手鏡
俺たちは扉で木漏れ日亭に帰る。
「ルーザさん、明日にここを出ようと思っています。屋敷も何とか使えるようになったので……」
「そうですか、残念ですね。皆さまを見ていると楽しくて、笑わせてもらいました」
やらかしたことも多かったか?
「私もここが便利なので出たくはないのですが、屋敷を買ったので、そちらを利用することにします明日の朝精算でお願いしますね」
「畏まりました」
「ところでルーザさん? もしもコカトリスの卵が定期的に入ると言ったらどうします?」
「えっ……今何と?」
ルーザさんが固まる。
「コカトリスの卵が定期的に手に入るとしたら……?」
「卸していただけるということでしょうか?」
「まだ、何日ごとに何個とまでは決められませんが、可能だと思います」
「あのオムレツという料理が作れるのですね」
「まあ、奥は深いですが基本は簡単な料理なので、厨房の料理人でもすぐに作ることができるようになると思います」
「この宿の看板料理になるでしょうね。卸値はいくらにしてもらえるのですか?金貨何枚もは払えませんけども……」
ルーザさんは窺うような顔をして俺を見る。
「正直、俺はコカトリスの卵の価値を知らないんですよ。いくらぐらいで流通しているかとか」
魔物の卵の価値など知るはずもない。
「卵という物はあまり流通しません。卵は鳥型や爬虫類型の魔物の巣から手に入れることが多いので、危険性から数が少なく高価なものになってしまうのです。卵が定期的に入るのであればこちらは助かります。数量限定とはいえ高価な卵料理を毎日お客様に提供できる」
聞いた感じだとニワトリがこの世界には居ないようだ。居るなら卵料理がもっと発達していてもおかしくない。そういやマヨネーズも無かったな。
というか、ルーザさんのニヤニヤが半端ない。あんたが一番食べるんじゃないのか? あんまり卵を食べ過ぎると体に良くないぞ?
「一度冒険者ギルドで卵の相場を聞いてみますね。その後もう一度交渉に来ます」
「わかりました、こちらも楽しみにしておきます」
ルーザさんと卵の話をした後、夕食をとった。
俺達は二階に上がり簡易ベッドに腰を掛ける。女性陣はソファーへ座る。
「明日の朝は宿を出た後に冒険者ギルドへ行こうかと思うんだが……どうする?」
「あなたが私たちのリーダーなんだからそれでいいわよ?」
「はいです。お任せです」
コクリ
「仰せのままにですね」
四人は口々に言った。
「わかった、冒険者ギルドではコカトリスの卵の相場を聞き、一応マールを冒険者登録しておく。後は、食材の買い出しだな」
コクリ×四
「アイナ、食材の店知ってるか?」
「お客さんがいっぱいで安いものがたくさんある場所と、お客さんは多くないけど、新鮮でいいものが集まるところ、どっちがいい?」
「新鮮でいい物が集まるほうで頼む」
「わかった、明日連れていく」
「以上だ、俺はちょっと実験するから、適当に風呂に入って寝てくれ」
俺は収納カバンから銀貨を一枚取り出し「柔らかくなれ」って感じで魔力を流す。昨日魔石にやって可能だったのでできないかなって程度でやってみた。粘土のように柔らかくなった。魔力のせいか銀貨がボーっと光っている。
おっと成功だ。んー、だったら十枚の銀貨を一緒にして平らにしてみるか……。よし一緒になるね。薄くして楕円形にしよう。よし、薄さ三ミリ、縦が四十センチ、横が三十センチ程度の楕円ができた。一度硬化して、この銀の楕円板を磨くイメージで表面を触ると……。いいねピカピカになって顔が映る、でもこのままじゃ味気ないねぇ。
金貨を取り出し粘土状にして、銀の楕円板の周囲を飾るか。おお、金縁の銀鏡。ちゃんと上には引っかけられる穴も作成。ちょっとセレブ感あり。金縁をもう少し凝っても良かったかな? まあ、試作ということで。おっと、金縁の硬化と銀鏡の腐食防止をしてっと……。
この世界に来て、鏡という物を見たことが無かった。時代によっては高価なものだったということは知っていたが、自分の顔を見ることもできないとは……。水鏡を使えば問題は無いのだが、いつも水ってわけにもいかない。
久々に自分の顔を見る。んー年齢は変わっても顔の形は変わってないぞ? どういうこと?
などと考えながら鏡を見ていると。俺の顔を見ながら、固まるマール。
「どうかしたか?」
「なぜ、マサヨシ様はそのようなことができるのですか?」
「職業柄できるみたい。創魔師って俺だけの固有職業なんだ。思い描いた事象を魔法にできる」
「そのような職業でしたか……。もっもしよろしければ、手鏡などを作ってはいただけないでしょうか?」
目を伏せ、探るようにマールは聞いてきた。
「ああ、いいぞ? 女性って手鏡持っていたほうが良い?」
「やっぱり身だしなみは気になりますから、有れば助かります」
「じゃあ、あいつらの込みで四つだな」
俺はさっそく製作を始めた、銀貨五枚を出し柔らかくする。真円に取っ手をつける感じでこれくらいの大きさかな?
「マール、どうだ? このくらいでいいか?」
ふと横を見るとマールの美しい顔があった。クリスに比べ少しシャープな感じがする顔。だからと言ってバランスが悪いわけではない。まあ、隣に居られるとムズ痒くなる、手っ取り早く言うと恥ずかしくなる顔だった。
「ええ、このくらいでいい……と思います」
じっと見ている俺に気付いたのか、マールは目をそらす。灰色の肌で目立たないが、少し赤くなっていたようだ。俺の方がもっと赤かったかもしれない。
「おっおう、それじゃ硬化して磨くからな」
意識しないようにするほど意識してしまう。無理やり鏡製作を意識することで、何とか平常心に戻った。
取っ手の付いた真円の銀板が磨かれ鏡になる。そして、銀板を金縁にした。当然腐食防止の処置もしておく。
「こんなもんか? 使ってみ?」
マールは銀鏡を持ち、自分の顔を見ながら前髪を触ったり、とがった耳を触ったりしていた。
「はい、良いです」
「じゃ、それやるから使ってな」
あまり気にするとマールに見入りそうなので、俺は残りのメンバーの手鏡の製作を始めた。




