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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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さよならアーロン!



ハンテンはマダラ狼のボスに向かって突進した。

自分より遥かに大きな敵を前にして、些かも臆するところはなかった。


小細工はない。

前足による牽制とか、転身してからの耳齧りとか、そう言ったケチな真似はしない。


王だから…。


「わぉーん!」


ハンテンは屍呪之王(しじゅのおう)だから、堂々と真正面からぶちかます。


「ハッハッハッ…!」


ヘッドバットの一撃だ。



マダラ狼のボスは、ハンテンを舐め切っていた。

群れを率いるボスであるからには、度重なる実戦で己の強さをよく理解していた。

彼我の力量を見極める目も、それなりに磨かれていた。


ただ…。

そうした経験と技量に偏りすぎたせいか、野性の勘が働かなかった。


だから、ハンテンの突進をフェイントだと決めつけた。

群れのナンバー2でさえ、ボスに正面から挑もうとはしない。

何とかしてボスの牙を掻い潜ろうと、攻撃の瞬間に踏み切る角度を変えるのだ。


そこに一拍のスキが生まれる。

変わり身すると分かっていれば、転進に呼吸を合わせて叩けばよい。


(コイツも、ズタズタに噛み裂いてやる…!)


その瞬間を見極めようと、ボスは迫りくるハンテンを注視した。

マダラ狼の仔より小さなハンテンが、正面からぶつかって来る筈などないと、決めつけていた。


もし仮に突っ込まれたとしても、それがどうした。

腹に潜り込まれても、あのように小さな身体で何ができる。


赤子のように小さな顎だ。

噛みつかれたところで、タカが知れている。


だからボスは、突進してくるハンテンを待ち受けた。

だが、それは悪手だった。



激突の瞬間…。

『ドスン!』と、信じがたい衝撃がボスの胸部を襲った。

とんでもない力で突き飛ばされた身体が宙に浮き、空き地の端まで転がった。


慌てて起き上がろうとしたが、四肢に力が入らない。

息をしようとした口から、血が零れだした。


毛の生えていないピンク色の敵が、余裕の表情で近づいてきた。

ニヤニヤと笑っている。


それなのにボスは、身体を起こして威嚇することさえできない。


小さなピンク色の敵は、ボスの鼻先で片足を上げると、あろうことか『ピュッ!』と排尿した。


「ギャン!」


シッコを浴びせられてしまった。


名誉と命を賭した闘いに負けたが、止めは刺されなかった。

ピンク色のケモノに、情けを掛けられたのだ。


無念だった。

完膚なきまでの敗北だった。



「わんわんわん…。わぉーん!」


ハンテンがボスを踏みつけ、月に向かって吠えた。

勝ち名乗りである。


邪霊の特殊能力を使用せずに勝利したコトが、ハンテンの心を(たかぶ)らせた。

決闘に死霊術を使うのは、とてもイケナイことだと思った。

何より、ラヴィニア姫を深く悲しませてしまう。


そんな真似は、金輪際したくなかった。



その夜、マダラ狼の群は解散した。


そしてチビが、ハンテンの友だちになった。




◇◇◇◇




ウィルヘルム皇帝陛下の書状を携えた使者が、メジエール村を訪れた。

リーゲル船長が指揮する微風(そよかぜ)の乙女号に乗船して、帝都ウルリッヒから遥々アーロンを連れ戻しに来たのだ。


ハンテンが乗っていた船である。

微風(そよかぜ)の乙女号は、途中下船したハンテンより早く、メジエール村に到着した。


まったく残念な邪霊デアル。



「アーロン殿、一刻の猶予もございません…。至急、帝都までお戻りください!」

「えぇーっ。わたしにも都合と言うモノが、あるんですけど…」


「これは帝都の…。いいえ、ウスベルク帝国の危機であります…。皇帝陛下の、ご命令です」


使者が小声で囁いた言葉に、アーロンは打ちのめされた。


師匠のクリスタに叱責されたので、なるべく早めに帝都へ戻らなければいけないと、覚悟はしていた。

だけどラヴィニア姫との関係が、未だ修復されていない。


これでは、ラヴィニア姫やユリアーネ女史に変態と誤解されたまま、別れることになる。


アーロンは僅かばかりの時間を使者から貰い、メルを説得しに行った。



「ねぇ、メルさん…。本当に、勘弁してくださいよ…」


アーロンがメルに向かって言った。


「そぉー、言われてものぉー。わらし、とっても忙しいデス…」


メルはタケウマでトコトコと歩きながら、アーロンの横を通り過ぎた。


「その…。変なモノの練習は、いつだって出来るでしょ?」

「レースで、タリサたちに負けうのはアカン…」


メルが真顔で答えた。


「じゃあ、レースの訓練が終わったら…」

「トンキーの、さんぽデス」


「それって…。やる気が、ないんですよね?」


アーロンが置かれた状況は、絶望的であった。


アーロンは新居を追い出されてから、ダヴィ坊やの宿屋に泊まっていた。

毎日、朝から晩まで、メルの行動を監視するためだ。


「誤解を解いて下さいって、お願いしたのに…。あれから一度も、この広場を離れていませんよね。ラヴィニア姫と、一度も言葉を交わしていませんよね!」

「やむなし…。わらし、ヘーミン。ヒメ、おひめさま。ミブン、ちゃうねん…。ちっさい声、とどかんヨォー!」

「ちっ。また、ペラペラと嘘っぱちを並べて…。わたしは緊急の用事があって、帝都に戻らなければなりません。正直に申し上げるなら、非常に心残りです。メルさんの怠惰が、心配です。いいですかメルさん。アナタは、妖精女王さまでしょ。うーんと、偉いんです。だからぁー。ちゃんと、ラヴィニア姫を説得してくださいよ。それでもって、進捗状況は手紙に記して届けるように…!」


「ウヘェー!なんか、めんどいわぁー」


メルが小声でボヤいた。


「面倒くさいとか、ちょっと酷くないですかぁー?」

「やぁー。ヌスみ聞きは、シンシでないヨ…」


「耳が良いから、イヤでも聞こえてしまうんです!」


エルフの耳は、地獄耳。


アーロンは己の要求を噛んで含めるようにして伝えたけれど、ウンウンと頷くメルを信用するコトなどできなかった。

何となれば、終始メルの視線は宙を泳いでいたし、挙動の端々にウソの兆候が見て取れたからだ。


アーロンには、説得に費やせる時間が残されていなかった。

これはもう、奥の手を使わねばなるまい。


「ホントに、お願いします。わたしを見捨てないでください。ほら…。帝都に行ったとき、メルさんは魔法で動くオモチャを欲しがっていましたよね?」


その台詞に、メルの耳がピクリと反応した。


「アーロン殿、お急ぎください。出立の時間が迫っています」

「もうちょっと…。ほんの少しだけ待ってくれ!」


アーロンは使者の台詞を遮って、メルに向き直った。


「メルさん、お約束しましょう…。帝都でオモチャを見つけたら、片っ端から郵送します。すごいヤツ。もう、ビックリな魔法具を仕込んだ、最先端のオモチャですよ!」

「ホント、ですか…?」


瞳をキラキラさせた幼女が、タケウマを操ってアーロンの傍に近づいてきた。


この瀬戸際に来て、アーロンは初めてメルの関心を惹くことに成功したのだ。

嬉しそうな顔でアーロンを見つめる女児は、驚くほどに愛らしかった。

天真爛漫、純真無垢、ピカピカの妖精女王さまだ。


カワイイに決まっている。


(おいおい…。何だよ、この物体は…。天使か…?)


傾国の幼女デアル…。


おねだりモードのメルを目にして、『グビリ!』と喉を鳴らすアーロンだった。

抱っこして、膝の上にのせて、頭を撫で繰りまわしたい。


妖精女王のチャームは、保護欲を掻き立てる(いとけな)さにある。

それが妖精たちを統べる力だった。


「ホントにアー()ンは、オモチャを買うてくれユン?」

「もっ、勿論ですとも…。だから、メルさん。ラヴィニア姫のコトは、よろしく頼みましたよ」

「ふぁい…。わらし、引き受けマシタ…」


「信じてますからねェー!」


アーロンは叫びながら、使者に袖を攫まれて連れ去られた。

まるで、市場へドナドナされる仔牛のように…。



クルト少年の荷馬車に乗せられて遠ざかるアーロンと使者を見送りながら、メルはコテンと首を傾げた。


(まぁーた、帝都で事件が起きたのかぁー?悪魔王子(デーモン・プリンス)さんか姫さま方に、調査をお願いした方が良いのかな…。フレッドたちが巻き込まれてケガでもしたら、アビーだって悲しむだろうし…。仕方ない…。強制イベントの気配はないけれど、手抜きをせずに頼んで来よう!)


メルは異界ゲートを使って、地下迷宮のコアを訪れることにした。



このゲートが存在する事実は、今のところミケ王子しか知らない。

もしアーロンなんかに気づかれたら、『使わせて欲しい!』としつこく頼んでくるに決まっていた。

そして一たびメルが頷きでもしようものなら、ずぅーっと便利に使いまくるだろう。


「わらしのウチは、ツゥーロとちゃうんヨ…!」


メルはタケウマから降りて、ボソリと呟いた。


だけどフレッドとアビーにだけは、異界ゲートの存在を教えようと思う、メルだった。


飽くまでも寂しそうにしている、アビーのためである。

フレッドのコトは、どうでも良かった。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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こちらは2巻のカバーイラストです。

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ミケ王子

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― 新着の感想 ―
[良い点] はんてんがすごいところ! [気になる点] アーロンの処遇を見ていると 能力はあるけど、余計なひとことが災いして なぜか上司に好かれないサラリーマンの悲哀を感じますね(T_T) がんばえ〜…
[気になる点] ここ最近の アーロンまわりの出来事、主人公が 理不尽なだけの状況になっているため、イライラして楽しめないです。
[一言] 玩具チョイスのセンスが試されるアーロン…! メルちゃん中身が男性なところあるから、完全に女児相手だと決めてかかると今度こそ酷い目にあうかも……
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