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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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緊急イベント発生



『酔いどれ亭』の裏庭で、メルは手漕ぎポンプを使って金盥に井戸水を張っていた。


タケウマで汗をかいた幼児ーズは、脱いで水洗いした服を古びた卓子(テーブル)のうえに並べた。

天気が良いので、こうしておけばざっと洗った服もぱりぱりに乾く。

軽く絞って、水を切るだけで良かった。


ラヴィニア姫も躊躇なく服を脱ぐと、大きな手桶に浸けてジャボジャボと洗った。


土埃と汗に汚れ、肌がベタベタして気持ち悪い。

早急に何とかしたい。


そうなると不思議なモノで、裸になっても一向に恥ずかしくなかった。

何処を見られようと、また思い切り触られたり、掴まれたりしても気にならなかった。


ラヴィニア姫が気になると言えば、幼児ーズ唯一の男児であるダヴィ坊やの股間くらいか。

チラ見しては、視線を逸らして真顔になる。


(三百年も生きていながら、殿方のあれを見るのは初めてなのよね…)


男児のとんがり帽子を無視できるほど、ラヴィニア姫の心は摩耗していなかった。

むしろ生まれ変わったコトで、ピカピカの新品になっていた。

好奇心とは、溌溂とした精神の正常な働きである。


ラヴィニア姫を責めるコトなど出来ない。


何しろラヴィニア姫は幼児なのだ。

男児のアレが、少しばかり羨ましく思える年頃の女児に過ぎない。


齢三百を数えても…。

その好奇心は、大人の性的な欲望と縁がなかった。



メルはダヴィ坊やにアレを突きつけられると、すかさず頭を叩いた。


「やめんか、デブ…!」

「あっ、イテェー」


その部分を得意げに見せびらかすダヴィ坊やの行為は、殴ってでも改めさせる必要があった。


タリサやティナだって、ダヴィ坊やが男であることを自慢する問題行動に眉をひそめていた。

幼児だからと放置しておけば、ダヴィ坊やは孤立してしまう。


「デブ…。チンコ、顔に近づけゆ…。ダメ!」

「分かったよ。メル姉…」

「おまぁー。わかった言いながら、くりかえす。絶対にダメ!」

「ごめんよ」


「そのうち、コーカイすゆデショ」


メルは遠い目になりながら、ダヴィ坊やにお説教をした。


この大らかな異世界でも、ダヴィ坊やの如き振る舞いを続ければ、やがては悪名を馳せるに決まっていた。

幼児たちの未来には、価値観を根底からひっくり返す思春期が待ち構えているのだ。


そこでは楽しかったアレコレが、いきなり黒歴史に変わる事だってあるだろう。


だからこそ…。

オンナノコの顏に、とんがり帽子を突き付けてはいけません。

たとえ変な意図がなくても…。


そうメルは思うのだった。



文句のつけようがなく、穏やかな日であった。


やがて訪れる秋の気配が、そよ吹く風に心地よく感じられた。

肌を焼く陽光の激しさは相変わらずだが、水に浸かると怠さより眠気を覚える。


最近では、すっかり田舎の女児と化したメルである。

タリサたちが大股を広げていようと、もう視線のやり場に困ったりはしない。

それどころか、メル自身が大の字になっていた。


「フゥーッ。井戸水は、ちべたいのぉ…♪」


まるで温泉で寛ぐオヤジのようだった。


ラヴィニア姫を除いて、メルたちは真っ黒に日焼けしていた。

だれからともなく水の妖精に頼んで、金盥の中央に噴水を作りだす。

飛び散る水しぶきに虹がかかる。


「綺麗ですね…。みなさん、とても魔法が上手…」

「そうかぁー?」

「だって、無詠唱ですし…。術式プレートも、使っていませんよね?」


「ジュツシキ・プレート?」


メルから教わった『なんちゃって魔法』を使う幼児ーズは、ラヴィニア姫の言葉に首を傾げた。

メジエール村の子供たちは術式プレートなんて知らないし、魔鉱プレートでさえ目にしたコトが無い。


魔法と言えば、『洗浄魔法(ピュリファイ)』の呪文を親から習っただけである。

あとは仕事をするようになれば、職場の先輩や親方から必要な魔法を教わる。


おそらく幼児ーズのように多彩な魔法を使う者は、メジエール村に居ない。

噴水で虹を楽しむ魔法なんて生活に必要がないので、誰も身につけたりしないのだ。


この噴水は、水の槍を弱くした魔法である。

水の槍として使えば、従える妖精たちの数次第で大岩に穴を穿つ。


力の加減を誤れば、『洗浄魔法(ピュリファイ)』どころの話では済まなかった。

だけど幼児ーズは日常の遊びから、微細で強固なイメージを育んでいた。

妖精たちとの信頼関係は非常に厚く、幼児ーズの願いが取り違えられるコトもない。


これは身体を動かすのに似ている。

でんぐり返しを覚えて、コロコロ転がるのと何も変わらなかった。

妖精たちは幼児ーズの大切な手足であり、お互いに良好な共生関係を築いていた。


そんな幼児ーズが、ラヴィニア姫からすれば天才に見える。

田舎の子供だと、軽々しくバカには出来ない。



「ヒヤァ!」


唐突に、メルの頭でアラーム音が鳴り響いた。

寝ぼけていたメルは、騒々しいアラーム音によって叩き起こされた。


「ハッ!なに…。ナニゴトよ?」


それと同時に、妖精会議での決定事項が記憶の底から浮上してくる。


緊急事態。

即時、地下迷宮へ移動。

侵入者を妖精母艦メルにより、直接迎撃せよ。


緊急イベントの発生だった。


「わっ、わらし、ゴヨウジ…。ちと、出かくゆヨ!」

「えぇーっ。メルってば、何処へ行くのよ。いつ帰ってくるの…?」

「言えましぇん」

「お昼は…。お昼ゴハンは…?」


「まぁまが、ヨウイしてくえゆデショウ!」


メルは金盥からすっくと立ち上がり、木のサンダルをつっかけると精霊樹に向かって走った。


『酔いどれ亭』の食堂を突っ切る際に、ふと気がつく。


「しまった。わらし、ハダカね…!」


服は洗ったばかりなのでびしょ濡れだ。

だけど慌てたせいで、タオルを置いてきてしまった。


(大きなバスタオルがあれば、身体に巻けたのに…。これじゃ、スッポンポンだよ)


悠長に取りに戻る余裕は、多分ない。

敵は大人で、ミッティア魔法王国の兵隊さんなのだ。

本気の大人は、手加減なしで色々なモノを破壊するに違いなかった。


「どうしたのメルちゃん。そんな格好で…?」

「気にせんで…」

「いやいや…。店に入るなら、ちゃんと服を着てください」

「わかった!」


「もう、いっつも口ばっかりなんだから…」


厨房で野菜の下拵えをしていたアビーが、顔をしかめて注意した。

その横をメルがすり抜けていく。


「まぁま、お昼ゴハン…。オネガイね」

「えっ。どこかへ行くの?」

「ちょっこと…!」


「メルちゃん、ハダカ。ハダカで外は、ダメでしょ。コラッ…。言うことを聞かないと、そのうち後悔するからねェー!」


アビーが走り去るメルの背中に、大声で叫んだ。


(ごめんね、アビー。時間がないんデス。精霊樹の危機なんだってば…。世間体とか、そんなのは後回しよ…!)


メジエール村の中央広場には、ほとんど人影がなかった。

精霊樹までは、ほんの少し走るだけ。


更に言うなら、地下迷宮は真っ暗だ。

手早く任務を終わらせてしまえば、全裸だからと文句をつけられる筋合いもない。


仮に地下通路で誰かと顔を合わせたとしても、倒すべき敵の部隊か、格好なんて気にしない精霊たちだけである。


メルが恥ずかしがらなければ、何も問題はない。

問題なんて、欠片もないはずだった。


「ちっ…!」


やはり、ちょっとだけ恥ずかしかった。


途中…。

精霊樹の木陰で涼んでいたミケ王子をピックアップする。


「ミャァ?」

「つきあい…」

「ニャニャニャニャニャ…!」


ミケ王子が抗議の声を上げたけれど、無視を決め込む。


服を着るヒマが無いので、ミケ王子はハダカ隠しだ。

バスタオルの代わりである。


何もないよりマシだった。


メルは精霊樹の地下室に設置してあったタブレットPCを操作して、喧しいアラーム音を解除した。

壁掛けからデイパックを取り外すと肩に担ぎ、ミケ王子を小脇に抱えたまま異界ゲートへと飛び込んだ。


メルは胸を高鳴らせていた。


今日は妖精たちとコッソリ鍛えてきた、幼児拳のお披露目だ。

驚くであろう大人たちの顔を想像するだけで、顔がにやけてしてしまう。




◇◇◇◇




地下迷宮の防衛を任されたゴブリンたちは、想像もしていなかった敵の強さに苦戦を強いられていた。


「ケクス隊長…。矢ぁー、当たっとるのに弾かれるギャ!」

「ズンド、泣きごとはあかんギャ。ゴド、魔法攻撃はまだギャ?」

「…………」


ゴドは魔法詠唱中につき、答えることが出来なかった。


「ウヒャァ―。前衛が吹き飛ばされたギャ!」

「うぎゃぎゃ…。なんじゃ。あのカテェー巨人は…?」

「魔法で動いとる、ゴレムみたいなもんでねぇギャ?」


「ちっ…。つぎの曲がり角まで、撤退するギャ!」


撤退につぐ、撤退。

そして、又もや撤退。

防衛部隊は、ジリ貧である。



「なるほどなぁー。人間も、歳月を重ねれば学ぶのか…?」


闇の中から響いた声に、侵入者たちの動きが止まった。


「ミュッケ、後方だ。正確な位置を送る。魔導甲冑の雷撃を食らわせろ!」

「了解。雷光槌を使用する」


暗闇を青白いスパークが照らし、特殊部隊の後方で破裂音が炸裂した。


「ほうっ、我の位置を突き止めたか…。あっぱれだ。誉めてやろう!」


一瞬の光に、悪魔王子(デーモン・プリンス)の姿が浮き上がった。


「上位の邪霊です…。ボス級の、お出ましだ」

「全員、後方の敵に注意を払え…。ミュッケは、ポットの起動準備だ。ターゲットはボス級!」

「承知しました」

「ゴブリン共は、接近戦部隊に任せる。それでいいな、ロスコフ…?」


「問題ありません。任されました…。誰かひとり、俺のバックアップにつけ。残りはジータスの指示に従い、魔法部隊の掩護だ!」


素早く、部隊の陣形が組み直された。


「フンッ。小賢しい。その不細工な魔導具で、何が出来るというのかね?」

「偉そうな邪霊だな…。生意気にも、人語を口にしやがる」

「笑止デアル。我は貴様などより、よほど長く生きておるわ…。かつては、悪魔王子(デーモン・プリンス)と呼ばれていた。死出の旅立ちに、我が名を覚えておくがよかろう」


「長生きが、おぬしの自慢か…?それとも、それしか誇るモノがないのかな…?おぬしのような老害は、既に時代遅れなのさ。今から、それを教えて差し上げよう」


フレンセン隊長は得体の知れない邪霊を前にして、臆するところなく対決の姿勢を示した。


「生意気な小僧めが…。ぶち殺してくれるわ…!」

「試してみるがよい」


挨拶の口撃は、充分に交わされた。

これより、魔法による闘いの始まりだ。






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