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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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暑い夏は冷製デス…



アーロンが帝都ウルリッヒに連れ去られて、幼児ーズは平和な日々を取り戻した。

横合いから干渉する大人の存在は、子どもにとって煩わしいだけだ。

大人なんてものは、助けて欲しいときにだけ居れば善し。


アーロンの如き喧しいだけの男は、皇帝陛下にこき使われていれば良いのだ。


だがしかし、メルは魔法仕掛けのオモチャが欲しかった。



「こぉーれは…。アー()ンのキゲンを取ゆしか、ないんかのぉー?」


ラヴィニア姫と仲良くするのは、望むところである。


ただしアーロンが良い奴だと説得するのは、また別の話だ。

それは、途轍もなく難しいコトに思えた。


(もっとも最大の障害は、僕がハンテンを助けられなかったコトにあるんだけどね…。そちらは取り敢えず、執行猶予が与えられたのかなぁー?)


クロ猫(ネコスケ)に化けたミケ王子からの情報により、ラヴィニア姫がメルの正体に気づいていないと分かった。


当座の憂いは晴れたのだ。



ウスベルク帝国に暮らすエルフの数は、非常に少ない。

尖った耳の子どもなんて、走り回って探しても見つからないだろう。


それでもラヴィニア姫がメルの正体に気づかなかった理由は、ふたつある。


ひとつに、ユリアーネ女史やアーロンがエルフなので、ラヴィニア姫はエルフの希少性を正しく認識していなかった。

ふたつに、メルと出会った夢自体をハッキリと記憶していなかった。


ミケ王子はメルに頼まれて、ラヴィニア姫とユリアーネ女史の会話から情報を拾い集めていた。


〈メルー。心配いらないよ…。ラヴィニア姫は、ぼんやりと夢を記憶してるだけだもん。ハンテンのことは繰り返し、ボクに話して聞かせるけど…。メルの姿は、忘れちゃったみたい…。『あの()…。ハッキリと顔を見たのに、思いだせないの…』って、悲しそうに言ってた〉

〈微妙だぁー。わたしとしては印象的な登場を心掛けたのに、覚えていないの…?〉

〈えーっ。だけど記憶されているのは、イヤなんでしょ?〉

〈うううっ…。屍呪之王(しじゅのおう)をやってしまったから、酷いやつとか思われるのが辛い。罵られたら、泣いちゃいそうです…〉


〈だったら、素直に喜んだら…。ラヴィニア姫はユリアーネ女史に連れられて、明日の午後に『酔いどれ亭』を訪れるよ。美味しいゴハンを食べたいんだってさ…♪〉


フレッドが居ないので、『酔いどれ亭』はお昼の営業を休止していた。

だから、お昼は幼児ーズのランチタイムである。


どうもエルフと言うモノは自分勝手で、他人を含めた段取りを組むのが下手くそだ。

クリスタしかり、アーロンしかり、おまけにユリアーネ女史もデスカ…。


(事前確認をしたり、お店に予約を入れたりしないのは、エルフの種族的な特性なのか…?それとも、特殊な文化習慣によるものか…?しかし…。何でもかんでも、行き当たりばったりなのは感心しないよ。もしかして、根本的な欠陥が脳にあるとか…?ウワァー、それはヤバイよ。そうなると、僕も同じなのかなぁー!)


メルの表情が一気に曇った。


メル自身も料理の手順を除けば、ほぼスケジュールを組まないと気づいてしまったからだ。

他人と何かを相談することも、極端に少ない。


色々な事を言葉で説明するのが、苦手だから…。


突き詰めれば…。

メルたちが自分勝手な原因は、人間関係のスタンスにあった。


エルフだからではない。

四人がそれぞれに、特異なコミュニケーション障害を抱えていたのだ。


その筆頭はクリスタである。

クリスタは誰が見ても、明らかに引きこもりでしかない。

どのような理由があるのか分からないけれど、他人との接触を避けているのは確かだった。



〈だからさぁー。メルは、明日のゴハンを考えなきゃダヨ…。聞いてるの、メル…?〉

〈ウンウン…。ミケ王子の仰る通りです〉


メルは力なく頷いた。


ミケ王子からの報告が無ければ、又もや残念な事態に陥るところだった。


〈ありがとう、ミケ王子!〉


メルはマグロの赤身をパクパクと食べるミケ王子に、感謝の気持ちを伝えた。

ミケ王子は猫だけど、イケメンだった。


マウントしたがりだけど、心根はヤサシイのだ。


〈どういたしましてさ…。この潜入任務は、キライじゃないよ。ラヴィニア姫もユリアーネさんも、すごく親切だから…。ネコスケって名前で呼ばれなければ、もっと良かったんだけどね!〉

〈さぁーて、明日は何の料理にしようかな…?みんなで、ワイワイしたいよね…♪〉


コミュ障は良くない。

健やかで明るく楽しい未来のために、面倒くさがらず、お喋りをしよう。


そう心に誓うメルだった。




片栗粉と言う調理用素材がある。

煮汁にトロミをつけたり、プリプリ感を与える。

粘りがあるので、食材によく味を絡ませる事ができる。


揚物にも衣として使用できるし、葛餅(くずもち)などのデザートだって作れる。


それだけでなく、片栗粉は料理の温度を強調してくれるのだ。

温かな料理はより温かく、冷たい料理はよりひんやりと…。


片栗粉の正体は馬鈴薯デンプンである。

コチラの世界にもジャガイモのような根菜があるから、アビーと一緒に片栗粉を作った。


メルは手が小さいので、おろしがねを使うのが苦手だった。

こうした場面で『まったく、チビはしょうがないなぁー!』とか、余計なことを言わずに助けてくれるアビーは良いママだった。


フレッドは良くないパパだ。

いちいち腹が立つ。


すりおろした芋は目の細かい布で包み、水を張ったボールに浸ける。

そこでよぉーくシャブシャブしたら、布に包んだまま搾る。

ギュゥーッと搾る。


布で包んだ芋を取りだしたら、暫く濁った水を放置する。


「これで良いの?」

「ボールのソコに、白いコナが沈むデス」

「ほぉー。それがカタクリコなんだ…」


「あい。マホォーのコナよ♪」


要らない水を捨てて白い粉をゲットしたら、再度水を注いで溶かし、沈殿させる。

そうして、また要らない水を捨てる。


不純物を除去する作業だ。

必要なのはボールの底に残った、沈殿物だけである。


片栗粉は花丸ショップでも購入できるけれど、作り方を覚えていたので試したかった。

理科の実験みたいで楽しく、成功した達成感がまた嬉しかった。


「それっ、乾かして使います」

「ほうほう…。どう使うのかな…?」

「キョォーは、肉にまぶすヨ!」

「小麦粉みたいなの…?」


「うーん。ちがうと思う」


メルは片栗粉を完成させるために、妖精たちの助けを借りることにした。


〈妖精さん。その粉から水分を抜いて貰えますか…?〉

〈まっかせなさい♪〉

〈やるやる…〉


〈ちょー簡単…!〉


妖精たちが、あっという間に片栗粉を乾燥させた。



「ヨォーし。オニクを茹でう…!」


こそりとトンキーの不在を確認してから、メルは薄切りの豚肉を取りだした。


ミートスライサーがないと、肉を薄く切るのは難しい。

シャブシャブ用とまで言わなくても、二ミリ幅で充分に嫌気がさす。

冷凍肉を半解凍してから包丁で切るのだけれど、鰹節を削るようには行かない。


おおきな肉をスライスするには、巨大な(カンナ)がついた削り器を必要とする。

そんなものは【酔いどれ亭】の厨房に置けないので、妖精たちに頼んでスライスして貰った。


まあ、花丸ショップで豚こまを買えば済む話だけれど、可能な限りエミリオが育てたブタを使いたい。

妖精たちもメルを手伝うのが好きだから、料理の手間が増えても何ひとつ問題なかった。



メルは豚肉の冷製を作ろうとしていた。

豚肉の冷製には色々なレシピがあるけれど、メルが作ろうとしているのは森川家の母に教わったモノだ。


薄切りの豚肉に片栗粉を(まぶ)す。

これをシャブシャブみたいに湯通ししたら、氷水に入れる。

ただのシャブシャブ肉ではなく、片栗粉のプリッとした衣を纏わせるのが森川家の作法だ。


この手順を加えることで豚肉は驚くほどあっさりとした味になり、プリプリとした食感と喉ごしの良さを楽しめるのだ。

食べる直前まで冷やしておけば、ひんやり感も申し分ない。


だけど、片栗粉のつけ過ぎはいけません。

スライムみたいな、デロデロになってしまうから…。


(本当にササッとつけて、余分な粉は落とさなければダメです。なんでも、やりすぎはいかんよぉー)


完成した肉が、水きり用のザルに山となる。


薄くスライスした玉葱とピーマンを大皿に敷き詰め、その上に茹でた肉を盛りつける。

玉葱は水にさらしたりしない。


「まぁま…。ダイコンおろして…」

「ダイコンって、この白いヤツかな…?」

「そそっ。それをコレで、ガリガリすゆ!」


「わかった…♪」


アビーはメルから鬼卸を手渡され、大根おろしの作成に取り掛かった。


メルはアビーが作った大根おろしを陶器の鉢に移し替えた。

大根おろしが完成したら、全てを冷蔵保存庫でヒヤヒヤに冷やす。


「できたぁー!」

「試食していい…?」

「アカンよぉー。食べゆのは、みんなイッショです」

「えーっ。味見はしなきゃデショ?」


「ヒツヨウいらん…。イッショ…。まぁまは、おあずけなのデス!」


頑固エルフは、頑なにアビーの要求を拒んだ。


(もっと冷やした方が、美味しいに決まってるからね!)


今回、豚肉の冷製は、殆どのパートをアビーと妖精たちが担当した。

メルは豚肉に片栗粉を塗しただけ…。

ホント、それだけ…。


まさに料理長の気分である。


アビーはアビーで、小さな娘との共同作業を心から楽しんでいた。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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こちらは2巻のカバーイラストです。

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こちらは1巻のカバーイラストです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸せそうに暮らす5歳児と周りの仲間たちの日常 [気になる点] 中身高校生で理性的な判断ができるのに、嫌われたくなくてハンテンの事を正直にごめんなさいできないのはどうなのかと [一言] 10…
[一言] ポン酢はあるのかな? 無いと片手落ちのような気がする。 でも大根おろしがあるから無いことないてないか
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