言] 貨幣も流通していなければ、価値はないも同然ですからねえ。 メルにとっては現状どの硬貨も、ゲーセンのメダルも同然ですか。 これがもう少しメルも大きくなって、普通に帝都でお買い物出来るようにな…
[良い点] 幼女の金銭感覚!!! [気になる点] 竹馬乗ったままガム渡したのかしら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ