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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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ちょっと目を離した隙に



貴公子レアンドロは巫女姫たちに窮地を救われて、何とか遊民居住区域にある事務所へと帰りついた。


「レアンドロ…!やられたのか…?」

「………くっ。おまえ、酷いケガじゃないか!」

「とにかくシャツを脱いで、負傷個所を見せろ。ソファーに座るんだ」

「湯を沸かせ。治療道具を持ってこい!」


「皆さん、慌てないで…。わたしは大丈夫です…!」


時刻は既に明け方となり、レアンドロを探していた仲間たちも事務所に戻っていた。


「くっそー。治療師も居なけりゃ、霊薬も無いってのに…。レアンドロ、傷の状態を見せろ!」


フレッドがヨルグから治療道具を受け取って、テーブルの上に並べた。


「フレッド、申し訳ありませんでした。本当に、傷は問題ないんです」

「馬鹿か…。そんな血塗れで、問題のないはずが無かろう!」

「途中で助けられました。回復魔法で、傷は完全に塞がっています。いまは失血の眩暈と、疲労があるだけです」


「とにかく、腹を見せろ!」


フレッドは嫌がるレアンドロのシャツを捲り上げた。


負傷個所は固まりかけた血に覆われて、汚れを拭わなければ診断のくだしようもなかった。


「ヨルグ…。煮沸したタオルをくれ…」

「あいよ。フレッド…!」

「スミマセン…。わたしの不注意です。フレッドの言いつけを守らずに、単独で襲撃しました」


レアンドロは、素直に規則違反を詫びた。


「おまえの単独行動は、知っている…。後から駆けつけた俺たちは、おまえの仕事を確認した。ビョルンを排除したのは、実に良い判断だ。その他にも、顔の広い幹部どもを三人ほど潰したな。だが、命令違反とケガを負わされたのはダメだ。よくやったと、褒めてやる訳にはいかん!」


フレッドは傷口と思しき箇所を慎重に清拭しながら、早口で評価を伝えた。


フレッドにとって部下の命は重い。

悪党どもと引き換えにして良いモノではなかった。

レアンドロが弱ってさえいなければ、二、三発食らわしてやるところだ。


「褒めては貰えませんか…。確かに、褒められた話ではありませんね…」

「なるほどな…。腹の傷は、キレイに塞がっている。オマエが出会った治療師は、アビーより腕が良い。とんでもなく悪運が強いな。こんな腕の良い治療師に、よくもまあ出会えたもんだ」


「ヒトじゃ、ありませんでした」


事務所の応接室が、いきなり沈黙に支配された。


「このっ、馬鹿タレが!」


ヨルグがレアンドロの頭にコブシを振り下ろした。


「痛い…!」


レアンドロには冗談を口にする資格が無いし、また冗談を口にして良い場面でもなかった。


「野良犬にでも、舐めてもらったのか…?」

「ヨルグ…。ケガ人の頭をゲンコで殴るのは止めてください」

「お前なぁー。どんだけ、オレたちが探したと思ってやがる。心配させやがって…」


「済みませんでした。追手を撒くために、地下迷宮に潜りました」


レアンドロは、仲間たちに頭をさげまくりだ。


「地下水道から地下迷宮へと、通じているのか…?」

「ウドは地下水道の崩落場所を知らないのですね…。わたしも、それを知ったのは偶然です。昔の記憶を頼りに逃げている途中で、地下迷宮へと続く亀裂を思いだしました」

「そこで、人外のモノに助けられたのか…?」


「はい。顔のない…。緑色に光る女性たちが、三人いました」


ウドの質問にレアンドロが頷いた。


「質の悪い冗談じゃなかったのか…?」


ヨルグが申し訳なさそうに、レアンドロから視線を逸らした。


地下迷宮となれば、非常識な化物(バケモノ)もありだ。

太古の昔より、数多の生贄たちが()けられてきた、文字通りの忌み地である。

しかも今、呪われた地下迷宮はメルたちによって支配者を解呪され、無秩序地帯と化していた。


何が現れようと、おかしくはなかった。


「まさか…。地下迷宮の亡霊かよ…!」


信心深い狩人のワレンは、懐にしまってあるお守りを握りしめた。


幾つになっても、死霊、怨霊の類は怖いのだ。

殺し屋にも、そういう臆病な気質(タチ)の連中が少なからず存在した。


いや…。


むしろ他人(ヒト)から恨まれる殺し屋だからこそ、無念を抱えた死者の霊が怖ろしかった。

他人(ヒト)に知られるのが恥ずかしいから、普段は強がって見せているだけだ。


「彼女たちが言うには、わたしから精霊樹の匂いがすると…。で、メジエール村の出身かと訊ねられたので、正直に答えました」

「ほぉー。こりゃまた、えらく事情通な亡霊じゃないか…」


フレッドが苦笑いを浮かべた。


レアンドロが地下迷宮で遭遇したのは、隠し事が通じないヤバイものだと思われた。

これはもう、『調停者』が扱うべきレベルの案件だった。

フレッド如きが、無策で抗える相手ではない。


ましてや負傷したレアンドロでは、為す術もなかっただろう。


「おまえの判断は間違っていない。嘘を吐いたところで、亡霊たちには通じなかったはずだ」


フレッドは、あきらめたように言った。


「デスヨネェ―。それで彼女たちは、わたしに『殿』をメジエール村まで連れて行って欲しい、と告げました」

「トノって、怨霊の親玉かよ…?オレはゴメンだぞ!」


ワレンが血相を変えて断った。


「わたしが頼まれたのです。まあ…。命の恩人に頼まれたのですから…。『殿』とやらが危険でない限りは、手助けしたいと思っています。メジエール村に、厄介ごとは持ち込みません」

「わかった。よぉーく、分かった」


「はぁー。フレッドさんよ。今の話で、何が分かったんだ?」


ヨルグが怪訝な顔になった。


「メルと同じだ。俺たちの支配を受け付けない。簡単に言えば、手に負えないってやつだ」

「ほぉー。それで…?」

「いっくら考えても、無駄だぞ…。同じ匂いがしやがる。俺には、それが分かった。この件は、お終いだ。話し合うだけ、バカらしいわ…」

「あーっ。オレにも分かった。見なかったコトにするんだな…?」

「聞かなかったコトにするんだよ…!」


「どっちでも、同じだぜ」


ヨルグは納得顔でウンウンと頷いた。


「俺はレアンドロにスープを作る。失った血を補充せにゃならんだろ。ワレンとウドは、事務所の周囲を偵察してくれ。ビョルンを討ち取られたヤクザ連中も、犯人探しに追手を差し向けているだろう。先手を打たれるような間抜けは、絶対にするなよ…!ヨルグはレアンドロを手伝え。洗浄魔法で血を洗い流し、着替えさせてやれ…」


フレッドは無表情で部下たちに指示を与えた。


「なんの話か分かった…」


ウドがボソリと呟いた。


「メルと同じか…。よし、了解したぜ」

「メルちゃんは、ネコを連れて宙に浮かびますからね…」


ワレンとレアンドロも頷いた。


「余計なことは、考えないで良いぞぉー。気を遣って先回りしても、ぜぇーんぶ無意味になるからな。亡霊の話は忘れるんだ。経験者の言葉を信じろ!」


メルの名をだされたら、フレッドの部下たちはあらゆる追求を断念する。

五歳になったばかりの凄腕シェフは、フレッドたちの身近で息づく不思議ちゃんだった。


触って確認できるオカルト現象だ。

追求すれば、常識人の頭がおかしくなる。


只、そう言うモノとして、謙虚に受け入れるしかないのだ。




◇◇◇◇




「不届き者どもめ…!」


二の姫が頭上を見上げ、吐き捨てるように言った。


「わんわんわん、わんわんわんわんわん、わぉーん!」


ハンテンも天井を睨んで激しく吠えたてる。


「異教徒どもが、われらの精霊樹さまに傷をつけようとしておる」

「姉さま…。由々しき事態でありますね。わたしが愚か者どもに鉄槌を…」

「いいえ。アナタは、ここで殿の御守りじゃ。わたしが、成敗して来ようほどに…」


「えーっ!」


三の姫は、侵入者の処罰を引き受けたかった。

ハンテンと二人きり(ひとりと一匹)で石室に残されるのは、絶対にイヤだった。


だが精霊樹の守り役は、厳しい上下関係に支配されていた。

カースト最下位の三の姫には、発言権がなかった。


「それでは、留守居役をよろしく頼みましたぞ!」

「………はい」


二の姫は不服そうに項垂れる三の姫を睨みつけると、精霊樹に同化して地上へ転移した。


「ちぇっ…。年功序列って、最低最悪の制度よね。姉さまたちは引退も卒業もしないで、ずーっと頭の上に居座っているのよ。まさしく絶望的だわ…。わたしの下に四の姫が居るはずだったのに、あの子はひとりで勝手に生きてるし…。これって、どうなのよぉー。ちょっと答えなさいよ、ハンテン…!」

「ハフハフ、わん…!」


ワンでは、話が通じない。


三の姫には不満を溢す相手も、悩みを相談できる相手も居なかった。


(ともだちが欲しい…。切実に、友だちが欲しいの…。だれかに、優しくして貰いたい…)


孤独だった。


「わんわんわんわんわん、わんわんわんわん!」

「あーっ。煩い。今度は何なのよ?水…。おやつ…。お尻が痒いの…?」


侵入者だった。


地下水道から、迷宮に忍び込む複数の男たちがいた。


「モォーッ。こんな時に、入って来るんじゃないわよ!」


メジエール村に所縁(ゆかり)のある若人を探しに行った一の姫は、未だに戻らない。

二の姫は精霊樹を守護するために、先ほど出かけたばかりだ。

ここは三の姫が、何とかするしかなかった。


封印の石室は、精霊樹のコアである。

余所者どもを石室に近寄らせてはならない。

なんとしても地下迷宮から、追い払わなければいけなかった。


「ねぇ、ハンテン。アナタは、ちゃんと留守番できる…?」

「わん…!」


ハンテンが、プルリと尻尾を振った。


「わたしが戻るまで、ここでおとなしくしてるんだよ」

「わん…!」


ハンテンは、更に尻尾をクルクルと回転させた。


「それじゃ、行ってくる。直ぐに戻るから、お利口さんにしてるのよ。分かったわね」

「キューン…」


珍しくハンテンが、三の姫に頭を撫でさせた。

しかも、ペロペロと指先を舐めまくる。


(ハンテン、可愛い…!)


三の姫は、チョットだけハンテンに(ほだ)された。

漸くハンテンと、心が通じ合えたような気がした。


(何だか胸が、ほっこりする…)


とても、いい気分だった。


「それじゃ、サクッとやっつけてきますね」

「わん…!」

「すぐ戻りますから。ハンテン…。殿は心配しないでください」

「わん、わん…」



ハンテンは三の姫が石室から姿を消すと、ニンマリ笑った。


それは…。

悪い子の顏だった。






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― 新着の感想 ―
[一言] おま、ハンテェェェェエン!!!!!
[一言] 三さん大激怒するんだろうなー 矛先が敵国に向かえばいいけど
[一言] 三の姫が可愛そうなので一の姫、二の姫含めて救われてほしい
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