宿への帰り道
手続きを終えて冒険者ギルドを出ると、もう夕方になっていた。
「あのお家に私たちが住むんですね」
嬉しいのか、フィナが跳ねるようにして歩く。
「そうね、楽しそう。まだ、三姉妹だけど……ね」
「マサヨシのことだから、色々ある」
二人とも不穏なことを言わない。
だが、こういう会話が楽しいのも確かだ。
「色々準備しないとなあ。寝具、食器、調理器具、薪。何回か行って必要と思えるものを買わないとな」
引っ越しは意外と労力の要るものだ。
「そういえば、クリス、魔石って何? 浴槽についてたり、照明についていたり」
「あぁ、魔力を流すことで、付与した魔法が使えるようになる。ただ、使える魔石が少ないから金額高いのが原因で普及していないの。今度のお風呂でも欲しいところだけど、結構な値段がしそうね」
「だったら、今の宿屋って高級宿屋?」
「そうです。お風呂の付いた宿屋なんて、貴族様や豪商、Aランクを超えるような冒険者ぐらいしか泊まりません。私は昨日が初めてでした」
フィナが言う。
「ふーん、そうなんだ」
一泊銀貨十枚の意味がそれか。
「クリス、魔石って買える?」
「魔石自体は買うことができるけど、私たちだったら、魔物を狩ったほうが良いと思うわ」
「付与とか俺でもできる?」
「わからない。魔石に付与する技術は秘密なの、一子相伝とか、まあ、それも金額が高くなる理由なんでしょうね」
北斗○拳かよ。
「マサヨシ様なら何とかしそうです」
コクコク。
フィナがそう言うと、アイナが頷いた。
「あんまり期待しないでくれよな。まあ、今度、魔物から魔石が出てきたら、挑戦してみる」
話をしながら通りを歩いていると、ガントの店の前に来た。
「こんにちは」
表にガントさんがいたので、声をかけた。
「おう、いらっしゃい。フィナ、綺麗にしてもらってるな。手は出してもらったか?」
「まだなんです。手を出してくれないんです。でも、お風呂上りに髪を乾かしながらブラシで梳いてくれました。気持ちよかったです」
フィナは、髪を乾かした時のことを思い出しているのか、上を向いてぽーっとしている。
「お前が幸せならいいんだ」
「はい幸せです。でも手を出してくれないのが不満です」
「はいはい、そのうちそうなったら手を出します」
曖昧にごまかす。
「ところで、ガントさん。街でこの子を拾ったんだが、肩に隷属の紋章があった」
アイナを呼び寄せガントさんに紋章を見せる。
「ふむ、その歳なら逃げてきたってのは難しいだろうなあ」
ガントさんは顎に手を当て考えながら言った。
「名前も知らないって言ってたから、相当幼いころにここに来たのだと思う。逃走は無理だろうな」
「あとは、放り出されたってのが考えられる。貴族の後継ぎ争いでは、負けたほうの子供が幼ければ捨ててしまう時があるらしい。記憶もあいまいな年ごろの時にね。ただ、それでも生き残り自分の素性を知ることがあれば困る。事前に隷属の紋章を付け、自分に反抗できないようにするんだ」
「で、奴隷の所有者の上書きってしてもいいのか?」
「ああ、でかい魔力で強引に書き換えるって奴か。そんなことができる奴がいるなら見てみたい。良いかダメかで言えば、そりゃダメだろうな。紋章の中に追尾の式のようなものが入っていたら、紋章を作った魔法書士に知られる。まあ、その後の追跡は無理だろうが、情報が知れて近日中に貴族様が探し始める」
「そうか、この子……アイナの紋章は上書きしちまったからなぁ」
「えっ、お前書き換えたのか?」
「書き換えると、紋章って赤くなるんだろ?」
俺は、クリスとアイナの書き換えをしている。その際、赤くなることを知っていた。
「あっ、ああ、赤くなる。そして二度と書き換えはできない」
俺は、アイナの肩を見せる。
「黙っててな」
「おっお前。マジか」
興奮しすぎ、唾が飛ぶ。
「そういうこと、あんたしか知らないから、アイナが追われたら、本気出すよ」
「おう、わかった」
ガントの顔に汗が浮かぶ。
「ありがとう。借り一つだ。もし何かあったら声かけて」
俺たちは店を出た。
アイナの職業が姫の理由がぼんやり見えてきたな。王族か貴族の娘ってところだろう。何らかの理由で捨てられたって感じかな?その何らかってのはわからないが、今のアイナを見たら別にどうでもいい。俺はアイナを抱き寄せると頭を撫でた。




