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卵泥棒

 木漏れ日亭での一件以来、木漏れ日亭側には何もなかったのであまり気にしていなかった。ただ、チロチロと貴族様の手の者と思われる物の影が俺の家の周りに見えるようになった。と言うか、レーダー内に人の光点がウロウロし出したって言うのが正しい。斥候として来ているのだろうが結構バレバレだ。

 牧場の柵にもたれ、ボーっとしていると、キングがやってきた。


「お前も気づいてる?」

 コクリ

 キングが頷く。

「群れは大丈夫か?」

 コクリ

 キングは口角を上げ、頷く。

「あの程度は大丈夫ってところか……。なんか手がある?」

「クエッタクエ(俺に任せる)」

 キングは胸を張った。


 それから三日後の夜のことだ。最初に気付いたのが俺。まあ、レーダーあるからね。意外と俺の次に気付いたのがマール。

「家の周囲の気配が変わった」

 と言った。この頃マールに短刀を二振り渡してある。まさにアサシンって感じだが……。

 そして、クリスとフィナがそれぞれの耳をピクリとさせた。

 アイナは……まあ、仕方ない。

「さて、泥棒さんが来たようだ。ちょっと信号機達の所へ行って母屋に連れてくる」

 俺はそう言って離れに向かった。

 キングたちはすでに気づいており、クイーンを中心に輪になり臨戦態勢だ。

 離れに行くと、コカトリスたちの異変に気付いた三人が出てきた。

「なにがあった?」

 タロスが聞いてくる。

「んー卵泥棒じゃないかな? 揉めたから。キングたちに任せておけば大丈夫だと思うけど、皆母屋で待機だ」

 信号機たちは頷く。そして、俺の指示に従い母屋の中入ろうとした時、

「あっ、俺、一応外で様子見るから、そう言っておいて」

 信号機たちに伝言を頼んだ。


 赤い光点の数を数えると100以上。卵が欲しい割には大掛かり。「ごめんなさい、卵を下さい」って言ったほうがコスト安くね? そんだけ怒ったのかね。屋敷に向かって包囲を狭める感じで近寄ってくる。包囲網の外にある数個の光点が貴族とその部下ってところかな? 味方を緑表示にすると、母屋に奴隷と信号機たち、コカトリス達は牧場の母屋側に集結。ただ、別動隊が母屋の裏に隠れていた。


 包囲網がまだ小さくならないうちに別動隊が動く、おっとコカトリスは鳥目じゃなかった。泥棒たちの裏からの攻撃、人の叫び声が聞こえた、包囲の網が切れ繋がりがなくなる。しばらくすると赤い光点はその場から動かなくなった。そこから別動隊は右回りに包囲する者たちと交戦、叫び声が聞こえると動かない光点がどんどん増える。包囲の三分の一ほどが動かなくなった。泥棒たちは別動隊の方に集中している。そこで本体が動き出す。逆方向から包囲網の攻撃を始めた。キングが居るからか駆逐速度が速い。

 別動隊と本隊は合流し、包囲網の後ろにある数個の光点を円形に囲んだ。逆包囲網? 何もしなくても戦闘は終わってしまったのだ。


「コケーーーーッ」

 俺を呼ぶキングの鳴き声。

「はいはい、今行きますよ」

 さっさとキングの所へ行く。

 その時、泥棒達が見えた。首から上だけが生身でそれから下は石になっていたのだ。一応生きている。

「結構エグイな」

 自業自得ともいうが……。

 現場に着くと、

「ちょっと通してな」

 そう言ってコカトリスの輪を抜けようとすると、俺を中心にコカトリスが分かれた。その先に年齢的には二十前後の優男が……。いや、俺も昔、んー前の世界で若いころは体脂肪率低かったんだよ? こっちで言って信用されないがね……。

「こんな時間に私の家へ何の御用でしょうか?」

 俺はできるだけ丁寧に思いついた言葉を言った。

「卵をよこせ!」

 立場が分かっていないようだ。ちょっとイラっとした。

「このバカ何とかならないのか? お前らお付きだろ?」

 俺は、バカを放っておいてお付きに話す。

「申し訳ない、私一人では止められなかった」

 一人の老境に入った男が謝った。

「他の奴は? 止めたのか? 卵だけのことでここまでやることを、なぜやめさせなかった?」

 残りの三人のお付きは口々にお互いの所為だと言い合う。結局こいつらが止めなかったのか。

「そこのバカ、何で、たった卵だけのためにここまでした?」

「私は貴族だ、平民から卵を貰って何が悪い?」

 ニヤリと笑って俺を見た。

「そうか、だったら、俺はこのコカトリスたちを止めない。それでいいだろ? お前は悲しい事故で魔物に殺されるわけか。あっ、そうか、石像にはなれるぞ? 美術品として飾ってもらうか?」

「何を言っている。お前が止めればいいではないか」

「えっ何でおれが止めなきゃいけないの?」

「私は貴族だぞ?」

「だから?」

「私を助ける」

「なんで?」

 老境の男が悲しい顔をしていた。

「今のお前は俺の前に居るよな?」

「ああ、そうだ」

「お前の手合いは全滅だよな?」

「そうだな」

「お前の力を見せつける者は居るか?」

「居ないな」

「お前の貴族の力など俺は知らないし恐れない。貴族と言う肩書などここでは通用しない。だから助ける必要もないし助ける気も無い」

「えっ?」

 バカも気づいたか……。

 老境の男は話す。

「ミスラ様、いつかこのようなことがあるとは思いました。それを防ぐことができなかった私をお許しください。このお人は権力など興味がありません。権力を振りかざすものを許さない者です。お気付きください、全て私たちに非があることです。人は依頼をして承諾を得ます。対価を払い物を買います。その基本さえも守らず、バカにされたからと軍勢まで使う……それでは道理が通らないのです。道理から外れれば対立を生みます。対立が生まれればミスラ様の領内で無用な争いが起こるのです。それも貴族と民という形で。それでは良き統治者ではありません、領内で争いが起こり衰退などすれば、ミスラ様は追放されます。跡を取った者として、まだ若いでは済まされないのです」

 おっと、おいちゃん結構溜まってたか……。

「私が間違っていた?」

「はい、間違っていました。本来我々が行うべきは少女の捜索です。たまたま見つけたコカトリスの卵にうつつを抜かす時点でダメなのです」

「私が間違っていたのだな……」

「気付いていただければ、私は満足です」

「少女が見つからぬということにイライラしていたとはいえ、このような愚行を……。少女は居なかったと報告すればいいだけなのに」

 ごめん、それ俺が原因。


 優男が俺の前に来る。

「すまなかった、この通りだ」

「わかればいい、別に殺すつもりならさっさとやってた。俺が手を出す方が早いからな」

 俺は、指を銃の形にして、枝を撃った。枝の周囲がはじけ飛ぶ。

「そこでだが、卵を一個売ってくれぬだろうか?」

 優男が頭を下げる。

「ああ、良いぞ? 最初から頭を下げて言ってくれば売らない訳じゃないんだ。お前じゃなくて手下でもいい、ちゃんと『売ってください』と言えば売った。当たり前のように奪おうとしたからやり返しただけだ。お前はあのおっちゃんにもっと教われ。多分、俺よりもこの世を考えながら生きている。いつ、どこで、誰と、なにをどうすればいいのかを知っている」

 優男はおっちゃんを見た。

「私は、バクスの言うことを聞かなかった」

「間違った時はどうすればいいのか知らないか? 謝ればいいんだ」

 俺が言うと、優男はおっちゃんの方へ行って

「バクス、お前が諫めた言葉を俺は聞かなかった。許してくれ」

 と言った。

「いえ、謝らなければいけないのは私の方です、気付いていて止められなかった。先ほども申し上げましたが、間違いに気づき、謝ることができるようになっただけでも私は嬉しい」

 おっちゃんはうっすらと涙を浮かべている。その後、二人はいろいろ話をしていたようだ。残り三人のお付きは蚊帳の外……。太鼓持ちみたいだったんだろう。


「キング? あの石だるま、どうすればいい?」

「クエェ? (さあ?)」

 アイナに頼むか……。

 俺は母屋に戻ると、アイナを呼んだ。

 眠そうだね、もう日が変わるくらいか……。

「悪いが、石になっている奴らをキュアーで治療してもらえないか?」

 アイナはあくびをしながら玄関の外に行くと呪文を唱える。そしてソファーに戻って寝始めた。

 ん?

 外からワーワーと言う声が聞こえる。

「石化が解けたぞぉ」

 いきなり石化が解けたので皆驚いたのだろう……。

 と言うか俺が一番驚いた。


 優男とおっちゃんが母屋の玄関に来て、

「術者に会わせてほしい」

 と言う。

「アイナ、ちょっと来て」

 トタトタとアイナがやってきた。

「こんな子が……私の所へ来てもらうこととかは?」

 おっちゃんが聞く。

「それはどういうことで?」

「良い治癒師を手に入れるということは貴族にとって重要なことです。このような子であれば申し分ない」

 アイナが俺にしがみ付いてくる。俺は頭を撫でながら、

「嫌ですね、この子は私の子だ。まあ、そういうことです。治療が必要ならば連絡を取ってください。考えます」

 そう言って突っぱねた。


 結局、貴族の優男……ミスラの軍勢はコカトリスに見張られながら、牧場で一夜を明かしそして帰っていった……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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