メイドを探そう
朝食が終わり、クリスが俺に声をかけてきた。
「マサヨシ、あの家のことなんだけど。あの広さならメイドが必要ね。料理人も、庭師は……要らないかな。馬丁も……馬が居ないからいいか」
クリスが言った。
「メイド?」
「多分あの家には最低でもメイドが居たはず。でないとあんな大きな家は回らないわ」
「助かるよ、俺何も知らないから」
「任せて、今更だけどこういうことも知ってるから、頼ってね」
姓があるから、いい所のお嬢さんってのは知っていたが、さすがだな。
「で、メイドを雇うとして、どうやったら雇える?」
「メイドの斡旋してくれるところもあるけど、あなたなら奴隷じゃない?」
「奴隷ねぇ……」
「言い方が悪いかもしれないけど、能力の高いメイドや執事が居れば楽ができる。あなたのやりたいことに専念できる」
「奴隷と言えばガントさんか」
「そうなるわね。今なら私たち四人だからメイドが二人と料理人が一人居たら十分だと思うわ。主に食事の準備と掃除をやってもらえればそれだけで楽になるわよ?」
「簡単な料理ぐらいなら俺もするんだけど、さすがに毎日ってのは無理だなぁ。ちなみにクリスは?」
「わっ、私は……」
自信がないのか、言葉に詰まるクリス。
「お嬢さんは、あまり料理をする機会が無かったかな? だったら、今日はガントさんに相談しよう。奴隷市もやってるから、丁度良いかもしれない」
「そうね」
「後、何か気付いたことは無い?」
「わからない。ただ、家のことはメイドのほうが詳しいから、良いメイドを探して必要なものをまとめてもらうようにすると楽よ。その人をメイド長にして、今後雇ったメイドをまとめてもらうといいわ」
「ああ、丸投げするという手もあるのか。それこそ早くガントさんの店へ行かないとな。そういうことなら、料理人を雇って必要なものを買ってもらうほうが楽か……」
「まあ、他人任せなのは仕方ないんじゃない? だって、あなた一昨日ここに来たばっかりじゃない」
そういうもんだろうな、「餅は餅屋」か……。
フィナとアイナに事情を説明し、四人でガントさんの店に行った。
「おう、朝っぱらからどうした。何か用か?」
ガントさんは店先でストレッチをしている。
「ガントさん朝から元気だな」
「体が資本だからな。ガハハハッ」
「ところで本題なんだけど、奴隷を買いたい。メイド経験があるものが欲しいんだけど。居る?」
「メイドとは……屋敷でも買ったのか?」
ガントさんは顎をいじりながら言った。
「そう、身の丈よりも大きな屋敷を買ってしまって、そこの家の管理をメイドにやってもらおうかと思ってね。あまりそういうのが詳しくないから、ガントさんに良いメイドが居たら紹介してもらえないかと……」
「ふむ、しかし、もう奴隷市も終わりに近い。いい奴隷はもう売れてしまっているぞ? 条件に合う奴隷が居たとしても売れ残りだ……何らかの欠陥があると思っておいたほうがいい」
「欠陥?」
「ああ、四肢の欠損。盲目。病気。そういう理由で売れない者を売れ残りと言う。マサヨシはまだ表しか見ていない。奴隷商人の裏なんて人が見る物じゃないけどな」
「それでも、居ないかな? 元々いいメイドだったっていうのでもいいし、経験が長いとかでもいい。どうせ屋敷に常駐してもらうんだ」
外傷なら、俺の治癒魔法とアイナのフルヒールがあれば何とでもなる。病気なら、アイナのキュアーがある。だったら、売れ残りでもいいと考えた。
「まあ、俺の店には売れ残りは居ない。予約で全部売り切れた。他の店にも聞いてみてもいいが……どうせお前も暇なんだろ? 今日は俺も暇だから一緒に行くか?」
暇認定されてもな。まあ、朝っぱらから奴隷を探すぐらいだから、そう思われても仕方ない。
「俺は行くつもりだが、クリス、フィナ、アイナはどうする? ガントさんの話だといいモノが見れないと思う」
「当然行くわよ? 一緒に暮らす人でしょ?」
「私も行きます」
「行く、酷いのは見慣れてる」
皆行くのね。
「まあ、そういうわけで全員で行っても大丈夫?」
「ああ、別に問題はないが、覚悟はしておいてくれ」
俺達はガントさんに連れられて別の奴隷商人の所へ行く。
「おう、キリル。お前んとこメイドができる奴隷、残ってないか?」
「ガントさん、この時期じゃ居ないねぇ」
「売れ残りもか?」
「ああ、売れ残りは居るが、メイドができる奴はいない」
「そうか、すまなかった」
そうやって数件の奴隷商人をまわっていると、
「ガントさん、ケストの所に売れ残りだが元メイドっていうのが居たぞ。ただ、酷い。盲目、指の欠損、顔への傷、商品価値としては、ただダークエルフだというだけだ。変な趣味がある奴じゃないと買わないだろう」
「そうか? そんなに酷いか? マサヨシどうする?」
「ええ、それでも見てみたいですね」
ダークエルフって居たんだ。それだけでも見てみたい気がする。
ケストという奴隷商人の店に行く。ただ、華々しい表からではなく裏から入った。
「おう、ケスト、売れ残りに元メイドっていうのが居るんだって? この人がメイドを探しているんだ。見せてもらえないか?」
「えっ、あのダークエルフをですか? 目も見えない、顔も傷だらけ、体も動かない、病気かもしれない。ダークエルフってだけで、貴族が強引に売り込んできて断れなかったんですよ。私的には売るのは諦めている商品なんですが……」
ケストという奴隷商人は言った。
「そう言ってるがどうする?」
ガントさんが聞いてくる。
「見せてもらっていいですか?」
「物好きだな。まあ、お前らなら何とかしそうだが……。ケスト、連れていってくれ」
ケストという奴隷商人に促され、奥の部屋に行く。腐臭、汚物、もう死ぬのを待っているだけのだろう。奴隷商人は奴隷を殺してはならないということだ。自然に亡くなるのを待つ場所ということか……。
「売れ残りの場所、聞いたことはあるけど、酷い場所ね」
匂いに顔をしかめながらクリスは言った。
「凄い臭いです。鼻がいい私には辛いです」
「酷い」
ガントさんは苦笑いしている。
「これです」
そこには黒い塊が居た。顔にはひどい傷、目にまで達していた。指は根元から切られている。病気なのか腐敗なのか数か所から膿が出ていた。生きているだけという言葉が浮かぶ。
「奴隷商人の仲間から聞いた話ですがね、貴族のメイドをしていたらしいんです。ダークエルフも顔が綺麗ですから貴族が手を出そうとして、その時に暴れたみたいですね。貴族の顔に傷をつけたらしく怒りを買ってまあいろいろされて、ここに来たってわけです。治そうにも神官たちの治癒魔法は高いですから放っておいたのが本音ですね」
「この人でいいよ。いくら?」
見たからには放っておけない。治療するためにもさっさと移動するに限る。
「えっ、買うんですか? これでいいなら持って帰ってもらっても……」
買うとは思っていなかったのだろう、ケストという奴隷商人は驚く。
「なら、毛布代だ。この人を毛布で包んでやってくれ」
俺は金貨一枚を渡した。
「毎度あり、売れると思ってなかったから助かる」
金貨一枚を持ちニヤニヤするケストという奴隷商人。
「ガントさん、所有者の変更はココでやった方がいい?」
「いいや? 儂でもできるぞ? もうお前の奴隷になると決まっているからな。変更は可能だ」
「あとのことはガントさんにやってもらいますがいいですか?」
「ああ、ガントさんなら問題ないだろう。あとは任せる」
俺は、毛布に包まれたダークエルフの奴隷を抱き、皆を連れ店を出た。
「さてガントさん、店でちょっとやりたいことがあるんだが……いい?」
「どうせ、そのダークエルフのことだろう?」
ヤレヤレという顔で俺を見る。
「そういうこと」
俺はガントさんの店の奥に行きダークエルフを寝かせると、アイナを呼んだ。
「キュアーの後に、フルヒールをしてもらえるか?」
コクリ
とアイナは頷いた。
呪文を唱えると、顔や体の傷は消え欠損していた指は元に戻る。
「おまえ、その子、フルヒールなんて大司教が唱える呪文だぞ?」
「まあまあ、俺の奴隷ですから。色々あるんです。内緒ですよ」
ガントさんの話を流す。
「クリス、フルヒールって金払ったらいくらぐらい?」
俺は小声で聞いた。
「そうね、金貨十枚ぐらい?」
一千万円ですか……そりゃ高い。
「それでも欠損部位が戻るなら安いのでしょうね」
「奴隷商人がこのダークエルフにその金額を出す価値があると思うかどうか……」
ダークエルフは悪所に長期間放置されていたせいか、皮膚は垢にまみれ、髪も痛んでいた。
「アイナに使った魔法使うね」
コクリ
アイナが頷く。
俺は体を洗う魔法をダークエルフへ使う。垢は消え、灰色のサラサラな髪が戻る。灰色の髪は肩ぐらいまであった。
「クリスもだけど、エルフって綺麗だね。手を出す貴族の気も分かる」
正直な感想だ。
「マサヨシは拒否されたからって、痛めつけたりはしないでしょ?」
「痛めつけるのに慣れていないし、痛めつけたくもないね」
「そういう人だけならいいけど、そうでもない人もいる」
そんなことを話していると、
「んっ、うーん」
目覚めたね。
「おはようさん」
俺はダークエルフに近づき挨拶をした。
「えっ、私は? 目が見える、指が戻ってる。体が動く」
俺がいることよりも、目が見え体が動くことに驚いていたようだ。自分の体を触って確認する。そして、涙を流した。
彼女はそういう感覚からどのくらい離れていたのだろう。
「お礼はアイナに言ってね。魔法を唱えたのは彼女だ」
そう言うと
「ん」
自分でやった感をアピールするアイナ。
「こんな小さな子が……ありがとう」
ダークエルフはアイナに抱き付き、ぎゅっと抱きしめた。
さて本題だ。
「あー、ごめん、いやね、君にメイドになってもらおうかと思ってね。やってもらえると助かるんだよ」
「えっえっ、メイドですか? 話が分からない」
話が通じていないようだ。
「マサヨシ様、ちゃんと説明しないとわかりません」
フィナが忠告してくれる。
「おお、悪い悪い、俺、屋敷買ったんだけど家のことをどうすればいいかわからなくてな、クリスが……そこに居るエルフなんだけど、そういうことはメイドが居れば楽だと言うんで、メイドを探してたんだ。そんでメイドができる奴隷が居るって聞いて、君を買ったってわけ。要は俺の家のメイドをしてください」
説明下手だなぁ、大丈夫か?
「私がメイドをしてもいいのですか?」
何とか理解してくれたようだ。
「んー知らない。知識として知らないから気にしない。やってくれたら助かる。クリス、そんな話があるの?」
「そうね、ダークエルフは肌の色からか、あまりいい印象は持たれていないわね。メイドは家の中で働く仕事でしょ? 印象が悪くなるから雇わない人が多い。ちゃんとメイドとして扱っている人も居るんだけど、さっきの貴族様の話みたいに、そういう目的でメイドにする人も居る……」
そういう差別もあるのか。
「んー? 肌の色必要?」
「あなたがそう思うなら別にいいんじゃない?」
「そういうことで、俺に雇われる気があるんなら契約したいんだけど……」
「えっ、あっ、はい、よろしくお願いします」
ダークエルフは即答した。




