夜明け前
夜明け前、薄明るい時間になって俺は目覚めた。隣のベッドにはアイナがスースーと寝息をたてて寝ている。寝返りを打ったのか乱れていた毛布をかけ直す。
俺は別に冒険したくてこの世界に来たわけじゃない。子供を助けようとしてただ飛ばされてきただけ。でもなんの縁からか三人の奴隷を手に入れた。彼女らは全力で好意を投げ掛けてくる。嬉しいんだが何かが怖い。たとえステータスが高くても不安になる。
扉を開けてリビングに出た。置きっぱなしのコップに冷水を入れ呷る。冷水が体温を下げ気持ちいい。頭が少しはっきりする。しかし、怒濤の二日間だった。思うように動き上手くいった。だが、今後どうすればいいのだろう? 何をやればいいのだろう? 色々考えるが思い付かない。二人がけのソファーに座り、薄明るい部屋を眺める。すると、ドアの開く音がしてクリスが奥の部屋から出てきた。
「こんな時間に何やってるの?」
俺に近づきながらクリスが言う。
「早く起きちゃってね。色々考えてたんだ。悪い、起こしちまったか」
「で、なにを考えてたの?」
「この世界に来て冒険者して結構なお金もらって家買って。まあ、引っ越しは有るだろうが、その後どうすればいいんだろう……ってね」
「そうねだったら、今のまま、人助けを続けたら?」
そう言いながら、スッとクリスが俺の横に座る。
「ん? 人助け?」
「だって、あなたがあの時居なかったら、私、死んでたんだもの。あの奴隷商人が付けてた制約って、あの人から離れられないって言ったでしょ? ある程度離れたら体が痺れて動けなくなるの。あの時あなたが来なかったら確実に死んでたわ。ゴブリンに犯されてね。本当は昨日もあまり眠れなかった。思い出すと手が震える」
俺はクリスを抱き寄せ、頭を撫でた。
「でもな、それは、たまたま、俺がそこに居ただけ……」
「でも『たまたま』がなければ私もフィナもアイナも居ない。あなたに助けられたの。好きでもない主人の下に行ったり、食べるものがなくて、のたれ死んだり、しなくてよくなったの。お願いだから人助けを続けて! 目標がないんなら人助けを続けなさい! 誰かの『たまたま』な人になればいいの。これ私の命令」
「そっか、今まで通りか。奴隷に命令されるとはね。どんな主人なんだか……」
迷ってる俺を心配してくれるクリス。スパッと命令されて、嬉しくてスッキリして涙が出た。
「あなたが悪いのよ! 有って無いような制約つけて」
「でも俺は、そうしておいて良かったと思う。ありがとうな、クリス」
抱いていたクリスの体をさらに引き寄せた。クリスに抵抗は無い。まじまじとクリスの顔を見る。改めて、愛おしく思う。クリスは目を瞑った。
キスをした後、クリスは抱き着いてきた。
いつ頃からだろう。人のぬくもりと一緒に寝なくなったのは……。ああ、嫁が居なくなってからか。狭い二人がけのソファーで、クリスを抱いて横になった。温かい……。流れるような金髪の頭を撫でた。
「ん、んぅ。マサヨシが撫でると気持ちいい」
「ん? そうか? 適当なんだがね……」
クリスを腕枕して、天井を見上げながら、取り留めもなく話す。
「クリスの言う人助けか……。確かに、たまたまあそこに転移したから、クリスを助けたわけだが、クリスじゃなかったら助けてないかもしれないぞ? 訳のわからんオッサンだったら、放っておいたんじゃないかな? 人助けって言ったけど、結構下心あり……なわけで。大体、物語で女性の危険なところを助けた場合、良い仲になるだろう? そういう考えがあったのも本音。あの時、すでにクリスが気になっていたのかもしれないね。欲丸出しで、人助けか……。まあ、それでも、目標が無いよりはましか」
「それでいいと思うわよ。それでも、私は助かったの」
クリスは上半身を持ち上げて言う。
「私は、あなたに助けられたとき、絶望しかなかったの。だって、知らない誰かに買われて、性奴隷として飼われる。周りの人間から蔑むような眼で見られるのはわかってる。エルフは老化が人間より遅いから、ずっと飼い殺しでしょうね。何十年も下手すれば百年以上。何世代もの人間の男に仕える。心が壊れる。それを助けたあなた、私は性奴隷、気にしなくてもいいのに、あなたは手を出さない」
「わざわざ言わなくてもいいのに軽々言う! 余計重くなるだろ? 体重軽いくせに。性奴隷の話だって今聞いたんだ。今更聞いたからって放り出したりはしない。バカにするな! 俺の嫁になるんだろ? 大事にする。軽々しく扱わない。そのうち手を出す。だから、自分を安く言うな!」
ここで、もっとカッコいいことが言える奴が男前なんだろうと思う。結局、思い浮かんだことを言うしかない。情けない。
「でもな、俺もクリスが居てくれて助かったんだ。この世界に来て最初に君に出会えたおかげで安心できた。常識なんて知らないしな。俺はクリスを助けたことで逆に助かった。最初にクリスに出会えていなかったらどうなっていたか……。俺のほうも感謝しているんだぞ? ありがとな」
しばらく、頭を撫でていると、クリスが寝てしまった。明るくなって何を言われるか心配だが、腕枕を外すのも忍びない、一緒に寝ることにした。




